第十二話 え? なんでこの編成なんスか?
美麗との合同戦闘のおかげで宿題がすべて終わっている俺は、悠々自適な夏休みライフを送っていた。
「あちー」
しかし夏は暑い! 俺はお茶を飲むために一階にやってき
(おぅわっ)
たと思ったら電話が鳴った。至近距離で鳴られるとびびるっちゅーねん。ということで受話器を取った。
「はい、湖原です」
「も、もしもし」
「はいー」
(ん? この特徴ある一文字一文字の発音といえば……)
「稲波って言います。湖原くんいますかっ」
「稲波って……乃々か!? 俺だ俺俺うん俺俺」
「はっ、雪作!」
そんな改まって驚かれましてもっ。
「なんだ乃々、電話なんてしてきて。どした?」
「雪作、相談ある。うち来て」
んー?
「なぁ乃々。電波が悪いのかもしれん。もっかい言ってくれ」
「雪作、相談ある。うち来て」
んー。
「……俺?」
「んっ」
この力強いんっは稲波乃々感丸出しだ。
「雪作、忙しい?」
「ああいや、乃々から電話ってのも珍しいうえに、乃々から相談とか珍しすぎて固まってただけ。乃々の家って花屋さんのとこだよな?」
「んっ」
そう。稲波家は『フローリーイナミヤ』という花屋さんなのだ。
「今からか?」
「んっ!」
相当強いんっが来た。
「わあった、自転車かっ飛ばしていくぜっ」
「待ってるっ」
「おぅ」
俺は受話器を置いた。
(乃々が、ねぇ?)
とにかく向かうことにしよう。
俺は愛車である青色のマウンテンバイクにまたがってフローリーイナミヤまでやってきた。お店の外に出ている花にじょうろで水やりをしている男の人が。
「こんにちはー」
声をかけることにした。
「こんにちは」
こっち向いてくれた。エプロンしてて青色縦ボーダーラインの長そでシャツにジーパン装備の男の人だ。
「あのー、稲波乃々ちゃんに電話で呼ばれて来たんですけどー」
「ああ乃々の友達かね。ちょっと待ってておくれ」
てことは乃々の父さんってことか?
男の人はじょうろを置いて店の中に入っていった。乃々を呼ぶ声が聞こえる。
しばらく待っていると乃々が店の奥から出てきた。
「よ」
「よぅ」
出たこの張り手式あいさつ。今日も装備黒いなおい。
「こっち」
と乃々が誘導を始めたのでついていくことに。
店の裏側が家の入口らしく、自転車もそこに止めた。
「どぞ」
乃々が玄関のドアを開けてくれたので
「じゃますんでー」
「じゃますんなら帰ってー」
「あいよーってなんで乃々知ってんだよぉーーー?!」
今まで俺から教えるパターンばかりで、不意打ちを悠々と返してくるパターンなんて初めてだぞ!
「ふふん」
乃々めっちゃ得意げな顔。
「ここが乃々ん家かー」
初めて入った乃々ん家。なるほどあのドアの向こうが花屋さんなんだな。
(なんか靴いっぱいあったが、乃々はおしゃれさんなのか?)
「こっち」
乃々が二階へ上がり始めたので、俺もついていくことに。
「ここ」
二階に上がってすぐの部屋の扉が開けられた。
「え、ちょ、ここ乃々の部屋?」
「んっ」
「お、来たねぇ」
「あ、雪作くんいらっしゃい!」
なんとテーブル囲んで赤茶色装備愛玖と白装備香月が座ってるではないか!
「んっんっ」
「おわちょちょっ」
俺は乃々に背中を押されて部屋の、乃々の部屋の、同級生女子である乃々の部屋の中に入れられてしまった。しかも先客二名も同級生女子。
「座れ」
「なぜ命令形」
緑色のクッションを放り投げられたが、それは見事なコントロールでテーブルの前に落とされた。
ので俺は座ることに。四角いテーブルの左に愛玖、右に香月、そして前の空いているところに乃々がぽすんと座った。
「雪作も呼ばれたんだねぇ」
「乃々。状況が意味不明すぎる。説明せよ」
「そうだよ乃々ちゃん、相談って?」
俺たち三人は乃々へ視線を集中させた。
「では説明する」
なんか司令官っぽいな。
「靖斗に告白する!」
という乃々の言葉が部屋中に響き渡った。
俺たち三人は乃々を見たまま止まっていた。
「……返事は!」
謎の続き方だった。
「の、乃々……まじで?」
「まじで!」
乃々はずいっと寄った。
「わー! 乃々ちゃんほんとに!? すごいね! 告白かぁ、すごいなぁっ!」
「おぉ~乃々やるねぇっ。それであたしらに相談っていうのは?」
部屋中が盛り上がった。
「告白、初めて。どうしたらいいか、教えてほしい」
ぶほっ、乃々が人差し指同士をちょんちょんしてる!
「わー乃々ちゃんかわいー! でも私もしたことないから、あんまりアドバイスできないかなぁ……」
「あたしもないねぇ。あたしみたいなやつから告白されてもだれもうれしくないだろうしね」
「いやさすがに愛玖言いすぎだろっ。愛玖のことが好きなやつもいるって」
愛玖がちょっときょとんとした。
「おやー、雪作からそんなこと言ってもらえるなんてねぇ。なんだい、ひょっとしてあたしのことが……?」
「ち、ちげーよっ! ぜってぇちげぇっ!」
「そんなに強く否定しなくってもねぇ。んまぁ雪作はやっぱ、美麗かい?」
「えっ! 雪作くんやっぱりそうなの!?」
「ん!?」
「ちょいちょいちょい! 乃々の相談のために集まったんじゃねーのかよ! なんっで俺の話になってんだ!」
やはり男子一対女子三ならば味方一対敵三という構図になってしまう運命なのかっ!?
「おやおやあたしみたいに否定しないじゃないかー」
「毎日登校してるもんね、毎日下校してるもんね、部活もクラスも一緒だもんね。家も隣、だもんね……!」
「んっ!?」
「だぁあー! 乃々相談事ねーんなら俺帰るぞっ!」
「帰るな、雪作いる!」
「むきになるところがますます怪しいねぇ」
「あ、愛玖ちゃん、乃々ちゃんが涙目になってるから、雪作くん帰っちゃうようなこと言わないようにしないとっ」
立ち上がろうとする俺を乃々がすばらしい速度で回り込み撤退を阻止してきた。
「雪作いないとだめっ、雪作いるっ」
ちっちゃい体で一生懸命俺の撤退を阻止してくる乃々。竹刀出されたら勝ち目ないだろうなぁ。
「ほらほら乃々もこんだけお願いしてるんだからいてやりなよ」
「愛玖ちゃんったらぁ……でもそうだよ雪作くん、電話までして呼び出すくらい雪作くんのことが必要なんだから、いてあげようよぅっ」
俺を見上げてうるうるおめめをしている乃々。
(散々いたずらしてきたくせにっ、フンッ)
「次俺にその手の話を振ってきたらほんとに帰るからなっ、フンッ」
俺は三人の女子に囲まれながら再び座った。乃々は自分の席に戻った。にこにこしてる。
「で? 告白したことないからどうしたらいいかだって? 俺もしたことないんだよな」
「へぇ~」
俺と愛玖は視線をぶつけた。
「愛玖ちゃん、だめ、だめだからねっ。じゃあここにいるみんな告白したことないんだね。乃々ちゃんこんなみんなでも役に立てるかな?」
「一緒に考えてほしい。どうしたらいいかっ」
ということで、俺たちは少し顔を寄せ合った。
「今日みたいに電話で呼び出して告白したらいいんじゃないのか?」
「いきなりすぎる!」
「いや告白ってどうやってもいきなりになるんじゃ」
「雪作は乙女心ってのをわかってないねぇ」
「おうおうじゃあ乙女心がわかる女子同士で練り合ったらいいんじゃないスかね?」
フンだっ。
「もぅ~二人ともぅ~。じゃあ乃々ちゃんはどんな方法だったら告白できそう?」
乃々は考えている。
「……浮かばない!」
「どがしゃんっ」
「電話で呼び出すのが難しいなら、手紙で呼び出すのはどうかな?」
「緊張する! うまく書けないっ」
「電話も手紙もだめなら、いきなり家に行くってのはどうだい?」
「無理!」
「だめだこりゃ」
乃々は再び人差し指同士でちょんちょんしている。
「でも乃々は靖斗に告白したいんだよな?」
乃々はぴょこぴょこうなずいてる。
「そもそもなんで告白したいんだ? 友達じゃなくてどうしても付き合いたいんだよな?」
またうなずいてる。
「うわぁ、すごいなぁ、本当に橋上くんのことが大好きなんだー」
「会わなきゃ告白にならないんだから、腹くくって会いなよ。剣道だって腹くくって試合するんじゃないのかい?」
乃々は指ちょんちょん。
「あ、じゃあ私たちのだれかが橋上くんのことを呼び出すっていうのはどうかな。会うとき一緒についていくからっ」
指ちょんちょんから進化して指先が上に向く指うにうにになった。
「呼び出すくらいなら俺がやってやってもいいぜ。普段から遊びまくってるからな」
「ほら! 雪作くんもこう言ってくれてるよ! 乃々ちゃんどう?」
指うにうにが止まった。
「……た、頼りにしてる! 雪作!」
「おぅ、じゃ呼び出す方法は決まりだな」
俺が呼び出すってことになった。
「で、呼び出してからどうするかだよな。呼び出したところまで一人で……行けないんだな」
速攻で首横に振られた。
「んじゃ俺が靖斗呼び出して二人でいとくから、乃々は愛玖と香月と一緒に来るってのでどうだ?」
乃々はゆっくりうなずいた。
「よし、会うまでの流れも決まった。それじゃいよいよなんて告白するかだな」
「こ、告白!」
「試しに今ここで練習してみなよ。雪作を靖斗と思ってさ」
「俺かいっ」
「男じゃないか。さあ乃々、練習開始!」
愛玖が手をぱんっとたたくと、乃々はこっち向いた。緊張しまくってんのがばればれ。
「……好きだ! 付き合え!」
「なんという命令形」
乃々らしいといえばそうなんだが……。
(でも正直どきっとした)
なんだか少し悔しい気がするのは気のせいかっ。
「それ俺相手だからそんな言い方だろっ。靖斗に向かっても命令できんのか?」
うわーめっちゃ首横に振ってるー。
「もっと気持ちを伝えなきゃっ。せっかく今まで募らせてきた気持ちがあるんだから、ちゃんと橋上くんに伝えようよっ」
香月の言葉に乃々は考えているようだ。
「はいテイク2《ツー》! さんはい!」
愛玖監督によるテイク2のぱんっが鳴ると、乃々はまた俺を緊張感バリバリで見てきた。
「……好きだ! かっこいい! 優しくしてくれ! 付き合え!」
ちょっと増えた。けど方向性は変わらず。
(でもやっぱどきっとした)
まぁ……女子から好きとか言われて、意識しないわけないよな……。
「どうだい? 男として」
「んー、悪くはないが決め手に欠けるというか。もうちょっと優しい言い方にならないのか?」
あぁぁ乃々がちょっとうるうるおめめになりだした。
「ぃいいやいや悪くはないぞ悪くはないっ。ただほらさ、せっかく想いを伝えんのに変にはずかしがって結果充分に伝わらずもったいないことになったらあれだろっ?」
「それもそうだよね。乃々ちゃん落ち着いて、深呼吸して、焦らずゆっくり気持ちを伝えようっ」
乃々は深呼吸をし始めた。
「よしテイク3《スリー》いくよ! さんはい!」
また愛玖監督のぱんっが部屋に響くと、乃々はやっぱり緊張感を持って俺を見てきた。違いがあるとすれば手の位置か。今は手の甲をこっちに見せながら組んでいる。
「……好きだっ。憧れだ。優しくてすてきだ。かっこいい。だから付き合ってくれ!」
字面は思いっきり男子っぽいセリフの並びじゃないかっ?
(でももっとぐっときた)
「よくなってきたんじゃないかな? ね、雪作くんっ」
「あ、ああ。めちゃくちゃ男子っぽいセリフだけどな」
おふぅ乃々は視線を落としたっ。
「靖斗が男子っぽい告白されるのが好きかもしれないじゃんか」
「そ、そうかぁ?」
「の、乃々ちゃん、試しに命令っぽくない言い方をしてみようよ! 好きだじゃなく好きだよとか、付き合ってくれじゃなくて付き合ってほしいとか。言い方を意識すると他の言葉も自然とまとまって聴こえてくるかもしれないよっ?」
乃々は香月を見ている。
「そーらテイク4《フォー》! さんはい!」
愛玖監督の声でこっちを向く乃々。さすがに四回目ということもあってか緊張感は少しは抜けてきたか?
「……好き、だ、よ。ずっと。構ってくれてうれしい。ずっと考えてる。付き合って、く、ださ、い」
(うおぉっ、てれ気味の乃々の表情と相まって結構どきっときた!)
「乃々いい調子だぞ! 今のよかったぞ!」
乃々の表情が少し晴れた。
「いい感じだよ乃々ちゃん! もっと思ったこと伝えようっ。今までいっぱい好きだったんだから、その好きな気持ちを出そうっ」
「言葉を出して初めて相手に伝わるんだ。悔いのないように伝えたいこと伝えなよ」
乃々はうんうんうなずいている。
「んじゃ、こいつをラストにしよう。テイク5《ファイブ》! さんはいっ!」
愛玖監督によるとこれが最後の練習らしい。乃々は今までの中で最も俺をまっすぐ見てきた。
「……好きっ。ずっと好き。構ってくれてうれしい、よ。気持ち伝えるのへただけど本気。小さいから役立たないかも。でもなにかしたい。そのくらい好き。だからお願い。付き合ってください」
(ぐあぁっ。これは俺のハートが大きく揺さぶられたぜ!!)
「乃々! いけるぞ! それでいけ!」
乃々は表情がぱぁ~っと明るくなった!
「すごかったよ乃々ちゃん! やればできる!」
「よし、練習が済んだところで呼び出すとしようか」
「早すぎる!」
「なんだい早く呼び出して練習どおりすればいいじゃないか。あたしらもついてるし」
「そうだぞ乃々! 電話借りるぜ。愛玖、よろしく」
俺は指を鳴らした。
「了解。さー乃々ーおとなしくしなよー」
「早すぎる! 雪作早すぎる!」
俺は乃々の声を聞きながら部屋を出た。
乃々の父さんから使用許可をもらってから、靖斗ん家に電話をかけた。
出るかなー?
「はい、橋上です」
「おー靖斗か? 俺俺うん俺俺俺ったら俺俺俺俺」
「雪作か? どうした?」
「実はさー」
(ちょ待てよ? なんて呼び出したらいいんだ? 普通に『乃々が大事な話あるっぽいー』でいいのか? 乃々のこと伝えず呼び出すのもあれだし、かといって感付かれるようなのもそれはそれで……)
「実は、なんだ?」
「あ~、えとー、乃々が靖斗に会いたいってさ!」
「乃々って、稲波が僕に?」
「いやーなんで俺に言ってきたんだろなー、本人は初めて呼び出すのも緊張するとかで俺に回してきたっぽいが、気にしすぎだよなぁあははあは!」
こ、これでどうよ!?
「ふーん、そうか。わかった。今からかい?」
「お! いいか!? じゃ今からでかい公園で会おう! ベンチがふたつ並んでるとこ!」
「ベンチがふたつ……わかった、あそこだな。準備して向かうよ」
「頼むぜ!」
「ああ」
で、俺は受話器を置いた。
「と、いう訳なんだ。乃々、俺は先に行くぞ」
「早い! 早すぎる!」
「乃々、付き合いたいんだよねぇ?」
「でも早い!」
「乃々ちゃん、みんな一緒だから、頑張ろう?」
「でも早い早い!」
「んじゃ愛玖、任せたっ」
「あいよー」
「雪作! 雪作ー!」
俺は乃々の切なる願いな声を聞きながら部屋を出た。
俺が先にでかい公園のベンチ前に着いた。さすが俺の愛車だぜっ。でもすぐに靖斗も自転車に乗ってやってきた。黒から紫色にグラデーションしてるマウンテンバイク。
「やあ」
「うぃー」
今日の靖斗は深い青系だ。
「稲波が僕に何の用なんだろう」
「時間あったら遊んでやったらどうだ?」
「遊ぶのはいいけど、学校では普通にしゃべりかけてきてるから、直接言ってくれてもいいんだと思うけどな」
「それについては同感。ま、乙女心ってやつなんスかね? by愛玖」
「斉名?」
俺たちは自転車をベンチの横に立たせて座った。
「ああそうだ雪作、聞いてくれ」
「ん? なんだ?」
靖斗は手をひざについてこっちを見てきた。
「……振られたよ。古河原に」
「お、あ、ああ、そうか」
でもすぐに視線が外れた。
「特に接点もなかったしね、仕方ないよ」
靖斗はちょっと笑った。
「つい強がってまた告白するなんて言っちゃったけどさ。うまくいきそうにないよなぁ」
美麗がいつものテンションでばっさり断ってきたら、ダメージもありそうだ。
「雪作は古河原と仲がいいだろ? 古河原にだれか好きな人がいるとか、そんな話は聞いたことないか?」
「うぉ、い、いくら俺が美麗と仲いいからって、あの美麗からそんな話を俺にしてくると思うか? あの美麗だぜ美麗」
「はは、それもそうか。だったら、純粋に僕は恋愛するに値しないっていうことかな」
靖斗は背もたれに深くもたれた。
「はー、結構くるもんだね。自分に自信がなくなってきたよ」
ここはでかい公園なので、主に小学生たちがあちこちで遊んでいるのが見える。この付近はベンチくらいしかないから俺たちだけなんだが。
それからは普通の話をしながら待っていたら、遠くから三人組が歩いてくるのが見えた。愛玖が手を振っているので俺も振り返した。
「まだ他に人がいたのかい?」
「詳細は後で乃々から聞いてくれっ。みんな電話で呼び出され組」
俺と靖斗は三人組を眺めていた。
三人組がやってきて、見るからに乃々が緊張してるのがわかる。
「やあ」
「おー」
「こんにちはっ」
乃々は張り手をしていない。
「稲波が僕に用があるんだって? なにかな」
「じゃ、あたしたちは帰るから」
「か! 帰るな!」
「の、乃々ちゃん頑張って!」
「そんな!」
「じゃ靖斗、またなー」
「雪作ー!」
「もう帰るのか? わかった、またな」
乃々は超うるうる目で俺たちを見つめていたが、俺たちは構わず背を向けて歩き出した。
「さーて、あたしはアイス食べて帰ろ」
「ほ、本当に帰っちゃってよかったのかな?」
「んまぁ背水の陣ってやつにさせるのも悪くないかもな」
「ちょっと心配だけど……でも乃々ちゃんの勇気次第だよね」
「そーそ。じゃあたし帰るー、じゃねー」
「ばいばいっ」
「またなー」
愛玖は手をちょっと上げて帰っていった。
「さてっと。香月はこの後のご予定は?」
「特にないよ。雪作くんは?」
「俺も別に」
香月とは部活やクラスでしゃべってきたが、そういや外で歩くのってあまりないよな。
「あ、ねぇ雪作くん、私たちもアイス食べよっか! ソフトクリームっ」
「お? うし、食べるかっ」
香月の提案によってソフトクリームを食べることが決定。
やってきたのは地域の直売所だ。なかなかのでかさがあって、地元住民たちによる地元住民たちのための直売所っ。野菜や果物が安いと評判らしい。今日もなかなかの人の数がやってきているようだ。
「ここのソフトクリームかー。俺まだ食べたことなかったなー」
「ほんと? おいしいよ~。すいませーん」
「あいいらっしゃいな!」
アイスクリームコーナーで香月が声をかけると、笑顔な野菜たちが描かれた緑色エプロン装備のおばちゃんが現れた。
「雪作くんどれにするー? 私いちごにしようかなー」
なるほど、バニラ・いちご・メロン・チョコ……お!
「じゃ俺マーブルかなっ」
「いちごとマーブルひとつずつー」
「あいよ!」
香月はうきうきしているようだ。
「まいどあり!」
香月はいちごソフトクリームを、俺はマーブルソフトクリームを手に入れた!
「表のイスのところで食べようよ」
「おぅ」
直売所の出入り口近くに多数設置されているイスとテーブル。アイス以外にもすぐ食べられる物がいろいろ売ってるから、ここで食べる人をたまに見かける。
「いーたーだーきーまーすっ」
「いただきまーす」
俺たちはアイスをぱくりした。
「ん~っ、おいしい~」
「おぅ、濃厚だぜっ!」
バニラとチョコのおいしさが口の中に広がっていくぅ~!
「ここのソフトクリーム食べないと夏は終われないよー」
「そんなに好きなのか?」
「うん! 昔からここに通ってるよー。昔は味の種類が少なかったんだよ?」
「へー」
香月は幸せそうにアイスを食べている。
前にある通りを眺めていると、車や人が行き交っているし、こっちに入ってくる人たちも結構いて、やっぱここ人気なんだなぁと改めて実感。
俺も家族でたまに来ることがある。
「それにしても、乃々ちゃん大丈夫かなぁ」
「なるようになるさっ」
マーブルうま。
「もしだめだったら、乃々ちゃん落ち込むんだろうなぁ」
「その分おっけーだったら喜ぶだろう」
「そ、そうだけどぉ」
香月は両手でいちごソフトを握っている。
「……ゆ、雪作くんはぁ、告白したことないって言ってたけど……」
香月が語り出した。
「す、好きな女の子も、いないの?」
「好きなやつ、か……ピンとこないんだよなー。だからいないんじゃないかな」
「ピンときてないっていうことは……もしかしたら、ピンときてないけど好きな子はいる、なんていうこともあるかもしれないの、かも?」
ピンときてなくても、ねぇ。
「そんなことってあんのか?」
「わ、私もよくわからないけど。でも知らない間に好きになってることってあるでしょ? 例えばこのソフトクリームみたいに」
ふむ。なんとなくわかるような気がする。
「んじゃ香月もだれか好きな人がすでにいるってことか?」
「えええっ!? そ、それはないと思うけどなぁ」
「んだよ自分から言い出しといてよぉ」
「だって、男の子とそんなにしゃべらないし、意識して男の子を見たことも、ないと思うんだけどなぁ……」
なんか俺、香月とこんな話しちまってる。
「俺とめっちゃしゃべってんじゃん」
「ゆ、雪作くんは吹奏楽部だもん。橋上くんとはほとんどしゃべったことないと思うよ?」
「ふーん」
さっきのあいさつは自然な感じだったけどな?
「あ、あはは、なにしゃべってるのかな、私たちっ」
「ほんとほんと……ん!?」
俺はぼさーっと道側を眺めていたら! あの歩き方、あのたたずまい……遠目でも見てわかるぞあのオーラ!
「おい香月っ、あれ美麗じゃね!?」
「えっ?」
たくさんの人や車たちの存在感を消すかのごとくあのオーラの流れ!
「あ、ほんとだ! いこっ!」
「おうっ」
俺と香月は立ち上がり、急いで美麗のところへ向かった。
「美麗ちゃーん!」
香月の声に反応した美麗。こっち向いた。今日は水色のブラウスに水色のスカート。カバンを持っている。
「やあ美麗っ」
「こんにちは」
香月ちょっとぜーぜー。
「はぁはぁ。アイス食べてたら雪作くんが美麗ちゃんを見つけてっ」
「美麗のオーラ半端ないからな」
「そう」
ちょこっと美麗は笑っている。
「こんなとこでなにしてんだ?」
「塾の帰りよ」
「美麗ちゃん夏休みも忙しそう~」
「美麗は俺たちが見えてないとこでも美麗美麗しているんだな」
「どういうことかしら」
「あぁいや、遠くで歩いてる姿も美麗美麗してたなと思って」
「よくわからないわ」
いつでもどこでもどんなときも美麗は美麗だった。
「美麗ちゃん塾の帰りなら、一緒にソフトクリーム食べない? おいしいよ~」
香月ぱくり。見るからにおいしそうな表情をしている。
「わかったわ」
「おーし美麗もソフトクリームだーっ」
俺たちは再び直売所のところへ戻った。
美麗が選んだのはバニラだった。超ド真ん中。
また俺たちはイスに座って食べている。俺の右前に美麗、左前に香月がいる。
「おいしいわ」
「でしょー! 私ここのソフトクリーム好きなんだ~」
「うむ、たしかにうまい」
美麗は相変わらず優雅にソフトクリームを食べている。
「二人で遊んでいたの?」
美麗が俺を見ながら聞いてきた。
「まぁ二人っちゃ二人だが、その前は乃々・愛玖・あと靖斗もいた」
「う、うん」
俺はちゃんと事実を伝えているぞっ。
「そう」
香月は食べるとあんなにぱぁ~っと幸せオーラ出すというのに、美麗は淡々と食べている。おいしいとは言ってるけどよぉ。
「美麗も塾大変だなー。俺ただでさえ夏休みは部活でつぶれまくってるって思ってんのに、美麗はさらに習い事だろー?」
「ほんとだよー。美麗ちゃん大丈夫? 無理してない?」
「大丈夫よ」
美麗の力強いお言葉が響きました。
「美麗って将来どんなやつになるんだろな。賢くてオーラがあって習い事頑張ってて」
「ほんとだよぉ。遠い世界の人になっちゃいそう」
「どういうことかしら」
「だからー。美麗すごい人になって俺たちでは届かない世界に行っちゃいそーみたいな?」
「よくわからないわ」
さすがの美麗である。
「でも私たちは自慢できるよね! こんなすごい美麗ちゃんと一緒の部活してましたーって!」
「美麗が超有名になったら、ぜひ俺たちのことを思い出してくれよな!」
「忘れないわ」
美麗のすばらしい記憶力なら問題ないだろう。
「だって……」
そこで俺を見てくる美麗。
「忘れていないもの」
そしてほんの少し笑ってくる美麗。
(げっ! まさか俺が幼稚園時代のあれを完全に忘れてることを根に持ってんのかっ!?)
「えっ? なになに?」
「雪が昔のわたくしのことを忘れていたからよ」
「え~、雪作くんが美麗ちゃんのことを忘れてるなんてあるのー?」
「お、俺は美麗と違って記憶力は普通レベルじゃいっ」
美麗はおいしそうに食べている。俺はコーンの部分も食べきった。パリパリしてうま。
「私は美麗ちゃんのことも雪作くんのことも小学生のときからしか知らないけど、美麗ちゃんは雪作くんのことをもっと前から知っているんだよね?」
「幼稚園に入る前から遊んでいるわ」
「うわ~すごーい。幼稚園に入る前の雪作くんってどんなだったの?」
「そこら中で飛んで跳ねて転んでいたわ」
「おいぃなんでそんなことまで覚えてんだよ!」
「あは、雪作くんらしいねー!」
笑う香月、ちょっと笑う美麗、おいぃ顔の俺。
「雪作くんは、その時の美麗ちゃんのこと覚えてないの?」
「覚えてるわけねーだろ、幼稚園のときですらあんま覚えてねーっつーのにっ」
おい俺を見ながら食べるな美麗。
「ちょっとも覚えてないの? ちょっとくらいは覚えてない?」
「んーむむ、なんかあるっけー……?」
俺は頑張って思い出そうとしてみた。香月がソフトクリームを食べきった。
(なんか思い出せ、思い出せ、思い出せ……)
はっ。
(きたぁーーー!!)
「思い出した! 幼稚園入る前の美麗!」
「ほんと? なになに?」
美麗はコーンの部分に差し掛かった。
「テレビの前に二人で横に並んで座ってて、なんか肩ぶつけあってぼよんぼよんしてた! 歌番組かなんかで、テレビの人の動きをまねてとかそんな感じだった気がする!」
俺はドヤ顔で美麗を見た。
「覚えているわ」
「覚えてんのかーい!」
美麗恐ろしすぎ。
「わーかわいいなー! やっぱり小さいときから仲良しなんだね!」
「父さん母さん同士が仲いいし、家隣だしでな」
もう一体何年前なんだよ。十年以上前のことだぜ?
「けんかとかしたことあるの?」
「ないー……よなぁ美麗?」
「ないわ」
美麗にけんか売るとか、無謀にも程がある。
「それもすごいねっ。お互いに不満なところとか、まったくないの?」
「ないわ」
美麗超速攻すぎる!
「雪作くんは? 美麗ちゃんの不満なところっ」
「な、ないない。美麗は超完璧なんだから、不満なところなんてあるわけがない」
「その割には要望がある気がするけど」
「そっ、それはそれだっ! 不満だからじゃなくてだな、こう、なんかこう、よりよい美麗の一面を、こう……こうっ!」
うまく言葉が出てこないので、身振り手振りでアピールした。
「てかっ、美麗ほんとに俺に不満なとこねーのかよ。俺みたいな一般ピーポー相手によぉ」
「ないわ」
かーっ。美麗のこの破壊力の高さよ!
「いいなーそんなに仲いい人が隣に住んでるってー。なんか憧れちゃうなー」
香月が手を組んでその上にあごを乗せている。
「いーだろー。あの美麗が隣の家に住んでんだぜーヘッヘッヘー」
俺は自慢してみた。美麗はコーンをもうそろそろ食べ終わりそう。
「美麗ちゃんも雪作くんが隣に住んでてよかった?」
あ、美麗こっち見てきた。
「ええ」
もーまたそこで美麗スマイル出るぅー。美麗はバニラソフトクリームを食べきった。どこからともなく花柄のハンカチが取り出されお口ふきふきしてる。
「ごちそーさまでしたっ」
「ごちそうさまでしたー」
「ごちそうさまでした」
俺の号令とともにごちそうさまでしたが行われた。
「ね、雪作くんからは美麗ちゃんのことをいっぱいすごいすごいって言ってるけど、美麗ちゃんは雪作くんのすごいところ、どこかある?」
「も、もちろんあるよな美麗!」
「そうね……」
どぅぉ~美麗が考え込んでやがるぅー。そんな考え込まないと浮かばないレベルなのか俺はーっ。
「たくさん浮かぶのだけれど、どれから話せばいいのか迷うわ」
「み、美麗ぃ~……!」
「え! 雪作くんってそんなにすごいの!?」
「すごいわい!」
香月にツッコミを入れたら香月は笑っていた。
「まず優しいわ。少しでも人のためになればと思って行動をしてくれているわ」
「そ、そんな大したもんじゃー」
「面倒見もいいわ。一真や後輩をよく面倒見て、慕われていると思うわ」
「やりたいようにやってるだけだけどなー?」
「それとともに信頼されているとも思うわ。物事に真摯に取り組んでいるから、わたくしも雪のことは信頼しているわ」
「そ、そりゃ大げさなんじゃっ」
「面倒なことにもまじめに取り組んでいるわ。練習も頑張っているわ」
「それは~、美麗に負けじとー……?」
「相手に合わせて行動をしていると思うわ。友達が多そうなのもそういうところじゃないかしら」
「あいや、少なくはないとは思うけど、でも美麗だって多そうだし?」
「知識が幅広いわ。わたくしが知らないこともよく知っているわ」
「おいおいマンガやアニメの話を塾の勉強の知識と並べるなよっ」
「手先も割と器用なんじゃないかしら。一真と作り上げた工作はしっかり作られていると思うわ」
「男の友情は時として力の限界を超える!」
「言い回しが多彩だから、頭の回転も速いんじゃないかしら」
「それは単にかっこつけて言いたい漢の性」
「お父さんもお母さんも雪のことを褒めているわ。いい友達を持ったと言っているわ」
「そりゃえがった」
「わたくしがお願いしたことも素直に聞いてく」
「ちょ、ちょっと美麗ちゃんすとーっぷ!」
おっと香月のストップが入ったっ。
「わかった、わかったよぉ、終わらなさそうだからすとーっぷっ」
「そう」
美麗は香月を見ている。
「てか美麗どんっだけ俺褒めてんだよ! どう考えても美麗には遠く及ばないこの俺が! 一体どこのどんなとこにそんな褒められる要素があるってんだー!」
「説明したわ」
がくっ。俺はテーブルに突っ伏した。
「あははっ、でもよかったね、雪作くん!」
「まぁ、悪くはない、けどさー、はは」
美麗はちょっと笑っていた。
「それじゃあそろそろ帰ろっかなっ」
「ん? おー」
香月は立ち上がった。
「今日はいっぱいしゃべって楽しかったねっ。またね!」
「じゃなー」
「また会いましょう」
俺と美麗は手をちょこっと上げた。香月は手をふりふりして去っていった。
そしてこのテーブルには俺と美麗の二人。直売所ってことで辺りはにぎわってるけど。
「……んじゃ美麗、帰るか」
「ええ」
俺たちも立ち上がった。んで俺は自転車を取りに行かねば。
登下校はたくさんしているが、私服で並んで歩くってのはそんなにないと思う。まぁそれでも他の友達よりかは多いんだろうけど。
「美麗カバン」
俺は美麗が持っていたカバンを奪って押している自転車のステアリングに引っ掛けた。
「ありがとう」
「どういたまして」
うん、ツッコミはなかった。たぶんとうもころしって言ってもツッコまれないだろう。
「夏ってあちーよなー」
「そうね」
こんな当たり前すぎる話を出しても、美麗はいつもの返事しかしてくれないだろう。
「美麗は季節でどれが好きだ?」
「夏かしら」
「お、夏か。なんでだ?」
美麗の溜め。
「雪と最も遊べるから、かしら」
おぉぅ。
「そ、そんな理由かよっ」
「だめかしら」
「超いいです」
なんか今日の美麗はやたらめったらよいしょし倒してきてるなー。いや気分はいいけどさ。
「雪はどの季節が好きなのかしら」
「俺? やっぱ春だな! すべての始まりって感じで花見とかにぎやかだし!」
「そう」
なんか、こう、ぱぁーっとした感じがよくね!?
「きょ、今日はやたらと美麗よいしょしてくるなーふはは」
「そうかしら」
「そうじゃいっ。いつもはええそう美麗だというのにっ」
「思ったことを言っただけだけど」
「そうなんだろうけどさぁぁっ。んまぁこれからもよいしょしてくれ」
「ええ」
今日も美麗とおしゃべりする時間が流れていった。




