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街角の首なし騎士  作者: 霧江
第一章 トンネルを越えて
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第3話:砲火

結局、その日のうちにエスト大尉が戻ってくることはなく、その後も無線がつながることはなかった。


 僕らは戦況について互いに話し合ったが、憶測の域を出るものではなく、話し始めてから1分と経たずに、なんの解決にもならないことに気づいた。

 時間はただ過ぎていった。


 次の日の朝、最初にそれを見つけたのは、いつも早起きなシャーリーだった。

 僕がシャーリーを見つけた時、彼女は遠隔機銃のコンソールをじっと見つめていた。

 僕は狭い車体のハッチから彼女を覗き込む。


「どうしたの?」


「トラックが来る」


 コンソールの画面には五台の煤けたトラックが鈴なりに、トンネルを抜けてくるのが映っていた。


 まだ敵味方が分かる距離ではない。


 もし仮に敵なら、こんな無防備な状態でこちらの領土に踏み入ることはしないだろうが……。


 シャーリーは用心深く、機銃の照準を車列に合わせていた。


「良かったぁ、味方みたい」


 相手の顔がわかる距離になるとシャーリーはトラックから照準をそらした。


 彼らは南の前線から来たのか、トラックは妙に煤けて見えた。

 もう中身のない無線通信や、現場を放棄する上官はたくさんだった。今どうなっているか、戦いの様子が知りたい。


 僕は彼らに声をかけずにはいられなかった。


「おーい、どこから来たんです!?」


「…………」


「戦いはどうなってるんですか!?」


 無視。首なしの真横を一台目が通り過ぎた。ボロボロになった軍服がやたらと目を引いた。


「頼む、教えてくれ! 無線がつながらないんだ!!!」


「アル、無駄よ」


 二台、三台と声を掛けるが返事は殆どなかった。皆疲れ切った表情しており、半数以上の兵士が体のどこかしらに血のついた包帯を巻いていた。


「負けて撤退してきたんだよ。……話したくもないでしょ」

 シャーリーがハッチに肘をついてつぶやいた。


 五台のトラックは北を目指す大行列の最初の先頭集団に過ぎなかった。

 機動兵器、戦車、装甲車、軍用バイク、はては農家から徴発ちょうはつしてきたのだろう、くたびれた荷馬車まで、車列は途切れることなく続いた。


 行軍速度は最も低速な車両に規定される。


 この原則は僕らの監視する街道でも例外ではなかった。

 程なくしててのない隊列は停滞し、街道はおとといと似ても似つかぬ混乱で溢れかえった。


 主な原因は徒歩や馬車の移動速度からくる渋滞と、故障して道路を塞ぐ車両が原因だった。

 降って湧いた不測の事態に、僕らは否応なしに対処させられることとなった。


学徒カデット! こちらだ!!」


 倍以上は歳の離れてそうな機動軍の中尉に呼ばれて、僕らは首なしを擱座した四足機動兵器に近づけた。

 後続の車両がクラクションをしきりに鳴らしている。

 そのうしろは約500メートルにも及ぶ渋滞になっている。待ちきれない兵士がトラックから降りて、人だかりができていた。

 パイロットでもあるらしいその中尉は疲れた顔で話しかけてきた。


「前脚が動かない、おそらくはメインシャフトが折れているのだろう。直せるか?」


「本来なら工場行きでしょう。申し訳ありませんが、僕らには無理です」


「そうか、コイツとは長い付き合いだったんだがな……、仕方ない、どかしてくれ」


「了解しました」


 僕が合図すると、ダンが太いワイヤーケーブルを四つ足の懸吊フックに取り付けた。

 僕はコックピットに飛び乗るとクレーンを起動する、今日でもう二回目だ。


 首なしの二つあるジェネレーターをクレーンの動力に接続する。

 軋んだ音とともに、クレーンが動き、四つ足の機動兵器の岩のような機体が少しづつ軋み、やがて宙吊りになった。

 周囲からは賞賛と安堵の入り混じったため息が上がり、ゆっくりと道路脇に機体が横たえられた。


 全てを見届けていた中尉が話しかけてきた。


「助かった。大した腕だ」


「いえ……。大事な機体なのにすみません」


「なに、仲間の機体に乗せてもらうさ。最悪、このまま歩兵になってストリチナヤを

守るまでだ」


 彼はそう言って僕らの背後で前進を始めた三機の同型機を指さした。


「それなんですが、戦況はどうなっているのですか? 誰も教えてくれなくて」

 僕の質問に中尉は少しため息をついてから話してくれた。


「俺たちが戦っていた南の敵部隊は陽動だった。敵は東回りで攻め上っているらしい。我々はストリチナヤを防衛するために転進中だ」


 中尉の言葉を聞いて誰も喋らないわけが分かった。


 敵の陽動は成功し、首都ストリチナヤを一気に攻略される可能性が出てきたのだ。

 なんとなく予想はついていたが、こちらが劣勢だと知って不安になった。


 よっぽど怖い顔をしていたのか、中尉は僕の肩に手を乗せてきた。


「そんな顔をするな、ほら、これは礼だ」


 彼が差し出したのは一箱の煙草タバコだ。


「僕は吸いません」


「まあ、持っておけ。煙草は軍隊の基軸通貨だぞ?」


「なるほど。分かりました、それでは頂きます」


 僕が箱を胸のポケットに入れたその瞬間、十回分の落雷を圧縮したような爆発音

と、大地が沸き立つような衝撃が体中を揺さぶった。


 数秒後にブーンという芝刈り機のエンジン音に似た音が聞こえて、気がつくと僕は恐怖にこわばった自分の体を地面に押し付けていた。


 何が起きているかわからなかい。


 二度目の衝撃、伏せた体のいたるところに小石の雨が降り注ぐ。


「空襲!」


 遠くで誰かが叫んだ。


 土煙つちけむりが僕らのいる街道の50メートル先で立ち上っていた。そこは残りの3機の四足がいた場所だ。中尉の仲間たちが乗っているはずだ。


 ――頭がガンガンする。耳もなんだか聞こえづらい。


 横にいた中尉が何かを僕に叫び、噴煙立ち上る中へ消えていった。


 ――戻らないと。


 僕はさっきから目に入ってくる砂塵を乱暴に拭う。


 首なしはまだ無事だった。うように機体に近づくと、シャーリーがハッチの隙間から声をかけてくれた。


「アル、大丈夫!?」


「なんとか、右耳が少し聞こえづらいけど」


「早く中に入りなよ!!」


 シャーリーがハッチを開けてこちらに手招きするのを僕は制止する。


「いや、直接コックピットの方に行く!」


 僕は本能的に機体をよじ登り、コックピットを探り当て僕は中に転がり込んだ。


「戦えるの?」


 ベルタの短く問う声。


「行こう」


 ヘッドセットをつなげる。皆の息遣いが聞こえる。


『敵は?』


『対地攻撃機、機数1』


『護衛もないとはずいぶん舐められたもんだな』


『まさか戦う気?』


 僕はターレットカメラで街道を見渡した。逃げ惑う兵士もいれば、小火器でむなしい抵抗を試みている者もいる。


 携行ミサイルの航跡が敵攻撃機に向かって伸びるが、敵機が射出したおとりのフレアに反応してしまい、目標を見失って彼方へ落ちた。

 敵機がミサイルの放たれた方角に機首を向けた直後に、30㎜砲弾が雨のように降り注いだ。

 機関砲から毎秒70発繰り出される砲弾は、その一つ一つが直径数メートルのクレーターを地面に穴を開け、人間の肉体を血飛沫に変えてしまう。


『首なしには対空兵器なんかないぞ』


 ――何かないのか。揺れ動く僕の頭に一つの装備が思い浮かぶ。


『……レーザーカッターだ』


『建築物解体用よ?』


『相手パイロットの眼を狙う。それなら直接攻撃できなくても追い払えるはずだよ』


『シャーリー、機銃でヤツの気を引くんだ』


『ええっ 本気なの!?』シャーリーは疑っているようだ。


『僕は本気だよ』


『やるしかないようね……』


『ありがとうシャーリー、ベルタもそれでいい?』


『……それしかないわね』


『ダン、シャーリーが射撃したら、全速後退だ』


『了解、しゃーないな』


 僕はマニピュレーターのモードを『作業』モードから『交戦』モードに切り替える。

 この機体に対空レーダーは搭載されていない。標準装備された画像認識プログラムと簡易弾道計算プログラムだけが頼りだ。


『ベルタは管制を頼む』


『いいわ』

 ベルタが弾道計算プログラムのオプションを対空に切り替える。

 レーザーの出力も考えると攻撃のタイミングは一瞬しかない。

 ターレットカメラから入る映像には敵機が三度目の旋回を行い、再び街道上の車列にその矛先を向けようとしているのがうつる。


『シャーリー、私が合図したら三秒射撃して』


『了解』


 息を呑む。

 ズームした映像がヘッドアップディスプレイに広がる。短い警告音が流れる。


『今よ!』


 ダダダダダダと、車載機銃の発砲音が広い空に響き、五発おきに飛んでいく曳光弾トレーサーが敵機に向かって吸い込まれていく。


 こちらに気づいたのか、敵機の機首が一瞬ぶれたように見えた。僕は殺気を感じたような気分になり、震えた。


『ダン、ジェネレーターの出力を最大に!』


『いけえええ!!!』


 命を吹き込まれたように首なしのジェネレーターが、レーザー照射に必要な電力を生み出そうと高速回転する。

 その甲高い音と振動に僕らは包まれる。


 これが僕らの戦いの音だ。


『アル、今よ!』


 照準器レティクルに映る十字のシンボルが、陽光を受けて輝く敵機のキャノピーに重なった。


 その一瞬はひどく長く感じられた。


 引き伸ばされた時間の中、相手の機関砲から火花が散るのが見えて、僕はあわててトリガースイッチを押す。


『うわっ!!』


 敵機と僕らの間をへだてる空に連続的に爆発が起こった。

 敵機はその爆炎の中に突っ込み、そこから抜けたときには、双発のジェットエンジンの右側から黒煙を曳いていた。


 敵機はよろよろとしたバンクを二度描いて、国境の彼方へ飛び去っていた。


『どうなった?』


『どうやら相手が投弾した瞬間に、こちらのレーザーが爆弾に当たったみたい』


『アル、本当に一瞬遅かったら俺ら死んでたな……』


『ああ……、こんな無茶は二度とごめんだ』


『うう……、また来るかな』


『わからないわ』


 一気に身体の汗が引くのが感じられた。少しでも現実世界とのつながりを取り戻したくて僕はハッチを開けた。

 油の焦げた匂いが、静かな風にのって機内に忍び込む。


 僕は不意にポケットの中の煙草タバコの事を思い出した。


 取り出した煙草タバコは箱ごと中でくしゃくしゃになっていた。

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