185.魔族のベラリス、サンライズたちを圧倒し、サジタリアスを陥落寸前まで追い込みます。しかし! しかし!! しかし!!!
「ふふ、老人よ、いい動きだ」
ベラリスはサンライズを誘導するように、城の前の地面に降りる。
通常、浮遊魔法の使える魔族は戦闘時に地面に降ることはない。
攻守両面から見ても、宙に浮かぶことに大きなメリットがあるからだ。
それはベラリスの自信の表れともいえる行為だった。
サンライズはそれに応じ、ベラリスの場所へと駆け込んでいく。
「ベラリス様、サンライズは私に討たせてください! 奴は私の父の仇なのです!」
ドグラはベラリスがサンライズと戦うのを察知し、自分に戦わせてくれと割り込んでくる。
彼は腕を切り落とされていたが、魔族らしく痛みには強い。
傷口の血はもうすでに止まっていた。
「ドグラよ、私を復活させたことに関しては感謝している。しかし、私は自分より弱いものの言葉に従うつもりはないぞ?」
ベラリスはぎろりとドグラを睨み付ける。
その顔は乗っ取った人間の少女のものでありながらも、冷徹かつ残忍な意思に溢れていた。
そう、ベラリスはいつでも躊躇なくドグラを殺せるのだ。
ドグラは悟る。
このベラリスという魔族は自分の知っているような、話し合いのできる存在ではないことを。
「ひ、ひぃいい」
ベラリスにひと睨みされただけで、ドグラは足が震えてしまう。
世界樹の村の陥落やモンスターによるサジタリアス襲撃など、これまでの作戦はすべてドグラが主導してきた。
この魔族を復活させた重大さを、ドグラはまだ理解していなかったのだ。
「お喋り中悪いが、さっさと消えろ、魔族ども」
そこを急襲したのがサンライズだった。
彼は一切の殺気を消し、ベラリスの心臓をめがけて剣を差し出す。
黄昏の剣聖の名前に恥じない、見事な一撃必殺の技だった。
「ぐ、む……?」
しかし、ベラリスにその剣は通じない。
その魔族は幾重にも積み重ねられた魔法陣による盾を形成し、サンライズの攻撃を受け止める。
一方、ドグラは空高くへと飛び立ってしまう。
ドグラとベラリスでは魔族の質として大きく隔たっていた。
「サンライズと言ったな。お前はいい戦士だ。しかし、残念ながら、年を取り過ぎている。若返ったとはいえ、体の動きと心の動きにブレがあるぞ」
サンライズの猛烈な突き技をいなしながら、ベラリスは大いに語る。
傍らから見れば、まるで魔族がサンライズに剣の手ほどきをしているかのようだろう。
ベラリスの魔法陣による盾はサンライズの攻撃をはじき返し、一切の傷を与えることができない。
それはボボギリの皮膚を遥かに凌駕する硬さだった。
これを崩すには超強力な攻撃か、超強力な無効化魔法、そのどちらかが必要だとサンライズは悟る。
「おじいちゃん!」
「あたしも加勢するのだぞっ!」
ハンナとクレイモアが加勢に現れる。
聖女の加護を受けた彼女たちの体力はまだ十分に残っていた。
1対1であればかなわなくても、3人であれば必ず隙はできる。
勝機は十分にあるはずだ。
「いくぞい! わしに合わせてくれいっ!」
サンライズ、ハンナ、クレイモアはタイミングをシンクロさせて、ベラリスへ一斉攻撃を開始する。
一人一人の斬撃が対象を即死させる威力をもつ。
禁断の大地のアースドラゴンでさえも数秒ももたない攻撃だった。
しかし。
「ぐ、ぐむぅ……」
攻撃を受けたのは、むしろサンライズたちだった。
彼らは突如現れた無数の黒い触手に掴まれ、握りつぶされそうになっていた。
一斉攻撃を仕掛けたのは、むしろ悪手だったのだ。
「甘い、甘い。甘すぎるぞ、お前たち」
その触手はベラリスの背後にある黒い光の中から現れていた。
一つ一つは人間の腕ほどの大きさなのだが、うねうねと変幻自在に動く。
しなやかながらも相手を猛烈な力で縛り上げる力を有していた。
サンライズも、ハンナも、クレイモアでさえも身動きができない。
このままでは全身の骨が砕かれるのは時間の問題だった。
「氷の女神よ、敵をつらぬけぇえええっ!」
サンライズたちの窮地を救ったのが、シルビアだった。
彼女は真っ黒い触手に鋭い氷の刃を飛ばし、なんとか三人を解放する。
「このチビ魔族、私が相手になってやるわ!」
彼女は大きく見栄を切るものの、ベラリスの底知れぬ様相に少しだけ戸惑いを感じる。
強い人間には何度も会ってきた。
強いモンスターにも何度も遭遇した。
しかし、目の前にいる魔族は強い以上に、不気味だった。
何を考えているのか、何を目的にしているのか分からなかった。
「そろそろ、遊びを終わりにしようか。……暗闇霧の帳」
ベラリスはシルビアを一瞥すると、にやっと笑う。
しかし、彼女と戦うつもりはないらしく空中に浮かび上がる。
そして、その背中の黒い渦から真っ黒い粒子のようなものを飛ばし始めた。
「お、おい、なんだよこれ?」
「き、霧なのか……?」
城から剣聖たちの戦いを見守っていた騎士団や冒険者は目を見張る。
宙に浮かんだ魔族から、霧のようなものが放出されているからだ。
それもただの霧ではない、悪夢のように黒い。
まるで夜の闇がそこから始まるかのような、真っ黒い霧だった。
「レーヴェよ、あれはベラリスと言っていたのか!?」
「は、はい…、たしかにそう聞こえました」
辺境伯リストはベラリスという魔族に聞き覚えがあった。
その魔族は人間の都市をいくつも落とした魔族だ。
闇霧とよばれた真っ黒な霧で人々の魔力を奪い、無力化して心と体を乗っ取ると伝えられていた。
しかし、当時の剣聖や聖女たちの活躍によって封印されたはずだった。
それがなぜ復活したのか。
リストは熟考するも、答えなど出るはずもない。
そして、そもそも、そんな暇は与えられていなかった。
「クレイモア、ハンナ、サンライズ、戻れっ! その霧に触れるなっ!」
異変に気づいたのはリリアナだった。
空を覆っていく霧が邪悪な弱体化魔法でできており、それに触れるだけでも大きく魔力・体力をそがれることを彼女は本能で察知したのだ。
「負けるかぁぁあああああっ!」
彼女は仁王立ちのような姿勢になって、目を閉じる。
そして、自分の内側にある全ての聖なるエネルギーが黒い霧をかき消すことをイメージする。
ぶわっと彼女の体から光が舞い上がると、それはドームのようにサジタリアスの上空へと広がっていく。
「ふふ、聖女か……。しかし、幼い」
真っ黒い霧の浸食を温かな光が守るという構図。
拮抗しているように見るが、ベラリスはそれでも笑みを崩さない。
リリアナは聖女とはいえ、そのスキルに目覚めたばかりだった。
ベラリスが戦った頃の百戦錬磨の聖女、それも圧倒的に戦闘慣れした大聖女とは質が大きく劣っていた。
「ぐ、ぐぅ……。ちっくしょうがよぉおお」
うめき声をあげるリリアナ。
彼女の険しい表情が示すように、その加護も無尽蔵ではない。
黒い霧に覆われたサジタリアスは徐々に暗く沈み始める。
「ふはははははは! 無駄だ! お前たちはここで死ぬのだ!!」
遠くから響く、ドグラの声。
戦士たちはその様子を忌々しく眺める。
しかし、天高くから魔法攻撃をしかける相手には手も足もでない。
たとえ、跳躍したとしてもベラリスの黒い霧によって大きく弱体化させられる。
クレイモアは槍を飛ばすが、ベラリスの黒い盾に弾かれるのが関の山だった。
「う、うぅ……」
リリアナは自分の体が徐々にきしんでいくのを感じる。
自分の内側にある癒しの光が薄れて掻き消えていく。
黒い霧は徐々に城を取り囲み、騎士団の面々はその場に倒れこみ始める。
限界も近い。
しかし、負けるわけにはいかない。
リリアナは命の限り、癒しのオーラを発し続ける。
「ドグラよ、そろそろいいだろう。術式を展開せよ」
「ははっ」
ベラリスが合図をすると、ドグラは新しい魔道具を取り出し、操作を始める。
それはドグラ最新の術式で構築された魔道具だった。
真実の窓と名付けたその魔道具は、各地に一か所の光景を配信するという画期的なものだった。
魔力伝導の原理を応用したものであり、人間側がまだ開発すら手がけていない術式だった。
その意味でドグラは明らかに天才魔道具師だった。
ベラリスはこれから自分の姿を大陸中に届けようとしていたのだ。
「この世界の魔族と人間どもよ。私の名はベラリス。この地に第4魔王国を建国することを宣言する!」
ベラリスは上空に漂いながら、その目的を高らかにうたいあげる。
新たなる魔王としての君臨。
それは彼が100年前に成し遂げられなかった野望だった。
ベラリスは言葉を続ける。
「お前たちは弱すぎる。100年前の方がよっぽど骨があった。その小娘どもが剣聖に聖女だと? 笑わせるな。見せしめとして、この都市の人間どもはすべて消し飛ばす」
ベラリスはサジタリアスの上空のぶ厚い雲に巨大な魔法陣を出現させる。
それは城を飲み込むほどの特大の魔法陣だった。
術式が完成すれば、サジタリアスの城は一気に消し飛ぶ。
それほどの魔法陣を描いていたのだ。
「あ、あれじゃ、どうすることもできないわ……」
シルビアは絶望を口にする。
聖女の加護によってなんとか守られているサジタリアスであるが、これ以上の攻撃には耐えられそうにない。
上空にあるのは通常の攻撃魔法の何千倍も大きい。
自分たちが相対しているのが、信じられないほど強大な力を持つ魔族だと知るのだった。
「ふはははははは! 怯えろ、人間ども! モンスターどもよ、城を一斉に包囲せよ!」
調子づいたドグラは魔道具を使ってモンスターを扇動する。
禁断の大地のモンスターは再び集まり、絶叫しながらサジタリアスへと向かうのだった。
上空からの大量破壊のための魔法陣。
周囲の黒霧による戦士の弱体化。
そして、モンスターによる襲撃。
何度となくモンスターを撃退してきたサジタリアスは今度こそ絶体絶命の窮地に陥っていた。
「もはやこれまでかの…」
サンライズは拳を見つめてつぶやく。
聖女の加護が薄まっていき、体が重くなっていくのを感じる。
剣を握る握力もわずかにしか残っていない。
深く刻まれた彼の額のシワに汗が流れるのだった。
おそらく、体はほとんどもとに戻ってしまったのだろう。
サジタリアスの騎士団が直面しているのは、想像さえできない異常な戦いだった。
魔族が人間への侵攻を宣言するなど、まさに100年前の魔王大戦の時と同じだった。
しぶとく槍を投げつけるクレイモア。
ハンナは必死に跳躍するも敵には届かない。
シルビアは体型が元に戻っていくことに気づいて動けない。
「「魔女様……」」
絶望の中、リリアナとハンナはほとんど同時にその名前をつぶやく。
それが現実に起こらないとわかっていたとしても。
ちゅどがぁあああん!!!!!
その時だった。
真っ赤な光がどこからか放出され、モンスターの群れが消し飛んだのだ。
跡形もなく、一瞬で。
荒野に残るのはモンスターの燃えカスだけだった。
それは言うまでもなく、彼女の到着を意味していた。
◇ トゥルービジョン@リース王国
「じょ、女王様っ! 王都の上空に怪しい窓ができております! おそらくはあのサジタリアスの光景かと!」
「ぐむぅ、サジタリアスを襲ったのが魔族だったとは。おのれぇえええええ!」
リース王国の女王の手がわなわなと震える。
彼女はサジタリアスがモンスターの大群に襲われたという情報は入手していた。
しかし、それが魔族による侵攻だとは気づいていなかった。
彼女は己の不覚を感じながら、食い入るように空に現れた不思議な映像を眺める。
そこに映し出されるのは、真っ黒な闇に沈んでいく、辺境の防衛都市サジタリアスの姿だった。
「なぁっ、あれは、サ、サンライズ!? どういうことだ、若返っているではないかっ!?」
女王の目が釘付けになったのは、サジタリアスの窮地だけではない。
彼女の過去の仲間の一人であった、剣聖のサンライズがサジタリアスの城に立っていたからだ。
しかも、その顔は想像していた以上に若い。
まるで、彼女と一緒に冒険していたころのように。
その姿をみた女王は心の奥がきしみ始めるのを感じる。
今まで封じ込めていた何かが動き出すような感覚だった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「ベラリスちゃん、逃げてぇぇええ!!」
と思ったら
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
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