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第五話  この夏この海に古河原美麗あり!

「んん~っ! 着いた~!」

 肩も出てる黄色いワンピースに麦わら帽子装備の紗羽姉ちゃんが真っ先に車から降りてめっちゃ伸びしてる。俺より身長高いから大迫力。

「兄ちゃんクーラーボックス頼んだ!」

「任せろっ」

 青と水色が混じった丸首半そで装備一真と一緒に車を降りた。

(やってまいりました、海!)

 この匂いこの音このにぎわい! やっぱ海ってのはいいもんだぜー!

作次郎さくじろう、テーブルは僕たちが持とう」

「任せろい!」

「私はパラソル持つわっ」

 美麗の父さんである古河原こがわら 誠吾せいごさんは襟の付いた長そでの茶色いシャツ装備、俺の父さんである湖原こはら 作次郎さくじろうは丸首半そでオレンジ色シャツ装備、俺の母さんである湖原こはら 波子なみこは灰色の半そでブラウス装備。そんな三人が車を降りた。さすが美麗パパの車、八人乗りは伊達じゃないぜっ。

弓子ゆみこはここの留守番を頼めるかい?」

「ええ」

 美麗の母さんである古河原こがわら 弓子ゆみこさんは紫色の長そでブラウス装備。車でお留守番の模様。

「美麗はついてきてテーブルの留守番を頼むよ」

「わかったわ」

 そして美麗も車を降りてきた。今日はピンクに花柄が入った半そでワンピースだ。紗羽姉ちゃんより少し小さい麦わら帽子も装備。

「おじさん張り切ってんな」

「そうね」

 海効果なのか美麗はちょっと笑ってる。

「兄ちゃん行くぞ!」

「おぅっ」

 拠点設置兼物資輸送隊である男子勢は太陽の光を浴びながら砂交じりの大地を踏みしめた。


「じゃじゃーん! どう雪くん、似合う?」

 俺が水色水着装備になって更衣室の前で待機していたら、黄色い水着に麦わら帽子装備の紗羽姉ちゃんが現れたっ。前はつながってるけど背中は開いているデザインらしい。美麗よりは少し短い髪だけど、それは上げてくくられている。泳ぐ気まんまんである。

「紗羽姉ちゃんらしくて似合ってる!」

「ほんと? ありがとー! 美麗はいつも反応薄いし一真はいつも『それより遊ぼうぜ!』だしで、そんなこと言ってくれるの雪くんだけだからうれしい~」

 あーうん、その光景すっげー浮かぶわ。

「紗羽姉行こうぜ! さっき紗羽姉がサービスエリアで買ってたせんべい食べてー!」

「はいはい。じゃあ雪くん美麗のことお願いね」

「あいあいさ」

 黄緑色水着装備一真が紗羽姉ちゃんと拠点へ向かったようだ。ということで俺は引き続き待機。

 紗羽姉ちゃんも一真もはっちゃけてるけど、連れてってもらったパーティの席での本気な立ち振る舞いはやっぱ別世界の人間なんだと思い知らされたなぁ。美麗の本気度? 言わずもがな。

 ここは毎年湖原家古河原家合同で来ている海水浴場。車で一時間以上かかるが、人は多すぎず少なすぎずでも海の家もなかなかのにぎわいを見せているいいところ。焼きとうもろこしのにおい反則。

 今日はとてもいい天気で絶好の海水浴日和! 美麗ママもにっこり。まぁおばさんいつもにっこりしてるけど。

 なんでこう、しょうゆが焦げたにおいってあんな反則級の強さ持ってんだろう。にしても美麗は何を食べてても優雅になるんだが、優雅じゃなく食べるしかない食べ物って一体何があるんだろう。ラーメンですら優雅だしな。

(てかまさに焼きとうもろこしとか握って食べるしかないんだから、ワイルド美麗を見ることできるんじゃ!?)

 とかなんとか想像しながら待機していた。いろんな海水浴客が楽しげな表情で行き交っている。

「雪」

「お? おぅっ」

 夏ばっちりなのに雪と呼ばれて振り返ると、

(今年もこの季節がやってきたぜ……)

 白に花柄水着+麦わら帽子装備+花のゴム? で髪ひとつにくくって前に出している美麗が現れたっ。

(あーっと、さっきの紗羽姉ちゃんとのやり取りを思い返すとっ)

「美麗らしくて似合ってるぜ!」

 俺はこれでもかってくらい口をにかっとさせ、親指を立てて突き出した。

「ありがとう」

 うん、わかってた、その寸分狂いのない毎度おなじみのトーンで返ってくること。

「さっき紗羽姉ちゃんからハイトーンでうれしいと言われたのに、美麗ときたらいつものトーン……」

「お礼は言ったわ」

「せやな……」

「荷物を置いて泳ぎにいきましょう」

「せやな…………」

 やっぱり海効果なのか、表情は明るく見えてるけど。


「兄ちゃんいかだまで競争するぞ!」

「この俺に勝負を挑むとは。臨むところだ!」

 今年もこの対決の日がやってきたな。今日も体調は万全だ。今の俺の力なら……勝てる!

「位置について~」

(神経を研ぎ澄ませ……)

「よ~い」

(己の力の限界を超えよ……!)

「二人とも準備体操したー?」

「どがしゃんっ!」

 母さんそのタイミングはねぇっすよ……。


 俺たちは家族全員そろって学校オリジナルの体操をしっかりした。おばさんが大きく体を動かしてるシーンはレア。

 準備体操を終えた俺と一真は沖に浮かぶ飛び込みとかができるいかだに向かって競争が行われた。毎年恒例。これをしなきゃ夏が来たって感じがしないぜっ。

 砂浜ダッシュは俺がややリードしたが、海に入るとあっさり抜かれてしまい、今年も負けてしまった。毎年恒例ウッウッ。

 たとえ相手は小学生っつってもスイミングスクールに通ってるやつなんかに勝てるかいなっ!! ったく勝ち誇った顔しやがってこんちきしょっ。

 ということでゆらゆら波に揺れる大きないかだの上で俺と一真は拠点方面を眺めてのんびりしていた。こっからだと超ちっちぇ。でもテーブル置いてあるしイスめっちゃ置いてあるしパラソルでかいからよくわかる。

 いかだには俺と一真以外にも男性一般ピーポーが三人乗っている。あ、こっちに向かって泳いできてるのは紗羽姉ちゃんかな? う~んやはり古河原家、優雅なクロールである。そういや三きょうだいのうち美麗だけがスイミング行ってないんだっけ。なんでだろ。

 優雅に鉄のはしごを上ってきて優雅に髪を整えているのはやっぱり紗羽姉ちゃんだった。一般ピーポー三人が注目している。俺も注目してることになるのか? 一真はいかだの板の透き間から海をのぞいている。見てるだけで酔いそう。

「お、お姉さんすいません! きれいなフォームでしたね!」

「そう? ありがとう」

(お~俺からしたら珍しいよそ行き紗羽姉ちゃんだ)

「水泳部っスか? オレ水泳部なんスよ!」

 深緑色と緑色が混ざった水着装備の一般ピーポーが紗羽姉ちゃんと立ってしゃべってる。

「私は水泳部じゃないわ」

(お~っと紗羽姉ちゃんが超本気モードだったらわたくし呼びになるから、まだこれは力を温存してるな? あれ、じゃあ美麗は常に全力全開?)

「えーあんなにきれいだったから水泳部かと思ったよー」

「な、よかったらオレたちとしゃべんない? なんかの縁だと思ってさ!」

 黒水着装備の別の一般ピーポーも立ち上がってしゃべり始めた。

「どうしようかしら……」

(なんでそこで俺ちら見してんだよ)

 んーと、俺が今取るべきジェスチャーは……。

(一真・たぶんまだ・いかだいる・俺・美麗んとこ・行く・任せろ)

 紗羽姉ちゃんはウィンクした。

「なーちょっとくらいいいじゃんかよー」

「そうね……わかったわ、お話しましょう」

「よっしゃ~!」

 紗羽姉ちゃんは一般ピーポー三人の輪に向かっていった。

 ん? 男三人に囲まれて大丈夫なのかって? あー大丈夫なんじゃないかな、合気道と居合道やってるから。ちなみに一真は空手。美麗は継続している武道はないんだけれども、護身術の講座を受けたことがあると言ってたな。そしてみんなから武道の話を聴くから知識は少し持っているとも言ってた。なんとも美麗らしい。

 俺? 三人が護ってくれるんならなんも習ってなくてもいいんじゃないかな……。

 ちなみにおじさんは昔少し剣道をやっていたらしく、おばさんは弓道を今でもやってる。いやみんなやってるやってるって聞いてるけど、実際の場面はまだ見たことないんじゃないかな。そういや紗羽姉ちゃんから、母方のおばあちゃんは太極拳をやってるって聞いたなあ。なんか響きかっこいいよな、太極拳。

 あ、おじさんと俺の父さんは剣道仲間でもある。本人によると半年に一回くらい剣道で遊んでるらしい。遊ぶって言っちゃってるよおい。

 なおこの武道話で盛り上がったときの母さんの決まり文句が『バトン回しなら負けないわよ!』……チアリーディング経験者であった。

 念には念を……俺は紗羽姉ちゃんに力こぶを見せるジェスチャーをした。

 お、おぅ、非常に力強い力こぶを一瞬見せて、一般ピーポーたちの輪に入っていった。

「一真、俺一足先に帰って美麗見てくるから、いかだに来た紗羽姉ちゃんと一緒に帰ってくるんだぞ」

「おっけー」

(よくそんだけ見てて酔わねぇなおい)

 うし、飛び込みっ! ぐぇ腹痛ぇ。


 ぜあーぜあー、無事帰ってきたぜー。美麗はどこだーってなんだ拠点にいるのか。

 今拠点には母さん、おばさん、美麗がいるのが見える。父親’sはどこいったんだ。

 そして無事帰還。

「おかえりー」

「たらいま」

 ここででかい水筒を取って、フタ兼コップにお茶注いで水分補給。補給は大事なり。

「食べる?」

 美麗からお勧めされたのは……金平糖かーい。袋に入ってる。行きのサービスエリアで買った物かな?

「食べるー」

 すると美麗が手でつかんで金平糖を差し出してきた。もちろん受け取る。ちょっと手が触れた。

「あーん」

 六粒くらいあったのを全部口の中に放り込んだ。甘っ。美麗はこっちを見ている。

「一度に全部食べるとは思っていなかったわ」

「んむ? そゆことちゃかったんかっ」

 甘。ごっくん。

「美麗も海行くか?」

「ええ」

 美麗は立ち上がった。ビーチサンダルも脱いだ。

「浮き輪浮き輪~っと」

 今年も登場南国感満載の透明に超カラフルな絵柄の浮き輪。今はぺたんこ。

「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」

 俺たちはいつもの登下校と同じように、でも全然違う場所で横に並んで歩き出した。


「空気入れ借りまーす」

「あいよぉーう!」

 浮き輪とかパラソルとかの貸し出しをしてるこれまた南国感満載ヤシの木満載の赤シャツ着たおっちゃんから空気入れの銃を借りたっ。かっちょい~。

 俺は先端の穴を浮き輪の穴に挿し込み~ズブシュー。

 あっちゅーまに浮き輪の出来上がり。

「あざーっしたー」

 いざ美麗と海へ!


 波打ち際までやってきた俺と美麗。

「そんなに冷たくないわね」

「地獄のシャワーもないしな」

 プールと違って海のいいとこは地獄のシャワーがないとこだよなー。ぇ、入る前と入った後の地獄のシャワーって言い方は万国共通だよな!? なっ!?

「じゃ早速」

 俺は持っていた浮き輪を美麗の頭の上から通した。俺のなすがままされるがままの超絶珍しい美麗の姿。

 美麗は両手を浮き輪に掛けた。ちなみに別に美麗は泳げないわけではない。水が苦手とも聞いたことはない。

 海へちゃぷちゃぷー。浮き輪美麗もぷかぷか浮き始めた。俺はまだ少し足がつく。

「楽しいかー?」

「まだ入ったばかりよ」

 浮き輪があってもなくても美麗は美麗だった。

「でも楽しいわ」

「えがったー」

 いかがを見ると、まだ一真と紗羽姉ちゃんはいるようだな。たぶんあの大の字になってんのが一真だよな?

「そういや紗羽姉ちゃんや一真はスイミングやってんのに、美麗もやるってならなかったのか?」

「他の習い事をすることになって、時間が合わないからスイミングはしないことにしたの。でも一年間通ったわ」

「ぇまじ!? それ初耳なんスけどぉ!?」

「言っていなかったかしら。幼稚園のときの話よ」

「まじかよぉ」

 ここに来てまさかの初情報。

「じゃあのいかだまで余裕?」

「わからないけど、やめておくわ」

 さすが美麗、堅実である。

「雪はまた行きたいのかしら」

「一真にまた競争誘われたらな……」

 もう一度言うが、俺スイミング経験ありませんから! 学校の水泳の授業と保健体育の知識でほとんどですから!

「今は平和な時間を過ごすことにしよう……かーらーのー、ていっ」

 先手必勝! 俺は右手の指をはじき美麗へ水属性の攻撃! 美麗が目をつぶった!! レアシーン!! そして美麗はちょっと笑っている!

 美麗の反撃! 優雅な左手の動きからすくわれた水が俺に目掛けて飛んできた! 顔に当たり思わず目をつぶってしまった! さすがの命中精度!

 目の辺りをぬぐい美麗を見た! ちょっと笑っている!

 俺のターンだ! 俺は右手と左手を右側に構え、そして

「くらえーっ!」

 勢いよく水の波動砲を放った! 大量の水が美麗へ襲いかかる! 美麗は思わず腕で顔を防ぐような防御体勢を取った!

「あっ」

 だが美麗はめちゃんこ水まみれになった!

「少しは加減をしなさ」

「うらうらうらぁーーー!!」

 ここで間髪入れず俺のラーーーッシュ!!

 激しい腕の動きから繰り出される水属性攻撃の嵐!

「あ、こらっ、雪っ」

 どっばどば美麗に降り注がれる!

「やめなさ、こらっ」

「すぉぉぉーーー!!」

 最後に特大水波動砲をお見舞いしてフィニーッシュ! 美麗の腕と手は今日も美しかった!

「……もう、こらっ……」

(美麗すんげー笑ってる!!)

 目元も口元もこんなに笑う美麗が見られるから、海ってすげーいいとこだよなっ。

(ちきしょーいい表情しやがって!!)

 学校でもそんくらい笑ってくれても、ねぇ?

(めっちゃ俺の攻撃受けたってのにそんないい表情でこっち見やがってーっ!!)

 この堂々たる立ち居振る舞いこそが美麗が美麗たる所以ゆえんといったところだろうか……。

(はっ! いかんいかん! 反撃が来るかもしれぬ! ここは防御体勢を取って様子見を……!)

 俺は顔の近くに手を出し構えを取った。

「フンッ」

 美麗の出方をうかがっていたが、美麗はそのまま接近してきた!

(近接戦闘に持ち込むつもりか!)

 そして美麗は両手を伸ばし、

(ぇ、ぬお!?)

 俺の両手首をつかみ、浮き輪に優しく押さえつけてきた。

「これで水をかけられずに済むわ」

 ぬれた美麗のしとしと手なので、力を込めればすぐ引っこ抜けると思うんだが、なぜかそんな気にはなれず、手の位置はそこから動かせなかった。

(これが巷でよく聞く柔よく剛を制すとかいうあれか!?)

 そうだとするとこの美麗の笑顔も一転怖く見えてくる。

(こんなほっそい指に一体どんな力が備わっているというのだ……!)

「雪はわたくしたち以外にも、だれかと海に行くことはあるのかしら」

 美麗から話題を振ってきたぞっ。

「ないなー。毎度毎度このメンバーだ」

「プールは?」

「去年平太と靖斗の三人で行ったけど、それ自体珍しいから普段はないなー」

「そう」

 話題を振ってきても声のトーンは同じ。いやまぁ話題振るとトーン変わるってのはそれはそれであれだが。

「ああ靖斗といえば、美麗は夏休み靖斗と遊ぶんなら、海とかプールとか行くんか?」

「今のところは誘われていないわ」

「じゃ誘われたら行く感じ?」

「その時に考えるわ」

 ほほぅ~。

「なぁ美麗」

「なに?」

 雫が太陽できらきらしている美麗。

「さっきみたいな顔、靖斗にしてやったら、喜ぶんじゃー……ないかなー?」

「どういう顔かしら」

「俺の超弩級水属性波動砲をくらってるときの顔」

 おおっ、美麗の視線が俺から外れた!

「だれかに見せるためにしたわけではないわ」

「もっとしていいんだぞこのこのー」

 本当だったらひじでうりうりしたいところだが、俺の腕は美麗によって封印されている。

「意識してできるものでもないわ」

「なんなら登下校の間ずっとあの顔でも」

「疲れるわ」

「ドシュゥ」

 美麗の華麗なる一撃が突き刺さった。

「雪は今足がついているのかしら」

「ぎりぎり」

「そう……」

「お? おぉぉぅっ」

 美麗が俺の手首をつかんだまま、少し沖にうんしょうんしょしてる。あー俺の足つかなくなった。

「い、言っとくけど俺古河原きょうだいみたいにスイミング習ってるわけじゃないからなっ」

「ならしっかりつかむといいわ」

「え、あ、うぉいっ」

 俺の右手首が浮き輪の内側へ誘導された。

(え、えとあのそのっ)

 接触事故を起こすわけにはいかない。なんとしてでも。しかし美麗様の命令は絶対……でも接触事故を起こすわけにはいかない。

「雪」

「な、なんだよっ」

 こっちはドライビングテクニックに大変だというのにっ。

「最後の大会、終わったわね」

「あ、ああ」

 昨日の土曜日は吹奏楽の大会であるコンクール。俺たちの学校は予選みたいなやつで負けたので、次の大会には進めなかった。まぁ上位二校しか行けないから行けるだけでも相当すごいことなんだが。

「結局、全部初戦で負けたな」

「そうね」

 浮き輪でぷかぷか。うんうん美麗の表情がベーシックタイプだ。

「いやー俺気合入れたつもりだったんだけどなー。結構バチッ! とリズム合った気がするんだけどなー。パーカッションだけにバチッとさ。バチッと」

 美麗のために三回もぶち込んだぞ。バチっと。

「雪はよく頑張っていたわ」

「うん、わかってた。美麗が普通の返しをしてくることくらい。『せやせや太鼓だけにバチっとな。ってうまいことゆーたつもりかっ!』っていうノリツッコミなんてしてくれないこと、わかってた」

 そしてこの追い打ちをかけても表情を変えないこともわかってた。

「パートが別の子にもリズムを教えていて、後輩もちゃんとコンクールに間に合うように育てていて、立派だったわ」

「み、美麗から立派とか言われる日が来るとはっ」

 いやぁ~生きてるといいこともあるもんだなぁ~。

「思ったことを言っただけよ」

「あざす」

 これで文化祭で超ミスやらかしたらウケる。

「美麗だって優雅にフルート吹いてたぞ」

 って口から出た後にこれは褒めているのかなんなのかと思ったが、もう言葉にしちゃったものはしょうがない。

「そんなに姿勢がよかったのかしら」

「あ、うん、姿勢よかったねうんうん、後ろから見てたしねうんうん」

 美麗にとって優雅=姿勢がいいという程度の認識なのかっ! ちなみにパーカッションパートはいっちゃん後ろに位置するので、みんなの姿が丸見え。演奏中の美麗の姿もばっちり。はいすいません指揮ちゃんと見ます。

「……雪は頑張ったわ」

「わ、わあたわあた」

 そんなやんわりにこっとしながら言われると、てれちゃいますねぇ。

(近いし)

 手つかまれてるしっ。

「いつも登下校についてきてくれているし、おしゃべりで楽しませてくれているし、たまにある要望にもあまり応えられていないから……この辺りで雪にごほうびをあげないといけないわね」

「お? ごほうび? 古河原家の埋蔵金?」

「そのような話は聞いたことがないわ。だれが言っていたの?」

「すまん、ただの冗談なんでスルーして続けてください」

「そう」

 美麗にウケるギャグってなんだろう。いろいろやってみてるはずなんだが、さっきの波動砲を越えるほどウケたギャグってないんじゃないかな。てか波動砲はギャグじゃなくただの攻撃だし。

「……どんなごほうびがいいのかしら」

「いや俺に聞かれても」

「そうね」

 埋蔵金よりはウケてるな。

 引き続き俺を見ているが、きっと頭の中ではスーパー美麗コンピューターが演算処理しまくってるに違いないっ。

「……決めたわ」

「お! なんだなんだ、どんなごほうびっ?」

 わくわくどきどき。

「なんでも言う事をひとつ、聞いてあげるわ」

 美麗から出てきた言葉はそういったものだった。

「言う事をひとつ聞いてくれる? なんでも?」

「ええ」

 そういうことらしい。

「世界征服しようぜって言っても?」

「本気というなら従うわ」

「すんません今のはノーカンで」

 あかんあかん美麗の力があればほんとに世界征服も夢じゃないかもしれないからな……。

「いつもは要望を断ったり、学校以外は時間が合わないことも多いけど、これに関しては雪の願いにしっかりと応えるつもりよ」

「ね、願いってか……べ、別に無理しなくても~?」

「雪は気にしなくていいわ。わたくしがしたいからしてあげているだけよ」

 ん~まぁ今までの美麗からして、ほんとにある程度のお願いを聞いてくれるだろうな。

「ぬ~うぅ~。ほんとになんでもいいのか?」

「ええ。あまりに難しいものや時間がかかるものでも、できる限り力になるわ」

 えー。昔は流れ星見た瞬間『おかねもちになりたいおかねもちになりたいおかねもちになりたい』で固定だったんだが……。

「ほんっとにいいのか? なんでも?」

「さっきからそう言っているわ」

 美麗がちょこっとにこっとしながらこっちを見ている。

(ん~ぐぉぉ~。なんだなんだ何を願ったらいいんだっ)

「言う事を百個に増やしてくださいとかは?」

「雪は物事に対して真摯に向き合う男の子だと思っていたのだけれど」

「今のもノーカンで」

 そーなんだよなー……いっつも美麗は俺の一歩上にいてる感じなんだよなー。一歩下に下がってくださいとか? いやいや別に今の能力差に不満ってわけじゃないしなぁ。

 なんかへんてこりんのしか浮かばないぞ俺の頭ぁ~。ワイルドに物食べろとか踊れとかかっちょいいポーズしろとかドヤ顔してとかとかぬあぁあぁ。

「難しいかしら」

「そりゃたったひとつなんだから迷うに決まってるっしょー」

「そんなにたくさんあるの?」

「あいや、たくさんあるっていうか、へんてこりんなのばっか浮かんでくるっていうか」

「このお願い事が終わったからといって、他のことはなにも聞かないということはないわ。普段からわたくしにしてほしいことがあったら、遠慮なく言いなさい」

「そ、それは普段からそれなりに言えてるたぁー思うがー……にしてもこれはほんとへんてこりんなのばっかだし」

「例えばどのようなことかしら」

「例えばー……焼きとうもろこしワイルドにがっついて食べろとか、優雅に踊れとか、超かっちょいいポーズしろとか、めちゃんこドヤ顔してとか……」

 やめろぉ! そこで表情変えずに無言で俺を見続けるのやめろぉぉぉ!!

「た、例えで出しただけだからな! ここもノーカンだぞノーカン!」

「雪は普段、わたくしを見ながらそのようなことを考えていたの?」

「ん、ぬ、ぬぬぬ、全否定できない自分が悔しい」

 頼むから表情くらい変えてくれぇ~!

「できることなら普段からしてあげるから、遠慮なく言ってくれて構わないわ」

「ぇ、てことは超かっちょいいポーズやってくれんの?」

 俺は美麗を見た。美麗は俺を見ている。

「……どうしても他にしてくれる人が見つからないというときは、考えてあげるわ」

「美麗様のきれいな心を踏みにじった俺があほでしたすんません」

 で結局美麗笑うんだもんなー。

「すぐにお願い事が出てこないなら、今度でもいいわ」

「じゃーそーすっか。浮かんだら言うぜ」

「ええ」

 美麗になんでも命令できゲフゴホお願いできる権利、かぁ。

 今までのやり取りで充分満足しているつもりだし、普段から話を聞いてくれるし……改まってお願いすることとかって、なんかあっかなぁ……。

(美麗にお願い美麗にお願い……んむむ……)

「……ふふっ」

「おいなんでそこで美麗笑うんスかねぇ!?」

 波動砲まではいかずとも、声を出して笑うこと自体充分レアケースだっ!

「そんなに真剣に考えてくれなくても、もっと気を楽にして考えてくれていいわ」

「なぁーに言ってんだ! あの美麗になんでも命令できゲフゴホお願いできる権利だぞ! こんなあまりに貴重すぎるアイテム考えねぇわけねーじゃねぇか!」

 言ってやったぞプンスコッ。

「それだけ真剣に考えてくれてうれしいわ。決まったら教えるのよ」

「おぅおぅ」

 こんなに美麗と近くで長く見合ってたのって、一体いつぶりかな。


 俺たちは結構ぷかぷかしてから拠点に戻った。程なくして紗羽姉ちゃんと一真も帰ってきた。父親’sは俺たちが帰るときにはすでに戻っていたので、全員そろった。

 お昼もいい時間だったので、母さんが古河原家に交じって作ってきたお弁当を食べることに。俺と一真めっちゃ食べた。

 お昼ごはんを食べ終わると、美麗はお散歩するーということだったので、俺がついていくことにした。美麗は散歩用に上から着るシャツも持ってきてたのかよ。白に青の縦線ボーダーのやつ。


「にぎやかね」

「そりゃ夏ですから」

 お昼時ということでごはんを食べに海の家に寄ってる人がたくさんいる。あ~いいにおい。

「手をつないでいる人も多いのね」

「あー、そうか?」

 まぁいないこともないけど。

「昔は手をつないで歩いたわね」

「……そだっけ?」

「覚えていないのかしら」

「……今日もいい天気だな」

 さ、気を取り直して見物見物~!

(ほほーいろんなアイテムが売ってるな)

 シュノーケルや浮き輪や折り畳みのイスとかを売ってるお店もある。なんだあの空気で膨らますシャチのやつ。またがるってことかな。

 ちょっと歩けば旅館とかもあるし、コテージみたいなのもある。

 そういえばこれだけ毎年夏に古河原家と海に来ているが、泊まりで旅行ってまだしたことないな。

「なぁ美麗、俺たちって泊まりがけの旅行ってしたことないよな」

「そうね」

 ちょっとは思い返す動作とかしようぜ。なんでそんなすぐ全部の年思い出せんだこんにゃろっ。

「美麗ん家は泊まりがけの旅行とかしてんのか?」

「お盆の時期に父方と母方両方の実家へ行っているわ」

「あぁそうだったっけ」

 こういう海とかを想像してたからすっぽり抜けていたぜっ。

「雪からはあまり旅行の話は聞かないけれど、行っているのかしら」

「いや、ほとんど行かねーなぁ。じいちゃんばあちゃん家も遠いし」

「そう」

「だから美麗と泊まりがけの旅行するのも楽しそうだなー、とそこらじゅうにある泊まれるとこ見て思った」

 美麗とまくら投げ? 美麗と卓球? 美麗とフルーツ牛乳ならすでに学校で。ぉうそうだ美麗と卓球したことないな。

「楽しそうね」

 美麗から前向きなお言葉をいただきました。

「小学校の宿泊学習でまくら投げとかした?」

「していないわ」

「あそ」

 まぁ一部屋四人の二段ベッド部屋とかだったしな。

「つき指しそうね」

「痛ぇこと想像させんなよっ」

 美麗余裕の笑み。

「雪はわたくしと旅行へ行きたいのかしら」

「ん~そう言われるとまだぱっと想像できんけどさー。でも美麗と行けたら楽しいだろうなー。もうめちゃんこ美麗と遊び倒したい。いつか行くか?」

 果たして父さんと母さんは行けるのだろうかっ?

「……わかったわ。いつか行きましょう」

「おぅっ」

 いつもより反応が遅かった? まぁ古河原家は人数多いからスケジュール確保も大変だろうしうんうん。


 充分散歩した俺たちは、ちょっと離れたところにある小さな休憩所へやってきた。人が四人くらいしか入れないような小屋だけど、それがいくつかこの海水浴場にあって、特にこの小屋は端っこのわかりにくいところにあるため空いてることが多い。わかるかねこの秘密基地感ある漢のロマン!!

「じゃますんでー」

「じゃまをするなら帰りなさい」

「あいよーってなんでやねん!」

 さすが美麗、どこでもやってくれる。てことで俺は入ると美麗も入ってきた。ドアはなく、イスというかベンチというかに並んで座る。今日は俺が右だ。

 ガラスはないけど窓から海が眺められる。

「今日も楽しかったなー」

「ええ」

 いつも夕方になる前に帰るから、たぶんそろそろ帰る準備をし始めるかもしれない。

「また来年な」

「ええ」

 実はAって言ってたりして。ないな。

「来年は高校ね。時間合うかしら」

「ん~」

 高校かー。美麗と違う高校に行ったらそうなってくるのか?

「美麗はやっぱすっげー頭いい高校とか行くつもりか?」

「特にそこまでは考えていないわ」

「お? そんなもんなのか? てっきりバリバリのエリートなとこ行くかと」

「お父さんやお母さんから行く高校を決められているわけではないから、好きに決めていいんじゃないかしら」

「そうなのか? 紗羽姉ちゃんのとことかは?」

「そこでもいいけれど、まだ考えているわ」

「ふーん」

 俺なんも考えてないや。

「高校違ったら、もう登下校一緒じゃなく別の友達とかになんのかな」

 完全単独行動デビューという可能性はあるのだろうか? いやぁあのおじさんだしなぁ……。

「その時になってみないとわからないわ」

 小さな小屋の中、美麗の声がよく聞こえる。

「今まで一緒だったやつらともばらばらになるんだよなー」

 幼稚園・小学校と一緒だったやつらは中学校でも一緒だけど、高校になるとそれぞればらばらのとこになるんだよな。

「雪と離れるのは、少し……」

 ……ん? 俺は美麗を見た。

「……退屈になりそうね」

「い、いや俺以外にも友達いっぱいいるだろ。てか家隣なのは変わらねーし。美麗泊まり込みの遠いところ行くつもりなのか?」

「泊まり込みについてはお父さんが許してくれるかわからないわ。強く頼めば許してくれるかもしれないけど」

「なんならついでに俺も頼み込んでやるっ」

 しょっぺぇ援護射撃だけど。

「雪が近くに住んでくれるなら、許してくれそうね」

「ぇ、そっちのパターン!?」

 やべ、まさかの俺も一人暮らしパターン?

「雪は行きたい高校って決まっているのかしら」

「ぜんっぜん」

「そう」

 きっぱり。

「雪はわたくしと違う高校でもいいのかしら」

 むむ~、つまりー、中学校まで続けてきた登下校職務を放棄するような軟弱者めがっていう目を向けられてもオッケーかってこと? んなまさか。

「そりゃ中学校まで同じ学校記録続いてんだから、高校も同じ学校記録が続いたら楽しそうだけどさ。ついでに一緒に登下校記録も」

 幼稚園からずっとだぞおい。俺の人生美麗づくし。

「雪にもやりたいことがあると思うから、好きな道を選ぶといいわ」

 俺の道ねぇ~。

「今のところは別に決まって進みたい道みたいなんがあるってわけでもなく……でも美麗がいない登下校の高校ってどんななんだろうな」

(朝ドア開けても美麗がいない、か)

「慣れるまで時間がかかりそうね」

「あの美麗様が、時間がかかる……だと!?」

 美麗はちょこっと笑ってる。

「雪がわたくしに合わせるかどうかでなくても、わたくしが雪に合わせてもいいわ」

「つまり、俺の行きたい高校と同じとこに行くってこと?」

「ええ」

「古河原家のお嬢様が何をおっしゃっていますかっ」

 こんな一般ピーポーの俺に合わせるなんて~。

(んっ!?)

 俺がイスにつけていた左手に美麗がそっと両手を乗せてきたっ!

(なんだなんだっ?)

 しかし美麗はこっちをずっと見てきたまま。

(なななんだなんだっ?!)

 わからんっ、これはわからないぞっ! 一体これは何を意味してるんだ!?

(ヒントなしかーいっ)

 なんもしゃべってくれねぇ。

「そ、そろそろ拠点戻るかー」

「ええ」

 俺がそう言うと、美麗は俺の手から離れて立ち上がり小屋を出た。俺も左手にあった感触が抜けないまま小屋を出た。


 俺たちが拠点に戻ると、やっぱりちょいちょい帰る準備が始まっていたので、俺たちもお方付けを手伝った。

 お方付けしている間、美麗の姿が視界に入るたびに、さっきの左手や、海のぷかぷかのときの手の感触を思い出してしまっていた。

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