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俺と魔王の異世界侵略  作者: 凛音
一章 樹海と精霊
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主観的な危険判断はやめましょう



 ばくばくと心臓が音を鳴らしている。


「本当だわ。まだ温かい」

「離れてからあまり時間が経ってないわ」

「すぐ近くにいるはずよ。早く探しましょう」


 一人の声を皮切りに、わらわらと侵入者たちが集まってくる。

 身長二十センチくらいの透明な羽が生えた小さい子供。羽が動く度に光る鱗粉が尾ひれを引くように跡を残す。

 揃って薄い緑の髪をしている可愛らしい顔の小さな少女たちが、ついさっきまで熊を炙っていた焚火を囲んで囁き合っていた。


「あれが、精霊、か?」

「キュゥ……」


 確かに、俺の精霊や妖精のイメージはこんなものだった。納得できる。

 だけど解せない。なんでキュロは、侵入者が精霊だと確認する前から分かってたんだ? そもそもさっきの言葉の意味は?

 精霊と妖精。字面だけ取れば同じようで、その実全く違うはずの種族。マナを生み出す精霊と、マナから生まれる妖精。

 その二つの種族になにか特別な関係があるってことなのか。


 キュロに確認したい。ちらと目を向ける。鳥の見た目をした妖精は体を強張らせているものの、受け答えくらいなら問題なくできるだろう。

 だが、もし彼女らに声が聞こえていたらと思うと下手なことはできない。俺の幻術は姿形を隠すだけで、視覚以外には干渉しないんだ。一応、行動によって起きる音、匂い、痕跡を悟られにくくする《隠密行動》も使ってはいるが、まだレベルは1だ。安心できない。

 すぐ目の前を通り過ぎた精霊に、ごくりと唾を飲み込んだ。心臓の音が聞こえそうで落ち着かない。


「妖精は見つかったのかしら」


 そこへよく通る声が聞こえてきた。


「ノーラ様、こちらです!」


 焚火の跡を囲っていた一人が、やってきた精霊に向けて声をかける。


 ノーラと呼ばれた精霊は、他の精霊たちと同じように小さい身体をした少女だった。

 薄緑の髪は後ろで一つにまとめられて、綺麗だけどキツイ印象を受ける顔がよく見える。


「捕まえたの?」

「いえ、ですがここにいたことは確かです」


 部下とみられる精霊たちの言葉にノーラは焚火跡をちらと見る。


「……十分も経ってないわね」


 周囲の温度から判断したのだろうけど、当たりだ。


「結界が破れたのに気づいて慌てて退避したのでしょうか?」

「ならすぐに追いかけましょう。まだ遠くには行っていないはずです」


 ノーラという精霊の言葉に他の精霊が思い思いに意見を言う。俺とキュロはそれを聞きながら、ごくりと喉を鳴らした。


 そうだ。さっさと行け。そんでもう戻ってくるな。

 ていうかこいつら確かに人間っぽい顔のつくりしてるけど、こんな小さかったら意味がない。生体情報や魔力波長以前の問題だ。期待させといてとんだ肩透かしだ。大人しく逃げとけばよかったな。

 ああいや、でも逃げたらどっちにしろ追いかけられたかもしれないし、ここで隠れてた方が結果的によかったのか?


「そうね……」


 探しに行こうと促す精霊たちに考え込むノーラ。

 別に考えなくてもいいと思う。早く探しに行けばいいと思う。


「ノーラ様?」


 ほら、部下も早く行かねぇのかよって顔してるぞ。早く行け。そして戻ってくるな。そうすれば俺たちは今日が終わるまでここでじっとしてればいいだけなんだから。

 しかしその思いも届かず、ノーラは厳しい目で辺りを見回している。完全に怪しまれてる目だ。

 これ、どこにいるかは分かってないけど逃げてないことは確信してる感じだよな。マジかよ、何故わかる。


 いざという時はお前が囮になれとばかりに服の下に潜り込んだキュロを摘まみだして彼女の動向を見守る。これがこの場にいるかもしれない俺たちを焦らせるためのハッタリで、本当は分かっていないことを願いながら。

 けど彼女は一点、俺たちが幻術で隠れている辺りに目を向けると、綺麗な眉をキッと上げて目を細めた。


「そこにいるのでしょう。出てきなさい」


 ……バレてる。俺は頭を抱えた。

 何故だ。何故バレる。魔術行使した様子もスキルで看破された形跡もないのに、どうして俺たちの居場所が分かるんだ。


 カルウェイドから「あまり剣の才能はないし魔術が特別上手いというわけでもない」という評価の俺は、スキル構成が寄っていたこともあってひたすらに気配を消して奇襲する術を学んできたんだ。一年間もあのスパルタ師匠の元で。

 だからそれなりに幻術の類には自信があったのに、何故だ。何故なんだ。

 しかもあいつのやったことといえば周りを見回しただけ。なんの能力も使ってない。そんな見ただけで分かるなら魔術師なんていらねぇよと思うのだが、実際彼女は見ただけだった。

 感知能力というには結界を破ってから俺たちを見つけるまでに時間がかかりすぎているし、そんな限定的な力……。


 ……いや待てよ。もしかしてあいつ、魔眼持ちか?

 バッと顔を上げてノーラを凝視する。その瞳の色は、金色だ。

 やっぱりそうだ。俺はさっきまで彼女の目を注視なんて一度もしていない。だけど金の目なんて目立つものが一瞬でも意識に止まらないのはどう考えてもおかしい。魔眼の潜在意識への介入がもたらした副次効果だと考えていいだろう。

 つまりあいつは確実に魔眼を持っている。なら結界を見つけたのもその魔眼の力か。


 どんな力かは分からないが、厄介な相手に目をつけられたな。自然と冷や汗が流れるのを感じながらキュロを見下ろす。

 彼女らの目的が何かは分からないが、キュロを探しているだろうことはコイツと彼女たちの発言から理解した。精霊と妖精にはただならない遺恨がある事も。


 ……けどそれに俺は全く関係がないのも事実。

 たとえば俺はキュロを生贄に差し出して逃げることだってできるし、そもそも俺は追われてるわけではないんだから隠れる必要だってない。

 キュロを見捨てれば、俺の安全は確約される。


「……聞いているのですか? あなたに言っているの。そこに隠れているでしょう。視えているのよ」


 一向に動こうとしない俺たちに苛立った声が急かしてくる。もう少しでも黙っていれば問答無用で魔法をぶちかまされそうな勢いだ。

 見捨てるにしてもそうじゃないにしても、早く決めないと俺まで危険に──


(イッドー! 何してんの逃げようよ! 早く! 今すぐ! 僕が死んじゃったら責任とれるわけ!?)


 やっぱこいつ置いて逃げようかな。

 パスを通じてるってのに激しすぎる自己主張。思わず手が滑って脇腹を高速でつついていた鳥の首を絞めてしまうのも致し方ない。


 ぐえーッ、と目を剥く妖精を冷めた目で見る。

 ただ、二日とはいえ今までやってきて見捨てるというのも後味悪いし……キュロは殺されたらそれまでだけど、俺はカルウェイドに生き返らせてもらえる。たぶん、恐らく、きっと。


「早くしなさい! 十秒以内に出てこないのなら、魔法で切り刻んでやるわよ!」


 苛立ってるのか、尊大な口調が崩れ始めてる。悩んでる暇はなさそうだ。


「おいキュロ、今から俺が囮になってあいつらの注意を引き付けるから、お前はその内に逃げろ」

「キ、キキュゥ……(ゲッホ、ゲホ……そりゃあ、狙われてるの僕だしね……)


 首から手を離して囁く。音を立てないよう苦しそうに息を吸うキュロは恨めしそうな目で耳を傾けている。

 俺は片手で術式を書きながら続きを話した。


「今かけてるのと同じ幻術をお前にかける。お前はノーラって奴の視界にさえ入らなければそれでいい。魔眼は視覚範囲にしか作用しないからな」

「キュウ?(え、でももう見つかってるのに意味あるの? 逃げたらすぐ追いかけて来るでしょ)」

「お前が視えてたらこんな悠長なことしてないさ。恐らくあいつの魔眼ではどこにいるのかは分かってても、それが何なのかは分からない。魔法や魔術を見抜く類のものだろう」


 それに、さっき彼女は「あなた」と言った。もし俺たちの姿が詳細に見えているならもう一匹がいることも分かったはず。だからキュロが逃げられる可能性は十分に、


「十秒経ったわよ! そんなに死にたいなら、お望み通り消し飛ばしてあげる!」


 ああ、くそ! 考えてる時間もないな!


「わ、分かった! 今出るから、待ってくれ!」


 慌てて《隠密行動》を解除して返事をする。その隙に書き上がった術式を起動してキュロの身体を隠した。

 それからさりげなく近くに立っていた樹が背後に来るよう立ち上がって幻術を解いた魔術に隠されていた自分の姿が現実に上書きされる。

 途端に精霊たちの間にざわめきが広がった。


「人間?」

「人間だわ」

「いいえ、人間じゃない」

「でも似てるわ」


 上司が確信をもって呼びかけをしていたとはいえ彼女たちは俺が視えていなかったのだから、てっきり何もない場所から現れたことに驚いていたのだと思ったのだが。どうやら俺が何の種族なのか分からなかったことへの驚きだったようだ。地味に傷つく。


「エルフじゃないかしら。耳が長いわ」

「片方だけよ」

「新種の亜獣じゃない?」

「きっと魔物だわ」

「妖精よ。彼が妖精に決まってるわ!」


 好き勝手に騒ぎ出す精霊たち。各々が思ったことをすぐ口に出すせいですぐに騒がしくなる。さっきまでの緊張感は完全に消えていた。


「っ、黙りなさい!」


 そしてそれに耐えられなかったノーラが顔を赤くして叫ぶ。即座に全員が口を閉ざした。

 なんとなく、若くして抜擢されたはいいけどあまり威厳のない中間管理職という言葉が頭に浮かんだ。


「こほん! とりあえず、言葉は通じるということでいいのでしょうか」

「ああ、まあ……」


 いや今聞くのかよ。言語が通じない相手だったら忠告も理解できないのにどうするつもりだったんだ。まさか問答無用で攻撃か?

 ノーラは俺の顔、とくに口をジロジロと眺めると、いぶかし気に眉をひそめた。


「……見たところ人間……の、ようですけど、どうやってこの森に侵入したのです? 普通の者は力場の乱れのせいで入口にたどり着くこともできないはずですが」


 警戒気味にノーラが言う。恐らく俺がその力場をかいくぐって侵入してきたのだと思っているのだろう。彼女の中では俺はかなりの実力者になっているはずだ。

 しかし当然ながら俺はそんなものなど知らない。ずっと樹海の中にいたんだから入口にどんなものがあるかなんて知る由もない。

 いや、力場は分かるぞ。ここでいう力場っていえば「魔導力場」のことだろう。

 ……でもそうだとするとこの状況、ちょっとまずいかもしれない。


 魔導力場、つまりマナが作り出すベクトル場だ。簡単に言えばマナの力の流れのこと。

 マナは空気中に漂うエネルギー体だ。魔法や魔術などの神秘の根幹を担う存在なだけに世界へ与える影響も大きい。マナが多い場所、つまり精霊が多い場所というのは、その干渉力も強まるのだ。


 例えば生物に多すぎるマナというのは毒だ。体内に取り込むマナの量が多すぎることで自然に消費される魔力の量を上回ると、意識的に排出しなければ「魔力過剰」という状態異常に陥る。魔力は生体維持に必要なエネルギーなために、マナが無ければ無いで死に至ることもあるが、あったらあったで問題も多いわけだ。酸素がなければ生きていけないが、多すぎると死んでしまうのと同じように。

 まあ実際よほどのことがなければマナ不足なんて事態にはならないし、魔力過剰になるまで多くのマナを取り込むことになる事態も早々ない。と、カルウェイドが言っていた。


 そしてこのマナだが、本来なら侵入者を阻む結界の役割を果たすほどの乱れ、つまりマナが異常なほどに集まることで、物理世界に直接干渉するまでに干渉力が強まる事は無いはずだ。

 マナの多い場所と少ない場所の干渉力の差異から多少の力場の乱れが生じることはままあっても、それはあくまでも木枯らしが枯れ葉を舞い上げるくらいの些細なものだ。明らかに樹海に起きている乱れは異常すぎる。つまりこれは人為的に引き起こされた現象ということ。

 そしてそんなことをするとしたら、カルウェイド曰く「我が物顔で樹海を牛耳る」精霊たちに他ならない。彼女たちは外からの来訪者を全く歓迎していないということだ。心なしか俺へ向ける目も好奇のものだけじゃなく、敵意のようなものが見える気もしなくもない。


 ……俺は安全だからって囮になったけど、もしかして間違えたか?



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