158.ラインハルト家、長男と次男がなにやら変な奴と手を組みますよ
「ミラージュの奴、金を使い込みおって!!」
これはユオたちがザスーラの首相や辺境伯たちを温泉でおもてなししているときのこと。
リース王国の有力者、ガガン・ラインハルトは怒りに燃えていた。
その理由は彼の三男のミラージュが莫大な使い込みをしていたからだった。
しかも、肝心のミラージュは子供返りしていて、責任を問うことさえ難しい。
家計は火の車であり、ラインハルト家の危機と言って良い状況だった。
「マクシムにルイス、早急に資金をかき集めよ! このままでは騎士団の維持すらできん!」
「ははっ!」
そこでガガンは二人の息子を呼び出し、資金集めを命令する。
マクシムは長男であり、魔法剣士として知られ、ルイスは知略に富んだ騎士であることで知られていた。
ミラージュをあわせた、ラインハルト家の3騎士はリース王国の守りの要とも呼ばれるほど、評価の高い騎士だったのだ。
「お前たちに任せれば安心だ。私は休暇に出かけるぞ!」
ガガンは息子二人に任せると、再びバケーションに出かける。
先日は休暇の途中で女王に呼び出されたからであり、骨を休める暇もなかった。
むしろ、女王のおかげで妙なものを飲まされ体を壊したとさえ言える。
厄介な仕事を任された二人の息子は父親を冷ややかな目で見送るのだった。
◇
「ここまでうちの財政がひどいとは。兄上、いかが致しますか?」
「現状では高級魔石の流通はかなり厳しいだろう。魔石に代わる何かを探すしかないな」
ガガンが出発すると、マクシムとルイスは二人で金策について話し合う。
基本的にはルイスはマクシムのイエスマンであり、追随することが多い。
「魔石のかわり、ですか。ふぅむ……」
マクシムとルイスの間に重い空気が流れる。
先日の聖域エリクサーの件で、ラインハルト家は痛い目をみたばかりだったからだ。
生半可なものに手を出すと、火傷することを身をもって知っていしまっていた。
「マクシム様、お客人が参りましたが」
腕組みをして唸っているところに、執事がドアをノックする。
客人の名を尋ねてみたが、聞いたことのない商会の代表を名乗っているとのこと。
今はガガンも屋敷におらず、通常、このような来客は断るのが主だ。
しかし、重苦しい空気を変えるためにあえて客人を通すことにした。
◇
「お初にお目にかかります。ドグルズ商会のドグラと申します」
ドグラと名乗った人物は長身痩躯の男だった。
メガネを掛けた顔色は青白く、神経質そうな顔をしている。
「この度はラインハルト公爵様に取引のお願いがあって参りました」
「ふむ、取引か。申してみよ」
彼らは椅子にふんぞり返ったままで答える。
マクシムたちの態度は父親のガガンにそっくりだった。
彼にとって弱小商会の商人とは、尊大に振る舞うべき相手だったからだ。
「ははっ、こちらをご覧ください」
そう言って男が差し出したのが、青く光る宝石のようなものだった。
内側に黄色い光をたたえ、揺らめいている。
それを目にしたマクシムの顔色は一瞬で変わる。
「こ、これは……? ま、まさか、【女神の涙】ではないのか!?」
「し、知っているのか、兄上!?」
その理由は商人の持ってきた女神の涙と呼ばれる宝石にあった。
それは魔族領でしか採取することのできない希少な宝石であり、爪ほどの大きさで邸宅が買えると言われている希少な宝石。
素材としても優秀で、高級魔石よりも遥かに大量の魔力を吸収・放出すると言われていた。
魔法剣に用いれば、その威力は何倍にも増すことを、マクシムは常日頃から耳にしていたのだ。
「さすがはラインハルトのマクシム様、よくご存知ですね。……私の村では、この宝石がよくとれるのですよ」
ドグラと名乗った男はそう言って口元を綻ばせる。
その笑みは人間のものとは思えないほど、引きつったものだった。
「お前の村で、とれる、だと……!?」
マクシムはここに来て、目の前の存在が人間ではないことに気づく。
女神の涙がよく取れる場所、それは魔族の治めるはずの地域だった。
と、なれば、目の前にいるドグラもまた、魔族である可能性が高い。
うまく人間に擬態しており、彼らは初見でそれを見破ることができなかったが。
「……ドグラ、貴様、人間ではないな? このマクシム・ラインハルトを愚弄するのか?」
マクシムはそう言うと同時に、剣の柄に手を添える。
彼は魔法剣士のスキルを授かり、剣に魔法をのせるという希少な剣技を扱うことができた。
マクシム・ラインハルト。
彼はリース王国の魔法騎士団の団長を務める人物であり、リース王国の最大戦力の一つとさえ言われている。
いきなりこの場が戦場になるとは思ってもみなかった弟のルイスは、「ひぃいいい」と情けない声を上げる。
「おやおや、ばれてしまいましたか。さすがは魔剣のマクシム様。恐ろしいこと、この上ない」
ドグラの瞳が緑色に変化する。
しかも、その瞳の形は人間のものとは異なっていた。
「私は魔剣様と戦うつもりはありませんよ。ただただ、取引のお願いにまいっただけなのですから。どうかその手を下してください」
ドグラはそう言うとにこやかに笑う。
明らかに作りきった表情ではあるが、一切の魔力を解放していないところから戦意はなさそうである。
それにおかしな真似をすれば一瞬で両断することができる。
マクシムはそう判断し、ドグラに言葉を続けさせた。
「我々の目的は、ラインハルト家に伝わる【ベラリスの封印書】です。そちらを頂ければ、先程の女神の涙を100個ほどご用意しましょう」
「ベラリスの封印書だと?」
その言葉に、マクシムたち兄弟は顔を見合わせる。
封印書。
それは、過去の魔族大戦で魔族を封印するために用いられた魔道具である。
通常の攻撃が通らない、またはあまりにも強大で倒すことのできない相手に使われた。
過去に大功をあげたラインハルト家にもその封印書は残されており、ベラリスという魔族を封印したものなど、いくつか残っていた。
とはいえ、過去の魔族大戦は100年も前のことであり、ベラリスがどんな魔族かはもはやマクシムにもわからなかった。
しかし、魔族がそれを求めるというのは穏やかな状況ではないことはすぐにわかる。
「ドグラと言ったな、封印書をなにゆえ望む?」
「私の村で小競り合いが起きておりまして、相手を黙らせるためにはどうしても力が必要なのです」
「人間側に危害を加えるためではないというのか?」
「もちろんですよ。ご存知の通り、現在の大魔王様は和平を望んでおります。あの人はとても恐ろしいお方ですから、歯向かうことはございません。そちらに手出しをしたら、私のような下級魔族はすぐに消し炭ですよ」
マクシムはドグラという男の瞳をじぃっと覗き込む。
擬態を解いた緑色の瞳は明らかに人間のものではない。
人間の宿敵として長く語られていたが、嘘を言っているようには思えない。
「兄上、やめたほうが無難です、魔族と取引などと!」
弟のルイスは青い顔をして、そう耳打ちをする。
魔族はリース王国の第一の敵とされている。
100年前の大戦で人類側は大きな損害を負い、たくさんの人々が死んだ。
本来ならば問答無用で殲滅しなければならない相手である。
しかし、商売となれば話は別だとマクシムは考える。
そもそも、大昔の魔族を一体程度解放したところで痛手があるとは思えない。
自分の魔法剣なら数秒で片付けることができるのだから。
一方で、ラインハルト家が得られる対価は莫大なものになる。
この取引に応じないほうが『どうかしている』とマクシムは結論づけるのだった。
女神の涙が100粒ほどあれば、これまでの損失の補填どころか向こう数年遊んでくらすことさえできるだろう。
「いいだろう、ベラリスの封印書を用意する。明日、同時刻にここに来るように」
マクシムはドグラとの取引に応じると伝える。
ルイスは言葉にならない叫びをあげるが、マクシムはそれを受け入れない。
「ありがとうございます。残りの100つのはもっと大粒のものをご用意させていただきますよ、次期ラインハルト公爵様」
ドグラはそういうと、足音もなく、ドアの向こうへと消えていく。
それは明らかに人間の動きではなく、二人に強烈な印象を与えるのだった。
◇
「兄上! 大丈夫なのですか!? 父上に黙って魔族と取引など!」
ドグラが帰ったあと、ルイスはマクシムに抗議する。
しかし、マクシムはルイスの言葉を遮るようにこう言うのだった。
「何の問題もないぞ、ルイス。あの封印書は魔族が封印を解こうとすると、崩壊するのだ」
「そ、それはまことですか!?」
「ふくく、あの愚かな魔族は地団駄を踏むだろうよ」
マクシムは自分が余裕しゃくしゃくでいたことの理由を説明する。
あの封印書というものは非常に高度な術式で構成されており、魔族が触るだけで崩れてしまうものなのだ。
もしも、あのドグラという男が封印を解こうとしても、できるはずがないのだ。
「さすがは兄上! 敬服しましたよ!」
ルイスはマクシムの機転を称賛する。
これならば、かりに封印書を紛失したことがバレても大きな問題にならないだろう。
「それにいざという時は私が相手をしてやるさ。100年前の古ぼけた魔族など、一刀両断だ」
マクシムは不敵な笑みを浮かべる。
彼の行動の源泉には、自分の力への揺るぎない自信があった。
「……兄上、それでしたら、私に考えがあります! あの魔族をつかって……」
マクシムはにやりと笑みを浮かべ、ルイスに今後の計画を伝える。
それを聞いたマクシムは思わずにやりとする。
そして、二人は明日の取引へと備えるのだった。
◇
「これが例のベラリスの封印書だ。確認するがいい」
次の日、ドグラは時間きっかりに現れる。
マクシムは古ぼけた魔法陣の書かれた紙をドグラに見せ、真贋を問う。
彼らは封印書をまじまじと眺めると、「確かにベラリス様の魔力ですね」と答える。
その様子に胡散臭いものを感じるマクシムだが、別にこれが本物であろうとなかろうとどうでもよい。
彼らは<<女神の涙>>という宝石さえ手に入れること、それが一番の目的だった。
そして、急遽、もう一つ条件を付け加えることにした。
「これを渡すには条件がもう一つある。禁断の大地にある、この村を潰してくれないか」
ルイスはそう言うと、詳細な地図を取り出す。
そこには一箇所だけ丸がつけられている場所があった。
その村こそが彼らの義妹の治める、ユオの村だった。
マクシムとルイスは魔族の力を使って、その村を崩壊させようと目論んでいたのだ。
「ほほう、これはこれは……」
ドグラは目を細めて、指し示す地域を眺める。
そして、彼はにやりと笑みを浮かべて、「いいでしょう」とだけ言うのだった。
「それではこちらが女神の涙です。ちゃんと確認してくださいね」
ドグラは丁寧な手付きで、机の上に宝石を並べていく。
その数、百個。
これまでの苦労が一気に消し飛ぶほどの資産になる。
日頃から高価なものに囲まれているマクシムたちであるが、思わず唾を飲み込んでしまう。
「それではこちらは頂いていきますね。君、これを持ちたまえ」
「ははっ」
ドグラは使用人に封印書をもたせて、嬉しそうに帰っていく。
そして、彼らの取引は何事もなく終わったのだった。
思わぬところから女神の涙を手に入れたマクシムとルイスは歓喜する。
封印書が崩れれば、それで終わり。
もしも、封印書から魔族を解放することができても、ユオの村は潰れる。
どっちに転んでも彼らにとってプラスの結果がでるのだ。
彼らは魔族を出し抜いてやったと笑うのだった。
「……愚かなことですね、人間どもは」
屋敷を出たドグラはにやりと笑う。
彼は魔族である自分が封印書を触ると崩壊することを知っていた。
最も今は奴隷化した人間にもたせているため、封印書は崩れることはない。
「あとは封印を解いてくれる人間を確保しましょうかねぇ」
ドグラは口元に笑みを浮かべる。
彼の脳裏には真っ黒い陰謀が渦巻いていた。
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