120.リリとメテオ、囮役を見事に果たす。おまけにハンスは泣き出します
私の名前はリリアナ・サジタリアス。
ひょんなことから、この村でお世話になっています。
普段は村で治療院をやったり、学校で子どもたちに教えたり、楽しく働いています。
私は村でのお仕事が大好きです。
自分の力で冒険者のみなさんが元気になったり、子どもたちが笑顔になったり、働くことの喜びを噛み締めています。
私はこの領主のユオ様が大好きです。
いつも明るくて、太陽みたいで、一緒にいるだけでポカポカします。
そして、仲間の皆さんも、大好き。
みんなとなら、どんなことでも乗り越えていけるって信じています。
そんな、ある日のことでした。
私とメテオさんに与えられたお仕事は、モンスターのおびき寄せ係だったのです。
「っきゃあああああ!?」
「う、うっそやろぉおおおお!?」
私とメテオさんはぐるぐる巻きにされて頑丈な棒に吊るされると、そのまま担がれてモンスターの囮になるのでした。
私達の後ろには数え切れないほどのモンスターが追いかけてきます。
うぎょがあぁあああ!?
わめき散らしながら迫りくるモンスターは凶悪そのもの。
たぶん、私なんかじゃ一発の攻撃で死んでしまうでしょう。
だけど、そのモンスターたちは別の種類のモンスターに襲われて倒されていきます。
ハンナさんとクレイモアの誘導は想像以上に上手で、モンスターの群れはどんどん数を減らしていくのです。
だけど、こっちはもう悲鳴を上げるだけで精一杯です。
正直、気絶しそうです。
「ふくく、そろそろ戦いたくなったのだ!」
「だ、駄目ですよ! 最後までいかないうちに戦っちゃだめです!」
中盤辺りにきた頃合いでしょうか、クレイモアはモンスターに向き直ってしまいます。
彼女は剣聖、生粋の戦士です。
目の前に敵がいるのに逃げるっていうのは性に合わないのでしょうか。
でも、ユオ様の作戦ではぎりぎりまでひきつけて、数を減らすこと。
中途半端なところで戦ってしまうと警戒されるかも知れないのです。
「大丈夫なのだ! 黒髪魔女は手を出すなと言っただけなのだ。足ならいいのだよっ!?」
「そんな問題じゃありません! ひきゃあああ!?」
クレイモアは自分からモンスターの群れに飛び込んで、四方八方の敵を蹴散らします。
飛び散るモンスターの四肢。
その断末魔の悲鳴はすごいことになっています。
「足技とは考えましたね! それなら私はこれです!」
ハンナさんはこれまた華麗な肘技でモンスターたちをふっとばします。
剣すら使わずに、モンスターに穴が空きます。
なんなんでしょうか、この人達は。
全身凶器なんでしょうか。
ぐがぁああああ!?
うごがぁ!?
モンスターたちに動揺が広がっていきます。
もしかして、むこうこそ化け物を相手にしていると気づいたのでしょうか。
これはまずいです。
どうにか囮として頑張らないといけません。
でも、肝心の私はもう喉がかれてしまって声を上げることができないのです。
「こうなったらやけや! かかってこんかい、われぇええ! こっちこいやぁああ!」
ここで活躍したのがメテオさんでした。
彼女は大きな声で挑発役を買って出たのです。
こういう土壇場に強い人って尊敬してしまいます。
「こっちのリリちゃんは貴族さまやでぇ!? お肉とかめっちゃ柔らかいんやでぇ!? うちなんかより数段いけまっせぇええ!?」
と思ったら、彼女はモンスターの矛先を私に向けるのでした。
ぐごがぁあ!
ぐぎぎっぎぎ!
挑発が成功したようで、モンスターの注意はこちらに向かいます。
ニタニタと邪悪な笑みを浮かべるモンスターたち。
これではいけません。
私、死んじゃいます!
「クレイモア! ゴールまで到着したらご褒美があるそうです!」
「ご褒美、なにそれおいしそうなのだ!」
「魔女様のご褒美なら、やるっきゃないですね!」
クレイモアとハンナさんはご褒美の言葉にピンと来たみたいです。
二人はくるっと方向転換し、ときどき挑発しながら目標地点まで走るのでした。
「ひぃいいいいい」
「うぁぉおおおお」
もちろん、がくがく揺れて、目が回ります。
それでも私達は最終目的地まで到着したのです。
「つ、ついたぁあ」
「死ぬかと思ったぁあ」
私達は崖を背に陣取ります。
こちらはハンナさんとクレイモア。
あちらは百匹ぐらいのモンスターの群れ。
モンスターのほとんどは手負いですが、その凶悪さはさらに増しているように思えます。
特に手に斧を持った牛の頭のモンスターはとにかく怖いです。
頭が鮮やかな青い色をしているのも不気味です。
あれ?
今気づいたんのですけど、ここって行き止まりですよね?
どうするんでしょう?
まさか、この状態で戦ったりなんかしないですよね?
「ご安心ください、お二人は安全な場所に行ってもらいますので!」
私の不安に気づいてくれたのか、ハンナさんは笑顔でそうおっしゃいます。
抜け道を用意してあったんですね。
よかったぁ。これで私のお仕事は終わりのはずです。
「リリ様、さぁ、楽しい時間の始まりなのだ!」
クレイモアはそう言うと、私たちを棒からおろします。
でも、ロープで縛り上げられているのはそのままです。
あれ? このままじゃ歩けないんですけれど、どういうことでしょうか。
「ドレスさぁあああん、準備はいいですかぁ?」
ハンナさんは崖の上の方に向かって叫びます。
それはそれはものすごく大きい声で。
準備?
何の準備だろう?
疑問に思っていると、「いいぞぉ! ばっちこーい」と元気な声が返ってきました。
ん?
何がいいんだろう?
「くふふ、よぉし、やっちゃいましょう!」
「ふむふむ、岩よりも軽いのだ。リリ様はもっと食べなきゃ駄目なのだ」
二人は私の両隣に来て、何かをすると言います。
「ハンナさん? クレイモア?」
嫌な予感がします。
ちょっと、お待ちください。
とんでもなく、嫌な予感がぁあああ。
気づいたときには、私はぶるんぶるんっと振り回されていました。
周りの景色がぐるぐると回ります。
「「よぉいしょぉおおおっ!」」
次の瞬間、私は飛びました。
二人は私の体をあろうことか崖の上にむかって放り投げたのです。
いくらクレイモアが馬鹿力だからってこんなことできるわけ……。
いや、もうダメです、考えるのはやめます。
「ひぎゃああああああ!?」
生きた心地がしないというのはこのことを言うのでしょう。
ほぼ直角の急上昇。
尋常ではない速度で頬に風が当たります。
このまま天国に昇っていくんじゃないかって思いました。
途中でふわっと軽くなる感覚。
それから、今度は落下し始めます。
ひぃいいいいい!?
「よぉし、オーライ! ライトフライはあっしに任しとけ!」
なんとか目を開けると、そこにはドレスさんを始めとする村の仲間がいたのです。
「ひ、ひえぇええええええ」
彼女は悲鳴をあげる私をがしっとキャッチしてくれます。
さすがはドレスさん、ものすごい運動神経です。
「わ、私、生きてる!?」
生きているのが信じられません。
縄をほどいてもらっても、わなわなと震えが止まりません。
「う、うちは嫌やで、こんなん、ありえへんやぁああああああ」
そして、メテオさんもひゅおおおおんと放物線を描いてこちらに飛んできました。
今度は力を入れすぎたみたいで、私よりも高く飛んできました。
あぁ、怖いだろうなぁって思います。
「よぉし、キャッチャーフライはがっちりいただくぜ!」
「誰が、凡フライやねんっ!」
「よっし、これでツーアウト!」
またもやドレスさんがナイスキャッチしてくれます。
彼女は私と同じぐらいの体格なのに、ものすごくキビキビしてます。
すごいなぁ。
「ひ、ひぃ、正義は必ず勝つんやでぇ! 見たか、クエイク、これが姉のすごさやで。見直したやろ」
メテオさんは無事に戻れたとなると、そんなことを言っています。
やっぱり精神的にタフなんだなぁと感心します。
クエイクさんは涙ながらにメテオさんに抱きついていました。
「さすがはクレイモアとハンナだぜ! あっしらも援護するぞ!」
ドレスさんたちはそう言うと、持ち場に行って大きな石を投げ始めます。
なるほど、援護射撃というものでしょうか。
それにしても、クレイモアとハンナさんは大丈夫なのでしょうか。
いくらなんでもあの量のモンスターを相手にするなんて。
私はおそるおそる下を覗き込むと、そこには――――
◇ ハンナとクレイモアの激戦を見ていたハンスへのインタビュー
「あんたかい? 俺の話を聞きたいっていうのは?」
ここは辺境の村の酒場だ。
そこにはハンスと名乗るスキンヘッドの大男がいた。
体中に傷があり、歴戦の勇士という雰囲気だ。
私はしがない物書きで、戦闘の逸話について調べている。
この男に禁断の大地のダンジョンのスタンピードの一件について聞くことにしたのだ。
「言っとくがな、俺も自分の腕には自信があった。だがよ、相手はモンスターのスタンピードだぜ? まぁ、真っ向から相手をしたんじゃ」
ハンスはそう言うとアルコール度数の高い酒をぐいっと飲み干す。
「……死んじまうわな」
彼は噛みしめるようにそう言うと、アルコール臭い息をふぅっと吐き出した。
私は思わず顔をしかめてしまう。
「目の前には手負いのモンスターだ。知ってると思うが、モンスターっていうのは手負いになってからが手強い。死にものぐるいで向かってくるからな。これもそうだ……」
ハンスはそう言うと、私に腕の傷跡を見せてくれる。
深々としたその傷跡は手負いの森ドラゴンにやられたものだそうだ。
すでに治っているが、夜になるとうずくらしい。
ハンスが言うには目の前には数百匹の手負いのモンスターがいたとのこと。
普通の人間なら絶望してしまう状況だ。
「それをあの二人はどうしたと思う? 真っ向から切り込みやがった。数百匹のモンスター相手にだ」
ごくりと喉がなる。
数百匹のモンスターの群れに飛び込むなんて言うのは聞いたことがない。
ものの数秒で餌になってしまうだろう。
「そう思うだろ? しかし、起きたのは……」
ハンスはそう言うと、タバコをふかし、ふぅっと煙吐き出す。
そして、どこか遠くを見るような目でこう言うのだった。
「……虐殺だよ。ものの十分で片付いちまった」
ぎゃ、虐殺だと!?
喉の奥がカラカラに乾いてくるのが分かる。
モンスターの群れを少女が二人で壊滅させたというのだろうか。
そんなことあり得るのだろうか?
「まぁな。でも、それが俺が見たことだ。ふっ、悪いがこれ以上はもう話したくないぜ」
ハンスはそう言うと、タバコの火を消すのだった。
そして、バーのカウンターで酒をあおりはじめる。
こころなしか、さきほどよりもその背中が小さく見える気がした。
なるほど、モンスターを壊滅させる少女の姿があまりにも恐ろしかったのだろう。
彼はあまりに凄惨な場面を目撃したのだ。
私の頬にも汗がたらりとたれてくる。
「……俺は誰にも言わないと決めてるんだ。その後に、もっとすげぇ化け物がいたってことについてはな」
ハンスは独り言を言いはじめ、ついで、その大きな体がわなわなと震え始める。
顔色は悪く、明らかに先ほどとは口調も違う。
「言わせるんじゃねぇ! 剣聖以上の化け物については……口が裂けても言えるかよ」
独り言を続けるハンス。
化け物とは何ごとだろうか?
モンスターのスタンピードを壊滅させた少女以上の化け物がいるというのだろうか?
そんなものはありえない。
聞いたことがない。
「よせっ、その話題にふれるんじゃねぇ! あの、あの、おぞましい化け物については……。俺は、俺は、ぐすっ、うわぁあああ、おっかぁああ、おいら、怖かったんだよぉぉぉおお」
ハンスはそう言うと、泣き崩れるのだった。
まるで子供のように。
人間は相当の恐怖を感じると、子供に退行することがあるという。
私が目にしているハンスの様子はまさしくそれだった。
この屈強な戦士のハンスが、今ではA級冒険者にまでなったハンスが、泣く子も黙るハンスが、いったい何を恐れているのだろうか?
そもそも、彼の言う化け物とはいったいなんなのだろうか?
わけも分からぬまま、私はその日のインタビューを中断するのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「ザスーラ書房刊『世界の化け物人間大集合』より……」
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