逸らされる視線
【逸らされる視線】
「何をそんなにぐるぐるして。虎でも目指してるの?」
「わたしバターになっちゃうよ……」
「はいしどうどう」
「もうさ、あれだよね、こうなったら、あの方法しかないよね」
「ルリ、語彙力」
「わたし語彙力じゃないもん」
「もうちょっと、日本語で分かりやすく話しな」
ほらこれあげるからと、なぞのやる気に満ちているルリをなだめるようにグミを差し出した。目を輝かせながら喜んで口にしたが、舌の上を踊る酸味に反射的にきゅっと目を閉じて口をすぼめたルリに、桐子は引っかかったと満足そうに笑った。
「あのね、昔から言われてるでしょ、“押しの一手”だって!」
「すでに透に対してルリは押せ押せじゃない。これ以上押したら逃げるかもよ」
ルリと会話を続けながらも、手元は目にも止まらぬ速さで携帯を操作している。が、まじかと小さく呟いてディスプレイを見つめたまま止まってしまった。
「桐子ちゃんいつも何やってんの?」
「コーデバトル」
「さらっとうそつくよね! 今ちょっと見えたよ。誰かと話してた!」
「協力者がいるから。ルリから聞いてたよりもだいぶひどかったから、作戦を変えよう」
「作戦って?」
「ルリの案を採用して、押してダメなら――、」
西棟三階。協力者の情報を基に、透が一人でいるところをねらう。人目を気にしないところでぶつかってやれば、ぽろっと吐くかもしれないから、思いっきりアタックしてきな。今日はもう帰るだけだって言ってたし、大丈夫でしょ。
誰もいないと思っていた所にルリがいきなり現れたのを見て、目を丸くさせた。くるりと背中を向け、早足で去っていこうとする透の袖を握り、引っ張った。
「こっちを見てよ!」
「……っ!」
急に発せられたルリの声に、大きく目を見開いた透と目が合った。驚きと困惑を混ぜきれない表情をしているのに、何かを強く訴えていて、透を問い詰めようと用意していたはずの言葉が声にならなかった。無理に引き留めることでそんな表情をさせてしまったことがひどくショックで、袖をつかんだ手からするりと力が抜けた。
「ひどい顔してるよ、私知らないうちになにかしちゃったんだね」
「違う! 私が。俺が悪いんですルリは悪くなんかない」
袖をつかまれていた腕を今度は透が握りしめ、両の手で包み込んだ。
「俺がルリを避けていたのは、そんなことではなくて。いや、説明するのは難しくてとても出来ないけど、とにかくルリのせいではないんです」
今まで満足に触れたこともなかった手を必死に握って、なんとか分かってもらおうとしている。伝えようとしている気持ちの分だけ、距離が近い。片手で数えるほどしか合ってなかった真剣な瞳と真っ正面から見つめ合って、ルリは笑ってしまった。
「透くん、あの、手」
「手?」
ルリに指摘されてようやく、引き留めるためにルリの手を両手で握っていること、距離が普段の比ではないほど近いことに、透は気付いた。みるみるうちに顔全体が赤くなり、ぎこちなく手を解放した。もごもごと言い訳めいた言葉を口にしながら耳まで染まっている。距離をとり、高い位置にある透の目を見ながら、手を差し出した。
「これからは私のこと避けないって約束してくれる?」
「ルリが言うなら。もちろん」
「もう、約束だからね!」
「……分かりました」
眉を八の字にしながら、それでも嬉しそうに笑う透に、ルリは満開の笑顔をみせた。




