175.魔女様、魔族の連中および聖獣を拷問(接待)する
「ユオ殿、起きるのじゃ!」
魔族の村を解放した次の日、私はエリクサーの声で目を覚ます。
場所はエリクサーのお屋敷。
昨夜は我々が人間であることを明かしてひと悶着あったんだけど、村人の魔族の人たちは結局、私たちを受け入れてくれたのだ。
「ふぁああ、いったい、何があったの?」
「捕虜にしていた隣の村の連中がおかしいのじゃ!」
捕虜?
あ、そういえば、隣の村の人たちは捕虜にしていたのだった。
親玉はどこにいったのか問いたださなきゃいけないよね。
眠っているメテオはドレスに任せるとして、私は牢屋に向かうのだった。
「な、なんなの、この人たち……?」
捕虜の人たちはみんな疲れ切った表情でうなだれていた。
「うぅうう」なんてうなされているし、ちょっと会話にならない状態。
「……ふぅむ、この刻印は呪いじゃな。もしかすると、呪いで隣の村のものどもを操っておったのかもしれん。こういう呪いは世界樹の薬でも解くことはできんのぉ……」
エリクサーは深刻な表情で捕虜の人、一人一人を見て回る。
確かに彼らの顔には赤黒い文様が浮かび上がっていた。
私はなんだかその刻印にデジャヴめいたものを感じる。
うーん、何だったっけ。
どこかで見たことあるような、ないような……。
「ユオ様、メテオが目を覚ましたぜぇっ!」
「ひへへ、えろうすんまへん。ユオ様、ちょっとした出来心やったんや、かんにんしてぇ~」
腕組みをしているところにドレスとメテオがやってくる。
メテオは先ほど目覚めたみたいだけど、普通に元気そうだ。
いろいろ言いたいことはあるけど、無事でよかった。
心配したんだからね、本当に。
「こ、このアザはあれやん……!?」
メテオは捕虜の人たちを目にすると、あれ、あれを連呼する。
ん、これはアザじゃなくてねぇ、呪いか何かみたいだよ。
ん、呪いのアザ?
「そうだ、アレだよ! あれ、あれ!」
「アレやん! もぉ、ユオ様、忘れるなんてひどいでぇ! うちの感動的なシーンのアレやんか!」
まるで記憶力が低下した夫婦の会話みたいに、私たちはアレを連呼する。
とはいえ、頭の中には具体的なイメージがすっかり浮かんでいるのだ。
これはメテオの顔についていたアザと同じようなものだよね。
「い、一体、何がアレなんだい?」
「お主たちはいっつも会話が変てこじゃのぉ。いや、あうんの呼吸というやつか?」
事情を知らないドレスとエリクサーは首をかしげる。
私は彼女たちにメテオの呪いとその経緯について軽く話すと、さっそく大きめの桶を用意してもらうことにした。
まずは論より証拠。
そう、解決策は決まっているのだ。
呪いと来れば、私の村の温泉だよね!
「な、なんじゃと? こやつらを湯につけると呪いが解けるじゃと?」
「何を言ってるんですか!? この呪いは一級品ですよ? 腕のいい解呪師を呼ばなければ!」
「人間はこれだから信用ならんのだ!」
エリクサーおよび村の人たちは私の提案に目を白黒させる。
呪いをお湯で解いてしまうなんてありえないと口角泡を飛ばす人もいる。
確かに、知らない人から見たら無茶苦茶な話。
私だって信じられなかった。
「ふくく、そう思うやろ? しかし、うちが生き証人や」
意味深な表情で、うんうんうなづくメテオ。
生き証人もなにも、あんたは呪いのアザがあってもぴんぴんしていたけどね。
とはいえ、これはもう実証済みなのだ。
「ユオ様、こんなもんでいいかな」
数十分後、ドレスがものすごく大きな桶を即席で作ってきた。
よし、これなら10人は入れそうだ。
訝しげな表情をしている村人たちを何とか説得して、私はそれを村の広場においてもらう。
よぉし、露天風呂を決行するよ!
「そもそも、こやつらを入れるお湯はどうするのじゃ? こんな大量のお湯を準備するにも時間がかかりすぎるぞ?」
眉毛を八の字にしているエリクサー。
こういう時の表情はすごくかわいい。
「まぁ、見ててなさいってば。私のかわいい、お湯ちゃん、出ておいで!」
私は彼女の髪の毛をよしよしとなでると、リリから預かっている空間袋を取り出す。
どばばばばばば!
次の瞬間、空間袋から勢いよくお湯が出てくるのだった。
そう、私はうちの村の温泉のお湯をありったけ入れておいたのだ。
こっちで野宿するかもしれなかったし、温泉だってないに決まっているのだから、そりゃもうしっかりと準備しましたよ。
この空間袋があればいつだって温泉に入れるし最高だよね。
「お、お湯じゃ! しかも、この地獄のような香りはあの村のお湯じゃな! ふぅむ、不思議な道具じゃのぉ」
エリクサーをはじめ村人たちは驚きの声をあげる。
だけど、ここからが始まり。
村人の皆さんにお願いして、捕虜の人たちをどんどんお湯につけてもらう。
捕虜の人は男の人ばっかりだし、緊急時だから、衣服はつけたままの状態で。
いつか魔族の人も温泉を堪能できるようにできたらいいなぁ。
「う、う、ううぅう、こ、ここはどこだ……?」
結果、捕虜の皆さんはどんどん目を覚ます。
あの赤黒い呪いのアザは消えて、顔色もずいぶん良くなっている。
捕虜の皆さんはまだまだいるので、どんどん入れ替えていく。
もちろん、衣服が濡れているので、瞬間乾燥も忘れない。
外は寒いわけだし、極度乾燥 (しなさい)だよね。
「このお湯はすごいのぉ!? 呪いが解けるなんて聞いたことないぞ」
「なんなんだ、これは!? 現実なのか!?」
「これだから人間は恐ろしいのだ……」
呪いが解けていく様子を目にして、エリクサーたちは信じられないと声をあげる。
これが温泉よ。
そのすばらしさに気づいたかしら、魔族の皆さん。
「そ、そう言えば、聖獣様はどうしましょうか? 昨日、ドレスさんに縛ってもらったのですが……」
捕虜の人たちがあらかた片付いたところで、村人の人が心配そうな顔をしてやってくる。
聖獣ってあの大きな猿のことだよね。
ズルいことをしようとしたから、失神させてしまっていたのだ。
ふぅむ、あいつにまた暴れられたら厄介だよなぁ。
また樽を投げてくるかもだし。
「あっしのハンマーで一発殴っておけばいんじゃないか?」
ドレスが物騒なことを聞いてくるけど、いくらなんでもハンマーで殴るのはかわいそうだ。
樽をハンマーで割るぐらいならいいけど。
「温泉に入れてみようよ」
「温泉じゃと!? 聖獣様は大きいのじゃぞ?」
ここでもアンサーは温泉だ。
気が立っている時には温泉が有効、これ常識だもの。
しかし、めちゃくちゃ大きな猿だったからあれをお湯に入れるのは難しそうだなぁ。
いや、ちょっと待って、あれって聖獣なんだよね。
ってことは姿を変えられるんじゃない?
シュガーショックみたいに。
◇
うぎゃうきゃきぃ!!?
私たちが到着すると、聖獣はちょうど目を覚ました頃合いだった。
奴は木に縛り付けられていて、私たちに歯を剥いて唸り声をあげる。
「あんた、聖獣なんでしょ、小さくなれるわよね?」
私は優しく語りかける。
動物には心と心で語り掛けなきゃいけないって聞いたことがあるからだ。
事実、シュガーショックとは魂でつながって以心伝心……じゃなかったけど。
うぎゃぎぃ!!?
私の優しい声などかき消すように、奴はけたたましい叫び声をあげる。
まるで昨日の私が騙し討ちをしたって批難するみたいに。
「あんた、小さく、なれるわよね?」
しかし、私はちょっと目に力を入れて、念入りに語り掛ける。
おそらく奴は人間の言葉が分かるはずなのだ。
シュガーショックも……大体はわかってるはず。
「ひぃいいい、ユオ様の髪が……」
「しぃっ、最近じゃイライラするだけで髪が変わるんやで?」
「なんなんじゃ、それは。あの色はまるで……」
私が聖獣に語り掛けていると後ろでギャラリーがごちゃごちゃいう。
しかし、私は集中力を切らさない。
これは種を超えた清くて尊い、魂と魂の対話なのだ。
……うぎゃきぃ。
やたらとしょんぼりした声をあげながら、聖獣は姿を変える。
背丈は人の膝ぐらいで、やたらとフワフワもこもこした、変な生き物に。
か、かわいい。
さっきまでの面影は全然ないけれど、かわいい。
シンバル持たせて叩かせたら絶対に似合う。
「か、かわいいとか言ってるぜ? あのサル、たまに目が行っちゃってないか?」
「しぃっ、ユオ様は色々ズレとるんやし、何でもかわいい言いたいお年頃なんやで」
「聖獣様がこじんまりなってしもうたぁ……」
後ろの方でごちゃごちゃ言っているけど、たぶんきっと、私と聖獣の魂の対話に感動してくれた声だろう。
よぉし、この子も温泉に入れてあげよう。
「よぉし、温泉だよぉ」
うぎゃぎぃいい!!?
私は子ザルをひょいっと持ち上げると、そのまま温泉に入れてみる。
お行儀の悪い入り方だけど、きっと楽しんでくれるはず。
うきゃきぃいいいい……。
そして、数十秒後には子ザルは完全にとろけそうになっていたのであった。
ふふふ、いい子、温泉を愛する気持ちは人間も動物も同じだよね。
これできっとこいつも暴れないだろう。
◇
「それで、おぬしらを操っていた奴らはどこへ行ったんじゃ?」
「そ、それが……南に、人間の国に行くと言っていました」
「人間の国にじゃと?」
「はい、ヤパンの大地の魔物を引き連れて、人間の国を滅ぼすのだと」
「な、なんですって…!?」
捕虜の人たちが正気に戻ったので、一番偉そうな人を尋問してみたら、さぁ、大変。
なんと敵の親玉は人間の国に攻めていったというではないか。
どうりでこの村にいないはずだ。
そして、攻め込んでいった場所に私は心当たりがある。
そう、おそらくはサジタリアスだ。
あの時、うちの村に入った知らせは魔族がサジタリアスに攻め込んできたということだったのだ。
なんてことだろうか。
魔族が軍勢を率いて人間の国に攻め込むなんて、100年前の大戦の時以来の重大事件だ。
不戦条約が結ばれて、一応の和平が成立したはずなのに。
それが破られたってことは、まさか戦争が起こるってこと!?
クレイモアたちを救援に行かせたとはいえ嫌な予感がしてくる。
背中に冷たい汗が流れてくるのを感じる。
「エリクサー。悪いけど、私、村に戻るわ」
私にできることはただ一つ。
まずは自分の村に戻ること。
そして、サジタリアスに向かうことだ。
敵の本隊がいない以上、エリクサーの村はもう誰かに襲われることはないだろう。
それなら村に戻った方がいい。
時間は多少かかるかもしれないし、私が役に立つかわからないけれど、行かないよりはマシだ。
禁断の大地を切り開いてでも、進んでいくしかない。
「ちょっと待ったぁ!」
「ユオ様、大変なことが起きとるでぇ、世界樹に!」
私が悲壮な覚悟を決めているその時に、ばぁんっと扉が開かれる。
そこに立っていたのはドレスとメテオ。
彼女たちは彼女たちでかなり真剣な表情。
あれれ、何かあったの!?
世界樹の問題は解決したんじゃなくって!?
【魔女様の発揮した能力】
威圧:魔女様がちょっと目に力を入れて相手を説得すると、魔女様の髪の毛には炎のような筋が入る。特に毛先が燃える。その様子を目にしたものは死の恐怖を感じ、自発的に言うことをきいてしまう。死の恐怖を相手に与えることもあるが、即死しない。ストレスでじわじわと逝く可能性は否定できない。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「私のかわいい、お湯ちゃん、だと……!?」
「シンバル叩くやつ、かわいいか……?」
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