139.魔女様、アクト商会の策略にハマって魔法空間に閉じ込められ、よりによってヤツと戦うはめになる
「お姉ちゃん!」
「メテオ!」
ここはアクト商会の商館の一室。
私とクエイクの目の前にメテオが連れてこられる。
「二人とも来てくれたんか」
メテオはそう言うと、ゆっくりとこちら側に歩いてくる。
彼女の血色は悪く、髪もぼさぼさになっている。
この間まで輝くような肌ツヤだったのに。
一刻も早く、お湯に入れてあげたい。
「お姉ちゃん、大丈夫……?」
私達の隣りに座ったメテオの様子にクエイクは泣きそうな声を出す。
いや、その前に一言くらい謝ってもらおうかしら。
無実の罪で捕まえてくれたんですから。
私の中で怒りがふつふつとこみ上げてくる。
……とはいえ、私達はここにケンカをしに来たわけじゃない。
もしも、相手の気が変わってしまったら、面倒くさいことになってしまう。
大人になって感情を抑えることだって、立派な処世術の一つだよね。腹立たしいけど。
「メテオ、よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
それに今、いちばん大切なのはメテオの心のケアだろう。
私はぎゅっとメテオの手を握りしめる。
なんせ十数日、牢屋に入っていたのだ。
並の精神状態でいられるはずがない。
でも、大丈夫。お湯に入れば元気になるはず。
「……ユオ様、クエイク、うち、信じとったでぇぇええ」
「お姉ちゃん、もぉおおお、ここで泣かんでもええやぁああん」
相当、辛かったのかメテオはその場で泣き出してしまう。
クエイクもそれに釣られて泣き出す始末。
感情にブレーキをかけているけど、私の涙腺だってじわじわしている。
「……ふんっ、仲良しごっこは止めてくれないか。僕らは大損害を被っているんだ」
さっさとお暇しようという頃合いに、部屋の奥から悪態をつく声が聞こえてくる。
宝石をきらきらさせた白い服を着た細身の男の人だ。
いかにも貴族っていう雰囲気の風貌で、ちょっと神経質そうな顔立ちをしていた。
「ブルーノ、元はと言えば、あんたらがお姉ちゃんを!」
クエイクは相手の言葉に激高して大きな声を出す。
今にも掴みかからんばかりの勢い。
気持ちはわかるけれど、ここは抑えなきゃいけないよ。
今にも飛びかからんばかりの彼女の手首を私はぎゅっと握りしめる。
なるほど、あの人がアクト商会の親玉の人なのか。
育ちは良さそうな雰囲気なのに、性格の悪さが顔に出ているみたいだ。
「僕を呼び捨てにするな。身の程知らずの愚民どもが。まぁ、せいぜい、僕を楽しませてみろ。……おい、やってしまえ!」
彼がそういうと、部下の人が何かのスイッチを入れる。
きぃいいいんっと耳障りな音とともに、床が光り始める。
「な、なにこれ!? 魔法!?」
私達の足元に現れたのは魔法陣だった。
沢山の幾何学模様が床に浮かび上がり、なんらかの魔法が発動しようとしている。
えええ、どういうこと!?
次の瞬間!
私達、三人はまるで洞窟のような所に放り出される。
壁に松明が光っているけれど薄暗い。
ちょっとかび臭くて、空気が淀んでいるのが分かる。
な、何ここ!?
「くはははは! お前たちを商館の地下の魔法迷宮に隔離してやった! ここからはもう出られないぞ! 僕が捕獲したモンスターから逃げ惑え、平民どもが!」
ブルーノの姿は見えないのに、どこからともなく声が聞こえてくる。
彼の言っていることが本当だとしたら、私達は閉じ込められたってことだろう。
自分の商館の地下にモンスターがいるなんて趣味の悪いやつだ。
「こんなん、ずるいでぇええ!」
「とっとと諦めろ、このボケぇ!」
メテオたちは二人で罵声を上げるものの、ブルーノの高笑いは止まらない。
なんていう嫌がらせをしてくるんだろうか。
滅茶苦茶腹が立つんだけど。
ふしゅるるるるるっるるぅうう……
後ろの方から、やかんから蒸気が勢いよく出てくるときのような音がする。
この音、どこかで聞いたことがある。
振り返ると、そこには牛の頭を持った化け物が立っていた。
「ぎゃははは、お前たちも運がない! そいつは涅槃のダンジョンから連れてきた、レッドミノタウロスだ。さぁ、逃げ惑え! 泣きながら、僕に詫びろ!」
天井の方からブルーノの声が響く。
ぎゃあぎゃあとってもうるさい。
どうやら彼は私達に謝って欲しくて、こんなことをしているらしい。
最悪。嫌がらせにもほどがある。
あいつ、絶対、女の子に持てないタイプだ。
「ユ、ユオ様ぁああ、これはやばいんとちゃいます?」
「大丈夫や、クエイク。うちらのユオ様は伊達やない!」
メテオたちは私の後ろにささっと隠れる。
まるで私を盾にするかのように。
とはいえ、こいつは牛男といって、ハンナが言うには大したことのないモンスターだ。
シュガーショックも餌にしていたし。
ぐごぁああああああ!
牛男は特大の斧を持って挑みかかってくる。
ぶるんぶるんっと刃が空を切る音。
だけど、今の私は暇じゃない。
さっさとここから抜け出して、メテオをお湯で洗ってあげないといけないのだ。
「えいやっ!」
私は熱の平面を作り出して、牛男にすすーっと飛ばす。
それに触れた牛男は、ふしゅっと音をたてていなくなるのだった。
ふぅ、鼻息の大きい暑苦しいやつだった。
「な、な、な、な!? なんだ、お前はぁあ!? 僕のレッドミノタウロスをどこへやったぁああ!?」
天井の方から再びやかましい声がする。
どこへやったと聞かれても、私にだってわからない。
物が燃えたら、どこに行くんだっけ?
「ええい、怪しい幻術使いめ。貴様らはここに閉じ込めてやる。出られるものなら出てくればいいさ! ぎゃははは!」
ブルーノ・アクトは相当せっかちな人物らしい。
彼は自分の言いたいことをいうだけ言って、それっきり声がしなくなる。
「このアホ! さっさと出せや! 服が似合っとらんわぁ!」
「どつきまわして燃やすぞ! アホおとこ!」
うちの猫人姉妹はすさまじい罵声を浴びせ続けるも一切の反応がない。
あっちゃぁあ、本当に閉じ込められたみたいだ。
うぅう、どうしよう。
ここってなんだか、かび臭いし、湿っぽいし、嫌なんだよなぁ。
なんだか変なやつとか出てきそうだし。
お願いだから、カピバラが出てきてくれないかなぁ。
モンスターだけど、スライムでもいい。
あいつだけは、あいつだけは出てきませんように!
カサカサ………カサカサ………カサカサ………
そして、嫌な予感というのはたいてい的中するものだ。
そのカサカサ音を聞いた私は背筋にぞわーっと悪寒が走るのを感じる。
奴だ、これは奴の気配だよね……!?
「ひ、ひえぇえええ、ユオ様、う、上です……」
そして、私達は直面する。
真の絶望に。
天井に大きな虫が何匹も張り付いていたのだ。
それは手のひらサイズで無用に大きい。
「にぎゃああぁあああああ!?」
「あきゃぁああああ!?」
「うちの大嫌いなカマドウマやぁあああああ!?」
当然のごとく、悲鳴を上げる三人。
え、カマドウマっていうの!?
確かになんていうかバッタっぽい見た目。
黒くてたまに飛ぶあいつじゃないのは幸いだけど、羽がなくて、うわーやだやだ直視できない。
でも、気持ち悪いやつほど見ちゃうんだよねぇ、うわーやだやだ。
悪気があってあの見た目じゃないんだろうけど不気味なデザインで、生理的に無理。
メテオが言うにはモンスターの一種かも知れないとのこと。
どうりで大きいはずだ。
「あ、あのぉ、メテオとかこういうの得意でしょ?」
「得意なわけあるかい! うちはゴキは平気やけど、こいつは嫌いやねん。うぅ、さぶいぼが出る」
「うちはどっちもダメやぁああああ」
メテオとクエイクもこのカマドウマは苦手らしい。
私達は恐怖に凍った表情でじりじりと後ずさりする。
うっぅうう、こっちに来たらどうしよ。
ダッシュで逃げられると思ったけど、脚に力が入らない。
ぴょん
嫌な予感というのは、以下略。
カマドウマはこっちの方に飛んできやがったのだ。
尻餅をついて、わぁぎゃあと悲鳴を上げる私達。
しかも、驚いたことにやつは歩いたりもする! (あとで当たり前だと気づいたけど)
その距離は数メートルあるかないか。
まさに目前まで迫ってきた。
「ユオ様、どうにかしてぇええ」
私の後ろに再び隠れる二人。
もう、これって私たちが襲われてるってことでいいよね!?
無益な殺生はしたくないけど、しょうがないから、戦うよ、私。
ぴょんっと奴が飛び跳ねた瞬間!
「いなくなれぇえええええ!」
無我夢中とはこのことだろうか。
私は目前のカマドウマ×3に対して、滅茶苦茶に熱視線や熱平面を放つ。
しかし、敵もさるもの。
寸前のところで攻撃をかわす。
さらにこちらにぴょんぴょん飛んだり、じりじり近寄ってくる。
まるでこの世の理を無視したかのような動きで。
「ひぃいいいい、流れ弾にあたったら、こっちが死ぬで!?」
「姉ちゃん、こんなところで死ぬんやないで」
メテオとクエイクは私の熱視線を避けるために地面に這いつくばる。
ごめんって言いたいけど、やつはまだいるんだもん。
こっちに来てるんだもん!
「消え去れぇええええ! この痴れ者がぁああああ!」
私は無我夢中で攻撃を加えるのだった。
あれ、なんか、悪役みたいなこと言っちゃったかも。
ごごごごっごごごごごごごっ……
熱平面と熱視線をやたらめったらに放った、その数秒後のことだ。
地面がぐらぐらと揺れ始め、壁がぴしぴし言い始める。
その揺れは次第に大きくなり、天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。
あら? 何が起きてるの?
「面白かった!」
「濁った池が気になる!」
「魔女様の弱点がついに発覚した。しかし、めちゃくちゃに攻撃された」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。






