131.魔女様、流行病の特効薬があると交渉するも投資詐欺だと笑われる
「ほえぇえああぁあ、やっと着いたぁ……」
「ひぃひぃひぃ、死ぬかと思いました」
メテオを救うため、私はザスーラの南にある商都オーサーに来ている。
時間はまだ昼下がりといった感じ。
シュガーショックに「気絶しない範囲のスピード」で向かってもらったのだ。
私と同行するメンバーはクエイクのみ。
この二人でビビッド商会の会長さんを説得しなきゃいけないのだ。
「やっぱりすごいね! めちゃくちゃ賑わってるね」
さすがは商都と呼ばれるだけあって、このオーサーの街は活気に溢れていた。
街のあちこちに市場があって、様々なものを扱っているようだ。
ところどころ遠い異国のスパイスの香りもする。
いいなぁ、うちの村にも買って帰りたい。
みんな喜ぶだろうな。
「ユオ様、あれがうちの母の商会です」
クエイクが指し示した先には、城かと見間違える大きな建物があった。
町の中心部にでんと構えているその建物は、いかにも街の主といった雰囲気だ。
しかし、目をひくのはその装飾だ。
なんと黄色と黒のしましま、まるで虎柄の外観なのだ。
ううぅ、クエイクたちのお母さんって派手好きなんだろうか。
「クエイク様!? クエイクお嬢様がお戻りやで!?」
「クエイク様、お久しぶりです!」
そういうわけで建物の中に入ると、スタッフの皆さんは大騒ぎをして出迎えてくれる。
敵対的な雰囲気は一切なく、むしろ、大歓迎されている感じ。
スタッフ全員が猫人なのかと思ったらそうでもないらしく、様々な人種が入り乱れているようだ。
「奥様はこちらです」
執事らしき人が重厚な扉を開くと、そこは真っ暗な空間だった。
私の村にある冒険者の訓練場みたいな、がらんどうな場所に思える。
果たしてそんなところにいるんだろうか?
「クエイク、ひっさしぶりやな」
唐突にスポットライトが当てられ、その中央に彼女は現れた。
そこには猫人の女性が一人立っていた。
「お、おかん!? なにこの演出!?」
クエイクはあきれたような、驚いたような声を出す。
そう、スポットライトの下にいるのが、クエイクとメテオのお母さんのフレアさんだった。
刹那、部屋が明るくなり、ここが大広間であることがわかる。
「もぉおおお、帰ってくるなら前もって言ってぇな。こっちかて何かと準備があるんやさかいに。血色はええみたいやなぁ、ほんまにあんたは昔から食が細いいうて心配してたんやで」
「ひえぇえ」
フレアさんは数メートルの距離をいきなり縮めると、クエイクに抱きつき、猛然とトークをかまし始める。
かなりおしゃべりな部類なのはよく分かる。
なんていうか、距離感がメテオにそっくり。
「あぁ、もう、クエイクはかわいいわぁ。ほんまに食べちゃいたいぐらいや、ひへへへ」
フレアさんは私のことなど目もくれず、クエイクにべたべただ。
ふぅむ、クエイクとは仲が悪くないんだろうか。
私はこの時、驚くと同時にある複雑な感情を抱えていた。
それは、「猫人ってズルい」という嫉妬の心だ。
このフレアさん、かわいいのだ。
白猫の猫人であるためか、その毛並みは真っ白でふわふわっとしている。
つぶらな瞳もメテオたちに負けず劣らずキュートだ。
体型はメテオよりもしゅっとしていて、身長はちょっと低いぐらいかもしれない。
それもあって異様に若々しく見える。
この種族はエルフみたいに年をとらないのかもしれない。
一つだけ謎があるとすれば、虎柄の服を着ていること。
かなり派手だけど、人の外見にあーだーこーだ言うのは違うよね。
「あぁもう、うっさいねん! この虎柄おかん! ……ええと、とにかく、この方はうちの領主様のユオ様や」
「あ、申し遅れました! ユオ・ヤパンと申します」
クエイクはフレアさんの猛攻をなんとかかわすと、私のことを紹介してくれる。
「あらぁ、あんたがクエイクの? うちの娘がお世話になってます!」
フレアさんはそう言うと、私の手を持ってぶんぶんっと振る。
「こんなところまで来ていただいてほんまにおおきになぁ、あ、えーと、飴ちゃんあるけどいります?」
さらには問答無用で飴を私の手の中にねじ込んでくる。
もっと怖い人なのかと思っていたのに、予想に反してすごく好感触。
このまま交渉もトントン拍子に進むんじゃないの?
「それでな、今日、うちらが来たんは…」
「……知っとるわ。メテオのアホことやろ?」
しかし、クエイクが案件について切り出した瞬間、空気が凍る。
なんとフレアさんはメテオについて知っていたのだ。
彼女の声がさきほどよりもワントーン以上落ちたのを私は聞き逃さなかった。
「な、なんで知ってんの!?」
これには驚きの声を上げざるを得ない。
私とクエイクはびっくりして顔を見合わせる。
「それがなぁ、今朝、アクト商会から手紙がきてん。ビビッド商会の関係者を捕縛したので確認してほしいいうてな。ご丁寧に魔法絵画までつけてくれてんで」
フレアさんは指先にぴらっと書類を取り出す。
そこには牢屋にうずくまる人物が映し出されていた。
ちなみに魔法絵画は魔法の力で、術者の見たものを絵におこす技術だ。
「……お姉ちゃんやん、よかったぁああ、生きとったぁあああ!」
「メテオだね! 本当によかったよ!」
そこに写し出されていたのはメテオだった。
厳しい目つきになっているけれど、どこからどう見ても私たちのメテオだった。
彼女は処刑されず、生きていたのだ!
私とクエイクは抱き合って喜ぶ。
最悪の事態をとりあえず避けられたことに涙腺がじわじわとしてくるのを感じる。
「そんでな。アクト商会のあほんだら、メテオの身柄を返してほしかったら、港湾開発から手を引け言うてきてん」
喜ぶ私たちを尻目に、フレアさんの声のトーンは低いままだった。
彼女は言葉を続ける。
「あほかっちゅうねん。うちが魂を込めてやってきたプロジェクトやで? なんで家を出たメテオのために譲らなあかんねん。どきつまわしたるぞ、ぼけが。 ……と、まぁ、こういうわけで、お断りや」
「えぇえええええ!?」
「なんでやねん!?」
フレアさんの結論は単純なものだった。
自分の商会と無関係のメテオを救い出すつもりはない、とのこと。
「お母ちゃん、お姉ちゃん、実の娘やで? なんでそんなこと言うん?」
これにはクエイクも黙ってはいない。
彼女は私も驚くぐらいの剣幕で、フレアさんに抗議する。
「なんでって? だってあのアホはもはやうちの娘やないからな。辺境で一番の商人になる言うて、出ていったんやから、どこ面下げてうちに助けていってくんねん」
しかし、立て板に水とはこのことで、フレアさんはクエイクの抗議をぴしゃりとノックアウト。
やばいよ、このままじゃ。
メテオが処刑されちゃうじゃん。
「お母ちゃんの鬼!」
「ほな、うちは忙しいから、もう行くで。辺境の領主様もゆっくりしたってや」
フレアさんは泣きながらすがってくるクエイクを振り払う。
そして、この部屋から出ていこうとするのだった。
今になって気づいたことだけど、この部屋の壁際にはフレアさんのボディガードらしき人たちが数人控えていた。
「待ってください! 私たちにはご提示できるものがあります」
私はフレアさんに届くように、大きな声を出す。
私の条件にメテオの命がかかっていると感じると、少しだけ、怖くなるのを感じる。
だけど……!
「ふん、言うてみぃ?」
フレアさんは振り返らない。
しかし、足だけは止めてくれる。
「言うとくけど、港湾開発はめっちゃ金になるんやで? 数億程度じゃ話にならんわ」
彼女はそう言うと、とてもいじわるそうな瞳をする。
その口元には笑みが浮かんでいて、メテオを思い出させるのに十分だった。
「ザスーラで流行病の特効薬を私たちはもっています!」
声が裏返りそうになりながら、私は必死に声を出す。
私の条件は聖域草から作ったあの薬だ。
それがどれほどの価値があるか、はっきりはわからない。
でも、今の私にはこれぐらいしか差し出せるものがない。
「それも、ザスーラ全土にいきわたる規模で用意ができます!! そちらを流通させる権利をお譲りします」
私はフレアさんの目をじっと見つめる。
少しだけ早口になっちゃったけど、伝わってくれただろうか?
クエイクは「ユオ様!?」と驚く。
だけど、ここで一気に畳みかけるしかない。
「特効薬!?」
彼女は私たちのほうに完全に向き直る。
その目はさっきよりも見開かれていて、ちょっと怖い。
「はい! 私たちの村で作りました」
しかし、私はひるむことはない。
村人たちが頑張って作ってくれた薬なのだ。
「村で、作ったぁ!? そぉか、これはあれやな? 完璧にわかったで」
フレアさんはそういうと、腕を組んでしきりに頷きはじめる。
おぉお、私の熱意が通じたのかもしれない!
「……あははははっ、おっかしぃ! ひいぃいい、ひっさびさに全力で笑わせてもらったわ」
しかし、真剣極まる私をよそに、フレアさんはどういうわけか笑い出すではないか。
顔を真っ赤にして、ものすごく面白いことを聞いたみたいに。
「……これは新手の投資詐欺やな。都会に住む年寄りをカモにする罪深いやつや」
「は? 投資詐欺?」
そして、彼女は私がどこかで聞いた、あのセリフを言うのだった。
……親子でなんもかんも遺伝しすぎでしょ!?
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「虎柄なのに、かわいい、だと……!?」
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