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俺と魔王の異世界侵略  作者: 凛音
一章 樹海と精霊
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水に囚われた精霊



 時は少し遡り、二日前。

 ワーマルド樹海奥地、オリバレスの女王の玉座前にて。



「──よくもおめおめと、私の前に顔を出せたな」


 上から降ってきた冷たい声に、ノーラはただでさえ小さな身体をさらに縮こまらせた。


「も、申し訳ございません。ですが、力場撹乱結界を無視して転移魔法を行使できるとなると侵入者は相当の手練です。急いで向かいましたが着いた時にはすでに、」

「この後に及んで言い訳か?」

「い、いいえ……」


 用意していた言葉を飲み込む。今ここで下手なことを言えば自分の命はないと、ノーラは理解していた。


 そんな彼女を見下ろす女性はその美しいかんばせを不機嫌に歪ませながら、薄く透けた緑の髪をさらりと流した。背中から生えた綺麗な羽が神秘的なその人の美貌を際立たせている。

 そして何よりも、ぴったりと身体に合わせて作られた白い簡素なドレスが引き締まった体のラインや豊かな双丘を強調しているのに、淫靡な雰囲気が全くない。

 身に纏う高潔で清廉なオーラがそうさせているのだと、ノーラは拝謁する度に陶酔に似た気持ちを抱いていた。


 女性は足を組み直すとノーラをじろりと睨めつける。ドレスのスリットから白く細い足が覗いた。


「それで、その侵入者はどこへ消えた」


 どうやら今すぐに殺されるわけではなさそうだと、ノーラはひっそり息を吐いた。


「すぐに転移してしまったので、足取りを追うことはできませんでした」

「転移?」


 ぴくりと不信げに眉を持ち上げる。その仕草に失敗を悟ったノーラだが、何が間違ったのかも分からない。

 オロオロと目を彷徨わせる彼女を前に、女性は盛大にため息を吐いた。

 この場にふさわしくないその仕草にノーラは肩を揺らしたが、女性は毒気を抜かれたように姿勢を崩した。


「お前は度し難いほどの愚鈍ね。少しでも力場の乱れを見れば分かるでしょう。外と中を繋ぐ転移は一度だけしか起きていないわ」


 呆れた、とでも言いたげな声。煌々と輝いていたはずの銀の瞳は若干の苛立ちはあるものの、さっきまでの張りつめた空気はいつの間にか消えていた。

 その突然の変化にノーラは面食らう。彼女が相対する女性──ワーマルド樹海を管理する精霊たちの女王エスメラルダは、こと森林の調和を乱す者と()に関することに限ってはとても厳しい方なのだ。

 魔法干渉を阻む結界を突破してまで侵入してきた強大な存在に精霊の敵である妖精の誕生。その二つを聞いておいての態度とは思えない。


 それに、言っていることも理解できなかった。ノーラは確かに、転移魔法の痕跡を二つ見つけている。


「しかし、転移魔法の跡は二つありました。魔法が一度しか使われていないのなら、どうして二つもあったのですか?」

「どこまでも救いようのない阿呆なのかしら。外を経由していないのなら、樹海の内から内へ転移したに決まってるでしょう」

「じ、じゃあまだこの樹海の中に潜んでるってことですか!?」


 さっと顔を青ざめるノーラ。それを見てエスメラルダはさらに目を侮蔑に細める。


「……お前から彼の者が転移で逃げたと聞くまで、私もそう思っていたけれど。私から完全に気配を感じさせないだなんてことはあまりに可能性の低い話だから、お前の話を聞いて納得したわ。彼の者は実際この樹海から消えたとみて正しい。むしろなぜ報告したお前が分かっていないのかしら。それともこの私が虫けら一匹見つけられないような愚物だとでも?」

「い、いえそのようなことは……」


 ノーラの言に女王は不機嫌そうに鼻を鳴らした。絡まった木でできた玉座をトントンと指が苛立たし気に叩いている。


「普通に考えて、時と空間を操る門の鍵を持っている魔導士なんてそうそういるものでもないでしょう。内から内へ転移したということは、元々この樹海の中にいたということ。化け物を殺したのはそれ以上の化け物だったという話よ」


 それを聞いて、ようやくノーラも理解した。それと同時に複雑な気分にもなる。


 エスメラルダの言っている化け物というのは、十六年前から樹海の片隅に勝手に住居を建てて住み着いているあの人間のことだろう。

 ノーラはまだ生まれてからそれほど経ってはいないから彼がどんな人物かを詳しく知っているわけではないが、その名だけは知っている。


 カルウェイド・シュヴェルグ。

 人でありながら人に背き、神をも愚弄した愚か者。


 千年もの時が経ってほとんどはその名を忘れてしまったけれど、当時を知る者たちは決して忘れることはない。

 誰もが黙して語らない「審判の日」は、それだけ彼らの心にその存在を刻み付けた。


「憂いが無くなったのはいい事だけれど。あの男、何が目的なのかしら。今さら私たちに歩み寄りたいわけでもないでしょうに」


 眉間に盛大に皺を寄せたエスメラルダが忌々しげに言う。森の調和を乱す上に明らかに泉を狙っているあの人間は、今彼女が一番に煩わしく思っている目の上のたんこぶだ。

 ただ彼女もまた千年前の生き証人であるから、下手に文句も言えず鬱屈とした気持ちを抱えたままでいる。


「兎に角、あの男が動いたのなら侵入者は問題ないでしょう。お前たちは引き続き妖精を探しなさい。イゾルデとルイーザの隊を動かす許可を与えるから、三日以内に片付けをすること。理解したかしら」

「はい!」

「一応伝えておくけれど、妙な反応があるから気を付けなさい」


 それだけ言って、エスメラルダは話を締めくくった。ノーラもまた叱責だけで済んだことにほっと胸を撫でおろす。

 さっさと行きなさい、と顎で指すのに従いその場を辞そうと頭を下げた。

 ──周囲に重く響く音が聞こえたのはその時だ。


 静かに、けれど圧し掛かるような空気の軋みに、二人は動きを止める。動きを止めて、玉座の後方、高い樹木に囲われた広大な泉へと目を向けた。

 淡く深緑色に光るその泉は低く広がる音を受けて水面に波紋を立て、周囲の生き物を静かに、静かに威圧する。


 やがて音が止む。

 二人はしばらく泉を見ていたが、やがてエスメラルダが口を開いた。


「……あと五年ね」


 しみじみと呟くその目線の先には、泉の中心にぽつりとある孤島。家が一軒建つほどの小さなその島の上で、苔に覆われた鱗がゆっくりと動いている。



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