100.魔女様、「私の大事な仲間に卑劣な真似をした伯爵の野望を木っ端みじんにしたいと思います。伯爵のモンスターを圧倒するけど、変装してるし自分の仕業だってバレてないよね」な感じにしてしまう
「ローグ伯爵、待ちなさい! 私が相手よ!」
私はローグ伯爵と頭のたくさんあるアナトカゲの前に歩みだす。
アナトカゲは私を見るなり、ぐごぁああああと威嚇してくる。うるさい。
「お、お前はぁああ! 元はと言えば、お前のせいでこうなったのだ! よくも私のハーレム計画を邪魔してくれたなぁあああ!」
私をにらみつけ、激高する伯爵。
ハーレムがどうとか知ったこっちゃないけど。
「ザガリア、やってしまえ!」
伯爵が叫んだ瞬間、ぶおんっ、っと風を切る音が耳に響く。
アナトカゲの尻尾が猛烈なスピードで私に向かってきているのだ。
「危ないっ」
リリの悲鳴が聞こえる。
周りの人が唖然としている顔もわかる。
しかし、私は避けない。
ただただ、自分の内側に湧いてくる熱を信じる。それだけ。
熱鎧よ、私を守って。
ぎげぇ!?
アナトカゲはへんてこな声を上げる。
モンスターが驚くのも無理もない話で、当たったはずの尻尾の先が消失してしまったのだ。
きれいさっぱり、ナイフでに切り取られたみたいに。
切り口は、ぶすぶすと未だに音を立てている。
「な、な、なんだぁ!? どうしたんだ!? なぜ、お前は生きている」
私が何事もなく立っているので、ローグ伯爵は唖然とした表情だ。
多分きっと、何が起きているのかさえわからないだろう。
「ローグ伯爵、あんた、リリを泣かせるなんて許さないわ!」
静かな怒りとはこのことだろうか。
私は伯爵をきっとにらみつける。
「ひ、ひぃいい、何ものだ貴様!? ザガリア、やってしまえぇええええ!」
伯爵はさらにアナトカゲに号令をかける。
ぐごぁああああああっと、お腹に響く、アナトカゲの怒号。
だけど、私の頭の中はさっきよりもよっぽど冷静だった。
私は歩いた。
迷いもなく、まっすぐに、アナトカゲに向かって。
ひゅんひゅんっと高速で繰り出される怒涛の尻尾攻撃。
それに加えて、するどい牙でも攻撃してくる。
だけど。
私は何も感じない。
なぜかっていうと、すべての攻撃は当たる前に燃えるから。
いや、当たる前に消える、が正しいかな。
そもそも、こいつはアナトカゲだし怖くない。
「ひぃいいっ、化け物ぉおおお!? 来るなぁあああ!?」
どんどん進んで迫ってくる私に驚いているのだろう。
伯爵の引きつった顔が見える。
私は進む。
ぶす、ぶす、ぶすっと変な音がする。
そして、振り返ってみると、そこにはバラバラになったアナトカゲが転がっていた。
いくらアンデッドでも体の大半が燃えれば動かなくなるらしい。
「ひぃひぃひぃ、ザガリアがぁああ、わ、私の全財産がぁあああああ!!!?? こんなところで、こんなところでぇええええ!?」
伯爵は呆然とした表情で立ち尽くしている。
顔には大量の脂汗をかいていて、目元には大きなくまが浮かんでいる。
あまりのショックで髪の毛もほとんどなくなってしまったらしい。
「ユオ様ぁあああ!」
へたり込んでいたリリはやっと立ち上がって、こちらに駆け寄ってくる。
抱きしめてあげると、怖かったらしく震えていた。
あれ?
ふと気づくと、先程リリに貸してもらった、ドレスの裾に茶色いシミがついている。
アナトカゲが暴れまわっていたときに飛び散ったのかもしれない。
……そう言えば、あの時は熱鎧を発動させてなかったんだっけ。
こんの、あほばか腐ったアナトカゲ!
私はぎゅっと奥歯を噛む。
「許せない! 私のドレスだけじゃなくて、リリのお母さんのドレスまで汚すなんて!! さぁ、みんなに謝りなさい!」
「う、うるさい。そもそも、リリアナ、お前のせいでこうなったのだ! 私を馬鹿にしおって、この無礼者がぁあああ!」
ローグ伯爵は最後の抵抗とばかりに剣を構え、あろうことかリリを斬りつけてくる。
未だに反省する気、ゼロらしい。
私はためらいもなく、リリの前に飛び出す。
こんなところでバッドエンドなんて絶対に嫌だ。
「ひひひ、……ん? 私の剣はどこに行った!?」
ローグ伯爵は信じられないという顔をする。
なにせリリをかばった私を貫いたはずの剣が、途中からなくなってしまっているのだから。
「な、なんなのだ、お前は!? なんで剣がなくなる、なんで私の野望をことごとく邪魔をする? 私が平民風情に頭を下げるなどあってなるものか」
伯爵は私を指さして、わぁわぁわめく。
謝罪する気はゼロらしい。
このオッサンのせいで、どれだけ多くの人が迷惑を被っただろうか。
本当は辺境伯がするべきことだけど、代表として私がお灸をすえることにした。
「これはサジタリアスのみんなの分!」
「ひぶっ!」
熱鎧を解除して、私は伯爵をひっぱたく。
「これは辺境伯の分!」
「ひゃぶっ!!」
ローグ伯爵がもう良からぬことに手を染めないように。
「これは吹っ飛ばされたクレイモアの分!」
「おぐるっ!!」
その曲がった性根が少しでも、マシになるように。
「これはリリの分!」
「おうふひっ!!!」
リリの悲しみを理解できるように。
「そして、これはドレスの分よ!!」
「あぶはりやっ!!!!」
最後の一撃を加えると、ローグ伯爵は床に転がった。
大して力を入れたつもりもないし、熱を入れたつもりもないんだけどなぁ。
私としたことがはしたない真似をしてしまった。
「リリ、出番よ! この男に言いたいことを言ってあげな!」
「ひぃいいいい!? わ、私ですか!?」
しかし、この男に言いたいことがあるのは私だけじゃない。
これまでさんざん撹乱されてきた、リリこそが一番の被害者だ。
「大丈夫。ここでしっかりケリをつけておかなきゃ」
リリは引っ込み思案な性格だ。
だけど、誰よりも人を思うことのできる優しい心を持っている。
サジタリアスを混乱に導いた、この邪悪な伯爵に引導を渡してくれるはず。
「……そうですね。わかりました」
私の意志を理解してくれたのか、彼女はこくりと頷いた。
そして、へたりこんでいるローグ伯爵のもとに向かう。
「な、な、なんだぁ? お前など、お飾りにしかすぎん、人形のくせに」
伯爵はなおもごちゃごちゃ言っている。
だけど、リリはもう聞く耳など持たない。
そして、こういうのだ。
「ローグ伯爵、あなたとの婚約は破棄させていただきます! あなたは最低最悪の人間です! 二度と私の目の前に現れないでください!」
「なぁっ!?」
彼女は辺境伯や兵士のみなさんが見ている前で高らかに婚約破棄を宣言する。
その態度は堂々としたもので、これまでのリリの印象とは大きく違っていた。
「そして、これはドレスの分です! えいっ」
「おぶひっ!?」
そして、彼女は私と同じように、ドレスの仇もうったのであった。
「ローグ伯爵を捕らえよ! リース王国に私が自ら連れていく!」
辺境伯は兵士の皆さんに命令して、伯爵をどこかへと連れていってしまう。
隣の国の貴族が暴れるなんて、かなりのゴタゴタ。
皆が呆然とした表情なのも無理はない。
とはいえ、あとはなるようになるよね。
証拠品はあるし、目撃者もいるし。
「ユオ様ぁああああ!」
一息ついていると、リリが私の胸に飛び込んでくる。
すばらしくかっこよく婚約破棄をした彼女だったのに、今はえぐえぐ泣いてしまっている。
「リリ、かっこよかったよ」
震える彼女によしよしっとしてあげる私なのであった。
「魔女様! ほんまにかっこよかったですよぉおおお!」
「全身武器とはこのことなのだ! あたしの分も伯爵をやってくれたのだ!」
クエイクとクレイモアも加わってくる。
彼女たちも無事で本当によかった。
そして、私は気づく。
今の一部始終をサジタリアスのみなさんに見られていたっていうことを。
これって『自称魔女の痛い女』がサジタリアスで大暴れしたってことにならない?
これは絶対にやばい。
バレたら恥ずかしすぎて死ぬ。
ちょっと待って! 私は幸い、仮面をつけたままだ。
……よし、これで押し切ろう。
「えいやっ、燃えちゃえ!」
まずは床に転がっているアナトカゲの死骸を完全に燃やす。
熱空間の中で塵も残さないぐらいしっかりと。
だって、死骸は汚いし、臭いもあるし、汚物はしっかり消毒しなきゃね。
うわぢゃ〜っ。
アナトカゲの死骸は変な音を立てて、消え去る。
ふぅ、すっきりした。
そして、辺境伯とレーヴェさんに伝えるのだ。
「辺境伯様、今回の件はあくまで通りすがりの仮面のものがやったことです。辺境の村の領主はいなかった。いいですよね?」
「へ、ひ、ふ? そ、そ、そうですか、わかった、あいわかった!!」
「レーヴェさんも、その線で皆様に周知徹底をお願いします」
「ひ、ふ、は? りょ、りょーかいです! 口が裂けても言いませんんん」
つまりは親切な仮面の少女に全てをなすりつけるのだ!
辺境の村の領主はここにいなかったということにしてもらおう。
「それじゃ、通りすがりはいなくなりまーす!」
私はすたすたと大広間からいなくなるのだった。
あーよかった、仮面をつけておいて。
これは便利だから、大切に保管しておこう。
「皆の者、今日、ここで見たことは絶対に外に漏らすな! 漏らしたものには厳罰を与える! よいな!」
「は、はいいいい……」
辺境伯は兵士たちに向かって、そう宣言する。
よっし、これで私の正体は一部の人にしかバレてないはず。
バレてないはず。
【魔女様の発揮したスキル】
高温突撃:熱鎧を発動させ高温を発した状態で敵に体当たりをする技。当然のごとく、触れた敵に致命傷を与える。熱鎧は防御のための技だが、防御しているだけで勝手に敵を殺傷してしまうという、『防御は最大の攻撃なり』を地でいく魔女様らしいスキル。即死技。
汚物消毒:不潔なものを一気に焼き上げて、この世から消し去る技。きれい好きの魔女様らしいスキル。悪臭も除去。除菌も可能。というか、ほぼ全ての生き物は死滅する。即死技。
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「ぜったいにバレてそう……」
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