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俺と魔王の異世界侵略  作者: 凛音
一章 樹海と精霊
12/20

人の死を悲しむのは義務ではない

タイトル変更しました。侵略してないだろ、というツッコミは受け付けないです。

こ、これからなんで……。



「まずはこのような形でお迎えすることになり、申し訳ございませんでした。勇者様方」


 玉座の間を後にして食堂に移動するなり、ミランダと呼ばれた女性はそう言って謝罪した。

 その声には聞き覚えがある。あの空間で俺達に話しかけてきた「声」だ。とすると、あの時俺達に説明をしていたのはこの人ということになる。


「あの、もしかしてあの時の声って……」

「わたくしでございます」


 同じことを思ったらしい篠宮の問いに、やはりミランダさんは肯定した。つまりこの人は、あの時の一部始終を見ていたのだ。

 ということは、ずっと気になっていたあの事についても知っているかもしれない。


「……すみません、聞きたいことがあるのですが」

「ええ、分かっています。わたくしが魔王の名前を口にした時のことでしょう」


 ミランダさんも自覚はあるようだ。あの時は取り乱していたが、何が原因かが分かっているようなことを口走っていた。仕方なかった、と。だからこの人ならどうして皆がおかしくなったのかが分かっていると思ったのだ。

 けどミランダさんは困ったように眉を下げた。そして少し照れ臭そうに笑う。


「それも合わせてこれから説明をいたしますが、それは食事をしながらにいたしましょう」


 ミランダさんがそう言うと、タイミングよく奥の扉が開いて料理が運ばれてきた。どれも見たことのないものばかりだけどすごく美味しそうだ。生徒の間からも歓声が上がる。


「本来は明るく今後の事を話す予定でしたので、なるべく皆様に楽しんでいただけるよう豪華な料理を用意していたのです。襲撃やらなにやらで皆様もそれどころではないでしょうが、冷めてしまったらもったいないですから」

「いえ、ありがたくいただきます」


 俺達も色々あって疲れていたところだ。肩の力が抜けるという意味でもよかったかもしれない。


「それはよかったです。我がネオラント自慢の料理ですので、どうぞごゆっくり味わってくださいませ」


 並べられた料理は大抵が見たこともないものだった。異世界なのだから当然だけど、緑色の肉が出てきた時は一瞬皆が固まった。聞いてみればハイオークの肝臓という、貴族や王族も好んで食べる高級食材らしい。地球でいうフォアグラみたいな扱いのようだ。食べる気にはあまりなれないけど。


「さて、まずは自己紹介を。わたくしはミランダ・フォード。ネオラント王国宮廷魔導士団特別支部白魔導及び教会顧問魔導士団の筆頭魔導士をしております」


 料理が机に並べ終わったところで、ミランダさんは長くてよく分からない肩書を説明してくれた。


「俺は柾谷怜です。元の世界では学生でした。ここにいるのは同じクラスの生徒です」


 一応これで通じるのか分からなかったが、ミランダさんは特に何も聞いてこなかった。どうやらこの世界にも地球と同じような学校があるようだ。


「三枝弥生です」

「私は篠宮菜月美(なつみ)といいます」


 相変わらず素っ気ない弥生に誰にでもにこやかな篠宮。いつもと変わらない二人に続いて、全員が自己紹介を済ませる。ミランダさんは相変わらず笑みを浮かべたままそれを聞いていたけど、四十人近くいるのに全部覚えられたのだろうか。覚えられていそうなのが怖いな。


「なあ、もうこれ食っていいんすか?」


 西田が待ちきれなかったのか終わるなりそわそわと目の前の食事を見て言う。それを見てミランダさんはそうですね、と笑った。


「どうぞ、召し上がってください」


 その声を皮切りに、みんな一斉に食べ始めた。色々あって忘れていたが、もうとっくに昼食の時間は過ぎている。お腹が空いているのも当然だ。


「う、うめー! なんだこれ!」

「すごい、こんな美味しいの初めて食べた!」

「生産チートは無理そうか……」


 料理を食べたクラスメイトが口々に賞賛を口にする。それを聞きながら俺も緑色をしたオークの肝臓を食べてみた。


「……うん、うまいな」


 口に入れただけで溶けてしまうほどに柔らかくて、濃厚な肉の香りが口いっぱいに広がる。

 確かに美味しい。元の世界では、こんなもの逆立ちしたって食べられなかっただろうな。


 俺はそう思って、けど一口食べただけで手を止める。


「柾谷くん? どうかしたの?」

「……」


 ミランダさんは説明をしてくれると言っていたけど……その前に、どうしても聞いておかなければならないことがある。ここに来てからずっと考えていたことだ。


「マサヤ様、何かご質問でも?」


 質問、というわけではない。ただ確認しなければならないだけだ。

 俺は食器を机に置くと、不思議そうに俺を見るミランダさんを見つめ返した。


「さっきの混乱の中で、クラスメイトが一人あの空間に放り出されました」


 ぴたりと、音が止まった。

 食事をしていた生徒たちが揃って動きを止めていた。


「俺が聞きたいのは、あの空間のことと……彼が、生きているのかということです」


 大して親しい生徒ではなかった。彼自身、自分の体質のことで他と一歩距離を置いていたし、俺自身も……自分に降りかかってくるのが怖くて、遠くから見ていることしかできなかった。

 だから、というわけではない。罪滅ぼしをするにはもう遅すぎる。

 俺はただ、顔も名前も知っているただの知り合いが、無事でいてくれるという保証がほしいだけだ。


 ミランダさんは瞬きをして、サッと顔を青ざめさせた。そして周りに目を向けて、目をそらすように俯く生徒たちに本当のことだと悟ったのだろう。


「わ、私の……わたくしのせいです」


 そう、震える声で言った。


「わたくしが、あの時、()()()()()()()()()から……!」


 名前……? 名前を言ったから、彼は落ちたとでも言うのか。そんな馬鹿な話が?

 訝しむ俺をよそに、彼女は恐ろしいものでも見たかのように身体を震わせる。


「わた、わたくしがあの時、魔王の名前を言わなければ……あんな事にはならなかったのです。ましてや、敵に魔法を、乗っ取られるなんて……そんな失態……」

「すみません、何が言いたいのかちゃんと話してくれませんか?」


 要領を得ない言葉に説明を促すと、俺たちへの説明を思い出したのか、ヒステリックになりかけてきた呼気を徐々に落ち着けた。

 それでも、まだミランダさんの目には動揺が残っている。恐ろしいものを見たかのように。


「あれは……〝魔王の呪い〟です」

「呪い?」

「ええ。かの魔王は、自身の名に呪いをかけたのです。その名を聞いた者に狂気をもたらすように。魔王の恐怖を世界へと知らしめるために」

「だから、あの時……」


 弥生が納得が言ったと呟く。

 確かにあの時は、ミランダさんが魔王の名前を口にしたことで混乱が起きた。そうと言われれば、確かに筋が通る。

 ただ、


「ならどうして、魔王の名を口に出したのですか? 駄目だと分かっていながら」

「し、仕方なかったのです。魔王の配下が城内に侵入していて、わたくしは気が付かない内に黒魔法によって精神汚染をされていました。あの時は自分で物を考えているのか、何を話しているのかすらも曖昧で、気が付いたら……」


 そこまで言って、ミランダさんは首を振った。


「……いえ、これは言い訳です。わたくしの心が弱かったせいで、皆様に不要な混乱を招いてしまったのは事実ですから」


 それを聞いてクラスメイトたちは安堵したようだ。後になって振り返ってみた時に、自分が異常であったというのは気分のいい話ではない。理由が分かって安心したのだろう。

 だけど俺が聞きたいのはそのことじゃない。


「それも後で聞きたかったのでいいのですが、まずは消えた生徒が無事なのかを教えてくれませんか?」

「……そうですね。生存している可能性もゼロではないと思いますが……」


 歯切れの悪いセリフ。それだけで、大体のことは察してしまった。


「あそこは〝時の回廊〟と言って、時間と時空を司る場所です。放り出されたということは、今とは異なる時間へと飛ばされたのでしょうが……皆様が時空転移するにも何重の保護結界が必要だったのです。生身では、よほど運が良くないと……」

「……そうですか」

「ですが、万が一ということもありますから。希望を持つことは大切です」


 最後にミランダさんは励ますように言ったが、ここにいる全員がそんな可能性は皆無に等しい事を知っている。

 何故なら、彼は、放り出された生徒は、ものすごく運が悪かったから。不慮の事故を防ぐために学校行事は全て参加していなかったほどだ。なんでも小学校の頃、遠足のバスが毎年事故を起こす(酷い時は落石に遭いかけたとか)ため、そのうち行かなくなったのだと、担任の教師に話しているのを聞いたことがある。

 担任教師は参加費用が用意できないようだと説明していたけど、本当のところは皆知っていた。イベントごとで面倒な事故に遭いたくないから、誰も何も言わなかったけど。


 そして今も、皆は黙り込んでいる。あの場で彼に向ってひどい言葉を浴びせたのは、一人二人ではない。それが〝魔王の呪い〟とかいうもののせいだったとしても、罪悪感は感じずにはいられないだろう。

 それは、俺も。


 あの時、冷静なのは俺だけだった。それなのに何も言えなかった。

 周りの空気に飲まれてしまった。そうかもしれない。

 でも本当のところは……俺も同じ事を思っていたからだ。あいつのせいで、俺たちはこんな面倒なことになっているのかって。


「俺が止めるべきだった」


 静かになった食堂で、俺の言葉が響く。皆が顔を上げて俺を見ていた。


「あの時、俺が少しでも高崎を庇ってやるべきだった。なぜだか知らないけど、俺だけは冷静だったんだから……」


 これは後悔か? いや、違う。悔しいんだ。何かすれば救えていたかもしれない命を、何もしなかったせいで失わせてしまったんだから。


 悔恨に俯く俺を、皆は申し訳なさそうに顔を見合わせる。

 その言葉を迷うような沈着の中で答えたのは、西田だった。彼は言いにくそうに頭を掻いている。


「その、柾谷には悪いんだけどよ。俺は……いや、俺たちはみんな……多分みんな、あいつがいなくなって、少しだけほっとしてる」


 一瞬、相手が何を言っているのか分からなかった。


「……え?」

「だ、だってそうだろ。あいつがいたら上手くいくもんもいかなくなるし、これから魔王っていうヤバい奴と戦うんだろ? だったらさ、少しでも()()()()はなくしておきたいのが、普通じゃね?」


 同意を求めるように西田が周りを見渡すと、ちらほらと頷く生徒がいる。

 それを見て俺は、衝撃が走ったような気持ちだった。


「大体あいつのこと、()()()としか知らねーし……あいつに近づいたせいで怪我した奴だって結構いんだよ。みんな不気味がってた。同じ学校に通いたくないって言う奴だって、少なからずいた。()()()()()だって、絶対あいつが学校にいたからだし」

「正直、関わりたくないっていうか、近くにいてほしくなかったよね」

「こういうの話したらいじめは良くないとか言われるけどさ……誰だって、()()()()と同じ場所にいたいなんて思わないでしょ」

「本人が悪くないのは分かるけど、それとこれとは別だよね」

「あいつ両親も親戚もみんな死んでるらしいし、気味悪いんだよな」


 西田の言葉を皮切りに、ぽつぽつと心情が吐露されていく。けどそれは、俺にとっては想像だにしない言葉だった。


「み、皆は……人が死んで、悲しくないのか?」


 怖々と口にした言葉に、西田は「そういう訳じゃねぇけど……」と口ごもる。他のみんなも目をそらすばかりだった。


「だったら、どうして」


 理解できない。知り合いが死んだかもしれないのに、毎日顔を合わせていた相手がいなくなったのに、ほっとした?

 それではあまりに、無感情がすぎる。それでは、死んだ彼が報われない。そんなのは、許されることじゃない。


 体の奥からふつふつと沸き立つものがあった。怒りよりも、悲しみのような感情が、奥深くで煮え立って視界を覆う。

 こんなものを皆にぶつけるのは筋違いだと分かっている。彼らが言っていることは間違いではないから。俺が受け入れられないだけで。俺のエゴを、彼らが受け入れられないように。


「柾谷くんには悪いけど、私も西田くんたちに賛成かな」


 ふと黙っていた篠宮が言った。彼女はいつもの真っすぐな目で俺を見ている。


「柾谷くんの気持ちも分かるよ。みんな、柾谷くんのそういう優しくて誠実なところが好きだから。尊敬してるし、すごいと思う」

「……俺は、別に」


 篠宮の言うような立派な人間じゃない。

 その言葉は、口に出る事はなかった。


「でもね、みんながみんな、柾谷くんみたいに強いわけじゃないんだよ。こんな状況で、みんなどうなるか分からないから怖いんだよ。私だって高崎くんが死んじゃったら悲しいけど……()()()()()()()()()()柾谷くんや他のみんなが死んじゃうくらいなら、私は、いなくなってくれてよかったって、心から思うよ」

「──っ」


 あんまりな言葉に息を飲む。それは普段誰からも好かれる、笑顔の絶えない篠宮からは想像できない言葉だった。

 縋る気持ちで隣を見るが、弥生は目を閉じて静かに首肯する。


「とても業腹だけど、私も篠宮さんの言う通りだと思うわ」

「業腹ってどういう意味かな、三枝さん」


 半眼の篠宮が突っ込みを入れるも、弥生は無視して話を続けた。


「勘違いしてほしくないけど、別に相手が高崎くんだったからじゃないわよ」

「……どういうことだ?」

「怜が決めたんでしょ? この世界で、魔王と戦うって。いくら魔法や不思議な力があるからと言って、それが危険なことに違いはない。それってつまり、クラスメイトの誰かがいつか死んでもおかしくないってことでしょ」


 その通りだ。だから俺は、俺一人の決断にみんなを巻き込みたくなかったんだ。


「それならまだどうするかを決められるこの段階で、現実をしっかりと認識できる機会が得られたのは、幸運だったと私は思うわ」

「機会って、弥生、それは」

「言い方が悪い? それとも非情?」

「いや……」

「どっちでもいいわよ。私、実際に彼が死んでもなんとも思ってないから」


 こともなく、彼女はそう言った。

 昔から興味のない事柄にはひたすらに無関心だったが、さすがに人の死に対しての態度とは思えない。眉をひそめる俺に構わず涼しい顔で紅茶を飲む姿は、何も変わらない普段の弥生の姿だった。


 空気が重苦しく感じる。お通夜といっても間違いではない状況ではあるけど、誰も何も口にしない。


「えっと、お話はお済でしょうか……?」


 ミランダさんが恐る恐る聞いてきた。


「ええ……お見苦しいところをお見せしました」

「いえ、わたくしも配慮が足りませんでした。まだ気持ちの整理もできていないのに、気を急きすぎましたね」


 食堂内をぐるりと見まわすミランダさんは、申し訳なさそうに笑う。


「続きの説明はまた明日にいたしましょう。今日はご飯を食べて、ゆっくりお休みになられてください」


 それが、ミランダさんなりの配慮だったのだろう。確かにこのまま話続けることはできそうにない。一日置けば、みんなも……俺も、落ち着いて話を聞く事ができるだろう。


 かちゃかちゃと食器の鳴る音が再開しだした。みんなが口々に料理を食べては、美味しいと口にする。


「柾谷くんも、早く食べないとなくなっちゃうよ」


 篠宮に急かされて置いてあったスープを口にした。美味しい。


 そういえば、彼はよく昼食を買ってきては転んで落としていた。だからいつもパンなんかを買っていたようだけど、昼休みの度にどこかしこでこけているのを見て、またかと思っていたのを思い出す。

 今ここに高崎がいたら、この料理もこぼしていたんだろうな。王宮で出されるような美味しい料理なのに、取り損ねてお皿ごとひっくり返して、周囲の料理を全部だめにしてしまう様子が思い浮かんだ。


 ──もし、生きているなら。


 限りなく低い可能性だけど、もし生きていて、もう一度再会するようなことがあれば。

 その時は、ちゃんと謝ろう。あの時何も言えなかったことも、困っていた時に助けてやれなかったことも、全部。



 異世界に召喚された一番初めの日。この日の勇者の決断が、後の大戦を引き起こすことになる。



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