首相官邸で
遅くなりました。原因は昨日書きかけで行き詰ったためで、決して寝落ちしたからではありません。本当ですよ。
では、お楽しみくださいませ。
これで何度目だね。
一代目から数えて百三十一回だと記憶しておりますが。
新しい対策の仕方か、対処方法でもあるのかね。
左様な話、先方から聴いてはおりませんが。
意味あるのかね、これ。
国内と対外対策には重要とのことでして。
重要かね?何の有効な手も打ち出せてはおらぬのに。
それは海外の関係国も同じだと思われますが。
ふむ。そう云えば、また崩壊した国があったそうじゃないか。
ええ、リストはこちらになります。
ほほう。儂らが国内対策に振り回されている間に、あの大国もあっさり墜ちたのか。
とは書かれてはおりません。
ほう?
墜ちたのはあくまで中央政府と八つの地方政府だけでして、残された地方、もしくは都市政権などは軍を取り込み、または取り込まれ軍閥化の兆しが出てきており、報告書にはそう書かれておりますが。
それは事実上、国が滅びたとは言わないかね。
いえ、いつもの群雄割拠の時代に戻っただけのようです。
まあよいわ。それより彼の国の残有国民数は如何ほどだろうね。
四日前の報告では、四億人から五億人の間ではないかとの概算値が出ておりますが。
すぐに調べ直すよう申し付けなさい。それと無意味な言葉あそびに終止せず、あったこと、予想されることをデータを添えて率直な文章で提出させるように申し付けておきなさい。
畏まりました。あと、他の国々の残有数と政治情勢についても詳細な情報を集積するよう関係各所に申し伝えます。
そうだね、それと軍事情勢の変化も追加しておいてくれないか。同じ条件で国内の再調査、再々再調査になるのかね。それもよろしくね。
畏まりました。優先すべき人材の保護状況の確認も併せて実施いたします。
頼んだぞ。
さて儂は、外界から完全遮断された首相官邸地下の廊下を足早に歩く儂は、首相主催の謎の奇病対策会議に赴こうとしている。
無駄な会議だ。
儂は常にそう考えていた。
何回やっても出る結論は同じ、抜本的な根絶策は無し、対応策も無し。現状で出来うる手立ては国民の生命保護を最優先とすることだけだそうだ。労力の無駄使いとは、まさにこのことだの。
なによりしれっと人権と財産の保護という文字が、文言から抜けて落ちてるのは、とうの昔に国家としての保護の対象から外されているからだ。
そんくらい日本は土俵際か。
会議室の前で立哨している警務隊の一同が捧げ銃をする中、儂はご苦労様ですと辞儀をしつつ、重い防弾鋼の分厚い扉を三度潜った。
お待ちしておりました外務大臣兼防衛大臣。
青白い顔をファンデーションで包み隠した若輩の首相が、儂を出迎えをしてくれた。
これは総理、お待たせして申し訳ございません。
深々と頭を下げて謝辞を述べる儂に、いえいえ、皆さんもまだ半分も集まっていませんから、侘びには及びません。
努めて平静を装ってはいるが、コイツも精神堪らんのだな。
総理の肩は時折震え、何度も両手の甲をかきむしったあとがあった。
儂が謎の奇病が発生してから頭を下げてきた首相は、コイツで三人目になる。
最初の首相は大局を見るに敏であったが、細事に関してはおっとりした奴で、その所為でマスコミに足元を掬われて、すってんころりんしそうな時分に、今回の奇病がお出ましになったのだ。
未知の奇病の存在が正式に疑われたのは、第一週目の発病死が全国各地で発現した際のことで、警察消防はいうに及ばず、自衛隊も衛生機関も、何もかも総動員した奇病の早期発見早期撲滅を宣言して対策に乗り出したのも、この総理のときだった。
ここまでは良かったのだ。
宣言してすぐ死んじまったのがいけない。
当時、奇病対策に必要な、様々な時限立法の成立を目指していた政府に対して野党は、現在の法律で適用できる範囲内での対策を行うべきだとの主張を頑なに譲ろうとはしていなかった。
それに奇病の発生源が当初、日本のみであるとされていたのもいけなかった。
世界中から、特に周辺国からの中傷混じりの非難に加え、迅速な事態の解決に武力介入を裏ルートを通じて示唆する国々まで現れてしまい、政府は混乱続きであった。
結果的には日本が発生元ではなく、発病までの経過時間に差は見られないものの、発症の変異の仕方が異なる奇病が、世界中で同時発生していたことがWHOから発表されたことで日本を非難している場合ではなくなったのは、幸いというべきであろうか。
そんなこんなで一向に纏まらない国会の審議に嫌気が差したのか、こんな発言をしてしまうヤツが出た。
こんなことでは何にも出来じゃないか!今必要な手段を講じなければ多くの国民が無益に死んじまうのを、野党はお望みか。
正論ではあるが、これを国会で言った厚生労働大臣の『無益に』という言葉を都合よく捻じ曲げる輩もまた、世の中には存在することを認識しなければいけなかった。
不手際だった。
国にとっては無益な国民が死ぬとした報道が、如何にも大臣が浅ましく笑っている様に見える、国会中の発言時とは違うワンカット動画が、繰り返し繰り返し、言葉と共にテレビから流され続けたのだ。
結果、国中を騒がせる奇病よりも重要な案件扱いされる破目になってしまった。
喜々として政府の任命責任を追及する野党が、プラカードを掲げ上げ公共放送の中継カメラに向かい叫んでいるのを別室で政策秘書らと見ていたとき、悲劇は起こってしまった。
プラカードをアップになる様に、カメラへの接近を試みた野党議員の一人が、あろうことか生中継中に爆散してしまったのだ。
この憲政史上かつてなかった事態によって、只でさえ三分の二くらいなら通せるかもしれないと関係機関と図っていた時限立法は、時間の制約から四分の一も通せぬ事態となってしまった。
スコールが如く降り注いだ人間の欠片を浴びてしまった、総理や議員たちを病院に隔離せざるを得なくなった我々は、現総理の承諾のもと、国会で新たな総理を選出するしか打つ手が無くなってしまっていた。
四日後に命を飛び散らせた総理と、新たに国会で選出された総理共々、爆誕内閣なんぞとマスメディアはぶち上げ国民の興味を其方に向けさせてしまった。お陰で肝心要の奇病と、これに関する法案の正しい認識の流布についてはおざなりにされた。
多くの国民は、正確さと中立性が第一である報道の重要性と存在価値を見失い、マスメディア自体も自身の存在意義を見失い、注目度を集めてからの広告収入が第一では、戦前戦中の戦争煽りマスコミと何が違うのだ。
てかな。そんなマスコミの皆様も、二代目総理が無理やり小鑓に発布した、国家非常事態宣言と外出禁止令の施行を境にすっかりおとなしくなってしまったのは、我ながら小気味良かった。
もっとも、アレらが大人しく言うことを聞くはずがないのは、自明の理だがの。
施行前には権力の乱用だの、独裁政治の道しるべだの、国民を味方につけようと何かにつけて小うるさかったが、斯様にマスコミが騒ぎ立てたのには訳がある。
曰く、報道の自由と権利の保障。
これを平たくに言えば、会社であるマスメディアの収入と社員の給与の保証である。
口では戒厳令で取材許可がなかなか下りず、報道の自由の侵害だと申しておったが、ちゃんと申請をして、更には、自らの身を護る最低限の装備と連絡手段さえ整えておりさえすれば、割合直ぐにでも取材許可が下りるのに、そういうことは一切報じず一方的な情報のみを国民と海外に向けて垂れ流し続け我らに揺さぶりをかけて気負った。
中にはちゃんと奇病の異常性・危険性を国民に訴え、出来得る限り仕入れた情報を、正しく発信するマスメディアも少なくなかったが、声の大きい者ほど、権力側の不当さ理不尽さを訴えかけるほど、世に蔓延りるを真顔で実施する大手マスメディアと、これを利用して何かしらの利益を得る者どもが、今までは最終的に勝利する率が高かった。上手く情報を利用できる者が勝ち馬だったのだ。
我らは奇病発生以前から推し進めていた、とある政策のお陰で奴らの目の敵にされていた為、その手が限られたマスメディアにしか使えぬのを知り尽くしていたのだ。
まさに最大の敵対者であった。
が、此度は少々事情が違ったらしい。
彼らは勿論、施行される前に気付いていたから反対運動をメディアを駆使して展開していたのだが、儂らはハナから承知していた事態が起こったのだ。
流通の鈍化である。
先ず優先されるべきは、食料や飲料水の搬送と配給の確立であるのは言の俟たない。
次に優先されるべきは日々の生活に必要な日用品や燃料の搬送である。
他にも、例えば最優先で量産を開始した国民向け防護衣と、マスクなどの奇病から身を護る品々である。
であるのに何をとち狂ったか、彼らは新聞と週刊誌などを最優先配送に入れろなどとコソコソ裏口から訴えてきたのだ。
国民の知る権利を剥奪するな。
これが彼らの口から次々発せられた時には、正直、頭と耳を疑った。
アレだけ執拗に取材を重ねてきておいてこれである。
国家非常事態宣言と外出禁止令が出ているのだ、誰がそれを各所に配送しなければならないのか、まるで判ってない。不用意に外に出てしまうと、死亡率が上がるからだと何度説明しても聞く耳持たぬのだから判る筈もないでだろうが。
それはいい、彼らが揃って隠す真相はこうだ。
新聞に雑誌などを扱う日本中の運送会社が、軒並み無期限の営業停止を宣言。新たに国から依頼された運搬物の配送に手を貸してくれたのだ。もちろん、必要な防護衣とマスクを優先配布され、保証金という名の 運送料は通常の倍額であったのだからな。
よって救援物資搬送中の垂れ幕を張り付けたトラックがコンボイを組み、パトカーに先導されながら日本国中を東奔西走、翻って新聞社や出版社は軒並み目を覆わんばかりの左前に転落した。
儂は知っている。この様な時期に広告宣伝費をこれらの者達に支払う馬鹿はいないと。
テレビも左前に転じた。コマーシャルは自粛という名で放送が封じられ、頼みにしていた公共広告も手を引かせ、主にケーブルテレビや公共放送に放送枠を集中的に設けさせ、国民にゴシップではなく実のある番組制作を行わせたのだ。
他聞に漏れず、民放系列のマスコミは大いに抵抗線を張っては来たが、それも長続きはしなかった。
とあるワイドショーで司会者とコメンテーターが放送中に爆散した。続いて他の番組でも同様の事件が頻発し、タレントもコメンテーターもスタッフも記者も、皆揃って番組制作をボイコット。当然、テレビは機能しなくなった。
Nice boat
こんな風な放送が主になったテレビは、やがて放送時間帯制限を自らに勝手に課して、締めに我々に対する呪いの言葉を流すだけのテレビになった。
どっかで見たな、こんなテレビ。ああ、あの国のテレビがこんなのだったな。
そう云った二代目総理は、これでなんとか正確かつ有益な放送が国民の耳目に届けられる。と宣うた。
情報を握り自在に操るものが強者、だな。
儂からすれば、こんないい案は早期に強権を発動してでもやっておくべき重要事項だと心密かに思っていたのは、墓場まで持っていくべき内緒の話である。
さて、だいぶ話がそれた。
この急遽選出したにしては思いのほか有能であった総理が、崩れる様に地上から消えたのは四日前の深夜、朝には新内閣が発足していたのだから、儂らの仕事が如何に早いか自慢してもいいくらいだ。
生き残りの国会議員は各地の安全な場所に配置し終わっている。いざとなれば、例え儂や同志諸君が溶け死に絶えても、組閣がスムーズに行えるよう配慮までしてな。
全ては国民のため。
儂は権力にしがみついて国をどうこうしようなどとは、今更想わない。
可能な限り多くの国民を災厄から生き残らせなくてはならない。
その壮大な目標の為、儂は生き残った国民の為に災厄後の国家復興計画の素案まで用意済みなのだからな。
後世の歴史家や国民は儂を裏で政界を操った、事実上の独裁者と呼ぶものも出てくるかもしれぬ。
それでも構わない。
事実、これまでの儂はそう思われても致し方のない生活を送って来たのだから。
この日、日本に謎の奇病発生時から数えて四代目の総理大臣が誕生した。
それは三代目の総理大臣が、ある報告を耳にしたあと、十四人いた閣僚の内、五人が奇病の感染と疑わしき症状を発して死亡した旨の報告を聞かされて直ぐに、大いに泣きながら衣服を脱ぎ去って全裸になり、狂い叫びながら制止を振り切り裏庭に飛び出していったことが発端であったという。
数分後、蕩けた遺体となって回収された三代目は荼毘に付され、直後新内閣の組閣が皇居に於いて拝命する暇もなく組閣された。
四代目の総理大臣は、なんの因果か儂であった。
地球・RESET。 政権移譲




