156.ユオ・ラインハルトが【賢者】のミラク・ルーの『お姉さま』になるまで
「あんた、ミラク・ルーよね。私と一緒にご飯を食べない?」
これは数年前のこと。
そう言って差し出された彼女の手は温かかった。
ミラク・ルーは彼女の手の温もりを今でも鮮明に覚えている。
場所は王都にある貴族御用達の魔法学院。
わずか10歳で【賢者】のスキルを開花させたミラクは、平民出身者ながら特例として入学が許されたのだった。
通常は14歳で入学するところを、12歳での飛び級入学である。
しかし、入学してわかったのは、ここは激烈な階級社会だということ。
いくら魔法の能力が高くても、平民出身の彼女に話しかけてくる子女はいなかった。
あくまでも平民であり、その格差は想像している以上に大きかった。
そして、表では自分に優しく接してくれる生徒も、実際には自分の陰口を叩いていることを知り、ミラクは軽く人間不信に陥った。
【賢者】のスキルはあくまで魔法の習得に置いてのみ有利なもので、人間への理解を促進するものではない。
素のままのミラクは傷つきやすく騙されやすい、純朴な田舎の少女だった。
今日も一人で寂しく食事をしようとしているときに、話しかけてきたのが黒髪の少女だった。
彼女の名前はユオ・ラインハルト。
リース王国名門の公爵家の令嬢であり、家柄の高さからも有名人だった。
この地域では珍しい長い黒い髪はきらきらと輝いていて、少しだけ切れ長の美しい瞳。
ミラクはユオの可憐さに息をのんでしまう。
「は、は、はい!? ご、ご飯ですか!? 公爵令嬢さまさまのユオ様さまが私と!?」
しかし、ミラクは焦って、かけていたメガネがずり落ちそうになってしまう。
あの公爵家の令嬢が自分と一緒に食事をしてくれるとは思えなかったからだ。
「様が多い! 変にかしこまらなくてもいいから。あんたからは何か普通じゃないものをビシバシ感じるのよね!」
「びしばし!?」
「ほらほら、早く立って! あっちの日当たりのいい場所で食べるわよ!」
「え、ええ!?」
ユオはミラクの手を引っ張る。
ぎゅっと握ってきたその手はとても温かかった。
「ふふっ、お茶も用意してあるわよ! ララ、とびっきりのをお願い」
ユオはそう言ってにこっと微笑む。
その笑顔はまさに天真爛漫でミラクを魅了するのに十分だった。
そして、否応なしにミラクはユオと一緒に食事をする仲になったのだ。
時は流れ。
【賢者】のスキルを持つミラクは学業だけなら抜きん出た成績を収めることができた。
彼女は難解な魔法陣もすぐに理解できたし、再現どころか改良すら行うことができた。
学園の教授たちからも、将来の宮廷魔術師と囁かれ、彼女自身も自分の力を誇りに思ってもいた。
学院の生徒たちはもはや彼女を平民の田舎者とバカにするものはいなくなった。
ミラクは学院を代表するのにふさわしい優秀な生徒の一人となったのだ。
しかし、そんな彼女が一目置いているのがユオだった。
ユオははっきり言って、学業はダメダメだった。
決して勉強が嫌いというわけではないのだろうが、考えるよりも行動するタイプであり、緻密な魔法理論を理解しようともしなかった。
いや、そもそもユオにはそんな必要はなかったのだろう。
なぜなら、彼女の魔力はゼロだったからである。
後から知った話だが、彼女はあくまでも箔付けとして魔法学院に入れられただけだったのだ。
もしかすると、魔力が開花するのではという目論見もあったかも知れないが。
しかし、それであってもユオをバカにする人間は少なかった。
ユオには太陽のような天真爛漫なキャラクターがあった。
それに触れると、魔力の大小のみが人間の価値ではないことに気づかされる。
ユオは周囲を応援し、そして、愛されていた。
とはいえ、決して我の強いリーダーというわけではない。
近くにいるとなんだかポカポカするという感覚が沸き起こり、この人の力になってあげようという気持ちがいつの間にか湧いてくる。
ミラクはユオにはリーダーの器があると感じていた。
「お姉さま! おはようございます!」
一年も経つとミラクはすっかりユオになついていた。
ユオのことを『お姉さま』と慕い、学園生活の際にはいつも傍らにいた。
「うーん、なんでお姉さまなの? 普通にユオさんとか、ユオちゃんとかでいいじゃん」
「ダメです。お姉さま以外考えられません。お姉さまが一番言いやすいんです」
「そんなものなの? まぁ、私が年上だし、いいか」
ユオはそう言って笑う。
あの賢者が『姉』と慕っているということで、周囲の生徒はさらにユオに一目置くことになった。
「私、頑張りますから、いつかお姉さまのもとで働かせてくださいね!」
ある日のこと、ミラクはユオに仕官宣言をするのだった。
ミラクの将来は栄誉ある宮廷魔術師と言われていたので、なんの冗談かとユオは思う。
しかし、ミラクの目は真剣そのもので、ユオは気圧されそうになる。
「わ、わかったわ。将来、もしも私が自分の領地をもらえたら相談するわね。しかし、魔力ゼロの領主なんているのかしら」
「いいえ、お姉さまなら、絶対、素晴らしい領主になれます! その気になれば、新しい国を立ち上げることだってできます!」
「新しい国!? ちょっとそれは行きすぎでしょ!?」
ミラクの無邪気なヒートアップをユオはとてもおもしろそうに笑う。
その屈託のない笑顔にミラクは心が穏やかになるのを感じる。
「いいえ、ユオお姉さまなら、絶対になれます! 圧倒的な独立国家の専制君主に!」
「それってララに吹き込まれたでしょ? あんた、お人好しすぎるから、騙されるって。ララはあぁ見えて危険分子だから気をつけたほうがいいよ」
学園の片隅で一緒に笑うユオはとても美しかった。
たぶん、きっと、ユオはこれからも沢山の人をひきつけていくだろう。
彼女に領地が与えられることになれば、色んな人が彼女をもり立てて大成功するだろう。
魔法が一切使えなくても、彼女は素晴らしい。
ミラクはユオと同級生であることに誇りさえ抱いていたのだった。
◇
しかし、その平穏はいつまでも続かなかった。
ユオがスキルを授与された、その日から全てが変わってしまった。
ミラクはとある侯爵の子女の家庭教師を努めており、その縁で偶然、ユオのスキル授与式に参加していた。
彼女に与えらたスキルは、ヒーター【灼熱】。
あまりにもシンプルで、あまりにも意味不明。
聞いたこともないスキルだった。
当然、魔法系のスキルではない。
リース王国においては落伍者の烙印を押されるたぐいのスキル。
失望のため息や小馬鹿にするような失笑が場を支配する。
そして、誰もがその沈黙に耐えられなくなった時、彼女の兄たちは口々にユオを罵倒しはじめるのだった。
その言葉はあまりにもひどく、ミラクは耳を塞ぎたくなるぐらいだった。
魔力ゼロだというだけで、そこまでバカにされなければならないという理由はないはず。
「お姉さまはこんなことで負けません!」
その場にいるのはリース王国の中枢を担う貴族たち。
本来であれば自分が口を開くことさえはばかれる場面である。
しかし、落胆するユオの姿を見て、声を挙げずにはいられなかった。
「お姉さまはきっと、とんでもないことをしてくれます!」
その場の誰もが、ユオをバカにして、笑っている。
しかし、魔法学院の同級生である自分は、彼女の妹分である自分は、知っているのだ。
ユオほど温かい人物はいないことを。
一緒にいて、心まで温まる人物はいないことを。
感情移入が過ぎて、涙さえじわじわとこみ上げてくる。
人前で泣き叫ぶわけにはいかない。
ミラクは慌てて、その場を後にするのだった。
次の日、ミラクはラインハルト家の屋敷にユオを迎えに行く。
昨日のことがあったため、どうしても心配になったのだ。
しかし、その門のところでは何やらものものしいやり取りがなされていた。
「いいか、お前はもうラインハルト家とは関係がない。いっそのこと、そこに国でも作って永住してもかまわん! ヤパンなど、どうせ誰も関心のない土地なのだ!」
ユオの父親の公爵はそう言って、ユオの追放を宣言する。
そして、ユオとメイドのララは家の前からしずしずといなくなるのだった。
ミラクはその様子を陰から見ていることしかできない。
彼女はただその光景を胸に深く、深く、刻み込む。
一生、忘れられない、それほどショッキングな場面。
ミラクは声をかけられなかったことを、ずっと引きずるのだった。
それからユオは魔法学院に来なくなった。
『知ってる? ユオ様が最果ての辺境に追放されたんですって?』
『えぇ、そんなことありなの!? ユオ様に私、憧れていましたのに……』
『いくら魔力がないからって、あんまりの仕打ちですぅ』
ユオが最果ての辺境の大地へと追放されたことは風のうわさで耳にした。
ラインハルト家が所有する辺境の大地は王都から遙か北に位置していた。
魔王領のすぐとなりであり『禁断の大地』と呼ばれていることはミラクでも知っていた。
当然、そこに滞在するだけでも命が脅かされる可能性がある。
ユオは性格は勝ち気だが、魔力はゼロで自分の身を守る術を持たないはずだ。
これではまるで、辺境の大地で野垂れ死ねと言っているようなものだ。
「こんなこと、ありえません!」
いくら魔力がないからといって、実の子供になんてひどいことをするんだ。
ラインハルト家の方針にミラクのはらわたは煮えくり返った。
しかし、リース王国の有力者であるラインハルト家の家庭事情に口を出すことは許されない。
自分は所詮は平民であり、そこには大きな壁が存在していた。
彼女は本当であればすぐにでも辺境の大地へと旅がしたかった。
しかし、女王の下で宮廷魔法使いとしての修行が始まってしまった。
これでは勝手に王都を離れるわけには行かない。
ミラクは憤りと無力感を感じながら、毎日をすごすのだった。
そして、ある日、彼女は『いいアイデア』を思いつく。
ユオを取り戻すための、とびっきりのアイデアを。
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