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街角の首なし騎士  作者: 霧江
第一章 トンネルを越えて
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第9話:犠牲

 なんでだ。


 悪いのはダンじゃない。普段はふざけた奴だが、命が懸かっているような事で手を抜くほど愚かじゃない。


 ふと中佐の言葉が頭をよぎった。

 ――敵の手によると思われる、電波障害も確認されている――

 僕は電子戦支援装置のデータを拾う。案の定、トンネル出入口付近を中心に妨害電波が照射されている。


『……電波妨害だ』


『くそっ、そういうことか! こんなことなら有線にすれば……』

 

『中佐のいる街へ撤退しよう』


『敵を引き連れて街へ行くようなものじゃねーか!』


『このあたりには森と塹壕以外に遮蔽物がない、遠距離戦で数も不利、どうやって戦い続けるつもり?』


『……おれが、行く』

 ダンの声は震えていた。


『まさか、あなた――』


『直接爆破するしかないだろ? 爆薬を仕掛けたのは俺だ。俺に責任がある』


『私はあなたの命に対して責任があるわ。やめなさい』


『そんなの、ここでみんな死んだら一緒だろ?』


 ヘッドセットを外す音、短いノイズが機内の通信に走る。

『ダン?』


 ハッチから飛び出したダンがモニタに映るのを、僕は信じられない気持ちで見ていた。

 ヘルメットをかぶり、工具の入ったバッグを担いだダンは、森の木立に身を隠し、しゃがみながらトンネルの方へと走っていく。


『大変だ、ダンが出ていった!』


『そんな……』


「あのバカ……、戻りなよ!!」

 シャーリーがハッチを開けて叫び、僕は外部スピーカーに切り替える。


『戻ってこい、死ぬぞ!!』


 一瞬だけ振り向いて、ダンは走っていった。


『行っちゃった……』

『こちらが囮になるしかないわ! シャーリー、もしダンが敵に見つかったら機銃で援護射撃を』


『……分かった!』


『アル、残弾は?』


『榴弾五発、徹甲弾は三発』


 遠くで敵歩兵の機銃が唸る音が聞こえた。ダンが倒木の影に伏せてヘルメットを抑えているのをシャーリーが見つけた。


『ダンが見つかっちゃった!』


『アル!』


『わかってる!!』


 僕は歩兵の小隊が弾幕を張っているところを狙って撃った。

 土煙が上がって敵が倒れる。ダンが狙われないように、僕は敵兵の姿が見えなくなるまで弾幕を張った。


 ダンは何度もよろけながら、頑張ってトンネルに向かってる。

 砲撃がまた激しさを増してきた。

 敵はこちらに三機の機動兵器を向けつつ、歩兵を使ってダンを追い詰めるつもりらしい。


 僕は搭載カメラを動かし、彷徨さまよっているようにしか見えないダンの姿を追いかける。

 彼はトンネルまで数メートルの所にある、装甲車の残骸にたどり着き、身を潜めていた。

 突破口を探すダンは、しきりに首を周囲に巡らせていたが、敵は既にトンネル出入口を中心に半円状に防御を固めている。


『そこを動くんじゃないぞ……』 

 

 僕が言葉を漏らしたその時、画面越しにダンと目が合った。

 彼の目は退くことも、進むことも出来ず不安に塗りつぶされていた。

 

 ダンは胸の前で数秒手を合わせた後、意を決して飛び出した。


『ダンが動いた!』


『援護射撃!』


『お願いだから、倒れないで……。はやく、戻ってきてよぅ』

 シャーリーの受話器からは断続的な機銃の音、空薬莢が落下する乾いた音と嗚咽のような声が入り混じってが聞こえてくる。


 不意にその顔が画面から消えた。


『ダンが倒れた!』

 

 装甲車の残骸から数メートル先で、ダンはうつ伏せになったまま動かない。

 敵の砲火が凄まじく、回避機動をとりながら首無しは後退するしかなかった。これ以上ダンの容態を確認するのは無理だ。


『助けないと!』

 シャーリーは叫んでいたが、ベルタは押し殺した声でそれを退けた。

『街に撤退しましょう』


『いや!!』

 シャーリーがそう叫ぶと首無しががくんと前後に傾いて後退をやめ、トンネルへ向かって前進を始めた。


『シャーリー!? 無茶だ!』


『関係ない、嫌でも助けるんだから!!』

 だが、シャーリーの意に反して、首無しは再び後進しはじめた。彼女は一瞬何が起きたかわからず、操縦桿をやシフトレバーを乱暴に叩いた。


『畜生!!』


『操縦系統をこちらに回したわ。あなたは少し頭を冷やしなさい』


『あのねぇ……、おかしいでしょ!? 薄情者!!!』


『なんと言われても結構よ、ここでみんなが死ぬくらいならね』


 敵はトンネルを確保することで満足したのか、のこちらを深追いすることはなかった。森を蛇行するうちにトンネルは見えなくなり、砲声は遠のいてやがて聞こえなくなった。

 僕はシャーリーがダンのように飛び出していくことを心配していた。

 けどシャーリーは操縦を奪われたことで意気消沈してしまったのか、彼女が再び口を開いたのはそれから一時間は経ってからだった。


『ダンはどうなったの……』


『死んでるわ』


『アル?』

 

『残念だけど……』 

 独り言に独り言で返すようなやり取りが続いた。

 僕もベルタも、疲労困憊でシャーリーの言葉にちゃんと答えることすらできなくなってしまっていた。

 

『ああもう、いや、いやぁああぁ!』

 

 突然、シャーリーのこらえていたものが溢れ出した。ヘッドセットから漏れる音割れした慟哭に僕はどうすることもできなかった。

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