155.魔女様、村長とクレイモアをトレードする。そして、あの子を思い出す
「うぅうう、天然物が、天然物が押し寄せるぅううう」
シルビアさんは羞恥心のあまり失神。
へんなうわ言を言っていたけど、大丈夫だと信じたい。
しかし、ミニビアさん以外のことはつつがなく運んだのだった。
あの首相さんも温泉には大喜びしてくれて、ぜひ、また来たいと言ってくれた。
冒険者ギルドの魔法使いの皆さんも、もちろん大満足。
と、なると次は夕食なのだ。
「な、なんだこの部屋は!?」
「テーブルがない!?」
「変な椅子があるぞ!?」
夕食用の部屋に案内された面々は、その様子に驚きの声をあげる。
通常、私たちはテーブルと椅子で暮らしているのだけれど、この部屋は違う。
なんと床の上に直接、座る形になっているのだ。
これは件の古文書から出てきたアイデア。
古文書の絵には、皆が床に座って何かを食べている様子が描かれていた。
その様子はとても楽しそうで、とてもエキゾチック。
温泉リゾートが完成したら、絶対に作ってみたいと思っていたのだ。
もっとも、床の上に足を組んで座るのはけっこう大変だ。
そこで床の上に置く椅子や、クッションを用意したので、座り心地は大幅に改善した。
こういうところでもドレスたちが頑張ってくれて、すごく嬉しい。
「すごいですね! 私も初めてです!」
「服もかわいいです!」
村の仲間たちもわいわい集まってくる。
リゾートの変わった服を着て、床に座るだけなのに異国情緒があって結構楽しい。
みんな嬉しそうにワイワイ言いながら、自分の名札のある席に座る。
さぁ、歓迎会に入りますよ!
スタッフたちがトレーに料理を持ってどんどん運んでくる。
たぶんきっと満足してもらえるだろうと、今から胸がワクワクする。
「う、美味い! こんな料理、サジタリアスでも見たことないぞ!」
出てきた料理は村の周囲で取れる最高の食材を用いたもので、みんな満面の笑みになる。
イノシシのモンスターのお肉はとろけそうなほど柔らかいし、お野菜もしゃきしゃき甘い。
2時間はかかるはずの食事があっという間に終わってしまった。
「いやぁ、素晴らしかった。この料理を作ったものに、ぜひ、礼を言いたい」
辺境伯はお料理に満足してくれたのか、料理長を呼び出してほしいと言う。
ふぅむ、これって料理人にとっては最大限のお礼だよね。
もちろん、OKというわけで、スタッフに頼んで例の料理人を呼び出してもらう。
「いしし、どうだったのだ、お味のほうは?」
「お、お前は!? なぜ、お前が料理を!?」
そこにあらわれたのはシェフの服装になったクレイモアだった。
辺境伯はクレイモアの唐突な登場に、「しまった、毒見を忘れた」などと失礼なことをいう。
他のメンバーも動揺の色を隠せない。
しかし、相手がどんなに驚いていても空気を読まないのがクレイモア。
彼女は辺境伯の前で、こう宣言するのだった。
「辺境伯様! あたしはこの村に移住することにしたのだよ。 母上殿からの了解は得られたし、リリアナ様の護衛として滞在するのだ! お許しくださいなのだ」
クレイモアは交渉なんて言葉は一切知らないらしい。
単刀直入にこの村に移住する意思を伝える。
料理人を呼び出したと思ったら、まさかの騎士団の剣聖。
しかも、唐突に騎士団を抜けるというのである。
当然、これには険しい表情になる辺境伯と騎士団一同。
当たり前といえば当たり前の話で、剣聖であるクレイモアは騎士団の柱だと聞いている。
実際に彼女は尋常ではない強さだったし、村長さんだって危うかった。
そんな彼女が騎士団から抜けるということは、大きな損失となるだろう。
「お父さま、お願いします! クレイモアはレストランをするっていう夢があるんです!」
「ぐ、ぐむぅ……」
もともと示し合わせていたようで、リリは辺境伯の説得に参加する。
しがみつかれた辺境伯は嬉しそうな顔をするが、それでも首を縦には降らない。
「リリアナ、気持ちはわかるが、クレイモアはとても貴重なんだ。サジタリアスにはモンスターも多いし、最近の聖王国の動きもつかめない。クレイモアは知ってのとおり、一騎当千。後釜すら見つからない状態では難しいのだよ」
困った顔をしている辺境伯のかわりにレーヴェさんが口を開く。
そう、領地を守るということは責任が伴うのだ。
私だってクレイモアの存在は嬉しいけれど、他国から人材を不本意に引き抜くっていうのはフェアじゃない気もする。
冒険者みたいに自由な身分なら滞在でも移住でもしてくれていいんだけれど。
「そこをなんとかなのだ、辺境伯様!」
頭を床に擦り付けて、一世一代の懇願をするクレイモア。
こんなのお母さん相手でもやっていないわけで、彼女の本気が伝わってくる。
「ならんと言ったら、ならん! お前は騎士団の要なのだぞ!」
なんとか留めておきたい辺境伯たち。
そもそも騎士団を一方的にやめることには罰則すらあるそうだ。
事態は一気に平行線。
さっきまでワイワイしていた空気がピリピリと張り詰める。
うーむ、どうしたものか。
「話は聞かせてもらいましたぞ。サジタリアス辺境伯様、クレイモアの代わりに、わしを雇ってみんかのぉ」
しぃんとした空気の中、奥の方から声がしたので、私たちはいっせいに振り返る。
そこには村長さんが座っていて、きっちりと背筋を伸ばしていた。
「サンライズさん!?」
これにはレーヴェさんたちも驚いたようで、席を立ってしまうほどだった。
「サジタリアス辺境伯どの、サンライズ・サマーと申します。クレイモアの後任が見つかるまで、私を騎士団にて働かせてくだされ。老骨ながら、まだまだ若いものには負けませぬ」
村長さんはこちらの席に向き直り、改めて挨拶をする。
いつもの砕けた口調とは異なり、険しい顔に険しい目つき。
かなりの本気が伝わってくる。
「うぅむ、黄昏の剣聖、サンライズが我が騎士団に来るというのか…」
辺境伯は突然の村長さんの出現に驚き、眉間にシワを寄せる。
レーヴェさんと顔を見合わせて、何やら話し始める。
「父上、サンライズといえばリース王国の騎士団長まで務めた騎士の中の騎士です。あの白薔薇の女王やトトキア首相と組んでの冒険譚は数しれず。自軍の中にも信奉者は多数おります」
「しかし、腕は確かなのか? もう、相当の高齢のはずだろう」
「いや、先の遠征ではクレイモアといい勝負をしました。まだまだ衰えてはおりません」
「まことか!? うぅむ、あれが騎士団に来てくれるのは頼もしい」
「はい……。自分一人で飛び出して欲望のまま敵を蹴散らすだけのクレイモアよりも遥かに頼れるかと」
「クレイモアは命令を聞かんからなぁ……」
「それに騎士団の育成という点でも大きいですよ」
「なるほど、確かに、サンライズに指導を受けられると聞けば、ザスーラ中から優秀な人材が集まるかもしれん」
「その通りです。そもそも、クレイモアは他人のトレーニングに一切関心がないですからねぇ。自分で突っ込む以外に使いようがないといいますか」
「えぇい、やつは化け物か……。剣聖じゃなければ叩き出すところだ」
「クレイモアは村でリリの護衛をしてもらうとして、父上、ここは一つ……」
「あいわかった」
辺境伯はレーヴェさんとごにょごにょ話していたが、ものの数分で結論をだす。
「サンライズ殿が加入してくれるなら心強い。騎士団を鍛えてやってくれ」
辺境伯は村長さんの手をがしっと握って契約成立を宣言する。
えぇえええ!?
そんなに簡単に決まっちゃうの!?
そもそも、私の意思は!?
「魔女様、勝手に村を出ていくこと、誠に申し訳ございません。先代の残した村を発展させてくださいましてありがとうございます」
村長さんはこちらに向き直り、丁寧に謝罪してくる。
村長さんは、私がこの村に赴任してきてからの付き合いだ。
村を発展させるために頑張ってくれた大恩人だ。
「とはいえ、これは一時的なものです。あのトトキアのやつがうるさくいいましての」
そう言って村長さんはウインクをする。
「すまんですな、ユオさんや。このザスーラは雲行きが怪しくなってきておりましてな。ちょいとサンライズさんをお借りしますぞ」
隣りに座っていた首相さんも謝ってくる。
まるで二人とも示し合わせていたように。
そう言えば彼らはずっと話し込んでいた気がする。
裏で何かが動いているとか、そういうことなの?
ふぅむ、何らかの意図があるのならしょうがない。
「おじいちゃん、すぐに帰ってきてよ!?」
とはいえ、別れは辛い。
それが突然ならなおさらのことだ。
孫娘のハンナは泣きそうになっている。
そりゃそうだよね、今までずっと一緒だったんだし。
初めの頃なんか、ハンナはつきっきりでお世話をしていたんだし。
「やったのだ! 村長のおかげで村に移住なのだ! 美味しいハンバーグを作るのだよ!」
一方のクレイモアは湿っぽい空気を読むことなく、リリと二人で喜んでいる。
彼女たちは昔からの付き合いだそうけど、すごく仲がいい。
主従関係を越えた友情ってやつなんだろうか。
友達ってやっぱりいいものだよね。
私はふとあることを思い出して懐かしい気持ちになる。
魔法学院時代の私の妹分は元気にしているだろうか、なんて。
【魔女様の人材】
クレイモア・ウィンター:サジタリアス出身。剣聖の区分は白昼。真正面からの特攻が得意。馬鹿力の持ち主であり、剣を振るえば、岩を一刀両断する。戦う姿は破壊の女神。金髪碧眼の美人で身長も高く、大きい。どことは言わないが、とても大きい。ユオの村ではもっとも正統派の美人だと言って差し支えないが、性格がアレすぎて手に負えない。お料理は得意。お風呂で泳ぐな。
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「魔法学院の『妹』……!?」
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