第六話 ブランという男を調査しようとしたが……
「ふむ、奥様、ひょっとして彼と何か会話を?」
ブランは敏いようで、覚られてしまったようだ。
「ええ、まあ……。この子ったら、私の知らない呪文も使えるみたいで」
「ほほう。レイ君、それはどんな呪文かな? 良ければ私にも教えて欲しいですね」
「や」
「もう、レイったら。ごめんなさいね」
「いいえ、お気になさらないで下さい。初対面ですし、知らぬ相手にいきなり呪文を教えてくれと言う方が不躾でした。それに人物を見極めずに魔法を教えてしまうのも危険な行為ですから。もちろん、私はレイ君とエリオット君の先生役はお引き受けさせて頂こうと思います。二人ともしっかりして良いお子さんのようですからね」
「ありがとうございます、ブラン先生」
「ありがとうございます」
サラとエリオは本気でコイツを先生に迎えるつもりらしい。
困ったね。ま、俺がしっかり監視しておくとしよう。
「じゃ、さっそくだけど、エリオット君、君が現在、使える魔法は何かな?」
ブランが聞いた。
「ファイアの呪文です」
「えっ? エリオ、あなたいつ覚えたの?」
サラが聞くが。
「内緒。まあ、最近だけど……」
今日、俺が教えてやったばかりだもんな。
「そう。魔法書を読んだの?」
「うん、まあね」
「へえ、凄いわね。自力で習得するなんて」
『レイ、バラして良いかな?』
エリオが念話で聞いてきた。もちろんウィスパーモードで、個人指定だ。
『ダメ。そんな事したら俺が魔法書を読んでることがバレるし、ママに二人ともお仕置きされるよ』
『そ、そうだね』
「確かに、自力で習得したなら見込みがありそうです。レイ君はどうかな?」
ブランが聞いてくるが、答えるつもりは無いね。
「あいしょ」
「レーイー。お金を払って、お忙しい中をわざわざ来てもらってるんだから、きちんと答えなさい」
ぐぐぐ。声を聞いただけで体が震えてくるぜ。
「まあまあ、奥様、師弟というのは信頼関係を築く事も大切ですから、ここは私に任せて頂けませんか」
「それはもちろん先生がそう仰るならお任せしますけど、普通、弟子が師匠に取り入ろうとするのでは?」
「まあ、そうかもしれません。ですが、レイ君は私の知らない呪文も持っているようですし、彼自身が私の実力を知らねば、教えを請いたいとも思わないでしょう」
「ああ、それもそうね。こてんぱんにしてやって下さい。回復は私がやりますから」
うえ……。
「いえいえ、奥様のお手を煩わせるまでもありませんし、私なりのやり方で示していこうと思います」
「分かりました。では、必要な事があれば呼んで下さい。二人とも、先生の言うことを良く聞いてね」
「はい」
「……」
「ふう、では先生、お願いしますね」
「ええ」
サラが部屋から出て行った。
「さてと。じゃ、まずは基本的なおさらいからしておこうか」
ブランは基本的な魔術講義をやり始めたが、俺にはあくびが出るような内容だった。
寝る。
「レイ、レイってば」
エリオが俺を起こした。俺は念力で浮き上がって周囲を確認したが、ブランはどうやらもう帰ったらしい。
「ダメだよ、レイ、せっかく先生が来てくれたのに」
『どうせ大した内容じゃないよ』
「ええ? ためになったけどなあ」
ま、魔術知識がほとんど無いエリオにとっては良い教師かも知れない。俺はすでにスキルや称号があるから退屈に感じるだけで。
『まともな内容だった?』
「もちろん。レイも聞いておけば良かったのに。起こそうかと思ったけど、先生が寝かせてあげなさいって」
ま、俺はどうもブランが気に入らないからエリオだけ真面目に聞いていれば良いだろう。
寝ているフリをしてたまにチェックはしておいた方がいいだろうけど。
どうもアイツは怪しい。
何がと言われると困るが、俺は【第六感】のスキルもあるからな。
本当ならこの家に入れるのも反対なのだが、エリオは気に入ってしまったようだし、鬼母自身が呼んで来たのだからサラも俺の言うことは聞いてくれないだろう。
いつかしっぽを掴んで追い出してやる。
いや?
俺が魔法で実力が上だと示せば、向こうも諦めて帰るんじゃないのか?
魔法合戦に同意させれば少々怪我をさせても問題にはなるまい。
ブランも赤ん坊の俺を甘く見てるだろうしな。
ケケケ、ナイスアイディア!
って、待て!
ブランはレベルが39だった。
いくら俺が天賦の才能に恵まれていようと、この世界ではレベル差という歴然とした壁が存在する。
鬼母にこてんぱんにされたばかりだというのに、まったく!
ヒュウ、同じ失敗を繰り返すところだったぜ。
問題点は俺に才能があるという思い込みだな。
いや、実際、神様からもらった才能だ。大体の事は【常識 Lv3】のスキルによって理解できているが、俺がもらったスキルはかなり強力で数も多い。
そうだとすると、相手の実力を侮ったのが間違いか。
まずは情報収集が第一だな。
『リズ、頼みがあるんだが』
『ひゃっ! もう、レイ様、急に話しかけるの止めて下さい。心臓に悪いです』
『そう言われてもな。あ、次からベルを鳴らすか』
『それが良いですね』
『そんなことより、ブランが何者かちょっと調べて欲しい。街で情報収集をやってくれないか』
『ブランって新しく家庭教師になられた先生ですよね?』
『そうだ。リヒター=ブラン、エルフだ』
『もう充分、分かってるじゃないですか』
『ダメだ。名前と外見だけじゃなくて、評判が知りたい』
『はあ、でも、聞き込みって面倒臭いです』
『頼むよ。将来、金貨を渡してあげるから』
『えー? 出世払いですかー? まあ、レイ様はエリオ様と仲が良いし、そうですね、次期領主様なら、大丈夫か』
俺は稼ぐ自信はあるのだが、ま、今はそれでもいいだろう。
『じゃ、任せたぞ』
『任されましたけど、あんまり期待しないで下さいね?』
『まあ、リズがやれる範囲でいいよ。報酬はもちろん、内容次第で上乗せだがな』
交渉で大事な点はマイナスの材料を提示することでは無くプラスの材料を積み増してやることだ。
相手の反感を買っては逆効果。
だから、内容次第では減額するぞ、などと脅してはいけない。
【交渉 Lv3】と【落としどころ Lv1】のスキルの知恵だ。
『むむむ、上乗せって、どうせ銅貨一枚とかでしょー』
『いいや。奴の悪い評判を見つけてきたら一つにつき金貨百枚、正体を見破ったら千枚出すぞ』
『せ、千枚! それだけ金貨があったら毎日ケーキ食って遊んで暮らせますぅ。うへへ、ふひひ』
よし、良い感じで欲望にまみれたな。良い仕事をやってくれそうだ。
翌日、またブランがやってきた。
「こんにちは、先生!」
「ええ、こんにちは。それではさっそく始めましょうか」
今回は俺も真面目に話を聞くことにする。
「ああ、それとレイ君、リズさんが私の正体を聞きに来ましたが、私はただの修行中の魔法使いですよ」
『……それ、まさか先生に直接ですか?』
確認が必要だと思ったので、念話で聞く。
「ええ」
使えねーな、リズ。
いや、本人にバレないようにしろと指示しておくべきだったな。そもそも田舎のメイド風情には無理な仕事だったか。
俺の人選ミスだ。
「私はこの国で指名手配されているわけでもありませんから、ご心配には及びませんよ」
『……』
「レイ、失礼だよ」
戦友のエリオが味方に付いてくれない。仕方ないな。
「あい」
「さて、では、今日は魔術について、本質的な話、心構えみたいなことをお話ししておきたいと思います。とても大事なことですから」
ブランが言うが心構え、ねえ?
呪文を唱えるときには集中しろとか、そんなクソつまんねえ話かな。
早くもあくびが出そうだ。
「そもそも呪文には呪うという意味があります。だから、軽々しく使ってはいけません。魔術とは神から与えられた奇跡であると同時に、禁忌でもあるのです」
「禁忌、ですか?」
エリオが聞き返した。
「ええ。禁じる、してはならないこと、ですね」
「でも、先生は魔法を使ってますよね?」
「ええ、もちろん。魔法使いですから」
「ううん……」
「はは、矛盾していますね。本当なら私も使わない方が良いのです。ですが、街の外にはモンスターがあふれ、剣や弓を扱えない者にとっては魔法が戦う術となります。必要悪なんですね」
「必要悪……必要だけど、悪いことなんですか?」
「そう、その通り。生きていくために、仕方なくです。だから使用目的をよく考え、他に手段が無い時だけ、使うようにして下さい」
魔法使いのくせに、魔法より剣を使えと言ってるようなモノだな。あれだ、先生の貫禄を出すための小難しい話ってヤツだろう。なんだか凄い事を言っているようで実は大した意味が無いってヤツ。
だいたい禁忌や社会の必要悪なんて、四歳児と赤ん坊にするレベルじゃねえだろと。
「少し前置きが長くなりましたね。それに、二人にはまだちょっと難しい話だったかもしれません。大人になれば分かってくると思いますよ。じゃ、今日は庭でファイアボールの練習をしましょうか」
「はい!」
「レイ君も、念力浮遊で外に出てきて下さいね」
くっそ、リズの奴、こっちの情報をダダ漏れにしてるじゃねえか。アホか。後でお仕置きだ。ヒイヒイ言わせてやる。あんにゃろう。
今更ごまかしても無駄な気がしたので俺は庭に出た。