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俺と魔王の異世界侵略  作者: 凛音
一章 樹海と精霊
14/20

実地訓練(サバイバル)



 冬が過ぎて、春から夏に変わろうとしている季節のこと。


「実践戦闘がしたいと言っていたな」


 魚の塩焼きと味噌汁と白米という、コテコテな日本の朝食を食べていたカルウェイドが、急にそんなことを言い出した。最近暑くなってきましたねーとか、今日の味噌は自信作なんですよとか、何も話さない師匠に代わって適当な事を言っていた時のことだ。

 人の話をぶった切って自分の話をするという対人スキルが少しでもある人間なら絶対にしない所業。しかしカルウェイドが唐突に何かを言い出すのはいつものことなのでこちらも黙って話を聞く。慣れとは恐ろしい。


 ちなみに塩と米はいつの間にか、というか俺が「これがあったらいいのになー」という話をカルウェイドに漏らした次の日には用意されていた。米はご丁寧にも精米されたものをだ。

 絶対どこかから盗んできただろとは思ったが、食べられるのは俺もありがたいから貰っておく。ごめんな、どこかの稲作してる人。いつも美味しく食べてます。


「一年経ったし、そろそろいいだろう。少なくとも下手な相手には殺されないはずだ」

「本当ですか!」

「ああ。この樹海にお前に倒せるような魔物がいるかは知らんが」


 ……なんで上げて落とすんだよ。

 俺は真顔でカルウェイドを見つめた。


「事実だ。言っておくが、このワーマルド樹海はブライト大陸の魔族領内随一の危険地帯だぞ。なんせ〝竜〟が住まう地だからな」


 淡々と箸を運びながら師匠は言う。それを聞いて俺は少し前に本で読んだその存在について思い出した。


 竜。一般的にドラゴンと呼ばれる生き物だ。ファンタジーの定番である超生物は、この世界でも類に漏れず最強と名高い種族である。

 巨大な体躯から繰り出される攻撃は苛烈。おまけに広範囲を焼き払うブレスは大地をも溶かす。それを浴びて無事でいられる人間はいない……らしい。カルウェイドとかいう規格外がいるから断言はできない。

 だかここで言う〝竜〟というのは、単にドラゴンを指す言葉ではない。竜族の頂点たる「七竜」を指すそれである。


 災厄を撒き散らす黒竜。恵みをもたらす白竜。全てを凍てつかせる氷竜。生命を育む緑竜。大地に佇む地竜。天に住まう裁きの雷竜。そして悉くを焼き払う赤竜。

 カルウェイドの言う樹海に住む竜とは、緑竜のことだろう。


「竜は存在するだけで周囲の環境を変貌させる。もちろんそれは一朝一夕のことではなく何百年もの積み重ねによるものだが、緑竜の住むこの地は世界一広大で危険な樹海となり、氷竜の住むアクリア大陸は年中氷に閉ざされた極寒の地となり、地竜の住むマレ大陸北部は、一帯に砂漠が広がる不毛の地となった」


 この世界には四つの大陸がある。実際にはまだあると言われてはいるが、確認できているのはこの四大陸だけだ。

 中央にある一番大きなブライト大陸。大陸を二分するように連なるサレリナ山脈を隔てて東が人族領、西が魔族領と別れている、唯一明確に二種族の境界の引かれた大陸だ。俺が今いる大陸もここ。緑豊かで四季が存在するため、多くの種族がこの地に住んでいる。

 ブライト大陸の北にあるのがアクリア大陸。カルウェイドも言った通り一年中雪の降る氷雪地帯。ノームやハイエルフが住んでいると聞くが、詳しいところは知らない。

 南がマレ大陸。二番目に大きな大陸で、北部中央が巨大な砂漠となっている、比較的温暖な地。漁業が盛んで獣人が多く住んでいるという。

 西には何もない。コートクロール海域という決して渡れない海域が存在しているため、その先に何があるのかは誰も知らないのだ。

 そしてブライト大陸より東、というより北東にあるのが──レユン大陸。かの、黒竜が住まう大地である。


「数千年前、黒竜が移り住む前のレユンは美しい大陸だったという。俺が生まれた時にはすでに()()だったから見たことはないが、おとぎ話で聞くような幻想的な風景が実際に存在していたらしい。そんな場所に居を構えるというのだから、全く黒竜も、趣味の悪い真似をする」


 カルウェイドは綺麗に箸で魚をほぐしながら、言葉とは反面、面白そうに言った。聞くところ、レユンにあった国は大半が人間国家だったという。この魔王の人間嫌いは筋金入りだ。


 というのも、黒竜は瘴気と穢れの竜だ。そんなものが何百年といれば、いくら清浄な地であろうと、草は枯れ、土地は爛れ、瘴気に満ちたその場所に生き物は存在できなくなる。

 結局残ったのは、瘴気を好むような魔族だけ。今ではアンデッドや吸血鬼たちの土地なのだという。


 話が逸れた。


「竜が住むということはそれだけ危険な地というわけだ。もちろんここも例外ではない。ワーマルド樹海に住む魔物たちは、緑竜によって『生命を育まれた』ものたちばかりだ。ゴブリンですら大の大人を嬲り殺すぞ」


 ゴブリンと言えば最弱と言われる魔物の代表だ。どれだけ弱いかと言えば、子供が木の棒で殺せるほど。そのクソ雑魚ゴブリンがマナによって強化された大人を簡単に殺すというのだから、他の魔物がどれだけ凶悪になっているかなんて考えるまでもない。


「……それ、初耳ですけど」

「言ってなかったからな」

「……実践って、付き添いありますよね?」


 カルウェイドの言う大人とは一般人のことだ。マナによる肉体強化も生きている内に自然と取り込んだものだけだろうし、修練によって直接マナを取り込む武人とは比べるべくもない。だからこの世界に来ていて一年と少しくらいの俺でも、修行を通して強くなっているからゴブリンくらいには負けないはずだ。

 しかしそれはあくまでもゴブリン相手のこと。他のもっとヤバい奴らに出会ったらどうしようもない。


「お前は俺がいつでも傍にいるとでも思ってるのか?」

「でもまだ修行中の身ですし」


 というか、今のを聞いて自信がなくなった。いくらなんでもそんな危険な魔物と戦いたいなんて思わない。


「俺がいたらどんな魔物だろうと寄り付かないだろう。戦闘以前の話だ」

「そりゃそうですけど」

「死んだら生き返らせてやるから問題ないだろ」

「問題ない……のか?」


 つかそれ以前に死にたくねぇんだよなあ……。

 しかしいくら喚いてもカルウェイドの決定に逆らうことはできない。何かを言われたら答えは「イエス」か「はい」。それはこの一年、傍若無人が服を着て生きているようなこの男と暮らす上で学んだことである。


「とりあえずそれを食ったら送る」

「すぐじゃねぇか。てか送るってなんですか」

「転移で送る。毎回ここから蹴りだすのも面倒だろ」

「はあ」


 転移。時空間へ干渉する力を持った魔術師だけが使える力だ。とても便利であるということは、パッパパッパと色んな所へ飛び回っているカルウェイドを見ているから知っている。


「ん? つまりどういうことですか。俺この家の場所とか知らないんですけど、勝手に帰って来いとか言いませんよね」

「三日生き残ったら強制帰還」

「ならよかった」


 いや良くはない。三日間死と隣り合わせの極限サバイバルとか何も良くはないが、ここで反対でもしたら朝食を食い終える前に飛ばされるかもしれない。これからサバイバルをするなら食べられる時に食べておかなければならない。

 まあなんだかんだ三日だ。俺は気配を消すことに関しては結構だと思ってるし、三日の絶食くらいなんてことない。もしあれならそこらの雑草から体に必要な成分だけ抜き取って摂取することだってできる。なんとかなるだろ。

 俺はとりあえず白米をおかわりした。




◇◇




 当然そんな甘いはずはなかった。


「…………やる気あるのか?」

「あ、あるんですけど、ちょっとこれは無理ゲーっていうか」


 転移魔術で樹海の只中に放り出された三十分後。俺は自室のベッド(手術台ではない。一年前に素材放置部屋は卒業して自室を与えられていた)に転がっていた。

 傍にはカルウェイドが呆れ顔で立っている。


「もう八回目だぞ」

「いやだって毎回目の前にやべぇ化け物いんだもん! 無理じゃないすか!? 初っ端ラスボスとかRPGなら訴えられてますよ!」

「自分の運の悪さを運営のせいにするな」

「その通りなんですけどぉ! つーかその無駄な知識どこから仕入れてるんすか」


 答えは返ってこなかったが俺の頭の中からだということは分かっている。この人は俺の脳を弄るついでに記憶を覗いているらしいのだ。たまに俺ですら忘れているような昔のことを「そういえばお前あの時……」とか話されて超怖いんだよな。言わないけど。


「てかやっぱ、指輪しても運の悪さ治んないんですね……もっと強力なのないんですか?」

「ない。そもそもソレだって俺が作ったわけでもないし、それ以上を作れと言うのなら作製者を探すところから始まるな」

「じゃあ一生終わんないですよ! いいんですか!?」


 俺は駄々を捏ねた。だって絶対無理だ。カルウェイドはランダム転移させてるって言ってるのに、毎回ボス級の魔物が目の前にいるとかもう不運すぎて泣けてくる。俺にどうしろってんだよ。こちとら温室育ちの異世界一年生だぞ。


 しかしカルウェイドは明らかに面倒くせぇと言う顔で容赦なく術式を刻んだ。そして「Wrp Pl(位相)atziern(転移)」と一言。


「あ、ちょ待ってください俺まだ──」


 抗議の声も虚しく、俺は九回目のサバイバルチャレンジへと飛ばされたのだった。



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