190.魔女様、ベラリスを灰にしかできないと落胆するも、あれがあることに活路を見出す。しかし、サンライズは……
「人間の癖に飛ぶとは! ますます面白い!」
きぃんっと風を切りながら、魔族の方に向かう。
性格の悪いおじさんは置いておいて、いったんはミラクを乗っ取った魔族だ。
あいつだけはきっちり落とし前をつけてもらわなきゃ。
「貴様、名前はなんという? このベラリスをここまで楽しませたのだ、殺す前に聞いておいてやる」
魔族はそう言って不敵な笑みを浮かべる。
そう言えば、名前を名乗ってなかったんだっけ。
ふぅむ、今の私は通りすがりの人ってことになっている。
でも、この位置ならば城の人たちに聞かれることはないよね、浮いてるし。
「私はユオ・ヤパン、禁断の大地の領主よ! 覚悟しなさい!」
そういうわけで、かっこよく名乗り出る。
ぐむぅ、いい感じだ。
誰も見てないのは知っているけど。
「ふはははははは! 禁断の大地の領主だと!? 貴様があの村の領主か!」
しかし、私の名乗りを思いっきりおちょくってくれる人がいる。
あの性格の悪い魔族のおじさんである。
「貴様の村は今頃消えているぞ! なんせ私がモンスターを送り込んでやったのだからな!」
おじさんは大声で笑いすぎて、顔が引きつっている。
おそらくは私を不安にさせようっていう魂胆なのだろう。
しかし、私は揺るがない。
「大丈夫よ、あんたのモンスターなんかに村はやられないから、黙ってなさい」
「なぁっ!? なんだとぉおおお!?」
うちの村にはララや燃え吉をはじめとして、たくさんの人材がいるのだ。
ハンスさんだってたぶんきっと活躍してくれるだろう。
終わった後のゴミ拾いとか。
「ドグラ、おしゃべりが過ぎるぞ?」
おじさんがあんまりしゃしゃり出るので、ベラリスの方も堪忍袋の緒が切れたようだ。
一言、一喝されると、おじさんは「ひぃいいいい」と声を出していなくなってしまう。
情けないぞ、おじさん。
「さぁて、続きだ。……貴様はわかっていない。空を飛ぶ程度のことは、劣等種の魔族でなければできることだ。しかし、これはどうかな? 闇の扉よ、開け! 百年の孤独!」
ベラリスはにやっと笑うと、さっそく攻撃を仕掛けてくる。
おそらくは魔法攻撃だろう。
炎とか氷だったらいいんだけどなぁ。
しかし、空中に現れたのは赤黒い扉だった。
ベラリスが何かの呪文を唱えると、扉はゆっくりと開く。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
そして、肌に感じるのは猛烈な風!!
「えぇええ、うっそおおおおお!?」
私はなすすべもなく吸い込まれてしまうのだった。
不意をつかれたのもあるけど、飛行技術が完璧じゃないっていうのも理由の一つだったろう。
そして、気づいた時に目の前にあるのは蠟燭のともる洞窟。
あぁ、これって……。
「ふはは! 貴様を100年の牢獄に閉じ込めた! これでもうお前はおしまいだ! そこで野垂れ死ぬがいい!」
天井の方から響く、ベラリスの声。
目の前には薄暗闇が広がっているわけで、普通なら気がおかしくなっても仕方がないだろう。
私だってそうだ。
こういうじめじめ空間大嫌い。
そして、ここはあの悪徳商会ならぬアクト商会の親玉に閉じ込められた場所と酷似しているのだ。
湿った空気。
そして、どういうわけか、聞こえてくる、あの音。
カサカサ……カサカサ……カサカサ……
私は気配で分かるのだ。
やつらが1匹じゃすまされないほどいることを。
ひ、ひぃ、冗談じゃない!!
「お前たちには地獄すら生ぬるい! みんな、いなくなれぇえええええ!!!」
気配を感じた私は必死だった。
そりゃあもう必死過ぎを通り越して、ただただ叫んだ。
昔読んだ本の悪役みたいに絶叫した。
ついでに2、3発、さっきの口からファイアが飛び出した。
まぁ、誰も見てないからいいよね。セーフ、セーフ。
結果。
ずずずずず……
へんてこな音と共に洞窟の壁に穴が開き、私は外の世界に投げ出されたのであった。
「な、な、なんだとぉおおお!? 貴様、私の百年の孤独を打ち破っただとぉおおお!?」
戻ってくると、ベラリスは驚いた顔をして私を見ている。
打ち破ったもなにも、人を閉じ込めるんなら、ちゃんと清潔にしていなさいよ、まったく。
おもてなしの心が足りないわよ。
「悪いけど、あんたの技は見切ったわ。さっさと降伏して、ミラクの体を返しなさい!」
魔族の驚きっぷりからして、今の技はとっておきのものだったはず。
それを破ったんだから、降参してくれてもいいはずだ。
私は手荒なことは大嫌いな性格なのだし。
「……ミラクの体だと? ふはははははは! 私としたことがなんという失態だ!」
しかし、魔族は大きな声で笑いだす。
ちょっと演技くさくて、ミラク本人に話したら完全に黒歴史扱いされる笑い方。
「お前はこの女に未だに執着しているらしいな。つまり、お前は私を殺せない。私を殺そうとすれば、この女も殺すことになるからだ!」
ベラリスのわざとらしい笑い方は伊達じゃなかった。
私はちっと小さく舌打ちをする。
その言葉は図星だったからだ。
確かに私はベラリスをやっつけることはできるだろう。
燃やすとか、蒸発させるとか、爆発させるとかで。
だけど、それはミラクの体を失うこととイコールになる。
「遊びは終わりだ、死ねぇええええええ!!!」
ベラリスは降参するつもりはみじんもないようだ。
私に特大の火炎弾をどんどん飛ばしてくる。
もちろん、熱くもないし、避ける必要もない。
だれど、しかし、私は考えなければならない。
このままじゃダメだ。
どうすればいい?
どうすれば、ミラクの体を元に戻せるの?
「ふはははははは! どうした? 手も足も出ないのかぁああああ!」
ばすんばすん当たってくる火の塊。
それに合わせて興奮しているのか、上ずったベラリスの声。
しかし、突然、その攻撃がピタリとやむ。
「ぐっ、ぐっ、ぐっ、お、お」
空中に浮かんでいるベラリスが苦しみ始めたのだ。
そして。
「お姉さま、ユオ様、私を殺し…て下さ…、お願…い」
私の目の前に現れたのは、紛れもなくミラク・ルーだった。
私の魔法学院時代の親友のミラク・ルーだった。
その瞳には涙がたたえられていて、ぼろぼろとこぼれ落ちていく。
「ミ、ミラク?」
今度は本物だってわかる。
思わず近づいて抱きしめたくなる。
しかし、その願いは叶わない。
「うがぁあああああああ! 忌々しいやつだ、未だに自我を残していたとはぁああ!!」
ミラクの表情はもとの魔族のものに変化し、私に再び攻撃を仕掛けてくる。
もはや、ミラクが現れる素振りは一向になさそうだった。
ミラクは「自分を殺して」というメッセージを伝えるためだけに現れたのだろう。
虫も殺せないような優しい子だし、責任感の強い子だった。
迷惑をかけたことを恥じてもいるんだろう。
その意味でも、「殺して」っていう言葉は本意なのかもしれなかった。
歴史の本には、体を乗っ取られた人間ごと悪霊を成敗する英雄の事例が書いてあったりした。
大局的に見れば、その行動は正しい行動かもしれない。
だけど、私にはできない。
親友のミラクを殺すことなんて、できない。
だけど、このままじゃいけない。
サジタリアスだって、他の街だって破壊されるかもしれない。
じゃあ、どうすればいいの?
私にはこの力以外、何もないっていうのに。
…………………………違う。
私にはあれがある。
必ずできる。
あの頃じゃない。
魔力ゼロだってバカにされて泣きべそをかいていた、あの頃じゃない。
一番強いのは、今だよ。
◇ ユオの戦いを見守るサジタリアスからの実況中継
「ま、魔女様が吸い込まれましたぁああああ!????」
ベラリスの呪文によって現れた巨大な扉に、ユオは吸い込まれてしまう。
その様子をみていたサジタリアスの面々は一様に、落胆の溜息をつく。
魔法空間に閉じ込められるというのは非常に絶望的な状況だからだ。
『魔法空間は打ち破れない』
魔法の心得があるものからすれば、それは当然のことだった。
「何言ってるんですか、魔女様ならできます! 指先一つです!」
「そうだぞ、黒髪魔女には常識が通用しないのだ! キレると怖いのだ!」
「私もそう思います! 絶対、ユオ様は帰ってきます!」
しかし、ハンナとクレイモアとリリアナはそれに反対する。
彼女たちは「魔女様、頑張れぇええ」と声をあげるのだった。
「……あのぉ、皆さん、ちょっと屋内に避難しません?」
一人だけ表情が冴えないのがクエイクだった。
むしろ、皆に避難を呼びかける。
彼女は一度、ユオと一緒に迷路のような魔法空間に閉じ込められたことがある。
その際にユオはそこらにあった建物ごと魔法空間を破壊して出てきてしまったのだ。
虫に驚いた彼女は見境なく攻撃を発動。
むしろ周りにいた自分たちが危険なほどだった。
「あ、で、出てきますよ? ひぃいいいいい、危なぁああい!?」
「あわわわわわ! 屋内に避難せよぉぉおおおお!」
クエイクの心配は的中する。
ユオがいなくなった場所から、青白い光線がいくつも出現。
それは四方八方に発射され、城の近くに直撃。
城壁の一部が溶けて、ガラスのようにキラキラと輝いていた。
もはや避難どころで解決できるものでもなかった。
「やったぁあああ! さっすが魔女様ですぅうう! 口から破壊光線!」
「おっしゃあああ! やると思ってたのだ!」
仰天するサジタリアスの面々をよそにハンナとクレイモアだけは、ユオの帰還に大喜びする。
「あれ? 魔女様の動きがおかしいですよ?」
「や、休んでるのだ?」
しかし、それからのユオの行動はあまりにも不可解だった。
彼女は敵を攻撃するそぶりを見せず、ただただ巨大な火炎弾を受け続けている。
ダメージがないことを知っている面々でさえも理解できないことだった。
あとは魔族を始末すればいいだけなのだから。
「ユオ様……」
戦況を見守っていたサンライズはユオの様子から苦い記憶を思いだす。
それは彼が強力な悪霊にのっとられた親友を斬った時の記憶だった。
その悪霊は一つの街を滅ぼしかけ、多数の人の命を奪う、躊躇のいらない相手だった。
親友ごと斬ることは必要だったと皆がサンライズを説得し、彼もそれに一応は納得していた。
しかし、親友を殺めたという経験はサンライズをずっと苦しめることになった。
あの天真爛漫な少女のユオに、それを引き受けてほしくない。
自分の二の舞になるぐらいなら……とサンライズは思う。
体力の戻った今なら魔族の隙をつき、背後から剣で貫くことも可能だ。
彼は剣を握った拳に力を入れる。
そして、悪を引き受けること、すなわち、ミラクを殺すことを決意するのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「きっちりディスられるハンスさん……」
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