第8話:迎撃
僕は野戦電話の呼び出し音に叩き起こされた。
ひどく時代遅れな、やかましいベルの音に悩まされ、こんなときに通信担当になった事を呪う。
だが、呪ったところでベルは鳴り止まない。仕方なく僕は受話器を手にとった。
『こちらカデット9』
『敵が来るぞ。トンネルの向こう側に多数の敵機動兵器が集結するのを斥候が発見した』
ひどく保存状態が悪かったのか、中佐の声はひどくかすれたささやき声のようにしか聞こえない。
せめて、こちらのヘッドセットと接続できるくらいの代物をよこしてほしかった。
通話できればそれで十分と言われれば、それまでだが。
『了解。警戒態勢を取ります』
『トンネルは爆破するな』
『それは難しいです、こちらは一機で――』
『命令だ。以上』
電話が切れた。
僕は寝直したいと一瞬思い、電話の内容を思い出してそれは無理だと気がついた。
まだあたりは薄暗いが、徐々に陽が登り始め景色が色づき始めていた。
「その電話、うるさくて敵に気づかれるんじゃないか? 目覚ましにはちょうどいいかもだけどよ?」
寝起きのダンがあくびをしながら話しかけてきた。
「敵が来るそうだよ」
「本隊か? 爆破の準備をしないとな」
「爆破はするな、だって」
「なんだって? こっちはこのオンボロしかいないんだぞ?」
「それは言った」
「はあ、死ねってことかよ、トンネルの向こう側は敵しかいないんだぜ?」
「私達の使命は街道を死守すること。目的が達せられるなら、やむをえずトンネルを
爆破することになったとしても、仕方ないことよ」
気づくとベルタもそこにいた。発した言葉こそ冷静だったが、顔には拭いきれない疲労が浮かんでいた。
「じゃあ、中佐の言う通り爆破するのか?」
「まったく策がないわけじゃないわ」
「おはよ……、また敵?」
遅れて起きてきたシャーリーが揃うと、僕らは誰に言われるとなく乗り込んだ。首のない騎士の発動機は、敵を求めて再び咆哮した。
僕らの作戦は単純だ。
トンネルを出てくる敵を先頭から撃破して、トンネルの出口を敵の機体そのものでで閉塞する。
これならトンネルを爆破するなという、中佐の命令を守りつつ、トンネルを効率よく防御できるはずだった。
時間稼ぎにさえなるかどうかもわからないけど、待ち伏せ以外に取れる手段もないだろうし、これが最善なんだと思うしかない。
トンネルの出入口から反響したエンジン音が響き渡る。
巨大な鉄の塊が、夏祭りの山車のようにトンネルを這い出てきた。
歪な亀のような機動兵器がゆっくりとトンネルを抜けてこちらへと向かって来る。
遠目に見ても、前に現れた敵機と比べてかなりの装甲が厚いように見えた。
『前よりかなり大きい、こっちの砲で抜けるかどうか……』
その後ろに注意深く散開しながら歩兵が続く。二列の歩兵が道路の両端を警戒しながら機動兵器の後を追う。
『引き付けてから撃つ』
自分でも奇妙なくらい静かな声だった。
この前とは違う。もういちいち怯える事なんてなかった。
『撃て』
ベルタの合図で引き金を引く。
砲が明るく光り、敵の先頭車両に当たる。壊れた鐘が鳴ったような、調子はずれの鈍い音が響く。
『命中、効果なし……か』
『次弾装填!』
『十時方向、ATM《対戦車ミサイル》!』
ベルタが叫んだ。『もう見つかった!?』
煙幕展開装置《スモーク。ディスチャージャー》が自動的に作動した。
視界が煙で遮られる直前、敵歩兵の一人が光ったかと思うと、白煙を曳いてミサイルが飛んでくる。
『全速後退! アル、榴弾二発、敵散兵!!』
僕は考える間もなくベルタの声に反応し、歩兵の群れに砲弾を撃ち込む。
一秒とたたずに着弾し、土煙が歩兵を覆い隠す。
急発進した機体は揺れに揺れ、視界もろともガタガタに震える。
真っ白な煙幕を切り裂いて、ミサイルが僕の頭上を掠めていった。
すべてが一瞬のうちに起こった。
『あぶねぇ――』
ダンの言葉に返事をする間もなく、雷鳴のような発砲音が複数。
僕は耳を塞ごうと手を頭に伸ばすが間に合わない。
巨大なハンマーで機体を叩くような音がした。ドラム缶に閉じ込められたまま、バットどぶん殴られたような衝撃が身体を苛む。
『食らった!!!』
ダンが大声を上げた。
『シャーリー、生きてるか!?』
『こっちは抜かれてないよ、ベルタは!?』
『大丈夫よ』
敵の激しい砲撃は何度も僕らの機体を掠め、際どい一撃が装甲を削る。
こちらが撃てば、敵は十倍の火力で撃ち返してくるかのようだった。
逃げ回っている間に、敵はトンネルから続々と押し寄せ、反撃の砲火は強まるばかりだった。
『敵が突破した。トンネルを爆破しよう!』
『……分かったわ』
僕らは首無しを森の奥まで後退させ、予め隠しておいた掩蔽壕へ退避する。
敵の動きを確認して、ベルタが遠隔起爆スイッチを入れる。
『え?』
トンネルは沈黙したままだった。何度ベルタが起爆装置を触っても、なんの変化も起こらなかった。