115.アリシア、なんとか無事に着地するも、またもやピンチに追い込まれる
「きゃああああ!?」
私、死ぬ。
こんな辺境で死んでしまう!?
思えば間抜けな死に方だった。
薬草を拾おうとして崖から落ちるなんて。
突然のイノシシの襲来に体がのけぞってしまったのだ。
気づいた時には崖から落ちそうになっていて、手を差し伸べてくれたコラートさん共々落下した。
コラートさん、ごめんなさい!
私なんかの命を助けるために。
神様、来世ではもっと賢い人間になります。
せめて、コラートさんだけでも助けてください!
観念して目を閉じた瞬間だった。
ん?
にゅまっとした感触が私の体を包む。
生あたたかいと言うか、生ぬるいと言うかなんとも表現のしようのない感覚。
もしかしてこれが死ぬってことなんだろうか……。
目の前が真っ暗だし、これが死後の世界?
……そんなこと思っていたら、地面に転がされるような感覚。
そして、私の目の前には巨大な、本当に巨大な白い狼がたっていた。
「ひ、ひ、ひぃいいいい!?」
いくら死後の世界でもモンスターに遭遇するのは恐ろしすぎる。
私は冒険者ギルドに所属しているけれども腕っぷしに自信はない。
死んだって言うのに、また襲われるなんて!?
ガクガクと足元が震える。
「……どうやら無事だったようですね」
私が一言も発せないでいると、後ろから声がする。
その声は!?
振り返るとそこにはコラートさんがいた。
私と一緒に死後の世界に来てしまったのだろうか!?
「いや、生きていますよ。その白い狼が私たちを空中で咥えてくれたんです」
「う、うっそぉ!?」
信じられないことが起きた。
なんだかよくわかんないけど、 目の前のモンスターのおかげで私たちは助かったのだ!
どうしてこのモンスターは私を助けてくれたんだろうか!?
目の前の白い狼は私たちを襲う気配すらなく、あたりを注視している。
まるで何かを警戒するかのように。
そして、わぉおおおおんと大きな声で吠えた。
その声を聞いて私は気づく。
「シュガーショック!? あなた、シュガーショックなのね!?」
そう吠えた時の声質が領主のユオさんの飼い犬であるシュガーショックと同じなのだ。
無類の動物好きの私じゃなかったら見逃していただろう。
それにしても大きさに違いがありすぎる。
もしかしたらシュガーショックの親や親戚なのかもしれない。
「ありがとぉおおおお!」
私はその白い狼に抱きついて感謝を伝える。
確かに気づけば身体中ベタベタだ。
でも、命を助けてくれたのならそれ以上のことはない。
私は真っ白いもふもふの中に顔を埋めて幸せな気分になるのだった。
「それにしても、どうしましょうか? 助けを呼べる状況ではないかもしれませんね」
コラートさんは切り替えが早い。
無事に着地できたからと言って、安心はできないのだ。
彼は辺りを見回して険しい顔をする。
この地域には森ドラゴンを初めとして、凶悪なモンスターがたくさん現れる。
その点は話に聞いていたとおりで、やはり禁断の大地、おそるべし。
いくらコラートさんが強くても危険であることに変わりはない。
それにしても、あの剣聖さんとその孫の女の子は強かった。
いや、強いと言うよりは化け物に近いと言うか。
領主様はシュガーショックとずーっと戯れていたけど怖くないんだろうか。
「あちらに少し丘になった場所があります。のぼってあたりを見てみましょう」
コラートさんに従って丘の方に向かう。
シュガーショックはその位置から動かないようだ。
あたりをしきりに警戒しているようで、嫌な予感がする。
「これは……まずいですね」
小さい丘からあたりを見回すと、私は軽くめまいを覚える。
なぜなら私たちのいる場所は切り立った崖に挟まれていて、逃げ場がどこにもないのだ。
私達が着地したあたりには巨大な岩がゴロゴロと転がっていて、行き止まりになっている。
よじ登れる所がないか辺りを探索してみるも、私の体力では難しそうだ。
それにしても、この崖、凄まじいぐらいの高さ。
どうしよう!?
「ひゃっ!?」
途方に暮れていると、つまずいて転んでしまう。
膝を擦りむいてしまって、ひりひりと痛い。
「ア、アリシアさん、足元を見てください……」
そんな時だった。
神妙な顔をしてコラートさんが私の足元を指差す。
そこには金色に光る草が生えていた。
ん?
これ、どこかで見たことがある?
「ま、まさか、聖域草ですか、これ!?」
そう、あの幻の霊薬とも言われる聖域草が生えているのだ。
浄化の力を持ち、モンスターを抑え込む力があると言われている薬草だ。
その力はすさまじく人間の病を癒す力があることで知られていた。
禁断の大地にこんなものが生えていたなんて!?
こ、これがあれば私のお母さんの病気も治るかもしれない。
ごくっと唾を飲み込む。
手を伸ばして摘み取ってしまいたいけれど、ためらってしまう。
こんなものザスーラじゃ、一部の上級貴族しか使えない代物だ。
こんな貴重なもの私がとっていいんだろうか!?
「アリシアさん、これは神様がくれた幸運ということで頂いておきませんか?」
ためらう私を見てコラートさんが続ける。
「私の娘は流行病にかかっています。これがあれば娘を救えます。もちろん、冒険者ギルドのマナーからは反すると思いますが……」
「それは……。たしかに、うちの母も流行病で咳が止まらず……」
脳裏に咳で苦しむ母親の姿が浮かぶ。
夜中に咳き込むので、睡眠時間を削られ、満足に眠ることもできない。
そのおかげでここ数ヶ月、どんどん痩せてきている。
これが、あれば……。
崖から落っこちたのは確かに不運だった。
しかし、その先でこんなものに出会えるとは。
「わかりました」
私とコラートさんは見つめ合って、お互いの意思を確認する。
この幻の薬草、ありがたく頂いちゃいます。
これでお母さんも治るし、コラートさんの娘さんも治る!
本当はこんなことをしてはいけないのはわかっている。
ギルドに知られたら厳罰ものだろう。
それでも、お母さんが救えるなら……。
幻の薬草の発見に思考が凍ってしまっているような気がした。
びしっ、ぎしっ、どどどどどど……
聖域草を採集した直後のことだ。
何かが割れるような音が聞こえてくる。
ひょっとしてモンスターかと思ったけれど、もっと大きな音。
今朝の地震の音をもっと大きくしたような、そんな音。
どこかで崖崩れでも起きたのだろうか?
「アリシアさん、警戒を! 何かが来ます!」
「はいっ!」
私は慌てて聖域草を保存用の魔法袋に包む。
コラートさんの額には汗が滲んでいる。
何か良からぬものを発見したのだろうか。
ぐげああああああああ
「ひぃっ!?」
私達の目の前に現れたのは、牛の頭をつけた巨人だった。
あ、これ知ってる。
ダンジョンマイスターの勉強で見たやつだ。
「ミノタウロス……」
「そのようですね」
目の前に現れたのは、巨大な斧を持ち、人を好んで殺す化け物だった。
すさまじい攻撃力と防御力で、一頭のミノタウロスに熟練の冒険者パーティが全滅させられたこともある。
ふしゅるるるる!
荒々しく鼻から息を漏らすミノタウロスは腕から血を流しているようだ。
「うそでしょ……」
ミノタウロスってダンジョンにしかいない化け物だったはず。
どうしてこんなところに!?
「今は謎解きをしている場合じゃありませんよ!」
コラートさんは剣を抜き、ミノタウロスの方向に駆ける!
がぎぃん、がぎぃんっと切りあった後、なんとか倒してしまった。
つ、強い!
相手が手負いだったこともあるけど、さすがは元A級冒険者!
よし、これで聖域草を持って帰れる!
こんなところ嫌だ、早くおうちに帰りたい!
心が一瞬、上向きになる。
しかし、次の瞬間のことだ。
ぐげああああああああ!
私達の目の前にはミノタウロスが再び現れるではないか。
しかも、今度は三体も。
そのうちの一体は頭が青い。
「あ、あ、あれはハイミノタウロスじゃ……」
ハイミノタウロス、それはミノタウロスの上位種。
ミノタウロスの親分みたいな立ち位置で、もはや図鑑でしか知らない化け物だ。
ダンジョンの奥にいて、たしか岩をも砕く腕力を持っていたはず。
三体とも体のあちこちに怪我をしている……?
しかし、脅威であることに変わりはない。
「分が悪いですね。 ……アリシアさん、ここは私が引き止めますから、どうにか帰り道を探してください。もし帰れたら、娘に達者でとお伝えください」
コラートさんは口元に笑みを浮かべて三体のミノタウロスの前に立ちふさがる。
多勢に無勢ながら、絶対にここを通さないという必殺の構えをとる。
「コラートさん……」
私はコラートさんの覚悟を理解する。
彼は私を逃がすための時間稼ぎをするつもりなんだろう。
でも、肝心の私は恐怖ですくんでしまって、足が動かない。
叫ぶことすらできない。
あぁあああ、私のバカ、バカ、バカ!
私の足、動いてよ!
ぐげああああああああ!
魔獣の身もすくむような叫び声。
コラートさんは斧をなんとかいなし、敵に一撃を入れる。
しかし、ミノタウロスたちに恐れの感情も痛みの感覚もないようだ。
「ぐはっ!?」
コラートさんに体当たりを食らわせ、斧を頭上に掲げる。
ふっとばされたコラートさんを両断しようとする。
コラートさんが斬られたら、次は私の番だろう。
あぁ、私は何度、神様に懺悔をすればいいんだろうか?
これで人生最後だと目をつぶった瞬間だった。
「ここにおったんか、探したぞ?」
ずどっ、ずどっ、ずどっ。
「ふぅっ、命はだいじにせねばいかんぞ、コラートよ」
おかしな音が立て続けに三回続く。
そして、聞き慣れた、あの声が聞こえる。
「剣聖様……」
そこには剣聖のサンライズさんが立っていた。
足元にはミノタウロスの頭が転がり、憤怒の表情を浮かべている。
ばたんっと崩れ落ちる、ミノタウロスの体。
た、た、助かったの……!?
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