101.魔女様、クレイモアのお母さんと遭遇するも、その大きさに怖気づいてしまう
「ユオさんって言ったね。クレイモアがお世話になってるって聞いたよ。今日はお代はいいからなんでも食べとくれ」
サジタリアスの料理屋、『マリアのでっかい肉料理亭』は大量のお客さんでごった返していた。
ものすごく美味しそうな匂いが充満してきて、お腹がぐぅっと鳴る。
そこで出迎えてくれたのが、クレイモアのお母さん、マリアさんだった。
料理人の姿で、このレストランのオーナーシェフをしているらしい。
「はい、ありがとうございます!」
最高の笑顔で感謝する私なのであるが、とある思いに頭の中が埋め尽くされていた。
でっか……。
そう、私たちの眼前にはとにかく大きいそれが鎮座していた。
マリアさんのものはとにかく突き出している感じで、一種の暴力。
エプロン姿なのに目に余るというか、エプロンがかわいそうというか、とにかくすごかった。
クレイモア同様、身長も大きいし、とびきりの美人。
だけど、問題はそこじゃない。
簡単に言えば、「何喰ってたらこうなるのよ」的に大きいのだ。
クレイモアが大きいのはこれが理由か。
遺伝という忌まわしき自然法則を否が応でもひしひしと感じる。
こればっかりはママを恨むしかない。
まぁ、私には母親の記憶がないんだけどさ。
「ひゃっはぁー! ここのご飯が生きてるうちに食べられるなんて! 魔女様、リリ様、クレイモア様、ほんまにありがとうございます! 姉ちゃんも来ればよかったのに!」
クエイクは涙をこぼしながら、テーブルの上に出された料理を平らげていく。
確かに素材の味をしっかり引き出していながらも、スパイスやハーブをふんだんに使っていて香り豊かでとってもおいしい。
塩不足だと聞いてはいたけれど、料理の腕でカバーできるのだと感心する。
もちろん、塩が十分にあったらもっとメリハリがついておいしいんだろうけど。
そして、私は改めて思うのだ。
塩はこういった市井の人々の暮らしに直接、影響しているのだということを。
私たちの作る塩がサジタリアスのみんなの役に立てたらいいな。
「母上殿、美味しかったのだ!」
「そりゃどーも。なんだい? 含み笑いなんかして」
「ふくく、これを見るのだっ!」
ご飯を食べ終わり、お茶を飲んでいるとクレイモアがマリアさんにあるものを見せる。
それはうちの村で作っている素焼きの塩の容器だ。
「こ、これは!? ま、まさか!?」
「お察しの通り、塩なのだよ! これを使って、あたしが母上殿を超える料理を作ってやるのだ!」
クレイモアはそう言って腕まくりをする。
どうやら、今から料理を作るつもりらしい。
「……クレイモア、そんなことは承知しないよ!」
マリアさんはそう言って、包丁をまな板のうえにがんっと突き刺す。
ひぇええ、怖い。
「そもそも、あんたが料理をするのは禁じたはず。包丁から剣に持ち替えて、人を守る剣聖になるって約束しただろう?」
クレイモアが料理をすると言い出したら、突然、強い口調になるマリアさん。
そういえば、クレイモアはお母さんから料理を禁じられていると言われていた。
剣聖として騎士団に入るからには剣の道だけに精進すべきだって。
「母上殿! 残念ながら、禁じられてはいないのだ。これを見るのだよ! にひひひ」
しかし、クレイモアは不敵な笑顔を崩さない。
彼女が懐から取り出したのは、あの包丁だった。
彼女は丁寧な手つきでカバーから取り出すと、それをマリアさんに見せる。
「こっ、これは……!?」
「母上殿の包丁なのだ」
「嘘だろ、こんなことあり得ない……!?」
「ほらほら、ここに母上殿の包丁の銘があるのだよ! これでまた一緒に料理ができるのだ!」
クレイモアは最上の笑顔を見せる。
それどころか、マリアさんをおちょくるようにおどけている。
スタイル抜群の彼女だけれど、心はもっと幼いというか、まるで少女みたいで可愛らしい。
「ぐむむむ……」
クレイモアが取り出した包丁を前にマリアさんはそれっきり何も言わなくなる。
肩を震わせているし、おそらくは怒っているのに違いない。
ドワーフのおじさんたちも言っていたけれど、普通、剣の心材に使ったものを無傷で取り出すなんてできないのだ。
それでも私はクレイモアの料理をしたいって気持ちを大事にしてほしくて、スキルを使って包丁を取り出してしまった。
マリアさんが怒っているのなら、私にこそ責任がある。
「マリアさん、申し訳ありません! 私がちょっとした出来心でクレイモアの包丁を取り出したんです!」
私は経緯を話し、とにかく出過ぎた真似をしたことを詫びることにした。
「マリア様、クレイモアは剣聖としての仕事を十二分にしております。それでも、料理をしたいっていう気持ちを大事にしてほしいんです」
「そ、そうやで。たまのたまーに料理するのを許してくれてもいいんじゃないですか」
私が口火を切ると、リリとクエイクも追随してクレイモアのことをどんどん援護する。
しかし、それでもマリアさんは包丁を掴んでうつむいたままだった。
ひぃい、ちょっと怖いというか何というか。
ちなみにリリの話ではマリアさんは昔、けっこう有名な冒険者だったらしい。
「母上殿、あたしは料理が好きなのだ。剣聖としても頑張るけど、自分のスキルだけに人生を左右されたくないのだ」
クレイモアは背中を向けたままのマリアさんに自分の思いのたけを伝える。
私はクレイモアが料理に対してとても強い気持ちを持っていること知っているから、その言葉にけっこう目頭が熱くなるのを感じる。
「……クレイモア、もう二度と顔を見せるんじゃないよ。お前は勘当だ。どこへなり行って、自分の好きな料理でもなんでもするがいいさ」
「か、かんどう……」
マリアさんは私たちに背中を向けたままカンカンに怒っていた。
勘当を言い渡されたクレイモアは目を丸くして驚いている。
そりゃあ、ショックだよね。
親が大嫌いな私だって、それなりにショックだったもの。
「リリアナ様、ユオさん、クエイクさん。クレイモアはちょっとどころか、相当、抜けています。ご迷惑をおかけするとは思いますが、よろしくお願いします」
しかし、こちらにくるりと向き直ったマリアさんの瞳には涙がにじんでいた。
言葉の最後の方はかすれてしまっていて、聞き取りづらいくらいだった。
私は気づいたのだった。
マリアさんは決してクレイモアを叱りつけたいわけじゃない。
本当はクレイモアが料理の世界に戻ってくれたことが嬉しいんだろう。
だから、敢えて憎まれ役をかって出て、クレイモアを成長させようとしているのだ。
「うはは、母上殿からやっと許しが出たのだ!」
「はぁ、許しだって!?」
「ふふ、感動記念に美味しい料理を作ってあげるのだ! それにしても、お前には感動したって、母上殿にしては素直なのだ!」
「おい、こら、クレイモア! 勘当っていうのは、そういう意味じゃない! って、おい、話を聞きなさい!」
「ふふん、塩キャラメルがいいのだ! 隠し味に温泉の塩を使うのだ。あたしは今、もうれつに感動している!」
しかし、クレイモアだけは相変わらず空気を一切読まない。
彼女は感動的なシーンを剣聖らしく一気にぶった切る。
「にゃはは、一度、厨房に入ったあたしは止まらないのだよっ!」
さらには勝手に厨房に入って料理を作り始める。
そもそも、勘当と感動をごっちゃにしている時点で議論にならない。
「こら、食材を勝手に使うんじゃない。そもそも、その塩は大丈夫なんだろうね」
「ふくく、あたしがこれまで食べてきた中で一番いい塩なのだよ。ほらほら、味見するのだ」
「あ、甘い!? 後味もふっくらしてるじゃないか! これは海の塩でも、山の塩でもない、いい塩だ」
塩の味見をしたマリアさんの表情がぱぁっと明るくなる。
「しょうがないね。バカ娘のお客様のためにとっておきのをつくろうじゃないか」
「それならこの塩で感動的なデザートを作るのだ! 母上殿、あたしのナイフ捌きをとくとご覧あれ!」
「ふふん、若造には負けないよ!」
厨房に入った二人はあーだこーだ言いながらも仲良く料理を作り始めるのだった。
本当に勘当された身分の私としては、親子で仲良く料理をするなんて眩しいくらいの風景。
私の父親たちにも、この二人の爪をせんじて飲ませてやろうかしら。
「美味しぃい~~~~」
とうぜん、クレイモアとマリアさんの共作デザートは最高の出来。
私たちは嬉しい悲鳴をあげるのだった。
「ふふ、よかったですね」
内情を知っているリリもとても嬉しそうに微笑んでいた。
「この塩を使ったデザートはすごいで! 村の特産品にしてがっぽがっぽの予感!」
ただし、クエイクだけは頭が半分ぐらい商売に占領されているらしく、もう次の商いに夢中になっていた。
この子も筋金入りの商人なんだなと感心する私なのであった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「でっっっ……」
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