107.魔女様、村長さんの「いのちだいじに」な提案に悪意すら感じる
「さぁ、お次は村長さんの村おこし案やで!」
ドレスの後は温泉リゾートに戻ることになった。
おのれ、ドレス。
あんな胸の立派な石像作ってくれちゃって。
胸の部分だけでもどうにかしなきゃやばいことになる。
そんなことを思っていると、皆が盛大に拍手をする。
おっといけない。
審査員として、ちゃんと働かなきゃいけないんだった。
メテオのアナウンスによって、次の発表は村長さんだとわかる。
「皆の衆、よくきいてくれ」
村長さんは相変わらず、かくしゃくした足腰でステージに上がる。
そして、真剣な眼差しで話しはじめた。
村長は見た目はただのおじいさんだけど、実は剣聖のサンライズ。
過去には数々の伝説的な活躍をした人物なのである。
当然、村人や冒険者からも一目も二目も置かれていて、皆が村長の話に耳を傾ける。
「わしは以前、そこのクレイモアと一騎打ちに臨んだ。力及ばず、もうここでとどめをさしてもらおうと思った矢先、魔女様はこうおっしゃったんじゃ。命を大事にせよと」
村長さんはサジタリアス騎士団が勘違いで攻めてきたときのことを話し始める。
確かに、あの一騎打ちの後に村長さんにお説教をしたのを覚えている。
村長さんはうちの村のリーダーだし、みんなのとりまとめ役なのだ。
私含めて皆から尊敬され、愛されている。
勝手に死ぬことを選んでもらったら困る。
「それでわしは気づいたんじゃ。どんな時でも皆にも命を大事にしてほしい、と」
村長さんのは言葉が胸に響く。
まるで私たち一人一人の目を見て話しているかのようだった。
「そうだよな、命あっての物種だよな」
「さすがは剣聖のサンライズ、言葉のウエイトに差がありすぎる」
「何を言うかじゃねぇな、どの口がモノを言うかにかかってんだな」
村長さんの突然のいい話に、村人や冒険者たちから感動の声が上がる。
命を大事にする。
これって当たり前だけど、本当に大切なことだよね。
私の胸はじぃんっと熱くなるのだった。
「そして、皆がもっと命を大事にできるように提案したいのがこれじゃ!」
村長さんはそこまで話すと、ステージの袖に目配せする。
続いて、どん、どん、どん、どんと太鼓の音が響く。
ん?
ちょっと空気変わった?
「はーい、持ってきましたぁ!」
すると、ハンナが大きな木の板を持ってきて、ステージの中央に配置する。
そこには何やら地図のようなものが描かれていた。
命を大事にするためってことは、この村周辺の危険を避けるための地図なのかな?
「これはみんなの命を大事にするお散歩コースじゃ」
「お散歩コース?」
「さよう。皆がこの地図にそって散歩をすれば、自然と鍛えられ、自然と命を大事にできる。そういう寸法なのじゃ」
「ふふふ、これは凄いんですよ! ただ歩くだけで誰でも簡単に力がつきます!」
村長さんもハンナもうんうん頷いて、提案に大満足している様子。
お散歩コースっていう名前からしても気軽な感じが伝わってくる。
それなのに鍛えられてしまうなんて、すごい!
「すげぇぞ、村長さん!」
「散歩するだけで強くなれるなんて最高だぜ!」
強くなれると聞いて、冒険者たちは喜びの声をあげる。
ドレスの作ってくれた冒険者の訓練所と組み合わせると効果バツグンだね。
ようし、もうちょっと近くで見てみよう。
「……ん?」
そして、私は気づくのだ。
何かがおかしいと。
「あ、あのぉ、この最初のところで、崖から飛び降りるとありますが……?」
「これは村の近所の死の崖じゃな」
「……死の崖?」
「うむ。ちょっと高い崖じゃ。これを飛び降りることで、不死身の耐久性を身に着けるのじゃ」
「……次の殺人モグラと泥遊びっていうのは?」
「これも簡単じゃ。ちょっとお茶目なモグラと楽しく遊ぶんじゃ。もぐらたたきの要領じゃな」
「……イノシシに骨砕き体当たりというのは?」
「おぉ、これぞ序盤のクライマックス。激殺イノシシと押し合って楽しむのじゃ。真っ向勝負で吹っ飛んだ方が負けじゃぞい」
「激殺イノシシ?」
「これがとっても硬いやつでのぉ、頭蓋骨の二つや三つもっていかれるかもわからんが」
「頭蓋骨の二つや三つ……」
「魔女様、特筆すべきはこのお散歩コースはゴールまで一方通行で出られんようになっとることじゃ。両側を崖に囲まれておってのぉ」
「それって、一度入ったら出られないってことじゃ……」
「そうじゃ。しっかり鍛えるための心憎い仕掛けじゃな」
にっこりと微笑む村長さん。
絶句する私。
リリは小さい声で「ひぇ」とだけ言って、私の服のすそをきゅっと握ってくる。
もはや村長さんの存在自体が怖いらしい。
気持ちはわかる。
「ふふふ、すごいでしょ? これなら強くなれますよ!」
「ふぉふぉふぉ、いのちだいじに、というやつじゃの」
ハンナと村長さんはほほえみ合う。
一見すると孫とおじいちゃんの心温まる風景。
「……………………」
しかし、会場の空気は見事に凍ってしまう。
もはや冒険者たちからは拍手の一つもない。
「オイオイオイ!? 死ぬわ、俺」
「ほう、散歩コースに見せかけた処刑場ですか……、即死確定ですね」
そんな声さえ聞こえてくる。
明らかに冒険者の皆さんをビビらせてしまってるじゃん。
っていうか、なんなのよ、これ!?
死の崖とか、殺人モグラとか、骨砕きとか!
全ての要所に「死」を連想させるワードが入ってるし。
こんなの私の知ってる『お散歩』じゃない!
ぜんっぜん、命を大事にしてない!
私みたいな普通の人じゃ7回ぐらい死ぬと思う。
「大丈夫じゃ。皆の者、そこまでびびらんでもよい。ハンナやクレイモアは毎朝、これをやっとるんじゃぞ? あやつらにできるんじゃ、おぬしらもできる」
「おじいちゃん!」
村長さんはなんだかいい感じにまとめようとしている。
ハンナは涙ぐんで頬を濡らす。
だけど、無理やり感は否めない。
そもそも、ハンナもクレイモアも素質が違うし、地力が違う。
「ひ、ひぇえ、俺は化け物の村にきちまった」
「私、郷里の幼なじみと結婚して農家になるんだったわ」
「これ、全員参加じゃないよな?」
冒険者の皆さんのやる気がどんどん落ちていく。
まずいよ、この空気を打開しなきゃかなりやばい。
このままじゃ冒険者がいなくなっちゃう。
私は地図からいいところを探そうと必死に眺める。
「あ、あのぉ、このマークはなんでしょうか?」
すると気になるものを発見した。
散歩コースの途中に大きくドクロマークが描かれているのだ。
「それはのぉ、えーと、なんじゃったかな……、思いだせんのぉ」
私が指摘すると、村長さんは腕組みをしてうなる。
自分で地図を作っておいて、どうやら本気で忘れてしまったらしい。
明らかに危険そうなにおいがするんだけど。
「おじいちゃん、それは……ごにょごにょ」
「……そうじゃ、絶対近づいちゃならん場所じゃ」
「近づいちゃ駄目な場所?」
「ふむ。あれは30年ほど前じゃったかのぉ。なんかこう、えーと……、見たことのない化け物がうじゃうじゃ……、あれ? これは別の場所だったかのぉ。……とにかく、危険な場所なんじゃ」
ハンナから耳打ちをされた村長さんはドクロマークの理由について話し始める。
あくまでかろうじての記憶だけど、とにかく危険がいっぱいの場所らしい。
見たことのない化け物っていう言葉は聞かなかったことにしよう。
村長さんが危険っていうほどの場所なのだ。
近づかないように周知徹底しなきゃダメだ。
「おじいちゃんが言うには、近づいてみな、死ぬぞ? って場所です。私たちみたいな普通の人は近づいちゃダメです」
「そっかぁ、へぇ〜、普通の人かぁ〜」
ハンナが自分を『普通の人』に含めたことに素で驚く私である。
普通の人っていうのは私みたいな人畜無害なタイプをいうのではなかろうか。
笑いながらモンスターに向かう人ではなく。
「以上でわしの発表は終わりじゃ。ふぉふぉふぉ、今日からお前らを待っとるぞい! もちろん、全員参加じゃ!」
村長さんはそう言ってピースサインをする。
茶目っ気をだして終わりたかったのかもしれないけど、空気は凍ったままだ。
うちの村人はともかくとして、冒険者の皆さんの顔はいまだにひきつっている。
「村長さん、アイデア自体はいいと思うので、この10分の1ぐらい簡単なものを考えてください」
「じゅ、10分の1じゃと!?」
「100分の1でもいいです」
「……ふぅむ、難儀じゃのぉ」
そういうわけで、私は村長さんの案を優しく却下することにした。
だってしょうがないじゃん。
命を大事にするためのトレーニングで命を落とす人が続出すると思うし。
「黒髪魔女様は心配性なのだ! みんなで走れば怖くないのだよ!」
「そうですよ! 朝から楽しく崖からダイブ、朝崖しましょうよ!」
クレイモアとハンナは声をあげる。
二人とも可愛いが、場の空気は凍り付いたまま。
そりゃそうだよ、誰が朝から崖を飛ぶか!
こいつらはモンスターの亜種みたいなものだ。
いったん、優しく無視しておこう。
はい、じゃあ、次行ってみよう!
お願いだから、次はちゃんとしたのが来て!
【魔女様の手に入れたもの】
トレーニングお散歩コース:村長のサンライズが作成した冒険者を鍛えるための散歩道の地図。ルート通りに進むことで安全快適に鍛えることができるが、力が及ばないと即死する。ちなみに初心者コースと中級者コースがある。途中のドクロマークについてはサンライズもうろ覚えである。
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