第16話:包囲
「ベルタ、回避を!」
「道が狭いの!」
敵機が翼下に爆弾を抱え込んでこちらへ突入する。
僕は少しでも狙いを外そうと、以前のようにレーザーカッターを照射する。
だが相手は怯むこと無くこちらに向かってくる。
「くそっ!」
レーザーが命中して敵機が一瞬まばゆい光に包まれ、直後に煙を引いて飛び去っていく。
だが、すでに爆弾は敵機のパイロンを離れていた。
それが地面に吸い込まれていくのが僕には見えた気がした。
「来るぞ!」
激しい振動、それも二回。
衝撃波が体中を押し込み、身体の中に入ってこようとする。粉塵がハッチの隙間からコックピットの中へ吹き出してきた。
耳も聞こえない。
さらに耳鳴りとめまいが襲う。
ベルタは大丈夫か?
「……ベルタ!」
自分の声がよく聴こえない。
『アル! ベルタ! 二人とも返事して!』
シャーリーだ。まだ音が遠いが、少し明瞭になった。
「……大丈夫だ」
「……ゴホッ、こっちも」
激しく咳き込みながら、ベルタも返事を返してくれた。
『直撃は避けたみたい。でもまた敵機は来るよ、後退して!』
首なしのエンジンが再び息を吹き返す。
「……まって」
首なしはその場で半回転して止まった。ベルタの声は低かった。
「左の履帯をやられたみたい。前進できない」
「え、まってよ!」
「シャーリー、敵は?」
『後退した。体勢を立て直してるみたい』
「敵が慎重で助かるとはね」
「でもこのままだと向こうが先に丘ついてしまうわ」
「履帯を直せるか見てくる」
「アル!」
僕は車外に飛び出し、履帯を確かめた。
履帯が外れて、だらしなく垂れ下がっていた。動輪は無事だったが、今はなにより時間がない。
ダンがいればきっと直せただろう。
そんな思いが一瞬よぎって、泣きそうになる。
「アル!!」
上からベルタの声が降ってきて見上げた。
「受け取って!」
直後に別の何か重たいものが降ってきて、思わず取りそこねそうになる。
僕は受け取ったものを見た。
それは脱出用に機内に用意されていたサブマシンガンだった。
「驚かせないでよ!」
「時間がないの、歩いてシャーリーと合流するしかないわ」
僕らは高台の陣地へ後退する。
細かい草の生えた丘を転げるようにして僕らは登る。戦いながら僕らは知らず識らずのうちに教会のある丘へと徐々に後退していたのだ。
敵の第二波砲撃が始まった。激しさを増していたそれは、もっぱら首なしの周辺に集中していた。
僕は一度だけ後ろを振り向いた。
首なしの周囲は穴だらけになっていた。
今までの戦闘にまるでびくともしなかったはずのクレーンはすでに崩れ落ち、胴体は茶色い土埃に覆われ、古代遺跡の巨像かなにかのように傾いていた。
ついさっきまであれに乗っていたことが信じられない。そこには何十年、何百年という隔絶があるような気がしてならなかった。
「急ぎましょう!」
先を急ぐベルタの声が僕を現実に戻す。
丘の上り坂は急な傾斜になっていて、僕の体力を削っていく。ここの地形は巧妙に教会の大部分を隠していた。
その昔、人がまだ弓と剣で戦っていた時もこの丘は防衛拠点だったと、シャーリーが街の人から聞いた話を思い出す。
今の僕だって辛いなら、当時はなおのこと攻めづらかった事だろう。
太ももが痙攣しだしたのを必死に抑えながら、僕はやっとのことで教会にたどり着く。
シャーリーのいる尖塔の頂上を目指し、石造りの階段を疲れた足を叱咤して駆け上がる。
尖塔の最上階にたどり着いた途端、ステンドグラスの光が視界に広がって現実味を失う。
「アル、ベルタ!!」
彼女はスツールに腰掛け、双眼鏡を手にしてこちらに微笑んだ。
「街の人は?」
「地下墓地で待機してる。これから地下道で着陸地点に向かうところ」
教会の地下墓地から伸びる地下道は、山の泉につながっていて、そこが味方のヘリの着陸地点だった。
敵部隊は首なしを通り越して丘に迫っていた。既に動かなくなった首なしが無力化しているのを確認したのだろう。
「ここでも三人か……」
「弱気ね……、つっ」
シャーリーの傷口の包帯にはまだ血が滲んでいた。
「怪我は大丈夫なのか?」
「まだ座ってないとちょっとキツいかも」
「無理をしないで、他の人と一緒に行ったほうがいいわ」
「座っていても銃は扱えるし!」
彼女は窓ぎわに据えられた機関銃を肩に押し付け構えて見せる。
その銃口の先に散開した敵部隊が、丘を包囲していた。彼らは慎重に丘に近づきながら、徐々に包囲網を狭めている。
「ベルタ、残り時間は?」
「二十分よ……」
三人で時間を稼ぐにはあまりに長い時間だ。それに敵に狙いをつけさせないためにも、常に攻撃の位置を変えていかなければならない。
そうなったとき、負傷したシャーリーは重荷になる。
「最後くらい、三人一緒に居させてよ」
僕の考えが伝わったのか、シャーリーは僕の袖をつかんだ。
「シャーリー、申し訳ないが、君はここに残ることはできない」
「なんで? 私だって――」
「敵の攻撃がもうすぐ始まる。住民の避難を確実にするためには、君が彼らについていないと駄目なんだ」
「足手まといなら、怪我人の私の方が残るべきじゃないの?」
「移動しながら銃を撃てるか? 怪我人に二十分の時間を稼ぎ出すのは無理だ!」
僕が声を荒げたとき、シャーリーは眼に涙をためていた。
言って気がついた。こんなにひどい別れがあるだろうか。
死ぬために友人を拒絶したようなものだ。
「ベルタも、そう思ってるの?」
「ごめんなさい、あなたは生きて」
シャーリーがベルタに抱きついた。ベルタの髪の匂いを確かめるように、その頭に顔を埋めて、あるいはその体温を確かめるように強く抱いていた。
「絶対戻ってきて」
「それは……。いいえ、分かったわ」
二人はボロボロと頬を伝わる涙を不器用に払い、笑っていた。
「あんたの分はないわ、冷たい人間だって分かったからね」
「……そうか、すまない」
「なんてね。戻ってきたら、してあげる」




