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街角の首なし騎士  作者: 霧江
第一章 トンネルを越えて
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第1話:戦端

 長い街道を兵士を載せたトラックが列をなして続々と過ぎていく。


 乗っている者の表情は様々だ。

 緊張する者、興奮を隠せないものもいれば、笑顔で仲間と言葉を交わすものもいる。


 それらの顔があっという間に目の前を通り過ぎると、続いてやってくるのは徒歩の兵士だ。

 パレードの行進とも違った、整ってはいるが堅苦しさはあまりない隊列が目の前を過ぎていく。


 僕はその光景をコックピットのキャノピー越しに見ていた。

 アリの群れのように続く車列が山脈を貫くトンネルへ吸い込まれていった。

 このあたりには山脈以外に遮るものもなく、数㎞先のトンネルですらよく見える。

 

 山肌から突き出したトンネルの開口部は、長方形に切り出した岩を積み上げた立派な造りで、中世の城塞さながらの堅牢さ誇っているようだった。


 その脇には擦り切れた緑色の看板に、我がネトレヴナ共和国と『連邦』の公用語でそれぞれ、『国境』と大きく書かれ、長い警告文がその下に続いていた。

 あの山脈を超えればそこは敵地、ということだ。


『アル――』


『アル、聞こえてるか?』


 ヘルメットと一体型のヘッドセットから漏れる仲間の声が思考を遮った。


『悪い。どうした、ダン?』


 秋の高い空が、僕を現実から浮遊させていたようだ。


『おいおいしっかりしろ、シャーリーを助けてやったらどうだ?』


 視界を動かすと戦場へ向かうはずの兵隊が、口々にこちらに声を投げかけているのが見えた。

 僕たちのいる三叉路では憲兵による交通整理が行われているが、車一台がやっと通れるだけの山道に大量の兵士や戦闘車両が殺到して、交通渋滞の様相を呈していた。


『こいつの見た目をバカにされるのは今に始まったわけじゃないだろ』


 不格好な僕らの乗機、見た目は一世代前の戦車の車体に、世界初の二足歩行機動兵器、『タイプ17』の上半身とを載せただけの不格好な代物だった。


 左腕に相当する部分には高出力レーザーカッター、右肩には主力戦車を釣り上げられるほど大きなクレーンが取り付けられ、機動兵器と戦車と重機のキメラのような見た目をしている。

 駐屯地で放棄されたパーツを組み合わせ、工兵作業車として現地改修されたものだとは聞いているが、こっちに来てから初めて乗ったので、詳しい事情は誰も知らない。

 僕らは頭部のないコイツを『首なし』と呼んでいた。


『ああ、今回はそっちじゃないようだ』


 それ以上の何が兵士たちの目を引くものがあるのかと、僕は道路を見下ろした。


「見ろ……、女だ」


「……」


「君かわいいねえー、ドコ住み?」


「…………」


 シャーリーは首なしの、かつては戦車の操縦席だったところから顔だけのぞかせていた。

 彼女は目の前の道路から眼をそむけ、野卑な男どもを無視しようと努力していた。

 だが短く揃えた金髪と整った顔立ちのせいで、そっぽを向いた表情が、余計に男たちの興味を煽ってしまっているようだ。


「おーい、ねーちゃん! 帰ったら俺と遊んでくれ!!」


『…………、轢き殺していい?』


 マイク越しに怒気をはらんだシャーリーの声が飛び込んできた。

『ハッチを閉めればいいだろう』


『今は警戒中、視界が狭くなるでしょ!』


『前線の百キロ後方だぞ? 変なところで真面目だよな、お前』


『ダンは黙って! あんたはさっさとパワーユニット直すのが先でしょ!』


 はいはい、とダンがため息混じりに答える。

 僕は途方に暮れてしまう。自分よりも十歳以上は歳の離れた荒くれ者たちをどうこうしようなどとは思いつかない。


『私がなんとかするわ』


『ベルタ?』


 直後にコックピットのマスターアーム・スイッチが赤く点灯した。

 僕は一抹の不安を覚えた。


『なあ、ベルタ――』

 外部スピーカーからわずかノイズが漏れ、ベルタの声が続いた。


『こちら工務学校生徒隊。貴官らの行動は交通の障害になっている――』


「なんだと!?」


『場合によっては、実力で解決するよう命令を受けています』


 コックピット下部のターレットに取り付けられた12.5㎜連装機関砲が乾いた音

を立てて群がる男数人に向けられた。

 ガラス越しに男たちの顔色が変わるのがわかった。

「聞いたか? 工務学校ポリテクニックのガキじゃねえか」


「ケツの穴まで掘られちまうぞ」


「ガハハッ、違ぇねえ。解散解散」


 歩兵軍曹の一人が顔を真っ赤にして怒鳴りながら、揶揄やゆする兵士たちへ向かってくる。


「列を乱すな!!」


 首なしを取り囲んでいた兵士は逃げるようにトラックに分乗して消えていった。


『任務完了ね』


『ありがとう、ベルタ』なんだか自分の声が変に聞こえる。『そのやり方も士官学校で?』


『軍人って、変なところで臆病なのよ』


 ベルタはこともなげに言う。

 彼女は僕らの中でただ一人、中央士官学校から編入して来た才媛さいえんだ。

 その事実について本人は自慢することも、気後れすることもなく接していた。

 工務学校の学徒よりも戦術・戦略に明るい彼女は、僕らにとっては頼りになるリーダー的存在だ。


『でも聞いた? ウチらのこと、工務学校のガキって』


『仕方ないだろ、うちの学校をちゃんと知ってるやつなんかいないさ』


 正直あんまりだいい気はしなかった。


 工務学校は国家指定の技術系軍学校だ。

 理工学系の高等教育機関の中では、同じ首都にある国立の共和国記念大学に比べて施設は劣るし、校舎はボロボロ、制服は古臭くて人気もない。

 他の軍事学校と比較しても、花形の中央士官学校に比べたら地味だと言われる。


 それでも時折、老人から尊敬の眼差しを持って迎えられる訳がある。

 なぜなら、工務学校に入校を許された者は、この国と共和国大統領閣下の為に身を捧げると国旗に誓うからだ。


 国軍の兵士と同じ宣誓を、だ。


 前の戦争を知っている人はそれを知っている。


『僕らは宣誓した!』


 僕は声を上げずにはいられなかった。


『ああ、俺たちがこのクソダサい工作機械に乗れるのも、宣誓のおかげ』


『あんたにはお似合いね』


『んだと!?』


 ダンが混ぜっ返し、シャーリーが嗜める。在学中から見慣れた光景だ。


『あの人達をあまり責められないわ。彼らは戦場に征くのだから』


 最後のベルタの言葉に、皆が息をのんだ。

 この戦争がどれくらいで終わるかはわからない。戦場へ向かう兵士達がこれから戦う『連邦』は大国だ。


 今、世界中の戦場で華々しい戦果を上げている二足歩行の兵器、通称機動兵器を初めて開発・運用したのが『連邦』だ。


 過去二度の戦争でこの国はそんな『連邦』と戦ってきた。

 『連邦』が成立するそのずっと前から、僕らの国は常に不利な状況で何度も外敵を追い返し、追い詰めた。


 建国以来、この国は一度も首都に異邦人の侵入を許したことはない。

 それは祖父の代、その祖父のそのまた祖父の代から続く伝統であり、多くの犠牲を払ってでも守り継承すべき伝統だ。

 かつての盾と剣の喧騒が、砲弾の暴風にとって変わった現代でもそれは変わらない。


『僕らは祖国を守る、それだけだ』


『ええ』


 ベルタだけが小さくうなずいた。


 その日は交通整理だけでで一日が終わり、気づくと夕日が北の小川の方へ沈みかかっていた。


 三叉路と川の間には小さな街があって、街並みが茜色に染まっていた。

 この川を進めば我々の守るべき首都、ストリチナヤだ。

 日が完全に沈んだのを確認し、僕らは作戦計画に従って既定の防御陣地へ向かった。


 事態が動いたのは、その日の夜明け前だった。

 街道をあれだけ埋め尽くしていた隊列は影も形も無くなり、交通整理をしていた憲兵たちも、次の任務を果たすため、戦地へと向かった。


 憲兵の話では、明日の朝に郷土防衛軍団から来るという、新しい司令官の指揮下に入ることになった。


 僕らは二時間ずつ四交代で周囲を警戒することになった。睡眠を取るのにコックピットは流石に狭いので、テントを張っての野営となった。


 僕はテントに入ったものの、なかなか寝付けずに外へ出た。

 満天の星空の下、僕は機体のそばに寝っ転がった。

 星空がきれいだったというのもあるが、こうしている方が緊張を紛らわせると思ったからだ。


『領土返還要求の最終回答期限が過ぎてから十五時間、連邦政府は未だ要求を曲げようとはせず――』


 静かな野営地に抑揚のないの男性アナウンサーの声が響く。


「上手くいった?」


「話にならないな」


 ダンが勝手に僕のコックピットに入り込んで無線をいじり、ラジオを聞こうとしていた。どの局も開戦前夜ニュースで持ちきりだとすぐにわかって、ダンは無線を切った。


「音楽でも聞けると思ったんだけどよ」


「今は国家の命運を決する時だ」


「つまらん、寝るわ」


 ダンが自分の寝床に戻ると、再び夜の静寂が訪れた。

 今頃、皆どうしているだろうか。

 父さんは最後まで従軍に好意的ではなかったけれど、宣誓の事と、僕の決意を話すと一つだけ教えてくれた。


 辛い時は空を見上げろ。昼でも夜でも、空はそこにあって崩れることはない。

 空がわかれば地面がわかる。それを忘れなければ正気でいられると。

 父さんは前の戦争で自分の従軍経験を殆ど話さなかったが、その時の目の一瞬の曇りは今でも印象深く覚えている。


 そして僕は今、夜空を見上げ、背中に大地を感じている。

 この時間がいつまで続くのだろう。


「起きて」


 細く白磁のような透き通った顔、縞瑪瑙を思い起こさせるような深い瞳と目が合う。

 ベルタの見慣れた顔が目の前にあった。強くに肩を掴まれて一瞬ハッとする。

 意外と力があるんだな。


「もう時間?」


 交代の時間はいつだったっけ、と慌てて思考を巡らす。

 真っ暗な新月の夜の中、天球を埋め尽くす星々の輝きだけが、時の流れを告げているようだった。


「違う、あれを見て」


 押し殺した声のベルタが指さしたのは、南に伸びる街道から離れた、東の地平線だった。

 わずかに山の稜線が赤く輝いている。


 遅れて、遠雷のようなくぐもった音が聞こえてきた。


「戦闘? 東だけど……、司令部の予測と違う」


「陽動かもしれないわ」


「どうしよう」


 こんなとき僕はいつも頭が真っ白になっていしまう。学校でもそうだったが、動機がして何も考えられなくる。


「ダンとシャーリーを起こしてくるわ、アルは無線を確かめて」


 ベルタは肩を覆う豊かな銀色の髪を、首の後ろで手早くまとめる。


 彼女は行動が早い。

 だからベルタと一緒にいると安心する。


 僕は首なしの機体をよじ登って、自分の座席に放り投げたままのヘッドセットで通信を確かめる。


『LSR2からシタデル11、攻撃を受けた。前方熱源多数、交戦する――』

『オーブ88、最終弾着弾後、敵左側面に突入せよ』

『――敵増強機械化部隊が接近――』

『シタデル、シタデル、こちらオーブ3、損害多数、第2陣地に後退――』


 無線からは音声に混じって無数の爆発、発砲音も聞こえてくる。

 あちこちから飛び交う交信からわかったのは、敵は首都ストリチナヤに向かってまっすぐ進撃せずに、迂回していること、それからこちらは兵力差で押されているということだ。

 陽動ではない?

 僕は担当線区の司令部を無線で呼び出すことにした。


『カデット9より、シタデル20――』


『カデット9、どうした?』 抑揚のない女性の声が応じた。


『東方約50キロに複数の火炎を確認した。状況を確認したい』


『確認する――、0405時、複数の敵部隊が東国境を突破。これに対し我軍が現在

応戦している』


『我々に対する命令に、更新はないか?』


『カデット9の任務に変更はない』


『了解。通信終わり』


 戦闘部隊の混乱とは対象的に、司令部の無線員の声は事務的に聞こえた。

 どうやら、僕らが今すぐなにかする必要はないみたいだ。


「どうだった?」


 ベルタが下から声をかけてくる。まだ寝ぼけまなこのダンもいっしょだ。

「僕らはこのままここに残るそうだ」


「俺たち放置されてんじゃないの?」


「試しに無線で聞いてみる?」


「いや、いい。……ったく、いきなり殴られて、おかしくなりそうだぜ」


「自業自得よ」


 シャーリーがベルタの横で苛ついた表情で腕を組んでいる。


「こいつ、一度寝たらなかなか起きないんだよ。さっき交代のときも一苦労でさ、やっと起きたと思ったら、殴られた」


「ダン、いったい何をしたんだ?」


「面白いぞ? 鼻先にな――」


 また悪戯したのかよ。

 そう言いかけた時、大きな爆発音が三人の会話を遮り、自分の肩が無意識にビクッとしたのがわかった。


 断続的に続く砲声は、徐々に北へと移動していた。


「これじゃ、まともに話もできないな!」


「明日、司令官が着任するまで出来ることは少ないでしょうね」


「どちらにせよ、今日、こちらに敵が来ることはないでしょうね。ダンとアルはもう寝てもいいと思うわ」


「そうさせてもらうぜ」


 そう言ってダンはテントが戻ると、十秒と経たずにテントからダンのいびきが聞こえてきた。

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