第7話:惑乱
「ここの指揮官は誰だ?」
「エスト大尉です」
「それで、大尉はどこにいる?」
「……一昨日、司令部と通信を確保すべく街へ向かいました」
「ほう?」
「今は私が隊をまとめています」
ベルタのよそ行きの声が耳に残った。
今日は朝から運が悪い。
目の前の首都警衛大隊の中佐を名乗る男が現れたのはつい十分前だ。
戦士というよりはエリート官僚の風体の中佐は、トラックに十人ほどの部下を従えていた。
先導車から一人の男が降りてきたのを見て、最初に敬礼したのがベルタだった。
「敵はトンネルからやってきたのか?」
「はい、偵察のようでした」
ふむ、と中佐は彼の副官が提示する地図を覗きながら思案していた。
「事前情報と少し違うな。……こちらも無理か」
「接触のタイミングを誤らなければ大丈夫かと」
その後も声を潜めた中佐と副官とのやりとりがしばらく続いた。
それから中佐は僕らが作った防御陣地を見渡し、そして首のない機動兵器を見て目を細めた。
「学生が拵えたにしてはよく出来た陣地だ。ここの防御計画は?」
「安心してください、トンネルには我々が爆薬を仕掛けました。次に敵が来るときは爆破してやりますよ!」
「なに? 爆破などもってのほかだ!」
「失礼しましたっ!」
ダンの誇らしげな一言に、中佐は過剰なまでに反応した。
これほどの怒りを買うとは僕らは思っておらず、ダンは小さく謝るばかりだった。
この尋問のようなやりとりはいつまで続くんだろう。
「まあいい。これより諸君らは我々の指揮下に入ってもらう」
彼の顔はすぐに元の鉄仮面に戻り、何の表情も読み取れなくなった。
「ですが、ここを死守するよう命令があります」
中佐の返事はない。無言の状態が数秒続き、彼はポケットから折れたタバコを取り出すと火をつけた。
「ストリチナヤは陥落した」
中佐の話では、大規模な空挺作戦で首都通信網と政府機能は制圧され、官庁街では激しい市街戦が繰り広げられた。
大統領は首都からの脱出に成功したが、敵の手によると思われる広範囲な電波障害のため、現在は幾重不明なのだという。
「じゃあ俺たちは……」
「我々は首都を移し、あくまで徹底抗戦を図るために街で将兵を集成しているところだ。君らもついてきてくれるな?」
「……はい」
命令というにはあまりに拙劣だが、他になんて答えればいいかもわからなかった。
中佐は首なしに触れる。
「よく今までこれで保ったものだ」
「敵の機動兵器を一機撃破しました」
「実績は証明済みか。……よろしい。部隊がいる街まで有線電話を引かせよう。引き続き君たちはトンネルと街道の守備をつづけろ」
敬礼する僕らを一瞥し、中佐は副官に手招きすると車の後部座席に飛び乗った。彼は去り際、僕らに振り向いた。
「頭がないのは残念だ」
「はい?」
「君らのその機体だよ。どうも落ち着かない。可能なら直したまえ」
「あの――」
頭部センサーは補助的な物なのですが、と言いかけた時、僕の腕が誰かに引っ張られた。
右に立つベルタの瞳が僕の方を一瞬向いた。
「どうしたの?」
僕は驚いて手を離そうとするが、意外にも強い力で振り払えない。
僕が戸惑っている間に中佐の方は満足してハンドルを握る副官の肩を叩いた。
街へ向かう車両が小さくなるのを確認してから、ダンが話しかけてきた。
「どうでもいいことばかり言ってたな」
「やることは変わらない、ということだ」
「首都が陥落したっていうの今でも信じられない! 学校とか、みんなどうなったの……」
シャーリーはだいぶ中佐の話に影響されているようだった。
「だけど中佐の話が真実なら、昨日聞いた敵の言葉に説明がつくわ」
もう終わった――敵が言っていた言葉が僕ら四人の頭をよぎり、みんな押し黙った。
「ベルタは冷静ね」
「皮肉はよせ」
「少なくとも停戦の可能性があると言っているだけよ」
「悪いニュースばかりじゃない。中佐は新しく部隊を集めて戦いを続けると言っていた」
「アル、あなたはまだ戦うつもりなの?」
「だって、まだ全然敵を倒していないじゃないか、もう負けを認めるのか!?」
「俺らが守るのは首都だったんじゃないのか? それに命令があるのに、勝手にあの中佐の指揮下に入っていいのか?」
「ダン、お前、戦いから逃げるのか!?」
「……この話を続けてもいいことはないぜ?」
「答えろ、おい!」
僕は目の前の男の胸を突き飛ばした。
ダンは抵抗する素振りもなく薄く笑っていた。それがムカついて僕は彼の襟を掴み上げる。
「やめて。今はダンが正しいわ」
ダンと僕のあいだにシャーリーの間に割って入る。ベルタも腕を組んで僕に冷ややかな視線を投げかけいた。
やり場のない感情に苛立ちばかりが募っていく。
ベルタだって、さっき僕の手をつかんでいたじゃないか……。
「らしくないぞ、アル? いつものお前はどこに行った? こういう時お前は、ひらめきで俺たちを助けてくれるんじゃないのか?」
熱を帯びた身体が急に冷えていくようだった。ダンの言葉で自分がどんなに取り乱していたか、異常だったかを少しずつ理解し始めた。
「……すまない」
僕が言えたのはそれだけだった。昨日の夜からずっと感じていた不安や興奮、恐れが一気に吹き出したようだった。
申し訳ないと思うと同時に、この感情をどうしてみんな理解してくれないのかと考えている自分に、嫌気が差す。
「……あのう」
僕は聞き慣れない声に呼びかけられ、ふと我に返った。
「そろそろ電話線を引きたいんだが、学徒さん?」
電話線のリールをカタツムリのように背負った初老の工兵が、申し訳無さそうに立っていた。
僕らの口論は出口を失ったまま終わった。