126.魔女様、聖域草を流通させるためにあの手この手を考えます!
「はぁぁあああ? せ、聖域草がぎょうさん見つかったやて!?」
次の日のこと。
今後の方針を決める会議室で大きな声を上げるのはメテオだ。
そう言えば、彼女にダンジョンの近くで見つかった聖域草の群生地について話すのを忘れていた。
私とアリシアさんは事の顛末を皆に伝えるのだった。
「ダンジョンがあるってだけでも、めちゃくちゃなことなんやで? それなのに聖域草かいな……。こりゃあもう、儲かるしかないやん! さすがはユオ様の領地、伸びしろしかないで!」
さすがはメテオ。
頭の切り替えが早い。
大きな商機を見込んでいるのか、邪悪な顔をして喜んでいる。
「えぇ、こんなに沢山の資源があるなら、冒険者ギルドの設置は間違いなく進むと思います」
アリシアさんは冒険者ギルドの設置に前向きな評価を下してくれそうだ。
良かったぁ、これで肩の荷が一つ降りたよ。
「しかし、ひとまずは聖域草の件を優先すべきかと思います。ご存知の通り、今、ザスーラ連合国では深刻なことが起きておりまして」
「例の流行病やな?」
「えぇ、私の家族も、コラートさんの娘さんも含めて、沢山の人が苦しんでいます」
アリシアさんの言葉に会議室がしぃんっとなる。
私は自分たちが発見したものの重さを痛感する。
今、ザスーラでは流行病が蔓延していて、今、この瞬間にも命を落とす人がいるそうだ。
特に、所得の低い人々は応急処置の薬草すら手に入らず、症状を軽減させることもできないらしい。
今回の聖域草の扱いには沢山の人の命が関わっているといっても過言ではなかった。
「ユオ様がよろしければ、うちの冒険者ギルドにこの聖域草を任せていただけないでしょうか? 私達なら、ユオ様にしっかり得がでるように、万全の体制で流通させていただくことができます」
アリシアさんは真剣な顔をして、私に訴えてくる。
その顔はこれまでのちょっとドジっ子風の表情とは大違いだった。
真摯に私の目を見てくるし、彼女の本気の顔なんだろう。
「確かに、冒険者ギルドは国を超えた組織ですし、素材の流通にかけては信頼できるかもしれませんね」
ララはアリシアさんの言葉に同意する。
だけど、私はララの言葉に少しだけ違和感をおぼえるのだった。
そう、『かもしれない』という表現である。
普通に考えれば、『冒険者ギルドは信頼できる』に決まっているわけで。
「……冒険者ギルドに任せたい気は山々なんだけど、ちょっと抵抗があるかな。今回のコラートさんの一件もあるし」
「そ、それは……」
私の胸をちくりちくりとさせていたもの、それは今回のコラートさんの買収疑惑だった。
彼は娘さんの病気を治すことと引き換えに、この村の冒険者ギルド設置を阻止してほしいと持ちかけられていたのだ。
彼はアクト商会というザスーラの有力な商会から買収を持ちかけられたという。
その商会は聖域草を別のルートで仕入れているのだろう。
「つまり、バカ正直に冒険者ギルドに持ち込んでも、アクト商会が邪魔してくる可能性が高いっちゅう話やな」
「うぅう、アクト商会かぁ。そりゃしんどいわ」
クエイクはアクト商会の名前を聞いただけで、げんなりとした表情だ。
彼女いわく、その商会はザスーラを代表する商会の一つで、国内外の有力者と密接につながっているらしい。
貴族並みの私兵を有し、きな臭い噂も絶えないのだとか。
「も、申し訳ございません! こうなったら、私はここで腹を切ります!」
「やめて。クレイモア、取り押さえて」
「らっしゃいなのだ」
空気の重さに耐えられなくなったのか、コラートさんがとんでもないことを言い出す。
これは腹を切るとかそういう問題じゃないし、不問に付したことを蒸し返すつもりはない。
そもそも、娘さんを元気にするまでは絶対に死んじゃいけないでしょ。
「アリシア先輩」
「領主様、アリシアでいいです。いえ、アリシアと呼び捨てでお呼びください」
「ぐむむ。それじゃアリシアさんも、皆も聞いて。私としては今回の聖域草はできるだけ安価に、それこそ貧しい人でも使える価格で卸したいと思ってるんだよね」
「ふむ、甘ちゃんやと思うけど、ユオ様のそういうところ好きやで」
「それは素晴らしいことですよ、領主様!」
メテオもアリシアさんも私の意見に賛同してくれる。
アクト商会はかなりの高値で薬草をさばくだろう。
おそらく、普通の人はなかなか手が出せないことになる。
でもそれじゃ、いつまでたっても流行病を終焉させることはできないよね。
「でも、そのためには私達の取り引きを邪魔しない後ろ盾がいるっちゅうわけやな? 政治的にバックアップしてくれる組織が」
私の真意を読み取ったのか、メテオが補足してくれる。
こういう時の彼女は頭の回転が早くて、本当に頼もしい。
「そんな組織に心当たりのある人、いる?」
一同は腕組みをして、黙ってしまう。
そりゃそうだ。
こんな小さな辺境の村を応援してくれる権力者に心当たりなんてない。
「あ、あのぉ、私のお父様はいかがでしょうか? いちおう、辺境伯ですし」
リリがおずおずと手を挙げる。
実は彼女、あのサジタリアス辺境伯の娘なのだ。
辺境伯と言えば、ザスーラでも有数の武人として知られている人物のはず。
あの人なら力になってくれるかも知れない。
アリシアさんは「えっ、リリさんってサジタリアス辺境伯の娘さんなの!? ひょっとして消えた令嬢の人!?」と驚いていたけど、ここはスルーする。
「辺境伯は有力者ですが、あちらに我々に協力するメリットがないかも知れませんね」
「せやなぁ。辺境伯ほどの貴族様がどうして辺境の村の味方をするのかよくわからへんもんなぁ」
辺境伯の助力をお願いするのはいいアイデアだと思ったけれど、そうでもないらしい。
メテオとララの言う通り、サジタリアス辺境伯には私達の味方をする理由がどこにもないのだ。
現時点で辺境伯と交わした約束はあくまでも、交易の開始でしかないわけで。
「それに、もし大義名分があったとしても、アクト商会と真っ正面からぶつかるのをお願いできる立場ではないってわけね」
「そうですね。私達はあくまでも辺境の貧しい村です。自分の分をわきまえた上で行動しなければなりません」
「だよねぇ。政治って、面倒くさいなぁ」
私はふぅっとため息を吐いてしまう。
ここにおいて八方塞がりの状況に出くわすことになってしまったのだ。
私達はザスーラの流行病を解決できる薬草を持っている。
しかし、後ろ盾がないばかりに流通させることができないのだ。
口惜しくて歯がゆい。
自分に力があればもっとうまくやれるのになぁ。
「……しゃあない。うちのオカンに頼んでみるわ」
「お、お姉ちゃん!?」
ここで手を挙げたのが、メテオだった。
彼女は自分の母親に口をきいてもらうという。
隣のクエイクは心底驚いたという顔で、メテオを見ている。
「お母さんって、ビビッド商会……ってこと? あんた、それって大丈夫なの?」
アリシアさんも真顔でメテオに尋ねる。
彼女はどうやらメテオのお母さんについて知っているらしい。
私はちょっと蚊帳の外になってしまっているのを感じる。
「ふぅ。ユオ様には詳しく言うてへんかったけど、うちら姉妹はザスーラの南で商売をやってるビビッド商会の一族なんや。まぁ、うちは完全に家出したクチやから完全に無関係なんやけどな」
メテオは彼女のお母さんの商会について話し始める。
簡単に言えば、お母さんもまた有力な商会を運営しているとのこと。
お母さんの後ろ盾が得られれば、アクト商会に対抗できるのではないかということだ。
「でもぉ、お姉ちゃん、おかんのことめっちゃ嫌ってるやん。あっちも……」
クエイクが心配しているのはメテオとお母さんとの仲が良くないということらしい。
確かに、その状況で後ろ盾を頼めるのかには疑問がある。
「大丈夫や。これは商売。私情は抜きやで? 目的達成のためなら、靴ぐらい舐めたるわ。ふふっ、うちの商売人魂を見せたるで」
メテオはそう言うと、軽く笑った。
まるで覚悟の表れのように。
「ユオ様、うちに任せてくれへん? ぜぇったいに悪いようにはせぇへんから」
メテオの目はとてもまっすぐだった。
その瞳には自分の私情を超えて、この村のために、ザスーラの人々のために行動したいっていう気持ちが溢れていた。
ここまで覚悟を決めたのなら、お母さんとのわだかまりを越えて和解できるかもしれない。
「わかった。それじゃ、お願いね。取り引きの条件は全部、あなたに任せるわ」
私の返事は決まっていた。
メテオを信じるってこと。
彼女ならきっとうまくやってくれるに違いない。
「それじゃ、うちも一緒に行きます! お姉ちゃんだけやと心配ですもん」
クエイクは涙目になってメテオに同行するという。
ふぅむ、彼女は彼女でお母さんに複雑な感情を抱えているのかもなぁ。
そして、次の日。
メテオとクエイク、それにアリシアさんとコラートさんはザスーラへと向かうことになった。
アリシアさんたちとは家族のいる首都まで同行するということだ。
わぉおおおおん!
護衛のシュガーショックはいつものように遠吠えをする。
「それじゃ、絶対に無事に帰ってきてね。まだまだ、仕事がたくさん残ってるんだから」
「わかっとるわ!」
メテオの手をぎゅっと握る。
彼女と初めて会ったときから、彼女はずっとこの村にいた。
いつの間にか、私にとってメテオの存在は当たり前になっていた。
しばらく会えなくなるのは寂しいけれど、きっと上手く事が運ぶと私は信じている。
「ほな、行ってくるわ! 良い結果を楽しみにな!」
メテオは吹っ切れたような顔をして私達に手をふる。
今まで以上に彼女の笑顔がまぶしいとさえ感じる。
「頑張ってね! 待ってるよ!」
私達は彼女たちを応援するために、思いっきり手を振るのだった。
その数日後————
どんどんどんどんっ!
私が温泉に入っていると、屋敷のドアを叩く人がいる。
そして、こんな声が聞こえてきたのだ。
「ま、魔女様! お姉ちゃんが捕まってしまいましたぁああああ」
「な、なんですって!?」
それは私たちの次の戦いの始まりの合図だった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「せっかくメテオが本気出したのに……」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。






