〈2697年〉召喚された勇者達
予約投稿忘れてたので一日遅れです。
視界が真っ白になった後、身体がバラバラにされるような不快感とジェット機で一気に加速したような負荷に息ができなくなった次の瞬間には、俺達は明るい場所で床に転がっていた。
一瞬の瞑目。耳鳴りのせいかそれとも眩暈か、随分と頭がぼやける。
俺はゆっくりと瞬きをして、それから冷静に目の前の豪奢な天井を見つめた。全く知らない天井だ。そんな小説の冒頭のようなセリフが思い浮かぶ。むしろ、こんな西洋の古い聖堂のような天井を知っている方がおかしい。俺は海外なんて行ったことないんだから。
じゃあ、ここはどこなんだ? 俺はどうしてこんな所に──
「──っ!」
ガバッと音を立てて起き上がる。急に動いたせいか頭がズキズキと痛んだが、それどころではない。
冷や汗を流す俺の前にはやはりクラスメイトが同じように床の上に倒れていて、徐々に目が覚めた生徒達が戸惑った様子で倒れた仲間を見渡している。そしてその数は、一人足りない。
六角形の広い部屋にはステンドグラスからの光が注いでいて、一つきりの大きな扉が存在感を放つ。煌びやかな照明に豪華な内装。それでいて厳かな雰囲気のある部屋の床には、記憶にある模様の描かれた円が一部砕けた形で描かれている。
夢なんかじゃなかった。俺達はみんな、異世界に召喚されたんだ。
一瞬頭が真っ白になって、でもすぐに心を落ち着かせる。慌てることはいつだってできる。だから今やるべきなのは現状をきちんと把握すること。
さっきの「声」の話を聞いた限り、俺達は戦いの為に呼び出されたということだ。魔王とかいうゲームの中の悪役みたいなのを倒すために。
それ自体はすごく、ものすごく度し難いことだが、でもこの世界の人達が困っているのも事実。一度関わってしまったからにはと断り切れず、結局は同意してしまった。いつものことだ。
ただ俺の一存でクラスメイトを巻き込むのも気が引けたが、彼らも同意はしてくれた……はず、なのだが。
つい先程の光景を思い出して考え込む。
あれはどう考えてもおかしかった。まるで何かの魔法にでもかかったみたいに、急に前とは反対の事を叫び始めた生徒達。あのいつも冷静な弥生でさえ、何かに怯えるようにしていた。最初はあの「声」が何かしたのかと思ったが、よく考えると彼女の様子もどこかおかしかったし……それに皆が冷静さを失っていたとはいえ、そのせいで彼を……。
「うぅ……」
思考に耽っている俺の傍でうめき声がした。声のした方を見ると、弥生が顔を顰めながら体を起こしている。目が覚めたようだ。その隣では篠宮が不安そうに座り込んでいる。辺りを見回すとほとんどの生徒が目覚めたようで女子生徒のすすり泣く声と男子生徒のざわつく声が少しずつ聞こえてきた。
「怜」
長い髪を整えながら立ち上がる弥生。家が近くて幼稚園の頃からずっと同じ学校に通っている彼女とは、いわゆる幼馴染の関係だ。そのせいか、彼女は今でも俺のことを名前で呼ぶ。俺も何となく変える機会がなくて名前で呼んでいるけども。
「ここってやっぱり、さっきの『声』が言ってた……」
「ああ。異世界ってやつだろうな」
「……そう」
言葉少なに納得したらしい弥生は難しそうに考え込んでいる。昔から根っからの現実主義で神社の跡取り娘がそれでいいのかと思っていたのだが、さすがに今回の事件は信じざるを得ないようだ。実際に謎の空間に連れていかれて訳の分からないことになっているんだしな。
「とりあえず、ここが彼女の言っていたネオラント王国とやらで間違いはないだろう。ただ問題は、どうしてこの場に俺達以外の誰もいないのかってことだけど……」
普通、こういうものって案内人とかが付くものじゃないのか? 呼び出しておいてそのまま放置ってわけはないだろう。
けれどここには壊れた魔法陣と立派な扉があるだけだ。
「柾谷くん」
そこへ、黙って座り込んでいた篠宮が声をかけてきた。その顔はまだ不安そうにしている。
「どうした、篠宮」
「うん、ちょっと……何か聞こえてこない?」
「なにかって──」
言われても、と続けようとした言葉は、扉の向こうから聞こえてきた轟音によって掻き消される。
「うわ!」
「きゃっ!?」
ぐらりと地面が揺れてたまらずに倒れこんだ。近くで篠宮が悲鳴を上げているが、今はそれどころじゃない。
まるで爆発でもしたかのように激しい轟音と建物を揺るがす衝撃は未だ収まらず、連続的に響く爆音が平時でない異常さを伝えてきていた。生徒たちの悲鳴があちこちで上がって、天井からパラパラと砂が落ちて来る。
まずい。何が起きているのかは分からないけど、このままじゃ皆がまた平静を失ってしまうかもしれない。そうなったら……またあの時みたいになったら、絶対にただ叫びだすだけじゃ済まないはずだ。だから誰かが止めなければ。
ぐぅ、と腹の奥で力を込める。俺の声で、言葉で、この場の空気を変えられるように。
そして、その〝力〟を乗せた声を発そうと口を開き──扉が、大きな音を立てて開いた。
扉が開いたことで今まで遮断されていた音まで聞こえるようになった。それで分かったのだが、この扉の向こうはまるで戦場のような大騒ぎだった。あちこちで小規模な爆発音が響き、人の怒声と攻撃が飛び交っている。
そしてその扉を開けた青年は、図らずも突然の大きな音と飲み込めない状況に静まり返った俺達を見て安堵したように大きく息を吐いた。
「はあ、よかった。召喚は成功していたんですね!」
大砲みたいなのを走って運んでいく兵を背後に彼は、心底安心したと笑顔を浮かべた。が、すぐに顔を引き締めると大急ぎで扉を閉める。遮音効果があるのかそれだけで外の喧騒は聞こえなくなったが、建物を揺らすようなあの大きな音だけはまだ聞こえてくる。
「勇者様、今この城の中は危険です。絶対に外へ出ないでください。この部屋にいる限りは安全ですから」
青年はそういったが、言われなくてもあんな中に出ていこうとする奴はいないだろう。誰もが無言で首をこくこくと振っている。
その時、また大きな音が鳴って床が大きく揺れた。さっきの外の様子を見る限りでは、これはどこかからの攻撃、ということか。そしてこの男はここを「城」とも言っていたから……つまりよくは分からないが、ただ事でないことだけは分かる。
「あの、外で何が起きてるんですか?」
分からないのなら聞くのが一番だ。この世界にやってきた以上、関係ないで済ますことはできない。
皆が黙りこくる中質問してきた俺に青年は少し驚いたようだったが、すぐに苦々し気に顔を歪めた。その表情だけで、あまり良くない事態なのだと分かる。
「魔王の襲撃です。勇者の召喚を阻止しようと、魔王が配下を送ってきたのです」
誰かが息を飲む音がした。半ば予想していたこととはいえ、それはあまり嬉しい報せではない。
だってそれは、勇者の存在を敵に知られているということであり──命を狙われているということなのだから。
◇◇
襲撃が過ぎたあと、俺達は青年に連れられてより豪華な部屋に来ていた。さっきまでの華美ではあるがどちらかというと聖堂のような雰囲気に近かった部屋とは違い、まさに西洋の城のような豪奢さ。なるほど、これが玉座の間というやつかと、荘厳な雰囲気を放ち大きな椅子に座る男性を見て思う。きっと彼がこの国の王なのだろう。名前は確か、フィロルド二世、だったか。
ここに来るまでの急いで城を修理する慌ただしさとはまた別種の切り詰めた空気に自然と喉が渇く。けどここで気圧されていては駄目だ。俺達はこの人たちにとっての希望……失望させてしまうようなことはできない。
毅然と顔を上げて王を見据える。普通こんなことをすれば不敬罪だとか言われるかもしれないけど、俺は勇者だ。堂々して、俺達を見る人が不安を感じないようにしなければならない。
玉座の間には、国王の他に多くの人がいた。護衛の騎士たちはもちろん、着飾った制服のようなものを着た人達と白いローブを着て杖を持つ人たち、黒いローブを羽織っている明らかに魔法使いだと分かる服装の集団。そしてその奥、王の玉座の隣には、ドレスを着た綺麗な女の子がいる。見た目からしてこの国の王女だろうか。
「よく来てくれた、異界の勇者たちよ」
周りを見て様子を窺っていた俺は、その声を聞いて再び顔を上げた。威厳のあるその声は、この国の国王その人からの言葉だ。
一緒についてきていたクラスメイトたちも、不安げながら王の言葉に耳を傾けている。
「いきなりこんな所に呼ばれて不安だろう。しかし、それでも私はこう言わなけれなならない。──勇者たちよ、どうか我らの世界を救ってくれ」
王はそう言って、頭を下げた。
「え……っ?」
篠宮が思わずと言った様子で声を上げる。俺も、一瞬固まってしまった。
王が頭を下げる。この行為はものすごいことなのではないのかと思う、いや、そのはずだ。それなのに周りにいる人たちが誰一人として止めようとしないのだ。それどころか、他の人達までそろって頭を下げた。自分達よりも遥かに年下の、他の世界から来たばかりの子供に対して。
それはつまり、勇者などという得体の知れない力に縋らなければならないほどに、この国が……この世界が追い詰められているということに他ならない。
知らずに、拳を握りしめていた。まだ何も知らないこの世界だけど、それでもこんなに苦しんでいる人たちがいるのだと、俺は知ってしまった。
「顔を上げてください」
本来なら立場が逆であろう言葉を口にする。そうしなければいつまでも頭を下げたままだっただろうということもあったけどそれ以上に、俺はもう心を決めていた。
「俺たちはこの世界のこともよく知らないし、どんなことができるのかも分からないです。それでも……俺に勇者としての力があって、それで誰かを救えるのなら、俺はできうる限りの協力をすると約束します」
昔から困っている人を見捨てることができなかった。どんな小さなことでも、悪い事をする奴が許せなかった。それはきっと警察官だった俺の父さんの影響だったのだろうけど、幼い頃の憧れは積もり積もって今の俺を形作っている。
だから、例えこの人たちが国という集合体の頂点に立つ存在だとしても、俺が心の底から嫌いな人種であったとしても、見捨てるという選択肢は端からなかったんだ。
俺が一人決意を固めていると、後ろから他の声が上がった。
「怜がやるなら、私も協力するわ」
「わ、私も! 柾谷くんに付いて行くからね!」
弥生と篠宮だ。二人とも俺を見てしっかりと頷いて見せる。
「俺達も……まあさっきは何だかんだ言ったけどよ」
「ここまでお願いされたら、ね」
次に声を上げたのは西田と北城。さっきは一度反対していたが、彼らの誠意を見て気持ちが変わったようだ。少しバツが悪そうにしながらも協力を約束する。
そしてその二人を皮切りに、他の生徒たちも賛同し始めた。満場一致。全員が全員、彼らの期待に応えると立ち上がった。
「おぉ、なんと心強い!」
「これが勇者様……」
周りの人達が感動したような声を上げる。国王もどこか安心したような表情だ。
「そなたたちの協力に感謝する。……ありがとう、少年少女たち」
王は最後に優しい声音でそう言った。案外、そっちが素なのかもしれない。
そしてすぐに居住まいを正すと、傍らにいた白いローブを着た女性に声をかけた。亜麻色の髪をした綺麗な人だ。
その人は国王から何かを告げられて恭しく礼をすると俺たちの方へと振り返った。柔和な笑みを浮かべている。
「それでは詳しい説明はこのミランダにさせる。今日はゆっくりと休み英気を養ってくれ」
王のその言葉でその場は解散となった。