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第三話  一学期が終わり燃える夏休みへ

 今日終業式が行われ、一学期が終わった。明日もあさっても休みだうわぁーい! でも月曜日から早速大会に向けた練習だわーい……。

 今日も練習はなく午前中だけで帰るので、俺は相も変わらず美麗と帰……るかと思いきや、またそれっぽい呼び出しを受けたらしく、再び校門で待つことに。

 校門で待ってて下校していく学生たちから超視線浴びまくったが、勝手に帰ると怒られるだろうなので耐えて待つことに。てか美麗が怒らなくてもおじさんたちからなんか言われんのだろうかっ。いやいやそんな悪い人じゃないんだけどさ。て俺なに勝手に焦ってんだ。


「終わったわ」

「うーし帰るかー」

 いつも右にポジショニングする美麗。

「……で? 今日の呼び出しの内容は?」

 いつもの表情の美麗。

「夏休みに入るからお付き合いをしてほしいと言われたわ」

 俺は大きく息を吐いた。

「返事は?」

「お付き合いはできないと答えたわ」

「今回のやつも気が向かなかったと」

「そうね」

 んーむ。そんなにこの学校には美麗とお付き合いしたいです男子がはびこってるのか。

「ちなみにそいつはよさげなやつだった?」

「悪くはなさそうだけど、趣味が合わなさそうだとは思ったわ」

「ふーん」

 美麗の趣味は音楽・絵を描くくらいしか知らないな。習い事情報ばっかのイメージ。

「今さらながら美麗の趣味は?」

 俺は手でマイクを作ってインタビューした。

「音楽か、絵を描くことくらいかしら」

「頭の中に浮かんだ答えと寸分狂わなかったぞ」

「最近香月ちゃんと愛玖ちゃんとカラオケに行ったわ。あれは楽しかったわね」

「ほー? 美麗歌も得意なのか。でもどんなん歌うんだ?」

「得意というほどでもないけど。音楽の教科書に載っているものなら歌えるわ」

 俺の手のマイクは定位置で待機していた。

「美麗?」

「なに?」

「香月や愛玖は、どんなの歌ってた?」

「よくわからない歌ばかりだったわ」

「……だろうな……」

 たぶんドラマ・映画・アニメ・もちろん普通に発表された曲とかを歌ったんだろうな……。

「確認だけどさ、美麗」

「なに?」

「テレビ、観てる?」

「観ないわ。お父さんの部屋にしかないもの。めったにないけど、よほどのニュースがあるときに家族でお父さんの部屋に集まって観ることならあるわ」

 ……すごいぞ、美麗。うん。

「テレビにご興味は?」

「ないわ」

 なんということだ……。

「巷ではテレビを観ないと世間の話題についていけないなんてご意見もありますが、美麗さんはそのことについてどう思われますか」

 マイク活躍中。

「知らないわ。新聞なら読んでいるわ」

「それ、テレビ欄のない新聞だっけ。おじさんとおばさんが読んでるっていう」

「ええ。テレビ欄って、何時にどのような内容のお話を放送するのかといったことが載っている時間割のようなものよね」

「せ、せやな。ラジオは?」

「車での移動中でごくたまに聴くわ」

「お! ラジオでもいろんなアーティストたちの新曲とかが飛び交ってるだろ!?」

「流れているのは外国語の番組や音楽会の番組、それに高速道路の状況を知らせる放送などよ」

 俺は右手こそマイクを作ってるが、左手の親指と人差し指でみけんの辺りを軽くあてがった。

「……なぁ美麗ー。人生楽しい?」

「ええ」

「特にどの辺りが楽しいっスか」

「こうして雪と登下校しているのも充分楽しいわ」

 まっっったく表情変わらずそう言われた。

「あ、あざす」

 腕疲れてきたのでマイク終了。

「美麗。ひまになったら俺誘ってくれ。もうちょっと楽しいことしよう」

 こんな行き帰りだけで充分楽しいとか……うれしいにはうれしいが、どこか端っこにさみしさが見え隠れしているような気がするぞっ。

「……そうね……」

 なんだその笑みは。何を企んでやがるっ。

「それじゃあ雪」

「な、なんだ」

「早速今日、わたくしのお部屋で遊ぶのは、どうかしら」

「はっいぇ!」

 なんという超速。

「なにか用事があるのかしら」

「ね、ねぇけどさ……」

 ないけど、いくらこんだけ一緒に十年以上わいわいしてきたっつっても、同級生女子には変わりないわけで……さ?

「都合が悪ければまた今度でもいいわ」

「ぅああいやいや都合まったく悪くありません行きます行かさせていただきます」

「お昼ごはんを食べたらわたくしの家へ来て」

「へい」

 美麗様の命令は絶対である。

「宿題も持ってきて」

 俺はその美麗の言葉を音から文字へ変換する速度においてタイムラグが発生していた。

「……美麗?」

「なにかしら」

「夏休みたっぷりあるどころか、今日終業式だったんスけど……もう宿題するんスか?」

「わたくしは雪と一緒なら楽しめると思ってそう言ったのだけれど、雪がやりたくないのならそれでも構わないわ」

「数学持っていかさせていただきます美麗様」

「ええ。待っているわ」

 美麗様のご命令は絶対なのである。


 俺は自分の家に帰ると即白Tシャツ黒綿パンに着替えて母さんと一緒に昼ごはんを食べた。

 美麗の家に行くことを告げると、学生の敵夏休みの宿題数学編や筆記用具をいつも使ってる水色のリュックにぶち込み、湖原家を飛び出した。

 ということはもう古河原家に着くわけだが、何度見ても立派なおうちである。いろんな人を招くことがあるらしく、変わった車が止まっていたりたくさんの人が出入りしたりしてるのを見かけることもある。今日は静か。てか駐車場に一台も止まってないからおじさんもおばさんもいないのか。

 とにかくインターホンを押す。ピンポーンじゃなくキィーンコォーンという音がする。ホームセンターでも売ってるんだろうか。

「はい」

「俺だ俺俺、俺だよ俺」

「開けるわ」

 プツっと切れた音声。しばらく紺色の立派な門扉のところで待っていると、これまた立派な玄関のドアが開いて、白色に黄色の横線が入った半そでワンピース装備の美麗が髪をたなびかせながらやってきて、門扉を開けてくれた。一言でまとめると、実にさわやか。

「入って」

「うぃ」

 俺が古河原家の敷地に入ると美麗は門扉を閉める。うーん扉閉める姿さえも優雅。

「なぁ美麗」

「なに?」

「さわやかですね」

「なんのことかしら」

「美麗のことです」

 美麗は黙ったままこっちを見てきた。

「そうかしら」

「そうです」

 特にこれといった情報は得られませんでした。

 この門扉と玄関までの間には芝生が敷いてあり、テーブルとイスとパラソルを出してちょっとしたパーティみたいなのも行われることがある。

 てことで美麗の後ろをついていくと、やってきました立派な扉。これも美麗が開けてくれて、俺は古河原家の中に入った。

「じゃますんでぇ~」

「じゃまをするなら帰りなさい」

「あいよ~ってなんでやねん!」

 非常に貴重な美麗のギャグシーン。たぶん学校のだれも美麗のこんなセリフを知らないと思う。

 俺が小学生のときに頼み込んでなんとかやってくれるようになった。本当なら『じゃますんなら帰ってぇ~』と口調を合わせてくれたら最高なんだが、それはやってくれない。ちぇ。

「おじゃましまーす」

「どうぞ」

 人を呼ぶことが多いからか横にも上にもでけぇ玄関をくぐる。装飾品とかがゴテゴテあるわけじゃないけど、ちっちゃい窓ひとつ見ても一般ピーポーの我が家とは造りが違うのがわかる。

 廊下もおっきぃしなぁ。ちなみにキッチンもでかいのでお料理会みたいなのも行われている。

 美麗がかっちょいい手すりに手を添えながら二階へ上がっていくので、俺もその後に続いて上がることに。

 右曲がりしてる階段を上がり、右の奥にある部屋が美麗の部屋だ。前に来たのは~……春休みのころバックギャモンしに来たついでに入ったときか。

 おじさんがでっけぇバックギャモンのボードを手に入れたとかで、そのボード初対戦相手になぜか俺が指名されたんだ。盛大に負けたけど。

 一応そこで美麗や他のきょうだいじゃなくなんで俺やねんと聞いてみたが、男同士の真剣勝負は燃えるからだとかなんとか言っていた。おいおい一真おるやんけと言ってみても、雪くんとの勝負は楽しいからねと言いながら笑っていた。

「車がなかったからおじさんおばさんはいないとして、一真や紗羽姉ちゃんは?」

「一真は出かけたんじゃないかしら。お姉ちゃんはまだ帰ってきていないと思うわ」

「ふーん」

 でかい家なのに静かなんだよなぁって思ってたら、今俺と美麗しかいないのか。

(その可能性を踏まえて俺呼んだとか?)

「え、じゃ美麗昼ごはん一人だったのか?」

「そうよ」

「んだよだったら俺ん家で一緒に食べりゃーよかったじゃねーかー」

「突然ごはんを食べに行くなんて悪いわ」

「人には『どれだけ一緒にいてることですことですわよ』とか言ってるくせにー」

「それはそうだけど」

 ほんのちょっぴり笑った美麗がドアノブに手を掛けて、開かれし美麗お部屋の扉。うっわ涼し! この世界にエアーコンディショナー作ってくれた人ありがとう!

 にしてもほら見なよあのカーテン、布団、カーペット、勉強机、タンスの角の装飾etc.

 いつ入っても緊張する部屋だが、

「俺たちは家族ぐるみでそんなよそよそしい関係なんかじゃねーんだから、ごはん一人だったら俺ん家来いよ。どうせなら俺と一緒に食べようぜ」

 ってしゃべることで緊張をごまかした。

「まぁ俺いなくても母さんと一緒に食べてもいいだろうけど」

 と付け加えながらリュックを背中から右肩に持ってきた。

「……わかったわ。今度からそうするわ」

 でけぇ勉強机にはすでにイスがふたつスタンバられている。ひとつは勉強机付属の木のイスっぽいが、もうひとつもひじ置き付きの充分ごつい木のイスだった。それぞれにおそろいの薄ピンクのクッションまで装備されている。

 その勉強机の上にもティーセットが配備されている。紅茶というチョイスが美麗の優雅さをよく表している。

「……で。もう宿題すんの?」

「ええ。いいかしら?」

「くっ……美麗様の命令は絶対……」

 俺はとぼとぼ歩きながら追加配備イスにリュックを置き、数学の宿題と筆記用具を召喚。そういやこの筆箱は家族ぐるみで美麗と一緒にショッピングセンターへ行ったときにおそろいで買ったやつだな。

 レインボーな柄の布地にチャック部分の周りが水色の。美麗のはそこがピンクので、やはり勉強机の上で臨戦体勢を整えていた。布でふにゃふにゃなのに箱?

 美麗も勉強イスに座った。俺はリュックを追加イスの左横に置いて、ふぅっと一息。

 そういや美麗とは毎日のように会ってるし、たまに席替えとか移動教室とかで隣の席になることはあるが、今日のは特に近くに感じるな。

 そして今日は学校じゃない上に古河原家にもだれもいないし、静かな環境で美麗の隣に座るっていうのも意外とありそうでないという。

(とかなんとか俺は思っちゃってるけど、美麗は平然としまくってるよなぁ)

 どんなことがあっても無表情とかそんなことはないんだが、おなか抱えてげらげら笑う美麗ってのは見たことないんじゃないかな。

 本人は楽しいとよく言葉にはしてくれるものの、なんちゅーかー……たまにはげらげら笑ってもいいような~……ねぇ?

「紅茶を用意したわ。飲む?」

「飲みます」

 ひっくり返されていた青や黄色とかで装飾されしカップが元に戻され、美麗のおててでティーポットからこぽこぽ。香る茶色い液体がふたつのカップへ注がれた。

「どうぞ」

「いただきます」

 俺はグルメではないので普通に飲むぞ。

「レモンとミルクもあるわ」

「遅ぇっ」

 もう飲んじまった。すぅ~っとする感じ。べらぼーに熱いわけじゃないけど充分ホット。美麗笑ってる。

「じゃレモンで」

 ちっちぇーミニチュアみたいなポットからレモン汁と思われる液体がとぽとぽ。ティースプーンで混ぜてくれるその姿ですらどこまでも美麗だった。

「はい」

 てことでもう一口。もっとすぅ~っとする感じになった。

 美麗も飲み始めた。きっと美麗もすぅ~っとしているはず。

 それにしても夏場にエアコン効いた部屋で飲むホットの紅茶……なんちゅー贅沢。

「美麗まだその筆箱使ってんだな」

「ええ」

 俺と美麗は美麗の筆箱に視線を向けた。

「雪も使っているのね」

「おぅ」

 紅茶を飲みながら筆箱トーク。

「美麗といろんなこと一緒にしてきたよなー」

「そうね」

 今日も美麗は美麗美麗している。

「これからも美麗といろんなこと一緒にしてくんだろうなー」

「そうだといいわね」

 こんだけずっと一緒にあれこれしてきたので、一緒にあれこれしないときがやってくるのは想像できない。

「うし……開戦するかっ」

「ええ」

 俺たちはカップを置いて、夏休みの宿題数学編への戦闘態勢へと移行した。


 問題自体は一学期に習った範囲の復習みたいな感じだが、応用問題が出てくるとTINPUNKANPUN。

 ちらっと美麗を見るもいつもの普通美麗。てことは授業やテスト受けてるときも普通美麗なのか。

 美麗の花柄鉛筆で書かれていく音が聞こえてくる。うーん俺は今美麗と一緒に宿題をしているのか。

 もちろんこんだけ一緒にいてりゃ初めてってわけじゃないが、一年に一回あるかどうかというレベルだ。昔はもうちょっと一緒にしてたかも。

 美麗のことなので、楽しいと返してくれるだろうと信じてはいるが、一応……。

「なぁ美麗?」

「なに?」

「俺と一緒に宿題すんの、楽しいか?」

「ええ」

 だと思った。

「ほんとに楽しいか?」

「楽しいわ」

 んぬー。

「た、楽しいんならさ、もっとこう、ぱーっと楽しい感じを全面アピールしていただいても! ほらほら! たのしぃ~って!」

 俺は両腕を上げてにかーっと笑った。

「雪はそういうわたくしを強く望んでいるのかしら?」

「いえ美麗は美麗のままで大丈夫です」

 美麗は口元だけちょっぴり笑って、宿題を続けている。

「はい、宿題やります」

 俺は再び戦線に復帰した。


(ふぃー、だいぶと進んだな)

 一気に半分越えたぞ。まぁ当然のように美麗は俺の先を行っているが。

「美麗ぃ~」

「なに?」

「俺やっぱり宿題なんてつまんねぇよぉ~美麗と遊びたいぃ~」

 美麗は鉛筆を置いて顔がこっちを向いた。

「休憩を挟んでもう少し一緒にしないかしら」

「みれいしゃまぁ~」

 この鬼~! 悪魔~!

「わたくしの話を聴いてくれるかしら」

「お? なんだ?」

 顔だけじゃなく体もこっち向けた。

「わたくしと……一応雪も。早く宿題を終わらせたいのには理由があるの」

「理由? な、なんだ?」

 美麗はポットを持って立ち上がった。でもまたこっちを向いた。

「今年は中学校最後の夏休みよね」

「ああ、そうだな」

 右手は持ち手のとこを握り、左手は底のところに添えられてある。

「……雪と遊びたいからよ」

 というセリフが聞こえたら、美麗は俺の後ろを通って反対側にやってきた。

「お湯を入れてくるわ」

 そして髪さらさらさせながらドアに向かい、部屋を出ていった。

(…………出撃するぞ!!)

 今の間に少しでも美麗に追いつくぞっ。


 ……勢いむなしく応用問題に苦戦する俺。くっ、所詮力の差というのは埋められぬものなのか……。

(ちらっ)

 美麗の字きれいだなー。と思ったら扉が開く音がしたので、振り返るとポットを持った美麗がこっちにやってきた。

 早速俺のカップに注がれて自分のカップにも注いだら、ポットを置いて美麗も座った。

「では早速」

 俺はグルメではないので遠慮なくいただくだけだぞ。おぉ、さっきとちょっと違う。甘い匂い? でもやっぱ飲むとすぅ~っとするような。まぁ普段紅茶ってそんなに飲まないからなぁ。嫌いじゃないんだけど。

「レモンとミルクもあるけど」

「遅ぇっ」

 いや今回は俺がせっかちだっただけですはいすんません。でも美麗ちょっと笑ってる。

「じゃミルクで」

「これまたミニチュアポットからミルクとぽとぽ。さっきの優雅さがまったく失われていないすてきなスプーンさばきで混ぜられた。

「はい」

「では改めて」

 う~んまろやか~。レモンよりミルク派かもしれない。でもレモンも捨てがたい。

 美麗も紅茶を飲み始めた。美麗給食の牛乳飲んでるときに横からギャグ言われて噴き出したこととかないんだろうな。俺? あるよ。

「なに?」

「いや別にっ」

 やべ、思い出し笑いで紅茶噴いたら美麗にぶしゃぁ~なってまう。

「……明日の午前中は、ひまなのかしら」

「ん? んぐっ。ひま? ぁ俺?」

「ええ」

 うん、別に。

「明日の午前中は、別にー。って美麗は明日靖斗と遊ぶんじゃなかったのか?」

「あれはお昼からよ。朝は空いているわ」

「そーゆーことか……ぇ俺?」

「明日の朝は国語をしようと思うのだけれど」

 俺はカップを口付近に位置取りながらも美麗をしばらく見た。

「……なぁ美麗……」

「なに?」

「本当に楽しいのか美麗ウッウッ」

「楽しいわ」

 ちょこっと笑いながら紅茶を飲む美麗。

「嫌かしら」

「喜んで明日の朝も連戦させていただきます美麗様ウッウッ」

「朝ごはんを食べたら来て。待っているわ」

 俺はカップをそっと置いて、そっと自分の鉛筆を握り、静かに次の問題へ取り掛かった。口はぐぬぬぬ口をさせながらっ。それに続いてか美麗も再び取り掛かり始めた。


「終わったわ」

「まじか! 俺残りいちにーさーんよん……」

 最後に待ち受けるのは文章問題の城! これを落城させるのはなかなか骨が折れそうだぜ……。

「お菓子を持ってくるわ」

 あ、ティーセット全部持ってかれた。まいっか。よく見たらミニチュアレモンとミニチュアミルクは置かれてる。さすがに直で飲めって意味じゃないよな? おっと問題問題っと。


 なかなかの攻城戦を繰り広げていたら、美麗が戻ってきた。おぼんゲホゴホトレーが少し大きめのやつに換わっていて、お菓子は一口チョコレートやクリームサンドビスケットとかみたいだ。おっと問題問題っと。

 美麗は宿題お片付けモードに入っている。余裕のウィニングランである。おっと問題問題ぐぬぬ。

「もう少しね」

「おぅ」

 おっし残り二問。やるっきゃねぇっ。

 美麗はイスに座ってこっち見てる。そんなじっくり観察されましても。しかしやるっきゃねぇっ。


「最後ね」

「おっし、応援してけれ」

 ついにやってきた最終問題。な、なんだこれは……こんな図形自然界で存在するのか……!?

 お、美麗が立ち上がった。またなんか取りにいくんだろうか。

(……んぅ!?)

 俺は美麗が俺の後ろを通って再びドアに向かうと思い込んでいたが、美麗が俺の後ろに立ったと思った瞬間、両肩になんか乗ってきた! 思わず両肩を確認。どっちの肩にも超すべすべしてそうなおててが乗ってあった。

「みみみ美麗!? ふぉ~」

 驚いたのも束の間、肩に乗せられた手が動くと、俺の肩はへにょへにょにされた。

(これはかの伝説の技、肩もみではないか!)

 同級生に肩もみされるとか……てかあの美麗に肩もみされるとか……。

 こちょばいような、でもなんかいい感じに力がみなぎってくるというか、これは夢なんスかねと現実逃避しそうになるというか。

「リラックスよ。それが終わったら遊びましょう」

「……ぁ、まさかそれ応援!?」

「ええ。応援になっているかしら」

「超なってる」

 うっし、勝ってみせるぜ最終決戦!!


「んぐあふあぁ~終わっだあぁぁぁ~~~…………」

 俺は鉛筆を机の上にぽいして机にぐでーっと突っ伏した。

 美麗からの肩もみもみが終わったと思ったら、頭にちょんちょん手でなでられて、美麗の攻撃は終了してイスに座った。

(昔は手つないだこともあったっけなー………………あったっけ?)

 こぽこぽ音からしてお紅茶タイムに入った模様。でももうちょいぐでーさせてけれ。

「一緒に終われてよかったわ」

「うぇ~」

 なんかテストより疲れた気がする。いやそれはさすがに言い過ぎかもしれませんでしたすんまへん。

「またミルクを入れるのかしら」

「おねしゃーす」

 俺はゆーっくり体勢を戻した。

「はい」

 今までは机の上にさっと出されていたが、今回は美麗が手で持って俺の前に差し出している。ミルクティーが揺れている。

(このまま受け取れってことー……だよな?)

「さんきゅっ」

 俺は……ちょっと美麗の指に触れながら、カップを受け取った。美麗はほんのちょこっと笑っていたような気がするが気のせいかもしれない。


 宿題が終わると、俺たちは別のテーブルでお遊びモードに入った。トランプ・バックギャモン・ドミノをやった。バックギャモンは割と善戦したが、全体的に結構負けた。


「雪、お願いがあるの。いいかしら」

「……ごめ、電波悪かったんかな。もっかい言ってくれるか?」

「雪にお願いがあるの。聞いてもらえないかしら」

「えーっとー、俺が何を聞くって?」

「お願いを聞いてほしいと言ったのよ」

 三回聞いたけど間違いではないみたいだ。

「……美麗がお願い? おい美麗どうした? この世界において、美麗にできなくて俺にできることが存在するとでも思っているのか?」

「何を言っているのかしら。聞いてくれないのなら別にいいわ」

「すんまへん聞きますはい超聞きますなんでしょ」

 冗談が通じているのかどうなのかっ。

「……わたくし、今、眠いわ」

 どがしゃん。

「寝ろっ」

 俺はストレートにツッコミを返した。自分でも気持ちいいほどのド真ん中ツッコミ。

「まだお願いを言っていないわ」

「せやな。なんだ?」

 うーん見た感じうとうととかはしてないみたいだが。

「……お昼寝をしている間、そばにいてくれないかしら」

 ……えっ、なんだ今の美麗の表情と声のトーン。

 見慣れない美麗の様子に少しどきっとしたが、とにかく切実な願いっぽそうなのはわかった。でもそのお願いの内容が、寝てる間にそばにいろってか……?

(さすがに今までにこんなお願いをされた記憶はない。よっぽど……そんだけやってほしい、ってことなんだよな)

「い、いてるだけでいいのか? 子守唄とかは歌えないぞ?」

「いてくれるだけでいいわ」

 ふむ。

「わ、わかった。イス移動させっから、美麗はベッドへGo」

 俺がベッドへ指差すと、美麗は素直にベッドへ向かった。さっきの攻城戦で共に戦った戦友である追加イスを持って、ベッドの近くに持ってきた。

 座って改めてインザ布団美麗を見下ろした。髪がふあぁっさぁ~なってる。

「昨日あんま寝てないのか?」

「夜に勉強はしたけれど、それほど眠れていないというわけでもないと思うわ」

「んじゃなんでまたお昼寝タイムを?」

 布団美麗も昔は見たことあったけど、ずいぶん久しぶりかなー。

「……なんとなく、としか答えられないわ。本当は雪に帰ってもらって一人で寝ようと思ったのだけれど、今家には他にだれもいないし、きっと雪なら聞いてくれると思って……」

 ちょっとにこっとなってる美麗。宿泊学習とかで女子勢はこの布団美麗を見たことあるんだろうか。

「でもひまになるかしら」

「いざとなったら一人バックギャモンでもするし」

 俺は親指を立てといた。

「……横になったら眠たくなってきたわ。寝ていいかしら」

「ちょ、ちょいその前に確認」

「なにかしら」

 ちょっと気になったことがありまして。

「習い事とか部活とかで疲れてるとか……そんなん?」

 聞いてみた。

「どうなのかしら……特別しんどいことがあったわけではないと思うけれども、よくわからないわ」

「そっか」

 うわー美麗眠そ。

「もういいかしら」

「このまま粘ってねむねむ美麗を眺め続けるというのもゲフゴホ」

「雪なら寝かせてくれるわ」

「へい」

 美麗はまばたきが超低速になっている。

「インターホンや電話が鳴っても出なくていいわ。でもだれか帰ってきたら寝ていると伝えてくれないかしら」

「おけっ」

「本を読みたかったら読んでもいいわ」

「おけおけっ」

「まだ少し紅茶が残っていたと思うし、もっと飲みたければキッチンから何か持ってきていいわ」

「わあったからはよ寝ろっ」

 小さくうなずいた美麗。そのまま目を閉じた。

「おやすみなさい」

「おやすー」

 美麗のエネルギーが切れました。

(寝てる美麗がそこにいる)

 やはり眠っているときも美麗は優雅だった。

(……さってと。俺対俺、やっちゃいますかな)

 俺はバックギャモンボードを取りに向かった。


(……ひまだ)

 静かなはずのエアコン音も丸聞こえ。

 俺もともと友達とぎゃーぎゃーするのが好きなタイプだし、本読んでいいって言われてもいっちゃんわかりやすいのが教科書ってレベルで難しい感じのやつばっかだし、俺対俺は充分俺会場で盛り上がりを見せた。

 美麗はわずかに寝返りを打つことがあるものの、どんなに時間が経っても優雅なお姿を崩すことはなかった。髪ふあぁさぁ~度は増してるけど。

(んーむ……)

 ……俺も寝よかな? 寝ることができたら時間経過なんて一瞬だし。

(さて、場所の確保だが……)

 予備の布団を探して引っ張り出すってのもなぁ……いやまぁ許してはくれそうだけど。

(美麗の布団って、やっぱふかふかなんだろうか)

 ふと思った。これだけあちこちおしゃれなんだから、さぞ布団の能力も高いのではないかと。

 俺は美麗ベッドに近づき、床にぺたんこして、顔と腕を美麗ベッドに乗せてみた。

「……ふぉぉぉ~」

 やっべなにこれ超ふっかふか! あーこれはさすがにあの美麗様もうとうとなさるのも納得の品質。

 改めてこの距離で美麗を眺めてみる。

(がっつりですやん)

 超気持ちよさそーに寝てる美麗。そりゃこんなすてきな布団で寝てたらそんな顔なるって。

 こりゃいい暇つぶしになりそうだ。ふぁ~なんだか眠たくなってきたぞ。

 あーうとうと。うし、寝よう。の前にもっかいちらっ。

(……そういや攻城戦のときに俺の肩もんだり頭ちょんちょんしてきてたな)

 というのを思い出したので、ここで反撃しておこう。してその反撃の内容とは。

 右手を近づけて美麗の左ほっぺたをぷにぷに。

(やわけっ)

 反撃終了。ほっぺたへっこんでる美麗を見られたのは大収穫である。

 てことでおやすー。


「まてぇ……そのおにぎりはおれぬぉ…………はっ」

 俺は目が覚めた。おにぎりが出てきた夢を見ていたようだ。

「んーっと……美麗はっと……」

「おはよう」

 ばちっと目が合った。美麗はまだお布団美麗だった。

「おはー……んーう、寝ちまったぜ」

 ベッドに顔をつけてこっち向いてる美麗。髪ふあぁさぁ~横バージョンとなっている。

(……ん?)

 顔がそこにあるのはわかる。肩がちょこっと出ているので顔だけでなく体ごとこっちに向けてるのもわかる。伸びた腕の先は……

(んんんっ?!)

 俺はてきとーにほっぽっていたふたつの腕は単にしびれてるだけかと思ったら、左手に……なんかぬくもりがっ。

 そしてそこは布団がかけられてあるのもわかる。この位置から見れば布団に俺の左手が突っ込まれてるだけだ。だが中の見えない部分ではあからさまに握られている感触が……

(つまりこの手って……)

 俺は美麗を見てみた。ほんのちょっとにこっとしているが、いつもの美麗の表情の範囲内と思われる。

「雪も寝たのね」

「いやーこの布団気持ちよすぎて」

 声のトーンも同じだ。

「美麗はよく眠れたのか?」

「おかげさまで」

 美麗は元気いっぱいになった模様。

「また今度、お昼に眠たくなったら雪にいてもらってもいいかしら」

 お願い続行?

「ま、まぁそんくらい別に……」

 左手の感触に意識が向いて、返事がしゃきっとしなかった。

「また誘うから、宿題持ってくるのよ」

「鬼ぃ~悪魔ぁ~」

 美麗はちょっと笑っていたが、左手にもほんの少し温かみが増した。その反応に俺も思わず美麗の手を握ってしまった。ほっせ。美麗もちょこっと握り返してきた。

「うぉっほん。ところで……この左手はなんスか?」

 手をうにうにさせながら聞いてみた。

「いけないかしら」

「いけないかしらくはないが……理由くらい聞かせてください美麗お嬢様」

 もっかいうにうに。

「……雪なら、握っても許してくれると思ったからよ」

「そりゃ許しますけども」

 まぁ、美麗笑ってるし……いっか。

「そろそろ起きようかしら」

「おぅ」

 美麗は体を起こそうとする……が、

「フッフッフ」

 俺は美麗の手を強く握って妨害。美麗が手をうにうにさせている。

「起きてはいけないのかしら」

「起きれるもんなら起きてみなっ!」

 うにうに美麗はちょっと笑ってる。

「問題を出すわ」

「めちゃくちゃ突然だなおい!」

 これつまり美麗渾身のギャグってこと!?

「ピザって十回言いなさい」

「ほほぅ? 俺様にその手の問題を挑ませるとは、俺様もなめられたもんだぜ。ピザピザピザピザぬあぁ!?」

 ピザピザ言い出した瞬間美麗は手をすっと抜いた!

「うぉおーいひっきょいぞー!」

「まだ十回言っていないわ」

「ぐんぬぬぬ……ピザピザピザピザピザピザほら言ったぞ!」

「『しゃとう』と言えば?」

「……ブリアン?」

「あら、そっち?」

 お、美麗めちゃ笑ってる。一般ピーポーからすれば普通の笑いのレベルかもしんないけど、美麗の中ではなかなかな笑いだと思われる。

「え、ちゃうんかいっ」

「ピサって答えてくれると思ったわ」

「そっちかー!」

 すっかり俺の左手からは美麗の手はいなくなっていて、美麗はベッドから出てドレッサーに向かい髪を整えていた。俺の部屋には一生実装されることないだろうな、ドレッサー。

「美麗と遊ぶのは楽しいもんだなっ」

 俺も立ち上がり、追加イスのところに置いていたバックギャモンボードを持って、二人で遊ぶときに使っていたテーブルへ持っていった。

「ええ」

 美麗は優雅にさらさら髪にくしを通していた。

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