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街角の首なし騎士  作者: 霧江
第一章 トンネルを越えて
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第6話:伏撃

『……敵隊列を攻撃する、アルは私の合図で最後尾を射撃、いいわね』


『了解』


『シャーリーは発砲後、迅速に林に退避。ダン、エンジンの立ち上げを頼むわ』


『こっちは任せな!』


 みんなの声色が明らかに変わって、狭い機内の雰囲気が緊張と興奮に彩られていくのが分かった。

 僕自身は、相手を倒したくてたまらなかった一方で、この戦いで初めて誰かを殺すことになるかもしれない、という覚悟がまだできずにいた。


 だけど今の僕らには、他の何かを用意する時間などない。


 マスターアームスイッチを入れ、155㎜砲と機体の接続を確認する。


 大丈夫。正常に動作している。


 徹甲弾を選択。

 演習以来、誰にも向けることのなかった照準を敵機に合わせる。

 照準が赤く光り、標的をロックオンしたことを知らせてくる。僕はそれを確認すると、知らずコントロール・スティックを握る手に力が入った。


 後はトリガーボタンを引くだけで弾は飛ぶ。


『射撃準備よし!』

 

『撃て!!』


 ロックオンしている以上、どうやっても正確に飛んでくことは分かっていたが、僕はゆっくりと、できるだけ丁寧に、人差し指に力を入れた。

 爆音が全身を震わせ、耳がしびれた。砲口から一瞬、真っ赤に炎が吹き出して、砲弾は飛んでいった。

 だが、敵の機体は何もなかったように前進を続けていた。

『外れた!?』


『ああもう!』


『移動するわ、シャーリー!』


『行くよ、みんな揺れるから気をつけて!』


 眠っていた力を呼び覚ますかのように、エンジンが猛烈な唸りを上げた。


 僕はもう一度、目標を確認する。初弾は外れ、敵の五メートル奥に小さな土煙が上がっただけだ。


 敵の機体がゆっくりとこちらを向く。


 見られた気がした。


 機体ががくんと揺れて、変速機トランスミッションが動いたかと思うと、次の瞬間に僕はシートベルトの力で座席に叩きつけられた。


 回避行動をとる首なしは、二つのジェネレーターで生み出された力を十分に発揮し、有り余るほどの恐ろしいスピードで蛇行を始めた。


 敵が防御に入る前に攻撃しなければ、確実に殺される状況だが、林に移動したせいで。木立こだちが邪魔をして攻撃できない。


『アル、はやく次を撃てっ!』


『最後尾に射角が取れないんだよ!』


『狙える敵でいいから攻撃して!』


『了解!!』


 今狙えるのは先頭の奴だけだ。僕は即座に照準を合わせて発砲する。

 それは爆音と、金属がぶつかり合う音だった。工場の巨大なプレス機で自分が潰されるような重い音と振動が僕を襲う。

 砲弾は敵の左脚部に命中し、足元から敵が崩れ落ちた。


『命中!』


 コックピットから敵パイロットが転がるように這い出てきて、近づいた指揮車両に拾われていくのが見えた。

 残存する敵からの援護射撃がコックピットの頭上をかすめる。

 

 逃がすものか。

 僕は戦闘以外の事象を思考から排除しようと、四秒おきに深く呼吸を繰り返す。


『追撃しよう、指揮車両を攻撃する……』


『榴弾を使って。指揮車両はおそらく非装甲。徹甲弾では弾が抜けるだけで止められないわ!』


 ベルタの助言に引きかけたトリガーボタンから手を離す。


『さすが元士官学校』ダンが頼もしげにつぶやいた。


『今は言い返さないわよ、ダン? ……アル、いい?』


『弾種、榴弾。了解』


 僕はコンソールに手を伸ばし、即座に榴弾を選択する。

 155ミリ砲のドラム式弾倉が回転する音数秒、直後にガリガリガリッと異音がして、射撃指揮装置がエラーメッセージを吐き出す。

 何度画面をタッチしても、画面は同じエラーを返すだけだった。


『ああ、もうっ……! 自動装填装置、故障!』

 

『中古品が祟ったか!……外に出て修理するか?』


『ダン、それは無茶だ、戦闘中だよ!』


『だが、他に武器はないぞ?』


『レーザーカッターで接近戦はもう御免よ?』

 シャーリーの言う通りだっと思ったが、ほんの数秒、言い争っている間にも、敵の攻撃が断続的に降り注いできた。

 林の中を動き回る僕らをまだ発見できていないのか、照準をあわせた射撃ではなさそうだった。

 敵の砲火のほとんどは林の木々を打ち倒すだけで、狙って撃っているというよりは、こちらを牽制するために撃っているのかもしれない。

 

 それでも敵は体勢を立て直しつつあった。


 生き残った二機は慎重にお互いの死角をカバーしつつ、指揮車両をトンネルの方へと逃していく。

 僕らも反撃したいところだが、この距離で致命傷を与えられる武器はもう残っていない。

 

 むこうも潮時を感じての撤退だろう。

 敵の機動兵器もトンネル付近まで後退し、去り際に敵の兵士は叫んだ。


――くそっ!! もう終わったんじゃなかったのかよ!?

 

『今の声は?』


『知るか、負け惜しみだろ』

 脊髄反射的なダンの返答以外に誰も答えない。

 

 やがて敵の姿はトンネルの闇に飲まれて消え、街道は再び僕らの支配下となった。

 みんな、極度の興奮と緊張で誰もが話そうとしない中、最初に口を開いたのがシャーリーだった。

『勝った、んだよね?』

 シャーリーの言葉がきっかけとなって、機内の張り詰めていた空気が徐々に戻っていった。

『ああ、逃げていった』


『追撃する?』


『今の状況では無理ね、被害は?』


『ええと、被弾はないな、だが足回りがいくつかイカれてるみたいだ』

 ベルタにわれ、ダンが被害状況を報告する間も、僕はまだ戦闘の興奮から抜け出せないでいた。


 胸の鼓動が耳元で聞こえるかのように脈打っている。


 一機撃破。はじめての戦果だ。工務学校ポリテクニックを卒業して得られる学位と同じ、いやそれ以上に意味のある数字だ。

 敵の機動兵器が崩れ落ちる瞬間がスロモーションで今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。


「アル?」


「アル……聞いてる?」


 何度も誰かに呼ばれていたようだった。気がつくといつの間にか日は暮れており、首なしは元の掩体壕にすっぽりと収まって、再び街道をにらんでいた。

 焦点の合わない視線を泳がせると、開いたコックピットから、誰かが覗き込んでいた。

「……気が付かなかった」


「今日は休んだほうがいいわね」


 心配そうな声は、一足先に降りたベルタだった。


「最後に敵が言った言葉、あれはどういう意味だったのかしら?」


「あの騒ぎだ、意味のある言葉じゃないさ」僕は言った。「敵は奇襲されて混乱していたんだ」


「でも、なにか特別な意味があるなら……」

 ベルタはそう言って黙ってしまった。

 特別ってなんだ?

 そのとき僕は初めて自分が大量の汗をかいているのに気がついた。

 ようやく僕も戦闘の興奮が冷めてきて、自分がなにか恐ろしいことをしてしまったような気分になった。


 敵が何倍もの戦力で仕返しを考えていたら?


「ベルタはどう思う? ……向こうは反撃してくると思う?」

「また、私を頼るの?」


 冷ややかな声に、しまったと少し反省する。


「ごめん。こういう時に一番頼りになるから」


「……まあいいわ、さっきの相手は規模から言っても偵察部隊だと思う。次来るとしたら、かなり大規模な戦闘を覚悟したほうがいいでしょうね」


「今のままだと防ぎきれない?」


「間違いないわ。だからそうなる前に、元を断つ必要がある」


「元って、まさか?」


 戸惑う僕にベルタが遠く街道の始まる場所を指差した。


「あのトンネルを爆破するの」


 僕らは手分けをして準備することになった。


 まずは故障した155ミリ砲だ。

 これは他の機体から取った部品を交換し、詰まった薬莢を除いたら直ったので一安心した。


 僕とベルタは首なしで待機して敵がいつ現れてもいいように街道を警戒しつつ、トンネルまでダンとシャーリーがトンネルに爆薬を設置する。


 トンネルは開通したその時からあらかじめ爆破できるように、爆薬を設置するための穴がいくつか掘られている。


 トンネルはそれ自体の重量を利用し、最小限の爆薬量で倒壊するように、予め計算された位置に穴が掘られている。その設計のおかげで爆破作業自体は難しいものではないようはずだった。


「おーい、こっちは終わったぞ!」


 ダンが手を降ってきた。


 二人がトンネルから足早に戻ってきたときには、すでに暗視装置を使わなければならないほど暗くなっていた。


「無線で起爆できるようにした。起爆はベルタのタイミングでいいよな」


「今のは私のアイデアなの。そのほうが安心でしょ?」


 シャーリーが自慢げに答えた。

 通信も念のため確認する必要があった。

 いつ通信が入ってもいいように、ずっと無線機を受信状態にしてはいたが、今の所何も聞こえてくる気配なかった。


 それでも、所定のチャンネルを一つずつ確認する。

 今のこの不可解な状況を、誰かに説明して欲しかった。

 僕の呼びかけは虚しくも電波の海に吸い込まれこそすれ、返事が返ってくることは

なかった。


「ダメだ」

 何もわからない。無線を切ろうとする僕にベルタが確認する。


「ラジオ放送は?」


「もう何時間も前から音楽しか流れてこないよ」


 僕はスイッチを切り替えて、ラジオを外部スピーカーから流した。


 静かな、ゆっくりとしたピアノの音色が聞こえる。どこか悲しげな音色が塹壕の中を染み渡る。

 ダンも、シャーリーも手を止めて僕とベルタの周りに集まってきた。


 まるでこの世界に僕ら四人だけになってしまったような気分だ。


「もう寝よう」


 いつものように交代で見張りを立てて、僕らはピアノの調べを背に眠りについた。


 その夜はいつもより静かな夜だった。

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