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LOGHORIZON 〜Front Line logs〜  作者: 蓮華
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001 五年ぶりの復帰

どんな形であれ、世界を変える最前線というのは美しいものであると同時に残酷なものであるのだ。



〈エルダーテイル〉。

二十年の歴史を持つこのMMORPGはそれでいてなお常に新しい体験をさせてくれる。

 この幻想的な世界ほど、当時世の中の酸いも甘いも未体験の私にとって魅力的なものはなかった。

しかし時の流れというものは辛いもので、社会に出ていくに連れて世の中の「ベーシック」は重く私にのしかかった。

 趣味を訊かれたならゲームではなく「音楽鑑賞」を、サントラではなく「クラシック」を答えさせる。

 だからだろうか、このセルデシアという幻想的な世界ですらも自分の枷に感じてしまったのは。

 だからだろうか、現実を全て忘れ去って、ずっとこの枷で拘束されて居たいと感じたのは。



『ホントに復帰するんですか?』

 携帯に掛かってきた通話に出ると彼は開口一番で訊いてきた。

「うん、そうしようと思ってる」

『仕事は一段落した感じなんですか?』

 全く痛いところを突いてくる。

「仕事ね、、、辞めちゃった」

『そうなんですね、、、でも復帰しても良いことあんま無いかもしれないですよ』

「そうなの?」

『詳しくはあっちで話しますけど、五年も有れば世の中は変わりますよ』

「そりゃそうだね、分かった。えっと集合はアキバでいいんだよね?」

『はい、じゃあギルド会館前で待ち合わせしましょう』

「オッケー、楽しみにしてるね」

 そう言って通話を切ると、私は再び自分のパソコンに向かった。なにせ五年分のデータダウンロードなのでやたらに時間が掛かる。かれこれゲーム起動から30分程待機してやっと96%まできた。一時はこのまま新拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉の一斉ダウンロードに巻き込まれて回線落ちするんじゃないかとも思ったが、なんとか終わりそうだ。

 そうこうしている間にダウンロードは98%にまで到達する。

「あ。」

 そうだ。完全に忘れていた。このゲームで戦闘するならストップウォッチが必要じゃないか。キッチンにタイマーがあるので階段を降りて取りに行く。ダイニングの時計の長針がまもなく頂点を指しそうだった。急いで二階に戻り、パソコンの前の椅子に座る。

 しかし様子が変だ。ちょうどダウンロードが終わり、スタートしたはずだろうゲーム画面は白く発光したまま動かない。処理落ちだろうか。再起動すればなおるかと思い、私は電源ボタンに手を近づける。



刹那。私は意識を失った。



そして気が付いた時、私はアキバの街、あの世界セルデシアに居た。



「え?」

 思わず声が出てしまった。しかし意味がわからない。私が引退していた間に〈エルダー・テイル〉のグラフィックはこんなことになってしまった?ありえないでしょ。でも目の前に広がる景色はアキバの街だ。見紛う事なんてあるはずもない、ここはかつて中学生だった私を骨の髄まで魅了したセルデシアだ。

 しかしこんなところまで人類の進歩が進んでるとは思えないし、何より見渡す限りの〈冒険者〉が我を忘れてバカみたいに空に向かって大声で運営へのクレームを叫ぶあたり、只事じゃないことは誰でもわかる。しかしだからといって私は何をすればいいのだろうか。

 とりあえず私は自分の体を確認する。良かった、とりあえず五体満足みたいだ。あとは胸の革鎧と背中には2本の槍。この時点で何となく察しがつく。青い1本は〈鏢海と天空を繋ぐもの(ブルー・コネクター)〉、もう1本のオレンジ色の方は〈翼広げる大鳳の羽〉。この2本を持っているということはやはり、この体は私のキャラクター『零亥』なのだろう。この片手槍にしては大振りな槍を二つも装備するのは〈吟遊詩人(バード)〉でも決してメジャーなビルドではない。どうやら私(達?)はいつも読んでいた異世界転生ライトノベルがごとくエルダーテイルの世界にやってきてしまったらしい。←え?



 私の職業〈吟遊詩人〉は〈エルダー・テイル〉にある12の職業の中で武器攻撃を得意とする武器攻撃職の1つで、〈援護歌〉と呼ばれる支援攻撃を得意とする。味方全体の戦闘能力を高めることができる職業だが、その分単体での攻撃力は高くない。それを補うために私は二槍流での戦い方を基本にしている。



 突然鳴ったコール音に驚くと、目の前にはウィンドウがあった。宙に浮かぶパネルに表示された名前は『マヨ太郎』。私が復帰前に通話した相手であり、引退する五年前、最後にパーティーを組んでいた相手だ。

『姐さん、無事ですか』

「無事だけど、この状況はどういう事?」

『俺にも分かりません、ただ一度合流しませんか?』

「分かった。場所は?ギルド会館?」

『いえ、今ギルド会館前は大勢の〈冒険者〉でごった返してます。旧秋葉原駅電気街口はどうですか?』

「分かった、いいよ」

『ではそこで』

 通話を切るとウインドウは閉じた。メニューの開き方未だ分からず。とりあえず、駅に向かうとしよう。



「おー来ましたね、お久しぶりです。」

「元気だったか?陽太郎」

「元気でしたよ、ってか本名で呼ばないでください、一応ゲームの中っぽいんで。実際どうなのかはわかんないっスけど」

 こけむした旧秋葉原駅のホームで私と話す彼がマヨ太郎。職業は〈守護戦士(ガーディアン)〉で戦闘では硬い防御力とタウント特技で前衛としてパーティーの壁役をこなす。私の引退時には、彼は戦闘系ギルド〈黒剣騎士団〉に所属、レイドでも活躍していたのだが、彼も彼の事情でログインが出来なくなったことで離脱、復帰をしたのは半年前らしい。因みにキャラクターネームのマヨ太郎は本名の高松陽太郎からきている。

「そんなことより姐さん、仕事辞めちゃったんですよね、何かあったんですか?」

「聞いてくれるな。マヨ太郎、社会人は思ってたより厳しいぞ。」

「あー、なるほど。心中お察しします。」

「ところでお前、どうやって念話掛けたんだ?私、メニューの開き方わからんのだけれど。」

「あぁ、それはですね、眉間のあたりに集中してみてください。メニュー出てきませんか?」

 言われた通りに眉間に集中すると突如、例の半透明なウインドウが現れる。

 『零亥:レベル80

  メイン職業〈吟遊詩人〉サブ職業〈軽業師〉』

「そこから念話できます。あとメニューから選ぶと特技が発動できます。試しに使ってみてください、ただし広範囲技以外で。ゲームの時の仕様通りプレイヤータウン内で戦闘すると衛兵のペナルティもあるみたいなので。現についさっきギルド会館前にいたやつらが衛兵送りになってましたよ。」

 そう言われてとりあえず、メニューから1番使い慣れた特技を発動する。

〈グランドフィナーレ〉

舞台の幕が下りるようなエフェクトと共に体が勝手に動いて、攻撃を繰り出す。武器によって演出が変化するこの技は、私の場合は対象をその衝撃で大地すら破壊するかのような鋭い突きになる。

「出来た。けどこれ一回一回メニューから開くのは不便だね。なんとかならないのかな。」

「んー、今んとこそれ以外の特技の発動方法は分からないですね」

「ところで姐さん、ご飯ってもう食べました?」

「いや、まだだけど。」

「じゃあこれからマーケットに買いに行きません?歩いてきたら疲れちゃって」

 私も少しお腹が空いていたので、もちろん賛成したのだけれど、まさかこの後あんなことが起きるとは。



「ナニコレ。え?不味くない?これ。」

「食べれたもんじゃないっスね」

 驚いた。マーケットで買ってきた料理は何一つ味がしない。いや、正確には味はある。全ての料理が同じ味。食べられない訳ではない。そうだ、これはアレだ。出汁を入れ忘れた時のせんべい汁の煎餅。いや、もうちょっとモチモチしてるかも?それをマヨ太郎に言うと、

「え?せんべい汁って何ですか?ローカル食品?これと似たような味なんですか?ホントに美味しいんですかそれ?」

 驚いた。もうこの珍味食材の諸々が吹っ飛ぶくらいの衝撃。え?せんべい汁って全国共通ものじゃないの?ご当地料理なの?ショックなんだけど。まさか異世界に来て現実世界の常識を改めさせられるとは思わなんだ。てかマヨ太郎よ、お前せんべい汁の美味しさを疑ったな?いいだろう、現実世界に帰ったら、腹が爆発するまで食べさせようじゃないか。

「この後はどうしますか?」

「特技の発動はできたし、少しでも戦闘経験積んどきたい感はあるよね、アキバ近郊のフィールドってなんか変わった?」

「多少は変わりましたけど、基本は変わらないですよ。やっぱりアキバ近くは初心者も多いですから。」

「じゃあ、これ全部食べ(処理し)たら戦闘経験積むためにもカンダ用水路あたりに行こうか」



〈カンダ用水路〉

〈エルダー・テイル〉最初期の実装から何度か拡張を経て、現在はアキバの地下からカンダ方面に広がる地下水道のダンジョン。難易度的に初心者用に分類される。

 昔から変わらないその認識を私達は後悔と共に改めることになる。ゲーム時代の三人称視点とは異なるキャラクター視点でのこの用水路は正に迷路と化し、迷ってしまった時に攻略サイトが使えないこの世界の不便に気がついたのが迷ってしまった後ではどうしようもない。更にゲーム時代には大したことのない存在だったモンスターはこの世界においてあらゆる面で現実味を帯びていて、対峙するには多くの課題があった。

「いやーエグいなこれは。モンスターのレベルは低いからダメージとかは無いし、グロいのも別に苦手じゃないんだけど、攻撃した時に浴びる返り血とかは流石に掃除が面倒。」

「加えて、この地下水道のジメッとした感じがキツいっス。」

 ただ実際に戦闘をしてみると役に立つ情報もあった。三日間程ダンジョンに潜ったまま過ごすことにして、この世界での戦闘に慣れることができるようにする。この世界に来てすぐに戦闘経験を得ようとする物好きなプレイヤーは決して多くないだろうし、この情報は役に立つだろうということで引退前にちょくちょくお世話になっていた知り合いのギルドを訪ねることにした。



 カランコロンという鈴の音と共に〈RADIOマーケット〉と書かれたドアを開けると、中にいたギルドメンバーが一斉にこちらを向いた。事情を話すとギルドマスターである茜屋=一文字の介の工房へと案内してもらえた。〈エルダー・テイル〉時代の彼は「実況勢」として、「茜屋=一文字の介のエルテNIGHT」という動画配信をしていた。エルダーテイル内で焚火の画像を流しながら、茜屋がリスナーからの相談に答えるという番組で、一部では熱心なファンが存在し知名度は高かった。 そのこともあってか最新情報への貪欲さは抜け目ない。

 私達が工房に入ると、茜屋は作業を止めてこちらを見る。すぐに彼の目は職人から情報通へのものへと変わった。奥の作業部屋兼実況部屋で待っているように言われたので言われるがまま、もので散乱した通路を通り部屋に向かう。

「うわ〜ゲーム画面じゃないからかもしれないけど五年前より散らかってる〜」

「俺は初めて来ました。〈RADIO〉はかなり古参のギルドですけど、〈黒剣〉や俺とはプレイスタイルもかなり違うんで絡む機会無かったんです。」

「そもそも〈黒剣〉が他のギルドとあんまし関わりがないのは例の〜レベル以上しか入れない制限のせいでなんとなく怖いみたいなイメージがあるからだと思うぞ?そういえば五年間のアプデでレベル上限上がったんだよね、今上限は90だっけ?」

「そうですね、だから今の〈黒剣〉のレベル制限は85レベルです。」

「あらら、ってことは私クリアしてないんだ」

「五年前は確かそもそも上限が80レベルですからね、実力だけでいえば十分トップレベルですよ」

 そんな話をしていると、ギィーっと錆びた蝶番の音がするドアを開けて茜屋が入ってきた。

「よう、久しぶりだな "二重奏" 復帰したんだな 」

 この”二重奏”というあだ名で呼ばれるのも久しぶりだ。

「"御隠居" もお変わりないようでなにより」

「今日はなんだ、何しに来た?今回のこれのことなら儂はさっぱりわからんぞ」

「簡単に言えば情報交換をするためにだよ、この三日間私達はアキバの街の外で戦闘経験を積んできたんだ、そこで新たな発見がいくつかある、情報的な価値はあると思うよ、でも私はこの五年間も含めアキバの街の現状に疎すぎるし、私達は今はどっちもソロだから情報が流れて来づらいんだ、だからお互いに情報交換したい」

「いいだろう、俺が知ってることなら教えてやる、それで?この三日間で見つけた新たな発見というのは?」

 私はマヨ太郎と目配せをして確認してから

「まず一つ目はPKの存在。今回の騒動の後多分少しずつ増えてるかな、私たちも危ないと思うときはあるしボロボロで一文無しの冒険者を助けたこともある。多分こういうのってどっかのギルドがまとまってやってると思うんだけど具体的にドコがやってるかは分からない」

「二つ目は特技発動方法の拡張。これはさっき御隠居も実際に作業してたし、もしかしたらもう街では知られてるのかもしれないけど特技の発動は必ずしもメニュー画面からである必要はない。」

「あぁ、誰が見つけたのかは知らねぇが、その情報は既に街に出回ってる」

「そして三つ目は〈口伝〉の存在」

「口伝?なんだそれは?特技の成長で秘伝の上が解放されたのか?」

「うーん、そうとも取れるんだけど、ちょっと違うかな。どっちかっていうと新たな特技の取得って感じ。私の場合は吟遊詩人の特技〈グランドフィナーレ〉を軽業師の特技〈ポールトリック〉で変化させたモノなんだけど、そしたらウインドウが出てきて〈口伝:デュアルフィナーレ〉って」

「なるほどな、特技の成長とは一味異なる特技の変化か、恐らくその情報はかなり価値があるモノだな。いいだろう、もともと古い馴染みなんだ、教えられることは教えるぜ。そうだな例えば・・・」

 そんなやりとりがあって私達はうまく〈RADIOマーケット〉との定期的な情報交換を取り付けることに成功したのだった。



 それから数日後、ちょうどカンダ用水路での戦闘にも慣れ、より高レベルのフィールド〈スモールストーンの薬草園〉へと足を伸ばそうかと考えていた頃、私達は突然茜屋に〈RADIOマーケット〉の工房へと呼ばれた。

「よう、今回来てもらったのは他でもねぇ、こないだのPKのことだ。もしかしたら小僧は知ってるかもしれねぇがお前さんには話しておかなきゃいけないことがある」

「なんだ?突然改まって。PKには気をつけろって?分かってるよ、そんなこと」

「そうじゃねぇ。前にお前は言ったな、この手のPKはギルドで主導してやってる可能性が高いって。例の騒動から時間も経ってPKの被害者も増えてきた、それに伴ってなんとなくそのギルドも絞れてきたんだよ」

「へぇ、ドコがやってんの?」

「まずは〈カノッサ〉、〈ブルーインパクト〉、そして〈たいだるくらん〉だ」

「え?」

 血の気が引いた。

「さてどうする?『()ギルドマスター(、、、、、、、)

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