第11話:流血
僕が警察署から戻ってきたときその事件は起きた。
最初に聞こえてきたのは、落ち込んで何も出来ないような状態だったシャーリーの叫び声だった。
街にいる間、僕らは老夫婦が住むという、民家の一角を間借りすることになった。下宿みたいなものだったが、住人にとっては半ば強制だったので、あまりいい顔をしない人たちもいた。
幸い、僕らはまだ学生の年齢だったので、老夫婦は喜んで僕ら三人を受け入れてくれた。
その家の直ぐそばでシャーリーが誰かと言い争う声が聞こえてきた。
もともと石造りの家が多いので、少し大声を出せば通りの端から端でもよく聞こえてしまう。
顔は見えないが剣呑な空気が漂っている。
「やめなさいよ、まだ子供でしょ?」
「学生は下がれ!」
「なんですって? それをどうするつもり?」
「お前に関係ない! 持ち場にもどれ!」
「作戦行動中の工務学校学徒は曹長と同じって知ってた、伍長さん?」
「……逮捕してもいいんだぞ?」
何が起きているか分からない。僕は嫌な汗を全身に感じて、通りに飛び出した。
だが、僕は目の前の光景に固まってしまった。
相手は警察大隊の伍長だった。男は木箱を部下に運ばせて、トラックに積み込んでいるところだった。
「やめて」
シャーリーが拳銃を男に向けていた。
五歳くらいの男の子が二人を挟んで泣いている。
家の戸口では、彼の母親らしい女性が、目を見開いている。
張り詰めたその場で誰もが動けずにいた。
伍長は短機関銃をシャーリーに向け、鼻で笑った。
「正気じゃないな」
「私はいつだって正気じゃないわ」
乾いた銃声。
「シャーリー!」
その一発の弾丸が世界を再び動かした。
伍長は銃口から漂う硝煙も消えぬうちに、部下に撤収を告げてトラックに乗り込んだ。母親は飛び出して子供を抱きすくめると、子供のわめき声と一緒に一目散に家の中へと消えていった。
遅ればせながら時間感覚を取り戻した僕は、崩れおちたシャーリーの元へ駆け寄った。
「うっ、だから……危ないって」
「喋っちゃダメだ!」
シャーリーの脇から血が流れていた。弾は抜けている。とにかく僕はハンカチでもなんでも突っ込んで、出血を止めようとした。
「大丈夫だ、シャーリー。大丈夫だ」
「情けない、私は……」
「医者がすぐに見てくれる。だからじっとしてるんだ、シャーリー」
街には幸いに老齢ながら腕は確かな医師がいて、彼女に手厚い療養を施してくれた。
医者の話によると臓器に損傷はないとのことだった。だが、二週間は絶対安静にするようにとも言い含められた。
その話を聞いた病床のシャーリーは苦笑いした。
「戦争が、終わっちゃうね」
「仕方ないわ。あなたは正しいことをした」
ベッドの横に座るベルタは彼女の髪をそっと撫でながら複雑な表情をしていた。
「ありがとう。あいつら、街の人達から金を集めていたのよ? 軍資金とか言って。信じられる? そもそも今からお金を使う暇があると思う?」
そう言ったところで傷口が痛みだしたのか、苦い顔をしてシャーリーが口をつぐんだ。
「あの時、私がもっと言葉に気をつけていたら」
「言ったことは取り消せない。だけどいつだって『最善』の方法なんてないのよ」
「ベルタはやさしいんだね」
「私もあなたを助けられたかもしれないって、思ってるから」
僕もベルタもそれから他愛のない学校の話をして過ごした。一瞬でも戦争のことを忘れる時間が取れたのは幸いだった。
だけど、中佐が僕に告げたように、時間は待ってはくれなかった。
シャーリーが話し疲れて寝てしまってから、十分も経たないうちに、中佐の伝令が病室を訊ねてきた。
僕らは任務に戻らざるを得なかった。




