118.魔女様、生まれてはじめて「いけにえ」を使います。栄えある、いけにえの第一号はやっぱりこの人!
ぐごぁああああああ!
ふしゅるるるる!
溢れ出すモンスター!
猛々しいモンスターたちの雄叫び。
すべてを踏み潰す邪悪な足音。
「ひきゃあああああああ!?」
「なんでうちがぁあああああ!?」
それに負けず劣らず谷に響き渡る、二人の悲鳴。
彼女たちはぐるぐる巻きにされて、棒からぶらさがっている。
「にゃははは! 鬼さん、こちらなのだ!」
「ほらほら、ついてきなさぁい! こっちのほうが美味しいですよ!」
そんな状況でもモンスターを不敵に挑発するクレイモアとハンナ。
「ユ、ユオ様、本当に大丈夫なんですか!?」
顔をひきつらせるアリシアさん。
「大丈夫、きっと上手くいくわ」
私は確信を持ってそう答えるのだった。
この「モンスター誘導大作戦」なら、きっとスタンピードなんて一網打尽にできるはず。
————翻ること、数時間前。
「ダンジョンを破壊するな」と怒られた私はとあるアイデアを思いついた。
まず持ってきてもらったのが村長さんのお散歩コースの地図である。
実際にはお散歩なんて甘いものではなくて、いきなり崖から飛んだり、モンスターが現れたりといった殺人コースに近い。
村長さんの話ではちょっと細工すれば大岩が降ってきたり、槍が飛んできたりもできるらしい。
完全に殺しにきてる、悪意たっぷりのお散歩コースなのだ。
「こちらをどうされるのですか?」
「ふふふ、この殺人コースを逆手に使うのよ!」
私のアイデアはこうだった。
ダンジョンから出てきたモンスターたちを、この殺人コースに誘導するのだ。
こちらは敵を挑発して逃げるだけで、コース上の殺人モグラやイノシシが勝手に戦ってくれるってわけ。
いわば、モンスター同士を戦わせるっていうのが目的だ。
「なるほど、モンスターには仲間意識なんてありませんからね」
「ユオ様にしては、素晴らしいアイデアやん」
「いけそうですね……」
皆が神妙な顔をして同意してくれる。
メテオの「ユオ様にしては」っていうのが気にかかるけど。
「あ、あのぉ。その誘導する係は誰がやるんですか?」
心配そうに声を出すリリ。
危険すぎる作戦なので、ビビってしまうのも無理はない。
もちろん、戦闘力ゼロの彼女にやってもらうことはない。
リリを戦場に送るなんてどうかしてると思うし。
「よ、よかったぁああ」
リリは安心しきった表情をする。
そりゃそうでしょ。
「ここはハンナとクレイモア、頑張って」
ここで白羽の矢を立てたのはハンナとクレイモアだ。
彼女たちは散歩コースを何度もくぐり抜けているし、誘導するにもスムーズだろう。
万が一、戦闘になっても大丈夫だ。
「ええぇええ、ダンジョンから出てきた生きの良いやつと戦いたいですぅ!」
「あたしもなのだ! なんなら潜ってもいいのだよ!」
二人は不満そうな声を出す。
それでも、この二人以外に適任はいない。
二人はこれまでに何度もこの散歩コースを駆け抜けていて、道順を熟知している。
「どうしても戦闘が必要になったら戦っていいから。ハンナ、今日は村のために頑張ろうよ。クレイモアだって、食堂をオープンするんでしょ?」
「わかりました! 村のためなら、なんだってやります! いけにえにだってなりますよ!」
「わかったのだよ。でも、これが終わったらダンジョンに潜るのだ」
村のためと言い聞かせると、二人はなんとか納得してくれる。
よっし、これでこの作戦は上手くいくわ。
心のなかで、そうガッツポーズしたときのこと、
「あ、あのぉ、お二人だけじゃ上手くいかないと思うんですけど」
ここで手をあげたのがクエイクだった。
彼女は眉毛を八の字にしたまま続ける。
「ハンナさんもクレイモアさんも、なんていうか、そのモンスターの天敵やないですか。そんな二人がいくら挑発しても、モンスターは感づいてついてこないんとちゃいます?」
「あ……、そっか、そうだよね」
思わぬ盲点というやつだった。
ナイスな指摘だよ、クエイク。
この二人と森を歩いたりしても、そこまでたくさんのモンスターには遭遇しない。
モンスターの本能はすごいものがあって、わざわざ強い相手になんか向かっていかないのだ。
モンスターは弱い人を狙う。
これは言わずとしれた法則なのだ。
しかし、この二人じゃないとお散歩コースを安全に誘導なんかできないだろう。
ぐむむ。
どこかにモンスターを挑発というか、誘引できる人材はいないかなぁ?
すぐに泣き叫んでモンスターが追いかけてくるっていう人材が。
私は魔力ゼロだしいいのでは?と聞いてみるも、みんな黙って首を横に振る。
うーむ、そんな人材いたっけなぁ?
「あ」
私の視界にピンク髪の少女の姿が目に入る。
彼女の名前はリリアナ・サジタリアス。
言わずとしれた、サジタリアス辺境伯のご令嬢だ。
しかし、今ではこの村のために魂を捧げるとまで言ってくれている、強い心の持ち主。
彼女はとにかく戦闘には向いていない。
この前に森に入ったときも真っ先に狙われていたっけ。
彼女のタレ目っぽい瞳がそうさせるのか、華奢な体つきがそうさせるのか。
「な、な、な、なんですか!? なんでみんなで私の方をみるんですか!?」
本能で何かを察知したリリは変なトーンで声を出す。
野生の勘はそれなりにあるのだろう。
なんていうか、追い詰められた野うさぎが「ぴきぃいい!?」って鳴くのに似てる。
不憫すぎて、これから起こることに同情を禁じえない私。
しかし、私は心を鬼にして言うのだった。
「リリ、悪いけど、モンスターの誘導、頑張って」
「ひ、ひえぇえ、なんで私なんですか!?」
「……リリならきっと上手くいくわ! だって、リリだもん!」
「答えになってませぇえええん!」
もうこの時点で泣きそうになっているリリである。
とはいえ、護衛にはクレイモアにハンナがいるのだ。
二人に守られている状態ならなんとかなるだろう。
「大丈夫なのだ、リリ様はあたしが守るのだ! だってほら、リリ様の護衛はあたしなのだから、一緒にいてくれないと護衛にならないのだ!」
「ふふ、大丈夫ですよ。攻撃を受けたとしても先っぽだけです! じきに慣れますよ!」
クレイモアとハンナは謎の論理でリリを説得する。
「一緒じゃなくていいです! だいたい、先っぽってなんですかぁあああ!?」
当然、そんな論理は通るはずもなく、リリはますます困惑する。
いや、先っぽっていうか、攻撃を一ミリたりとも受けさせたくはないんだけどなぁ。
うーむ、たしかに囮が一人だと難しいかもしれない。
とは言え、他に適任は……?
私はその場にいる面々をぐるっと見回す。
ララはおしとやかに見えて戦闘経験が豊富だ。
氷魔法の使い手だし、悪者に躊躇しない怖さがある。
ドレスはもともとA級の冒険者だったんだよね。
筋肉質だし、強そうだし、囮には不向き。
クエイクはいつも悲鳴を上げてるし、いい感じかもしれない。
んー、だけど、うちの村とサジタリアスをいつも往復しているんだよね。
ってことは、ある程度、腕に自信があるかもしれない。
アリシアさんもいい人材だと思うんだけど、冒険者ギルドの人だしなぁ。
あとは……。
「よっし、メテオもついでに行っちゃおうか。いけにえ……じゃなくて、挑発係は二人ぐらいほしいよね?」
「な、な、な、なんでうちやねん!? クエイクもおるやろ?」
「ほら、昔、スライムに追われてきたし。大丈夫、メテオはどっちかというと保険だし」
「なんなんその二番煎じ感、めっちゃ腹たつんやけど! こんなん全然、おもろないで? ……みんなも、こんな冗談笑われへんって言うたってよ。へ? なんやねん、その目は……」
突然の指名に、メテオは冗談だと思ったらしい。
しかし、周りの空気は違った。
みんなは目を伏せたり、目をそらしたりしている。
クエイクは「お姉ちゃん、たまには空気読まなあかんで」とポツリとこぼす。
「ほ、ほんまなん?」
メテオは小刻みに震え始める。
猫耳が寝ちゃっていて、それはそれでかわいい。
そう、私の返事は決まっているのだ。
「ほんとよ」
「うっそぉおおおお!?」
と、こんな経緯でもってリリとメテオの二人をいけにえ……じゃなくて、挑発係に据えることにした。
ダンジョンを爆破されたくないのなら一肌脱いでもらわなくちゃ、でしょ。
もちろん、万が一のことがないように、丈夫なロープで固定するし、うちの村のハンターさんたちにも護衛をお願いするけどね。
「ユオ様は鬼ですぅううう!」
「こんなん、ありえへんで! 公平にくじ引きで決めよ! こら、クエイク笑うな」
泣きそうになっている二人の顔を見て、よっし、これなら大丈夫だと確信を深める私なのであった。
「さっきから聞いていればなんなんですか!? いけにえなら私がなります!」
ハンナは抗議してくるけど、これはいけにえじゃないからね。
あくまでも無事に作戦を遂行させるための、えーと、……人材活用なんだから。
◇ アリシアさんの回顧録
いけにえにされなくて良かったぁああ。
【魔女様が手に入れたもの】
挑発係:敵を挑発するスキルをもつ人材。リリやメテオといった非戦闘員は素でモンスターをおびき寄せることができる。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「魔女様の領地、本当に人材に恵まれてるぜ……!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。