第13話:崩壊
「砲声だ」
翌日、ベルタと一緒にシャーリーの病室を見舞いに行くとトンネルのある方角から鈍い砲声が散発的に聞こえてきた。
にわかに殺気立った兵士の声が窓の外から聞こえてくる。
「だいぶ楽になったけど……ごめんなさい」
シャーリーはまだ傷口が癒えていないのか、苦痛に耐えているようだった。
「まだ動くのは無理だ」
「街の人は?」
「町の外には出られないと言っていていたわ……」
「どうするの?」
「丘に教会があるんだ。そこの巨大な地下墓地に籠もるって言ってたよ」
上体を起こしたシャーリーは丘の方を仰ぎ見る。
丘には石造りの小振りな尖塔が空に映える、古びれた教会があった。
昨日の発砲事件以来、町の住民のほとんどは警察大隊のやり方に不満を持っていた。
僕はそんな彼らと密かに協力し、街のの住民を避難させる計画を立てた。
そのためにあらゆる手段を尽くした。
街の市民には、こっそり市街地から離れるように言っていはいたが、どれだけの人が憲兵の眼を逃れる事ができるか、分からない。
「私達もそこに向かうの?」
「あそこなら街が見下ろせるからね」
「退路がなければ、どこに居ても一緒よ」
「ベルタの言う通りかもしれないね。私がこんな状態じゃなかったら……」
シャーリーが言い終わる前に、街の医者が僕らに近づいてきた。
「もう行かないといけないみたいね」
「すぐに良くなるさ」
「ありがとう、アル」
警察大隊の殆どは中佐の命令で、トラックと装甲車に装備や略奪品を積み込んで移動の準備を始めている。
その隙きを狙って、街の住人は教会へと逃れる。
担架に運ばれて、シャーリーも街の人たちと共に教会へと向かった。
「僕も行ってくる」
「……中佐の所ね」
ベルタは僕が何を考えているのか分かっているようだった。それでいて、引き止めるような事もしない。
「戻らなかったら、一人で戦わせる事になるかもしれない。済まない」
「いつだって、私達は一緒だと思ってるわ」
「それって――」
「離れていても、私達は一緒よ。シャーリーと、……それとダンも」
「ああ、そうだ……。そうだよね」
僕は誰もいない目抜き通りを歩いて、昨日まで自分が修理していた橋へと歩いていった。
突貫工事のおかげで橋は見た目こそツギハギだらけだったが、強度的には人も車も通るには申し分ない。
修理された橋の真ん中で一台の車両が止まった。
乗っていた中佐が、橋の欄干により掛かる僕の姿を見て声をかけてきた。
「橋梁の修理、ご苦労だったな」
彼の瞳は僕のことなど捉えていないようだった。
「大したことではありません」
「そうだ。命令に従えばいい」
彼は口にしていたタバコを車の窓越しに、川面に投げ捨てた。
僕はその行為に対して、反射的に嫌な顔をしてしまったが、頑張って気を取り直し、少し開き直りぎみに笑った。
「ついでに爆薬も設置しましたよ。いつでも爆破できるようにね」
僕は導火線につながった発火器を中佐に見せつけた。彼の唇が薄い笑みを浮かべて歪む。
「これは、気が利いてるな」
「でしょう?」
「最高のタイミングでそいつ使おうじゃないか」彼が腕を伸ばす。「渡したまえ」
「それはできません」
「なんだと?」
「あなたはやりすぎました。警察大隊なら、戦時条例の第五十五条は良くご存知で
しょう」
「戦争犯罪による指揮権剥奪……か。私の副官が――」
「あなたの副官はだいぶ気に病んでいたようだ。金塊の件について相談したら、すぐ
にこちらの提案に同意してくれました」
中佐の隣に乗っていた副官が、車を降りた。車のエンジンが止められて、中佐の表情が変わった。
僕はあらゆる手段を尽くした。当然、敵対する警察大隊にだって働きかける。
「中佐殿、今こそ祖国防衛の義務を果たすときです」
副官は車の前で直立不動の姿勢でそう告げた。
「……運転手、車を出せ」
「動けば、橋ごと爆破しますよ」
僕は精一杯低い声を出そうと努力した。
「早く出せ!」
座席を蹴り上げる中佐の怒号を受けてなお、運転手は前を向いたまま、どうすればいいか分からず彫像のように動かない。
「ここに来るまで、あなたが何をしてきたかは問いません。ですが、この街だけは好きにさせない」
遠く、巨人の足音のように、徐々に砲声が近づいてくる。
中佐は観念したのか、小さく呪詛の言葉を口にして僕に問いかける。
「畜生!……分かった、どうすればいい」
「兵に命令を。街を守ってください」
「いいだろう、副官――」
呼ばれた副官は安堵のため息を漏らし、普段命令をきくのと同じように、開いた車の窓に顔を近づけた。
これで、街を守れる。少なくとも住民が逃げる時間は十分に確保されるだろうと僕も正直なところ、一段落ついたと思った。
その時だった。
車の中から一発の銃声がした。
僕に背を向けていた副官の後頭部が破裂し、膝からがっくりと彼は倒れた。
あたりに血液とか皮膚とかが飛び散る。
あのヒルのような塊はおそらく脳みその一部だろう、なんて考えていたら、窓から中佐の顔が亡霊のように浮かび上がる。
「なっ……」
「悪いな、坊主。予定が押してるんでな」
僕はとっさに転がり込んだ。中佐の放つ拳銃の弾丸が足元をかすめ、僕は身体を丸めた。
直後に銃弾よりもっと重たいものが、空気を切り裂くブーンという音を聞いて、僕の心臓は鼓動を止めかけた。
橋のすぐ近くのレンガ造りの家の二階部分に、敵の砲弾が飛び込んで爆発した。
僕も中佐も、そして不運な運転手も、その爆風に身を強張らせた。
僕は本能的に地面に身を伏せる。まだ副官の流した血も乾ききってないコンクリートに頬
を押し付けた。
ひどい耳鳴りと頭痛が景色の混乱に拍車をかけた。
衝撃から最初に立ち直ったのは、中佐だった。
「おい、早く車を出せ! お前を殺して俺が運転してもいいんだぞ!?」
「は、はひっ!」
エンジンの唸り声が僕の真っ白になった思考を再び呼び覚ました。
「待て!」
僕は大声で叫んだ。こんな時に何か武器があれば。
「待つか!」
中佐は振り向きざま、僕に向かってさらに拳銃を撃ってきた。
顔の真横を弾丸が掠める音が二回聞こえた。死を予感したが、弾は当たらない。
「邪魔だ、クソ!」
幸いにも車の窓縁に引っかかった副官の死体が邪魔で中佐は上手く狙いをつけられないようだ。
その間にも敵の密度の高い砲撃が街を襲い、そのたびに僕は地面に伏せた。
一体何と戦ってるんだ。まったく!
やっと頭を上げられるようになったときには、中佐の車が動き始めていた。
僕はしまったと思って、あわてて発火器を取り出したが、中佐の車はすでに橋の向こう側にたどり着いた後だった。
こんなことなら、さっさと橋を爆破していればよかった。
僕は恨めしげに走り去る中佐の車を見た。
「ずるいよ……、最後まで戦えよ……」
気づけば僕は叫んでいた。
「自分だけ逃げる気か!」
「戻ってこいよ、僕を殺すんじゃないのか!!!」
「戦って武人らしい死に様を見せろ! 卑怯者!」
僕の見ている眼の前で中佐の車は爆発した。
何が起きた!?
まさか、僕の願いを聞き入れて、神が爆破したわけではあるまい。
紙細工のように路端を転がる車が火を吹いている。
しばらくして後部座席から、中佐が這い出てきた。
深い傷を負って地を這う彼は、この世に未練を残した亡霊だった。
頭から血を流す中佐が立ち上がり、僕と目があう。
「なんだよ……」
彼の口が開きかけた。
僕が唇の動きを追おうと眼を凝らし瞬きした瞬間、無数の曳光弾の光の線が、彼の身体を貫き、不自然に波打った四肢がちぎれ飛んだ。
中佐は最期まで、拳銃を手にしたままだった。
それを見届けた僕は再び伏せる。
橋を渡った向こう側だった。
十字路左手の石造りの銀行の角から、敵の機動兵器が姿を表した。
副兵装の三十ミリ機関砲は硝煙をくゆらせたまま、こちらへまっすぐやってくる。
なぜ北から敵が?
包囲されている? それとも首都を攻略した敵部隊?
僕はここが最前線だと思っていたが、それは錯覚していただけなのか。
敵の機動兵器は周囲を警戒しながら、一歩ずつ確実にこの橋を目指してやってくる。
僕は伏せたまま横に身体を三回転させ、橋の欄干に身体を隠す。
発火器の存在を思い出す。やるしかない。
挟み撃ちを防ぐには橋を爆破しなければならない。
だが同時に、街の人の逃げ道も用意しなければならない。
決めるのは僕なのか。
敵は来ている、まだ街の人は中佐が死んだことを知らない。
一番良くないのは混沌の中で戦火に巻き込まれることだ。
僕は発火器の安全装置を解除し、ハンドルを数回まわす。発火器のランプが点灯し、正常動作を告げた。
ここ爆発したらもう帰れない。でも仕方ないんだ。
僕ら戦いに明確な始まりもなければ、終わりもないのだろうから。
スイッチを押すとコンクリートの橋は、うなだれるようにして川底へ崩れ落ちた。




