第15話:時間
『……貴官の言葉が信じられるという根拠は?』
『すぐに提示できる証拠はないな……。そうだ、信じられないと言うなら私が外に出よう』
敵機の胴体にある小さなハッチが開いて、男が姿を表した。
身体はたくましいかぎりだったが、童顔なのか、顔にはあどけなさが残っていて、極度の疲労が目に残っているのとは対照的に見えた。
彼はおもむろに腰のホルスターから拳銃を抜くと、眼下の地面へ投げ捨て、両手を上げる。
「どうだ! 話を聞く気になったか?」
男はなぜか笑顔になった。
いいだろう。こちらも同じ舞台に立ってやろうじゃないか。
僕は座席のハーネスを外しにかかる。
「アル、あなた何してるの?」
物音に気づいたベルタが聞いてくる。
「外に出る」
「正気じゃないわ、やめなさい」
「これも時間稼ぎだ」
僕は時計を確認する。タイムリミットまで、あと四十七分もある。相手の言葉の真偽よりも、今は時間稼ぎがなにより大切だ。
「危険よ!」
「承知の上だ」
僕はベルタの制止を無視してシートの上に乗ると、自分のいつもの同じようにコックピットから這い出た。
念のため、いつでもに飛び乗れるように自分のハッチのすぐ近くに立つ。
僕の姿を見た相手のファーコス大尉は、世界の裏側を覗き込んでしまった人間が見せる狼狽を一瞬浮かべた。
そして再び意志を奮い立たせ、どんな兆候も逃さないよう僕の眼をまっすぐ見据えた。
「子供じゃないか……」
「子供ではありません。私は工務学校生徒隊の候補生です。階級は准士官と考えていただいて――」
「少なくとも学生だろう? まあ、そんなことはどうでもいい。停戦協定が結ばれた」
「こちらは戦闘停止命令を受けておりません」
「こちらの電波妨害策《ECM》でまともな通信はしてないだろう?」
やはり連邦の妨害だったのか。ずっとおかしいとは思っていた。
あの障害さえなければ今頃は首都を守るために戦っていたのかもしれないと思うと、悔しい気持ちになる。
敵は見事に僕らを騙すことができたわけだ。
だが、それをわざわざ相手に教える必要もないだろう。
「こちちらには通信手段などいくらでもあります」
だが、パイロットの男はそんな僕の言葉はどうでもいいようだった。
「そっちのグレンコ大将が昨日、署名したんだよ」
大将は西方総軍司令官だ。僕らが戦っている線区の総司令官であり、目の前の男のファーコスが言っていることが本当なら、ここはもはや戦場ではない。
「彼にそんな権限はありません。我が国でそのような判断が可能なのは最高司令官である大統領閣下をおいて他にありません」
「……君らの大統領は死んだよ、首都ストリチナヤで。だからもう終わったんだ。俺も君も、家に帰るんだ」
大統領閣下が戦死?
まさか。
男は僕に紙の束を投げて寄越した。
それは連邦の民間新聞だった。
一面には砲爆撃で崩れ、弾痕で痘痕顔になった共和国宮殿の写真が紙面の上半分を専有している。
記事の下段には大統領の顔写真と、グレンコ大将が沈痛な面持ちで署名する様子が、小さく添えられていた。
これを見て、信じるなという方が無理のある話。
だけど、今の僕には先々の歴史の記録はどうでも良かった。
この新聞もまた嘘である可能性はゼロじゃない。
そうである以上は、新たな命令を受けないかぎり、僕は時間を稼がないといけない。
共和国と、人民を守ることを約束した身なのだ。
「……降伏の条件を聞かせてください」
「条件などない、即時停戦だ。子供は家に帰れ」
「ちゃんと答えてよ!」
僕はホルスターから拳銃を抜いた。
数メートル先のファーコス大尉に狙いをつける。射撃の的としてはそんなに難しい相手じゃない。相手は顔を表情を強張らせていたが、低い声で話しかけてきた。
「いろいろなことが一度に起きて、あんたが混乱しているのは分かるが、そんなもので俺を撃ってもこの事実は変わらないぞ?」
彼の挑発めいた言葉に、いつの間にか引き金にかかった指に力が入る。
その刹那、突如足元が揺れて、僕の照準が狂った。
地面が沸騰したかのように機関砲の砲弾が首なしの周りで弾けている。
「馬鹿野郎、誰だ勝手に攻撃したのは!!!」
大尉の悪態が爆音に混じってわずかに聞こえた気がした。
僕は数十メートル下の地面に落下するところだったが、すんでのところで機体にしがみつき、ほとんど落下するようにコックピットに戻った。
「敵が撃ってきた!」
「さっき私達が追いかけていた機体よ」
「結局は罠だったか!」
衝撃で、敵と組み敷かれていた首なしのクレーンが自由になった。
咄嗟に操縦桿を肩部クレーン操作のモードに切り替え、組み合っていた相手の頭部に向けてクレーンを振りおろす。
モーニングスターのように遠心力をつけたフック部分が敵機の頭部センサーを叩き潰した。
「首なしの仲間が増えたな」
「ふざけてる場合じゃないわ」
敵の機体は瞬間動揺し、抱え込んでいたこちらの左腕を緩めた。僕はその瞬間を見逃さず、敵の脚部をレーザーカッターで切り落とした。
敵機のコックピット上に、ファーコス大尉の姿は見当たらなかった。
彼が姿を消したと同時に、敵砲兵の攻撃が再び始まった。
砲撃によってますます街の建物の倒壊が進み、後退進路を取るのも手間取った。
『ベルタ、その角を右に、それから突き当りの大通りをさらに左折して』
シャーリーのナビゲートがなければ、瓦礫で通れなくなった街を移動することはできないだろう。
『となりの通りに敵機動兵器!』
僕はレーザーカッターの出力を最大にして、民家三軒を切り刻む。
建物を挟んだ反対側にいた敵機は、まともに食らって瓦礫に埋もれた。
さらに大通りに敵機が一機。
すぐさま射撃。最後の徹甲弾が敵機を四散させる。
火器管制装置からブザー音が鳴る。
「主砲残弾なし!」
「投棄して。後は格闘戦で凌ぐしかないわ」
ベルタは興奮と恐怖で息を切らしながら告げる。あたりの機動兵器はなんとか倒すことが出来たがこの先はもう待ち伏せできるかも難しい。
「あと四十分も持つか!?」
「やるのよ!」
『そっちの直上、敵の戦闘攻撃機!』
シャーリーの叫び声。何度聞いたか、耳をつんざくジェットエンジン特有の爆音が戦場を駆け抜ける。




