第四話 兄弟の絆
(視点がレイに戻ります)
ママ怖い。
軽くトラウマになったよ?
自分、創造神から加護をもらっていい気になっておりました。
そこら辺の大人にも魔法で勝てると勘違いしておりました。
何この世界の人達。
超強いんですけど。
しかも容赦ねぇ……。殺されるかと思った。
……アレだな、モンスターが当たり前にいる世界だから村人の生活能力もハンパないんだろう。
レベル差も34以上だと、どうやっても勝ち目ゼロだな。
そこも甘く見ていた。
うん、レベルを上げるまでは大人しくしていよう。
「失礼しまーす……。レイお坊ちゃま、おむつを替えますね」
リズがおっかなびっくりドアを開けて入ってきた。
「あい」
普通の赤ん坊なら泣いて報せるところだが、うちは定時制だ。出るタイミングが分かっているので、そちらに合わせてもらっている。
ふう。早く自力でトイレに行きたいぜ。
「はい、終わりました。じゃ、失礼しますね」
そそくさと逃げるように出て行くリズ。
心配しなくても、もう脅したりはしねーよ。こっちが死ぬわ。
……ヒマだ。
カチャリ、と音がしたので、ママか!
とビクッとしたが、俺のベッドを覗き込んできたのはエリオだった。
何するつもりだろう。
もしかしてサラとの戦闘を聞き及んで……ハッ!?
俺を敵性とみなして始末しようと!?
違うの! あれはタダの軽い、かる~い親子喧嘩だから!
「レイ、ママに叱られたの?」
「あ、あい」
「そう。凄い音がしたけど、大丈夫だった?」
「……あんとか」
本当は気絶してたけど、気がついたら出血も全部無くなっていて、綺麗な体だった。
もう一度転生したんじゃないかと思えてくるが、同じところには生まれないだろうしな。
ベッドに付いた傷は残っていたし、あの戦闘は夢では無かった。
「そうかぁ……。ママを怒らせるとすごーく怖いからね」
おう、そうだな。その様子だとお前も叱られたことが有るみたいだな、エリオットよ。
できれば早く教えて欲しかったが。
「怖かったね、痛かったね、良い子良い子」
エリオが俺の頭を小さな手で撫でてくれた。
俺は初めて戦友を得た気分になった。
一度も戦場に出たことは無いけど。
「レイは何か欲しいモノはある?」
「あー、まほーしょ」
「そっか。よし、じゃあ、僕、取ってきてあげる」
えっ、マジか? 危険だぞ?
「ママに、みちゅかったら、アブない」
俺が魔法書から遠ざけられてるのを知らないのかと思って警告しておく。
「大丈夫、ママはさっき神殿へ出かけてくるって言ってた。帰りは遅くなるって」
ウインクしたエリオは、考え有っての事らしい。なら、任せるか。俺が拒否したところで、エリオを止めるのは難しい。
「あい」
「よし。じゃ、待ってて」
エリオが出て行く。
だが、大丈夫だろうか?
あの白い悪魔のことだ。魔法書を置いてある部屋に罠くらい仕掛けてるんじゃないのか?
強靱な身体、【頑健】を持つ俺だから何とか生き残れたけど、エリオが死んだら、後味が悪い。
……。
…………。
戻って来ないな?
くそ、こっちは動けないから、様子を見に行くこともできない。
リズを呼ぶか。
「りーじゅー!」
「はいっ! お坊ちゃま、なんでしょう?」
早いな。ってか、すぐ外にいたのか?
「エリオ、かえってこない。ようす、みてきて」
「分かりました。ああ、エリオお坊ちゃま」
良かった、戻って来たようだ。ほっとした。
「リズ、ここはいいから、他のお仕事しててよ」
エリオが言う。
「はあ、ですが、奥様とベリンダさんから目を離さないようにって」
監視付きか。
「レイは僕が見てるから大丈夫だよ」
「はあ、じゃ、家の掃除をしているので、何かあったらすぐ呼んで下さいね」
「うん、分かったよ」
エリオが部屋に入ってきた。
「ごめんね、レイ、本の部屋、鍵がかかってたから、見つけるのに時間、かかっちゃった」
「あい、あいじょうぶー」
鍵を見つけて開けてくるとはでかした、エリオ。できる子供だな。
「何冊かあったけど、一冊、これだけ持って来たよ」
リズに見つからないためか、服の下から赤いハードカバーの本を出してくるエリオ。
本の数え方まで知ってるエリオは、まだ小学校に入る前くらいの年齢だろうに、賢いな。
「エリオ……あー、おにーちゃ、なんさい?」
年齢を聞いてみることにする。本まで持って来てくれた戦友に呼び捨ては失礼だったな。
「僕? 四歳だよ」
四歳児でそれか! 俺が四歳の時って、自分の年齢なんて言えなかったぞ、たぶん。覚えてねえし。
「おー。おにーちゃ、凄い」
「ええ? 何が? それより、僕がまともに話せたのって二歳くらいだと思うから、レイの方がずっと凄いよ」
ま、俺の方は転生前の知識があるからな。その辺はエリオには教えるつもりは無いし、置いとこう。
いきなり、俺は転生者でお前より年上なんだぜ? って言ったら、白い目で見られそうだし。
「じゃ、僕が読んであげるね」
「あい。あーいー」
お兄様、素敵!
「じゃ、最初から……」
「おにーちゃ、とばして」
「え?」
「もっとさき、ねんりにか、あーちゅか、いんびびぶぶのところ」
「ううん、『ねんりに』は分かんないけど、地か無だね。よし」
エリオに地の属性の魔法を調べてもらったが、初級魔法しかその魔法書には載っておらず、石つぶてを飛ばすだけで、俺の体を動かせる感じでは無かった。
もう一つの無だが、アイテムボックスの呪文があったので、便利そうだし、先にそれを覚えることにした。
『時の流れぬどこか、次元の狭間に収めよ、アイテムボックス!』
「といのなーれぬどこあ、じえんのあじゃまにおしゃめよ、あいえむぼっくちゅ!」
「あっ、凄い、変な入り口が出てきた」
空中に黒い裂け目が出た。それにエリオが持っていたハンカチを入れてみたが、一発で成功。
この魔法、次元を歪める感じだし、かなり上級の魔法だと思うのだが……まあいいか。
MPの消費はたったの2ポイント。初級魔法と変わらない消費ポイントだ。
何か納得が行かないが、少ない方が良いからな。
もちろん、これに俺自身を入れて運ぶ――なんて芸当は絶対やらない。
だって怖いだろ!
中にちゃんと空気があるかどうかも分からん。
内側から開けられるかどうかも分からん。
そして、お待ちかね、念力の呪文。
ちゃんと有ったよ。
『マナよ、見えざる手となりて其を掴め! ムーブ!』
「みゃなよ、みえざうてとにゃりてそをつあめ! むーむ!」
「おー、浮いた浮いた!」
エリオが浮いたハンカチを見て拍手してくれたが、まだ褒めるのは早いぜ、坊や。
ここからが【万能の魔導師】の腕の見せどころだ。
俺は浮いたハンカチを目で追いつつ、自由自在に空間を移動させられることを確認した。
空中に停止させることも可能。ただし、時間は三秒足らず。
俺が浮いたまま移動しようと思えば、三秒ごとに呪文を唱え直さないといけない。
詠唱でそれをやっていては凄く疲れるので、声に出さず無詠唱でやる。
一度その概念と魔法文字と使った感覚を覚えてしまえば、余裕だ。
行けそうだな。
俺は念動の呪文を自分のくるまっている布に唱え、体を浮かせた。
「あっ、レイが浮いてる!」
いてて。ちょっと首を上手く支えられなかったが、よし、コントロールが取れた。
今度は浮かせたまま、垂直に体を向ける。くっ、足の裏では体を支えられん。
ケツの下にも魔力の支点を作って支える。上手く行った。
浮いたまま、今度は、くるっとターン。視界がぐるっと回って、部屋を見渡せた。
感動。
「エリオお坊ちゃま、何を騒いでいるんですか? あっ! う、浮いてる!」
おっと、リズが来てしまった。
俺はさっとベッドに自分を戻す。
「……何を言ってるんだい、リズ。見間違いだよ」
エリオがごまかしに掛かるが……。
「い、いいえ、見ました! レイお坊ちゃまが浮いてました! お、お化け、おばばば」
「リズ、落ち着いて。本当を言うとね、さっきのはレイの魔法なんだ」
「え? 魔法? ああ……なーんだ」
落ち着いたようだが、魔法だと怖くないのかね。ま、俺も今のがお化けの仕業と言われたら怖いけど。
「お願いリズ、ママには黙っておいてよ」
「ええ?」
「ダメ?」
「くっ! そんなキュートでつぶらな瞳で上目遣いに見つめられたら、ええ、分かりましたとも! リズは何でもしますよ!」
チョロいな。
「ありがとう。別に危ないことはしないよ」
「はい、二人とも、怪我はしないように、あと、ベッドを壊したり、水浸しもダメですよ?」
「わかってるよ」
さて、これで俺は自分で魔術書を開いて、自力で読めるぜー。
しかも、家の中を移動可能になった。
お外にだって出られる。
夢が広がるってもんだ。
だが、俺がそれよりも嬉しかったのは、エリオットという心強い戦友を得たことだ。
正直、俺はエリオットを見下していた。
この世界においては創造神の加護を得ている俺に比べるとエリオットの将来性はどうしたって劣るから。
もちろん、それは確率であって、エリオットが大成しないと決まったわけじゃあない。
しかも彼は地球での俺よりもずっと才能にあふれているというのに。
ただのモブキャラ程度にしか思っていなかった。
それでもエリオットは俺の手助けをしてくれた。
彼は「仲良くしなさい」という母親のサラの教えを守っただけかもしれない。
それでも良かった。
俺を助けてくれる人間には、将来、俺がアビリティを開花させて大金持ちになったときに、いくらか金を与えて借りを返してやるとしよう。
いや、そうだな、返すのは金じゃない。
エリオットが困っていたら、俺が今度は助けてやろう。
それが本当の戦友ってヤツだろ?