第4話:火砲
「結局穴掘りかよ!」
ダンがシャベルであたりに土を撒き散らしながら唸る。彼のそばで僕もシャベルを振るう。
「作業の九割は首なしがやってくれる」
「それ以外の小さい穴を人力で掘らなきゃならないのか?」
「深く掘れば、それだけ助かる確率は高くなるよ」
「ああもう、地下水が滲みてきたぜ……」
戦闘が一段落して、僕らは今ある陣地を強化することになった。
ダンと僕は小さな溝を掘り進め、ベルタとシャーリーが首なしのレーザーカッターで林から丸太を切り出し、それを土留めに使って塹壕を補強していく。
「敵さんが空けてくれた穴ボコがそこら中にあるっていうのに――」
ダンの言葉を遮って甲高いジェットエンジンの音が空を駆け抜け、僕らは空を仰いた。
特徴的なエンジン音は敵の偵察機だろう、とダンがつぶやいた。
「空軍の連中はどこへ行ったんだろう」
「死んだか、逃げたかだろうよ」
空爆を境に、敵の航空機が真昼でも上空を飛び回るようになった。
額の汗を拭い顔を上げると、街道は変わらずそこにあった。
あれほど苦戦した渋滞は緩和していた。
皮肉にも、街道を埋め尽くしていた多くの兵士が敵の攻撃を受けると装備を捨てて逃げてしまったからだ。
機銃掃射と空爆でボコボコになった路面の穴をよけながら時折、歩兵が過ぎていく他に人通りはない。
ただ、後続に行くに従い、彼らの装備がボロボロになっていくのが気になった。
動かなくなった戦闘車両や機動兵器などの通行の障害になるものは道路の脇に追いやられ、放置された。
無残にひしゃげた姿は前衛芸術の野外展示物のようになっていて、原形をとどめていない。
そんな重たい背景を背負うように、撤退する兵士たちは次の戦場である首都ストリチナヤを目指す。
トンネルは間欠的に少数の味方部隊を吐き出していたが、それも昼頃になると何もやって来ることはなくなった。
昼前には首なしがすっぽり隠れるほどの掩体壕ができあがった。
掩体壕から数メートル隣に小さな半地下のシェルターを作って、僕ら四人はそこで寝起きすることになった。
日が沈む頃、街道から味方の姿は消え、夕日に照らされた街道に僕達以外の人間が消えてしまったかのようだった。
定時連絡の時間になっても、相変わらず無線はつながらない。
味方も、そして敵すらもやってくる気配がない。
「撤退する味方も通らなくなっちゃったね」
シャーリーがコーヒーを持ってやってきた。
「ありがとう」
「ううん、ベルタが休憩も必要だって」
「もうほとんど終わりだよ。それで、当のベルタは?」
「絶賛前方警戒中」
「彼女らしい」
少し笑ってシャーリーは二つのマグカップにコーヒーを注いで僕らに渡してくれた。
中身は代用コーヒーだったけど、アルマイトのぬくもりが妙に暖かくて僕は安堵する。
「ひょっとしたら味方はもうみんな撤退が終わってんじゃねーのか」
「バカのこと言わないで!」
「だけどよ、次にトンネルをくぐってくるのは、敵かもしれないんだぜ?」
「まさか……」
それから僕らは、次に来るであろう敵をどうやって倒すかをずっと話し合っていた。
だけど、話せば話すほど、自分たちは何も持っていないということに気がつくばかりだった。
最後はこのままじゃマズいだろ、というダンの嘆きが決め手になった。
日が暮れてから簡単な食事を取り、ベルタも含めた四人で話し合う。
「これからの事を考えて戦力を整えたほうがいいと思う」
「でもアル、どうやって?」
「それが問題、か」
「おい、武器ならそこら中にあるぞ」
ダンが指差す先には、月明かりにぽつりぽつりと不気味な影を落とす機動兵器の残骸だった。
まずは僕とベルタが使えそうな武装を探すことになった。
「これ使えると思わない?」
彼女がそう言って打ち捨てられていた155㎜砲に軽く手を置く。対機動兵器用としてよく見かけるものだった。
僕は砲の基部にある操作盤を開いた。手元の端末を、操作盤のプラグに接続し、残弾を確かめる。
「榴弾が7発、徹甲弾は……5発か。あまり役に立たないかも」
「一度だけ戦うだけならなんとかなるわ。何も無いのとは大違いよ」
一回だけしか戦えないのはどうなんだ、と僕は正直なところ心配だったが、ベルタはあまり気にしていないようだった。
武器の確保が目的だが、崩れた機動兵器もチェックする。155㎜砲に端末をつなげた時に、機体側のシステムが生きているのが確認できたからだ。
僕は続けて機体の射撃管制装置に端末を接続する。
「こっちのカメラは生きてる。首なしと繋げれば警戒に使えそうだ」
「それもいいわね。首なしの作業用カメラでは、機体を塹壕に隠したときトンネルがよく見えないから」
首なしと壊れた機動兵器を通信ケーブルで繋ぎ、コックピットのモニタに映るように設定するのにさほど時間はかからなかった。
新しい武装を施した首なしを、物珍しげにダンが見上げた。
「意外と強そうになったなあ、今までのクレーン車が嘘みたいだ」
「ああ、武装が一つあるだけで兵器って感じだ」
僕はダンの意見に同調する。今まで土木工事の作業車みたいだった首なしは、右腕部の155㎜砲の威容を受け、本来の兵器としての姿を取り戻したように見える。
「それで、砲手はどうするの?」
「俺にやらせてくれ!」
シャーリーの言葉にダンが真っ先に手を挙げた。
「待って。この場で機動兵器の射撃訓練を受けているのはあなただけよ、アル」
軍学校ではあるが、工務学校では、技術職の養成が主たる目的とされ、射撃演習は選択科目扱いとなっていた。
男子には人気のある科目だったが、学校に演習用機動兵器は3機しか配備されていなかったため、全生徒128名に対して、授業の定員は36名のみだった。
公平を期すため、受講できるかは厳正な抽選で決められた。
そしてダンと違ってくじ運の良かった僕は当たりくじを掴み、受講する権利を勝ち得ていた。
「俺もぶっ放したかったなあ……!」
「これだから男子は……」
砲手が僕に決まってからというもの、ダンはくやしそうだ。それを見るシャーリーは虫でも見るかのような視線をダンに投げつけた。
「なにっ!?、長く太い砲身は漢のロマンだろうが」
「え、なっ……!」
にわかに赤面するシャーリーを見て、ダンは心底愉快な表情を浮かべていた。
「何想像したんだぁ? シャーリー!」
「ダン、あんた、こ、この!」
顔を真っ赤にしたシャーリーが、ダンのみぞおちに蹴りを入れる。
その日、ダンは人生で最も大人しく過ごしていた。
いた。