159.ミラク、焦りが乗じて思わぬ行動に出る
「ユオ様が足りない……」
ミラク・ルーは、はぁっとため息をつく。
ユオの能力について女王に報告したのはもう数ヶ月も前のことだ。
幸いにもユオのスキルが危険視され、処断されるということはなかった。
しかし、逆に言えば、何一つ現実は変わらないまま。
太陽のような笑顔のユオはもういない。
いつものように日は昇り、風は吹くが、ミラクの心にはぽっかりと穴が開いたような状態だった。
「お姉さま……」
ミラクはユオから昔プレゼントにもらったハンカチをぎゅっと握りしめる。
それはユオがいなくなった王都で、唯一の痕跡とでも言えるものだった。
「こうなったら……!」
ミラクは決意する。
ラインハルト家に出向き、ユオの追放を解いてもらうように説得することを。
自分自身の宮廷魔術師としての報酬を条件にしてもよい。
もし、望むなら、将来、ラインハルト家に仕えることだって選択肢の一つだ。
ミラクはふぅっと息を吐いて、ラインハルト家の門をくぐるのだった。
◇
「……ダメだったぁ」
ミラクはラインハルト家のマクシムとルイスと直談判することができた。
どうにかユオを王都に戻してもらえないか頼み込む、ミラク。
しかし、答えはノー。
それも圧倒的なノーだった。
まるでユオを目の敵にしているほどのふるまいで、取り付く島もなかった。
彼女はとぼとぼと家路につく。
無力感に打ちひしがれた彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
「……お嬢さん、もしかすると、ユオ・ラインハルト様をお探しなのではないですか?」
それは不思議な声だった。
まるで心のなかに囁いてくるような形で、誰かがミラクに声をかけてくるではないか。
「えひっ!?」
振り向くと、そこには商人然とした人物が立っていて、にこやかな表情をしている。
彼は自分の名前を辺境都市の商人、ドグラと名乗った。
「あ、あなたはユオ様をご存知なのですか?」
「えぇ。私はこう見えましてもラインハルト家に昔から出入りしている商人なのです」
「そ、それではユオ様が今どんなことになってるのかも知っていらっしゃるのですか?」
ミラクはほとんど必死の形相になってドグラに食いつく。
長身痩躯のその男は軽く笑うと、ユオをとりまく現状について話し出すのだった。
彼いわく、ユオはラインハルト家の面々と喧嘩をしており、辺境の大地から帰ってくるつもりはないと意固地になっているとのことだ。
ラインハルト公も内心では困っていて、王都まで連れ戻してくれる人物を探しているらしい。
「私はちょうどユオ様が追放された村を巡回します。ユオ様もいつまでも辺境に居るわけにはいかないでしょうが、困ったものですねぇ」
ドグラは慈悲に溢れたような顔をして、そんなことを言う。
その言葉はミラクにとって千載一遇のチャンスを意味していた。
「ユオ様を、お姉さまを連れ戻せる人物……」
ミラクの中でその言葉が反響する。
もしかしたら自分ならばユオを説得し、連れ戻せるかもしれない。
そんな思いが、ミラクの中に湧き上がってきたのだ。
少なくとも、私の話ならば聞いてくれるかもしれない。
それに、まず、会いたい!
お姉さまに会いたい!
宮廷魔術師としてトレーニングを受けているミラクは、今、自分が王都から勝手にいなくなることの意味を十分にわきまえていた。
自分に良くしてくれた学園や王室にさえ泥を塗る行為であることも理解していた。
そして、これまでの自分自身の努力を全て無為にすることも理解していた。
宮廷魔術師としての道はなくなり、謹慎どころか、王都から追放される可能性だってあるだろう。
……それでも、いい。
ミラクはぎゅっと、こぶしを握りしめる。
「私、行きます!」
ミラクはその場で決意する。
ユオを連れ戻すために辺境へと向かうことを。
そして必ずユオを王都へと連れ戻すことを。
宮廷魔術師の見習いの仕事も、学園での学業も全て放棄しても構わない。
ミラクの心はただ一つ、ユオに会いたい、それだけだったのだ。
◇ 別視点:ドグラからはこう見えていた
「どうか、お願いします! ユオ様を王都へ戻してくださいませんか! 私がラインハルト家に無給で仕えても構いません!」
「ユオの追放処分は覆せないのだ。お引取り願おう」
ドグラはほくそ笑んでいた。
彼の手元にある宝石から会話の一部始終が聞こえてきたからだ。
ドグラはその宝石、女神の涙に音声を飛ばす魔法をかけることで盗聴をしていたのだった。
会話の内容をまとめると、どうやらラインハルトの娘であるユオは勘当され、辺境の大地へと追放されたとのことだ。
ユオの友人を名乗るミラクという少女が、ユオを王都に戻してもらえないかと懇願するもにべもなく断られてしまったのだ。
ミラクは【賢者】のスキルを持った、かなり大きな魔力を持った人間であること。
これは彼にとって非常に好都合だった。
ドグラは封印されている魔族を復活させるために、どうしても人間が必要だった。
それもただの人間では足りない。
強力な魔力の持ち主でなければならなかった。
それこそ、かつての魔族を封印するぐらいの存在でなくてはならなかった。
辛抱強く待とうかと思っていた矢先に、ミラクが転がり込んできたのである。
彼は自分がラインハルトと懇意であり、ユオの追放騒動についても知っているという芝居を打つことにした。
もちろん、偽装魔法をしっかりかけた上である。
結果、ミラクはあっけないほど簡単に【ユオの村】に行くことに同意してくれた。
ミラクはドグラを信じ切っているように見える。
それだけユオのことを案じていたのだろう。
こうして魔族と人間の奇妙な旅が始まる。
100年の平和を保った大陸の歴史は徐々に変わろうとしていた。
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