160.ミラク、案の定、あんなことになり、こんなことになり、ついでに魔族の村を襲う
「ドグラさん、もうすぐユオ様に、お姉さまにお会いできるのですね!」
ミラクはテンション高く、声を張り上げる。
彼女たちが目指しているのは辺境の大地ということになっている。
実際には土地勘がないため、ミラクはただただドグラを信用して連れてこられているだけだ。
それでも、ミラクは何の不安も感じてはいなかった。
【賢者】のスキルを持っているミラクは強力な攻撃魔法の使い手でもある。
いざとなれば自分自身を守ることなど造作もなかった。
もしも、ドグラが邪な目的を持っているならば魔法で撃退すればいいと考えていたのだ。
しかし、自分への力への過信が、彼女の運命をあらぬ方向へと導いていく。
「えぇ、もうすぐですよ。あちらに村の門が見えるでしょう」
ドグラが指差した先には土塀で囲まれた村があった。
粗末ではあるが明らかに人間の形成する村のように見える。
「いよいよ、いよいよなんですね! 私がお姉さまを絶対に連れ戻します!」
ミラクの興奮は最高潮に達しようとしていた。
村についたらユオはどんな顔をするだろうか?
自分を歓迎してくれるだろうか?
胸がどきどきして呼吸さえ苦しいぐらいだ。
「ミラク様、部外者が村に入るには通行証が必要です。ミラク様の通行証はこちらです」
ミラクは辺境の慣例など知る由もない。
通行証と聞いても疑うことはなかった。
むしろ、自分の通行証を用意してくれるとはなんと親切なのだと思う始末だった。
ドグラの付き人がミラクに通行証を広げて渡す。
「これでいいんですか?」
「えぇ、そちらを村の門の前で広げて、ご自身の名前を名乗ってから、「解錠せよ」と伝えていただけませんか?」
ドグラはいそいそと馬車に積まれた商品を管理するような素振りを見せる。
いかにも忙しそうに、手が離せない様子だ。
「名前を名乗って、解錠せよ、ですね。わかりました!」
門番のいない木製の門の前に立ったミラクは大きく息を吸い込む。
その手には件の封印書が握られていた。
だが、その封印書はドグラの魔法によって偽装されており、ミラクはその中身に気づくことはできない。
やっと、会える!
お姉さまに!
彼女の内側に抑え込んでいた感情が高まっていく。
「ミラク・ルーと申します! 解錠せよ!」
彼女は封印書を広げて、大きな声を上げる。
自分のとびりきり大きな声がユオに届くかもしれないとさえ期待していた。
次の瞬間。
「ひゃっ……、な、なにこれ」
ぶわっと赤黒い光が封印書から発せられる。
突然の出来事にミラクは息を呑んでしまう。
そうこうする間に封印書に書かれている文字が一つ一つ浮かび上がり、一つの魔法陣を形成する。
「ベ、ラ、リ、……ス? うそっ!? 魔族のベラリス!?」
その中央には「ベラリス」という古代文字が浮かび上がっていた。
図書館通いが趣味で、博識なミラクはその名前に聞き覚えがあった。
魔族のベラリス、別名、闇霧。
それは100年前の大戦時に急先鋒として現れた魔族。
人間・亜人の同盟軍に多大な被害をもたらし、いくつもの都市を陥落させた魔族。
当時、魔王にさえ比肩すると言われるほどの大魔族だ。
確か、ラインハルト家の騎士や大魔法使いによって封印されたと記載があった。
封印は厳重になされており、二度と復活することはないと言われていた。
だが、ベラリスを復活させる魔法陣が形成されようとしているのが事実であることを、ミラクはすぐさまに理解する。
このまま放置することは絶対にあってはならない。
「そんなことなんかさせるもんですか!」
ミラクは有りたっけの魔力を発動させて魔法陣の発動を抑え込もうとする。
膨大な魔力が必要だが、もしも、ベラリスが解放されれば甚大な被害が出ることは想像に難くなかった。
自分の命を賭してでも、抑え込まなければならない。
「邪魔をしないでください」
「ひぐっ!?」
最大限の魔力を発動させようとした矢先、ミラクの右肩が赤い光線によって貫かれる。
激しい痛みがミラクを襲い、地面を転げ回る。
彼女が見上げた先には、一緒に旅をしてきた商人、ドグラの姿があった。
「ド、ドグラ…さん!?」
ミラクは自分を攻撃したのがドグラだと知り、全てを悟るのだった。
彼女をここに連れてくることが、このドグラという男の、いや、ドグラという魔族の企みだったことに。
「あはははは! なんと愚かしい小娘でしょう。ラインハルトの娘の名前を出せば、ほいほい疑いもなくついてくるなんて!」
ドグラは甲高い声で笑う。
その顔は醜く引きつり、もはや人間の原型をとどめてはいなかった。
ミラクは自分自身の愚かしさを呪う。
ユオの名前を出されたときに、心躍るような感覚になってしまった自分に。
疑いもなく、魔族の封印を解いてしまった自分に。
ユオに騙され易いから注意しろと言われていたのに、つい油断してしまう自分に。
「しかも、こんな偽装工作に騙されるなんて、賢者様のくせに」
ドグラがそういって指を鳴らすと、目の前にあった門がぎぎぃと開く。
そして、現れたのは洞窟だった。
村の塀や門は人工物だったために、ミラクは見抜くことができなかったのだ。
封印書の赤黒い光は洞窟に伸びて吸い込まれていった。
オォオオオオオオオオ……。
その奥からは禍々しい音が鳴り響いている。
明らかに邪悪なものが棲んでいる瘴気に満ちていた。
「………よくやったぞ、ドグラ」
そして、現れたのは真っ黒い霧だった。
人の形にも似ているが、定まった形はなく空中を漂っている。
目玉も口も耳も見えないが、ところどころに人の骸骨のようなものが渦巻いている。
「こんな魔物、みたことない……」
ミラクは禍々しい化け物の出現に目を見開く。
アンデッドモンスターのゴーストのようにも見える。
だが、発している魔力の量が桁違いだ。
「ふむ、これが私の依代か」
「ははっ、なかなかの魔力量でございます」
霧のようなものはミラクの方を向きなおり、【依代】という言葉を発する。
ミラクはドグラが自分を連れてきた理由を悟る。
古の魔族を復活させるためだけではなかった。
あれを私の体に乗り移らせようとしているのだと。
「そんなことさせない! デスファイ……」
ミラクは最後の力を振り絞り、自分自身と周辺を徹底破壊するための自爆魔法デスファイアーを発動させようとする。
魔族を復活させただけでなく、その依代となって人間に牙を向くことだけは避けたかったのだ。
「間抜けな人形は黙っていなさい」
しかし、詠唱の最後の部分でまたもやドグラが邪魔に入る。
彼は指先から先程の光線を放出。
「ひぐっ」
脚を貫かれたミラクは痛みと絶望の中、地面をのたうち回る。
眼鏡は地面に転がり、視界がぼんやりと不鮮明になる。
そして、じわじわと何かが近寄ってくるのを感じる。
寒気が全身を襲い、魔力が分散してくのを感じる。
彼女の視界が真っ暗な世界に落ち込んでいく。
「お姉さま、ごめんなさい……」
ミラクは懺悔の言葉を口にする。
闇の中、最後までミラクの脳裏にあったのはユオの笑顔だった。
しかし、それもすぐに掻き消えていく。
◇
「ふむ、なかなかによい人形をもってきたな。それで、我はどれぐらい封印されていたのだ?」
魔法陣の中央には可憐な少女の姿があった。
しかし、その瞳は緑色の光を発しており、人間とは一線を画していた。
姿こそ人間だが、彼女はもはや魔族へと成り代わっていたのだ。
「ははっ、100年ほどでございます!」
その少女の傍らには土色の皮膚をした男がひざまずいている。
「100年か……。礼を言うぞ、さて、どこから蹂躙してやろうか」
「ベラリス様、実を言いますとここ100年の間に魔族も大きく変わりました。この地域の魔族は人間と和平を結んでおり、人間との争いを好まぬ穏健派の魔族もいる始末です」
ドグラはひざまずいた姿勢のまま、言葉を続ける。
「和平……だと? 人間などという脆弱な生き物に、誇り高き魔族が恐れをなしているというのか?」
和平という言葉を聞いて、ベラリスの瞳に怒りの色が灯る。
ベラリスはかつての聖魔大戦の際に魔族軍の急先鋒として、もっとも多くの戦いに臨んだ存在だった。
人間と和平を結ぶということはありえない選択肢だったのだ。
「人間どもを皆殺しにしてやろうと思っていたが、気が変わった。穏健派といったな。まずは魔族の中にいる腰抜け共を始末してやろう。それから最強の軍隊を作るのだ」
ベラリスはそういうと魔力を解放する。
禍々しい黒い霧が辺りに充満し、木々が枯れ始める。
「承知いたしました!」
穏健派の魔族を制圧するというベラリスの姿を見て、ドグラは笑みを浮かべる。
そう、それこそがドグラの目的だったからだ。
——数日の後。
ベラリスとドグラは穏健派とされる魔族の村に強襲を仕掛ける。
村に住んでいたのは木の精霊を始祖とする魔族であり、魔族の中でも最も争いを好まない集団だった。
彼らは抵抗しようとするも、強大な魔法を使うベラリスに手も足も出ない。
ベラリスは【賢者】のミラクが使う全ての魔法を使うことができるからだ。
「お前だけでも逃げろ! デスマウンテンに避難するのだ」
そんな中、一人の少女が村から駆け出していく。
彼女は燃える村を背中に、ただただ必死に走るのだった。
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