住宅街で
書いていて、楽しくなってしまった話です。彼らに幸があらんことをお祈りしつつ、次回をまた明日書かなければいけないことに今気づかされた、アホな作者です。では、お楽しみくださいませ。
こ、これくらいあったら大丈夫かな。
私は嫁さんに荷物の確認をお願いする。
アンタ、飲み物忘れているよ!
しまった。
我が家の大黒柱様がお怒りだ。
途中にあるだろうコンビニか、自販機で買えばいいかと思って、大量に買い込んであった防災用飲料水が詰められたビニール袋の存在を、うっかり忘れてしまっていた。それにコンビニなんか、どこもやっていないことも忘れてしまっていたから尚恥ずかしい。
すいません。
私は素直に謝っておく。
なんたって、あの奇病とやらが流行りまくったせいで、今の私は無職でニートなのだから。
奇病が出所も予防法も治療方法も不明なばっかりに。
私が勤めていた食料品を主に扱う小さな商社が潰れたのは、十日ほど前。
朝、取引先に伺うため早めに出勤した私が社内で眼にしたのは、首を吊った社長夫妻の姿と、会社が昨日付で倒産した旨を書き記した、涙の後が残った遺書であった。
慌てた私があたふたしているところに、遅れて出勤してきた事務員のおばちゃんと、私と同じく営業を担当していた若者が、手早く警察と消防に電話してしまったのに気が付いたのは、若者に落ち着いてくださいと言われた後であった。
現場はそのままにしてほしいやら、指紋と靴裏の型を取るので社員の皆様は出来る限り待機してほしいとの警察からの申し出があったので、後から出勤してきた社員共々、雁首揃えて社外で待つ破目になってしまい、その間に私たちは、あちこちの取引先に電話を入れ、会社が倒産したこと、配送する品物については遅れるものの、ちゃんと本日分についてはお届けする旨と、今後の注文については、必要であれば付き合いのある幾つかの会社に引き継ぐ手配を早急に行う旨をお伝えした。
勿論、滅茶苦茶怒られることを覚悟しての電話であったが、意外や意外、それぞれの取引先は怒るどころか社長夫妻に対するお悔やみを言葉は違えど伝えられ、今後のことはこちらで何とかするから、あなたも気を落とさず頑張りなさい。などと言われて電話を切られた。
これも後で知ったのだが、取引先が私たちに怒りをあらわにしなかったのは、朝早くに政府から国家非常事態宣言と外出禁止令だかが出された所為らしかった。
こりゃ、うちだけじゃなく他も相当危なくなるな。
私は、そんな感想を抱きつつ、再就職は当分無理っぽいらしい現実と、退職金が出るかどうかもわからない不安を抱え、会社の駐車場に座り込んで年甲斐もなくひとしきり泣いてしまった。
待って居ろとはいわれたものの、どんなに待ってもやって来ない警察と消防にイライラしていると、おばちゃんがこう肩を叩いて言ってきた。
一旦帰りましょうか。世の中、例の奇病とやらの影響でね。倒産したり破産したり、将来を悲観したりで自殺する人が後を絶たないみたいよ。たぶん目が回るくらい忙しいんじゃないかしら、警察。
差し出されたガラケーの画面を見せられた私は、世間様の事情とやらを初めて知った。
会社の出入り口に警察と消防に宛てた張り紙と、昨日までは部長であった社員代表の会社から支給されていた携帯の電話番号だけを残し、通いなれた道を各自家路につくこととなった。
この道をもう一度通う時が来るだろうか。
そう考えたら、またも涙が溢れてきた。
三十年、三十年も、この会社で働いてきたのは何の為であったのか。
家族のため、会社のため、はたまた自分自身のため。
いろいろな思いが頭を駆け巡ったが、自分自身を納得させる答えが出てこない。
思えば、残業や休日出勤も多かったが、よく働く社長夫妻もいい人たちで、和気あいあいとした楽しい職場であった。
その職場にもう通えないのだ。行けたとしても、それは警察か消防からの呼び出しがあった時だろう。
風評被害で品物がさっぱり売れなくなったのが二十日前。
なんでも人を破裂させる奇病が流行っているのは、輸入品の肉や魚に原因があるのではないか?などという根拠不明の噂がネットを通じて発せられ始めた頃からだった。
すぐさま政府は否定してはくれたが、うわさが絶えることは無かった。
やれ、国産も危ない。
やれ、野菜も果物も危ない。
やれ、缶詰もレトルトも危ない、だ。
お陰で只でさえ小さな会社だったうちは、一挙に左前に転じて、半年前に多少の無理を承知で建てた新社屋と倉庫を兼ねた配送センターのコンボもあり、あっという間に潰れてしまった。
結局、傾く会社のために何の役にも立たなかった。
私は無力感に苛まれ、これからどうやって生きて行けばよいのか解らぬまま、知らず知らず家に辿り着いていた。
ほら、ボーッとすんな。
私のケツを叩き、わが妻が吠える。
自衛隊の方を待たせちゃダメだろ。
はい、わかってます。
私はいそいそと、先程の防災用飲料水が詰まったペットボトルのビニール袋と、保存食の缶詰やレトルトが詰まった袋をリュックサックに押し込んでいく。
ほら、アンタたちもぼさっとしてないで手伝え。
私と同じように大量に買い付けてある防災商品の数々を、自分のリュックサックやカバンに詰められた高校生の娘二人は、テキパキ動き回る妻にジト目を向けながらも、はぁ~いと、居心地が悪そうな顔で返事してリビングのソファーから立ち上がる。
おい、お前。その、これ。本当に大丈夫なのか?
詰め終わった後で言うのもなんだが、妻が買った防災用食品の安全性について、今更ながら尋ねてみる。
しつこいな。去年買ったものだから大丈夫だって昨日も言ったでしょうが。
ぷんすか怒る妻に対し、そうだった。そう言って詫びを入れる。
どうでもいいから、早くしな。待ってもらってんだから。
娘たちを急かしながら妻は玄関に向かう。
私はその背中を見つつ、家の中を玄関から続く廊下からぐるっと眺めまわした。
アレと結婚してから二十七年、この家を買ってから二十六年か。
ローンを完済したのが丁度一年前か。長かったなァ。
その家とも、これで永遠のお別れになるかもしれない。そう思った途端にまた涙が溢れてきた。
十日前、家に帰って会社が倒産したことを告げた私に、同じくパート先が閉鎖になった妻は特に何も言わなかった。
私は、それが辛かった。
情けない気持ちで大人しく家で過ごしていた私のもとに、会社の管財人を引き受けた弁護士から、退職金七百万円が給料と一緒に振り込まれる旨が書かれた封筒が届けられたのは、国の命令で家に引き篭もってから一週間たってからである。
これで何とか再就職まではやっていけそうだと思ったが、よく考えたら外に出れないから金なんざおろせない。市から届けられる配給のみを、これからも頼りにせざるを得ないな。とか考えながら、ふと封書を届けてくれた郵便局員の姿をちゃんと見て、ギョッとしてしまった。
配達してくれた郵便局員が、郵便局のマークの入った白い防護服で全身を覆っていたからだ。
ビクつきながら私が戸惑っていると、横から入って来た妻が、もう!とかいいながら封筒を奪い去り、ありがとうございました。と、玄関のドアを閉めてしまった。
アンタ何やってんの!危ないでしょうが!
私を睨みつけ、大股でリビングに引っ込んで仕舞った妻に、ちょっと、なにがだ!そう問うてみたところ、うつったらよ!と怒鳴られ、やっと事態が飲み込めた。
なるほど。奇病に感染でもしたら大変だ。
すまなかった。
私は妻に感謝の言葉を言い残して、四畳半を与えられている自室に引っ込んだのだ。
私は全然気づきもしなかったが、よく考えたら郵便局員も感染を防ぐためにあんなドキッとする格好をしていたのだ。もしも彼が感染者に接触していたらどうなっていたのだろうか、応対時間は出来る限り少ないに越したことはない。
こんなんだから会社での営業成績もパッとしなかったんだろう。
気持ちがすっかり沈んでしまった私は、部屋に入ると趣味であるプラモデル制作を一旦やめて、煙草に火を点けたのだ。
プラモデル‼
忘れていた。そうだ少しでもの思い出に、私お気に入りのプラモデルでも持っていこう。
私にはささやかながら誇れるものが二つある。
一つはこの家、もう一つはプラモデルだ!
暇を見つけては、シコシコ部屋に籠って作り続けた唯一の趣味、プラモデル!
なんといっても何度か大会で入賞したこともあるくらいだからな!
重いリュックを背負い、私は自分の部屋に向かって階段を猛然と上がっていく。
どうしてもあれだけは運び出したい一品がある。アレはいいものだ!
勢いよく部屋に入った私は、お目当ての塗装の汚し表現もバッチリな、とある大会で銅賞を受賞した一品に手をかける。
バカか!
手が叩かれた。
危ない!もう少しで我が家のお宝が、ぶち壊れてしまうところだったじゃないか。
バカ言わない!ほらいくよ。
でも、大事な…。
命あっての物種でしょうが。心配しなくてもまた帰って来られるわよ。
そうかなァ。
そうよ。そう考えないと生きていけないでしょうが。
手を引っ張られ、無理やり部屋の外に押し出された。下では私たちの到着を今か今かと待っている感じの自衛官が銃を抱えて待って居た。
娘たちは先にトラックで待ってますよ。
いつもとは違い、優しげな表情をした妻が私を急かす。
わかった、わかったよ。
階段を降りる私は自衛官にお待たせしましたと詫びを入れ、ホロ付きのトラックから玄関の入り口まで延ばされたビニールの筒を潜ろうとした。
ちょっと、娘たちに忘れ物が無いか確認させたいんですがいいですか?
どうしたのよ、今更なんなん?
いつもの調子が少し戻りかけた妻を手で制して、トラックの荷台で待つ娘二人を此方に招く。
自衛官は少しだけだぞと、ぞんざいな態度で応え、娘たちを呼び戻すのに渋々ながらも同意した。
意味わかんない。
せっかく座ったのに~。
ブツクサ言いつつも、私の指示に従った娘たちは妻共々リビングの中に入って行った。
ちょっと様子を見てきますんで、ホントすんません。
私も妻と娘がリビングに入った後に続いて入って行った。
なんなん、アンタ。折角待ってくれてんのに!
怒る妻をに手で黙るよう促してから、私はリビングの窓を空気止めと虫除けにした目張りのガムテープごと、力任せにこじ開け網戸越しに外を窺った。
よし、誰もいない。
どうしたのよ。
どったの?
顔を寄せてきた妻と娘たちが、おかしな行動をとる私に問い掛ける。
あの自衛官は真っ赤な偽物だ。逃げるぞ。
はい?アンタなにいってんの。ちゃんと郵便局から今日安全な場所まで連れて行くって封書があったじゃない。
いんや、ありゃ偽物だ。たぶん郵便局員も偽物だろうな。
えっ、でも…。
筋金入りの軍ヲタを信じろ。伊達に子供の時からタミヤのMMモデル作ってたわけじゃないんだぞ。
そういって私はリビングに飾ってあった一つのプラモデルを見せる。
ここをよ〰く見ろ。あいつが持ってた小銃はこれとは違っただろ?
手のひらにそっと乗せた渾身の作、陸上自衛隊自衛官セットのジオラマを見せる。
これがなに?
だからねアナタ、ここ見て、ここ!
私は破壊された道路脇で敵を待ち伏せする風の、魂が入った自衛官が構える64式小銃を見せる。あと89式小銃のパーツも。
全然違うでしょうが、あいつが持っているのはTOP製の電動ガン、ここね。わかる?
私が指示したのはガンマニアなら有名な、ア・タ・レと刻印された、操作がいちいち面倒なことで名を馳せる、安全装置切り替えレバーの斜め左の部分。そう、あいつが握っていた64式には、Aから始まる名称と共に、しっかり末尾にTOPと刻印されていたのだ。本物ならそんなところに無粋な刻印なんか入っていない。S&T製は別だけど。
つまり真っ赤な偽物なの。それにアイツ、襟の階級章が二尉なのに、なんだって腕の階級章が二曹なんだ、バカか。
へぇ~。
まじでか!
うお、おっかねぇ~。
小さな声で突っ込みを入れる私に妻と娘たちは感嘆した。小声で。
でさ、どうすんの、やっぱり逃げるの?
末の娘が私に今後の方針を聞いてきた。
逃げる!
何されるかわかったもんじゃない。三十六計、逃げるにしかず。
不意の感染避けにカッパを着込みマスクをし、水中メガネをつけてからリビングから外にそっと出た娘と妻を見届け、まだですかァ~と、ヤンキーみたいな声で私たちの動向を尋ねる偽自衛官に、まだですよ~っと、返事をしてから家族で裏の塀を飛び降りて水の流れていない乾いた側溝に潜り、家族全員で這うようにして出来る限り遠くに逃げた。なにより途中から暗渠になったのも助かった。
逃げ続けたのち、不審な自衛隊がいるとの警察からの通報を受けた本物の、しかも見たことも無い装備と防護服で身を固めた特殊作戦群の一個小隊に救出されたのは、逃走二時間後であった。
その夜、与えられた完全密閉できる空調も整った謎テントの中で、二人の娘が寝静まった事を確認した私が、何年ぶりかの合体を二発も妻としたのは、実は起きていた娘達との共通の秘密である。
赤ちゃんできてたら、ゴメンネ♪
地球・RESET。 偽物退治