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国会議事堂前で

順調に五話目です。今回は少し凄惨な現場となりますが、後半で書く予定の話の方が凄惨と云うか何というか。話はまだまだ続きますので、ボンヤリしながら待って居てくださいませ。

 行きたくないんだが。


 解るわ、その気持ち。


 だろ?


 だけどなぁ、俺たちは職務柄、行かないわけにはいけないだろ?


 分隊長の目を盗み、同僚の巡査長と(ささや)くような小声で愚痴(ぐち)り合う。


 警視庁第二機動隊。

 通称〖かっぱ〗の異名を持つ水難救助を得意とする有能な部隊だ。


 だが今回、この機動部隊が赴く先は港湾でも河川敷でも海水浴場でもない。


 向かう先はデモで渦巻く国会議事堂前。


 毎回思うのだが、デモする暇があるくらい時間や体力があるなら、もうちょっと有意義な時間を過ごせばいいんじゃないかと思ってしまう。


 こんな御時世ならば(なお)(さら)だ。


 三週間前の浅草で、突然発現した謎の奇病は、この国どころか世界中を絶望と混乱の渦に巻き込んでいるのだから。



 これ、パンデミックとか言うのだろうか。違うっけ?


 既に日本での推定死者数六十万人、世界では五百万人とも一千万人とも謂われる人口がこの世から弾け飛んでしまっていた。


 詳しい死者数が解らないのは、それくらい世界情勢が混乱をきたしているからだろう。


 それなのに、肝心の奇病の正体も治療方法も全くつかめていないのだから恐れ入る。


 だから行きたくないってんだ。


 何が悲しくて、人類がリアルに絶滅の危機に瀕している時に、政府が発する非常事態宣言やら外出禁止令を破ってまで、反政府だ内閣打倒だとか、お祭り騒ぎを毎夜あちこちで繰り返している奴らの相手を命がけでしなくちゃならないのだ。


 感染すれば最後、体が弾け飛んで死んじまうんだぞ。


 その上、この正義感気取りの連中をおだて上げ祭り上げた黒幕の中からは、自分達ならば現在の無能極まる政府よりも早急に奇病の正体を暴き、治療法まで確立して見せるとか言い放つものまで現れる能天気さときたもんだ。


 そんな頭脳で政権奪取を謀っているのだから始末に負えない。


 例えばテレビのインタビューなどで誰かがその根拠はと問うたのを見たが、彼らの答えと云えば、それは重要な情報を政府が隠蔽しているからに違いないなどと、根拠不明の言葉を駆使して煙に巻き、してやったりな顔を平然と取っているのだから、こっちにしてみれば堪らない。


 そんな子供だましにも程がある言い分を、まともに信じる輩がこの国に居るとは信じたくはなかったのだが、目の前にいる群衆を見てしまうと、反論の余地もなく信じざるを得ないのが、恐ろしい。


 もし、それが易々とできるくらいなら、とっくに世界中の賢い教授の方々や、名だたる国々のリーダーたちが解決に向けて頑張っているに違いないのだ。


 それが叶ってないから仕方なく、俺たちは自衛隊から借り受けた防護服で身を纏い、息苦しいガスマスクで顔を覆うのだ。


 こんな単純極まりない答えを出しても、容易に彼らは信じないだろう。

 そして、決まり文句みたいにこう言い返すに違いない。

 証拠を出せ!と。


 

 

 熱い。自分の汗の臭いで吐きそうだ。


 連日連夜の出動で疲れた体には、重くて息苦しい防護服とガスマスクは拷問以外の何でもない。

 デモの主催者発表での参加者は三万人。警察庁が推定した人数は千五百人弱。


 人数に関しては減り続けているのが幸いと云えば幸いだが、あと何日、この単純作業を続けなくてはいけないのだろう。


 かっぱ隊のカラーに相応しく、キュウリみたいな色を誇らしげに塗られた車両を降りて素早く整列した俺たちは、中隊長の命令一過、他の中隊と肩を並べ盾を揃えてデモ隊排除行動を開始する。



 解散!解散!総選挙! 

 解散!解散!総選挙!



 デモ隊が叫ぶ統一スローガンを聞き流しながら、投げられる石や廃材、ヘルメットや時に鉄パイプといった凶器を盾に受け止めつつ、俺たちは前進を止めない。


 既に〖かっぱの二機〗以外にも、〖鬼の四機〗と〖精強の五機〗の二隊が排除作戦に参加している。


 国会正門に突如現出した四機と、憲政記念館前から現れた五機を認めた瞬間、デモ隊に加わっている老人の一団からどよめきが一気に沸き起こったのが印象に残る。


 恐らく彼らは、昔懐かしい昭和時代の学生運動家上がりかなんかなんだろう。


 道理で民間の防護衣に身を隠しながらも、何となくわかってしまう顔見知りの公安官がフリーのジャーナリストの振りをして、メモ帳を片手にカメラのシャッターを盛んに切っていた理由がわかった気がした。


 それにしても、彼らのスローガンが解散?総選挙?とか、バカ言うなよ。


 そんなことしてみろ、折角通した国家非常事態宣言と、国民の生命保護を優先した外出禁止令を自ら否定するだけでなく、総選挙という無用無益な用事で国民を外出させるなど有得ない所業じゃないか。


 そんなことをして奇病に感染するリスクを大いに高めたらどうなるか、凄まじい勢いで死人が増えまくる事態になってしまうじゃないか。それすらも分からないのか?


 では国民には、ネットと電話投票させればいいではないかと宣うた、どっかの党の代表が真面目な顔でテレビで喋っていたが、この状況で誰がその管理と審査と工事を請け負うというのだろうか。


 先ず、言い出しっぺのお前から率先して構築しろみせろよ。


 一億を超す有権者の票を、一切の不正なくしっかり纏めてみろってんだ。


 十日前に隊舎で見たテレビを思い出して、ガスマスクの中で悪態をつく。


 その間も俺は、容赦なく懐かしのゲバ棒とやらで襲ってくる、一部暴徒化した集団を蹴散らしつつ、機動隊の各隊は計画通り三方からデモ隊を押しまくっていた。


 この国の国民の、いや、全人類の足手纏いにしかならない集団を排除して、適切に所定の施設に隔離するのが人類の復興につなげる道しるべだと信じて。



 どうせ死ぬんだ!

 突如デモ隊の誰かが叫んだ。

 そうだ!どうせ皆死ぬんだ!

 誰かが、これに同調する。

 死ぬのは嫌だ!

 死ぬくらいなら俺たちで正しい道を開くんだ!

 機動隊どけ!どかないなら奴らを蹴散らせ!

我ら、生きる為の前進を!



 ならなんでお前ら表に出てきたんだ。死ぬ確率を自ら押し上げてまで。



 雄叫びとも、断末魔とも違う、心からの、生を欲っする悲鳴を上げるデモ隊が、マイク片手に絶叫する国会議員の扇動と共に(ひと)(かたまり)になって、一斉に四機目掛けて突撃を敢行した。


 最早、そこには理性と呼べるものは無かった。


 ただ闇雲に、整然と並ぶ第四機動隊に肉弾となって突っ込み、仲間が仲間に踏みつぶされようとも躊躇せず、ひたすら国会議事堂を目指し血まみれの手指を伸ばしている。


 あの四機が押されている。


 連日の出動で負傷者続出、定員を大きく割っているとはいえ、それでも訓練に訓練を嵩ね、幾多の修羅場を潜り抜けた四機が押され始めたことに動揺が走る。


 正門前で隊列の中央に陣取る機動隊員の二人が、昭和時代を彷彿とさせるヘルメットを被った一団に、力任せに引き倒され血しぶきを上げた。

 

彼らが意図的に押しつぶされたのを確認した機動隊長が、唸り、吠え、一斉検挙を下令した。

 警棒を抜き、吶喊(とっかん)


 こうなっては力加減などしていられない。


 相対する目標を同僚と目配せして決め、急所を外し、渾身の一撃で排除しては後方の隊員が検挙する。

 その間も、次の目標を捉え排除するを繰り返す。


 マイク片手に群衆を煽った議員たちはもう壇上にいない。


 だが逃げおおせると思うなよ。お前らの行先は医療設備の整った清潔な隔離施設だからな。


 我ながら、このセリフは格好がつかないなとは思いつつも、早く何とかしないと、いきなり奇病を発症する輩が出てくるかもしれないから仕方がない。


 それに各機動隊がわざわざデモ隊の後方を開け、三方から追い込みをかけたのには訳がある。


 兵法書のひとつでも知っていたら気付くだろうが、気付いたところで今更彼らに逃げ場はない。


 囲むものは欠く。


 今回の警備は包囲殲滅戦を企図したものではない。


 あくまでデモ参加者の総員確保が目的なのだ。


 結束を失ったデモ隊が、我先に逃走を図る行く手には、無傷で待ち構える七機と九機が医療班と共に手ぐすね引いて待ち構え、ズラリと並べた護送車とバスにデモ隊を一人残らず詰め込む算段をしていたのだ。


 新たに現れた精鋭の姿を認めたデモ隊の残党が、闘争心をすっかり失い続々と歩みを止めたのを確認した俺は、衝撃で見事なくらい歪みまくった警棒を掴み深い息を吐く。


 終わったか。


 繋ぎ目のない防護服の(ひざ)下が、ぬるっとした汗だまりになっているのを感じ、眉間に皺が寄った。ぐちょぐちょだ。


 靴下なんか履いて来るんじゃなかった。


 上空では、奇病の猛威を恐れた大手マスコミのドローンやヘリだけが、この場を自在に動ける唯一の物体として舞っていた。


 作戦は上手くいった。デモの奴らに引っ掻き回され痛い目を見させられたが、四機が正門前で踏ん張ってくれたおかげで何とか片が付いた。


 恐らく他の仲間たちも俺と同じ思いに至ったのだろう。


 誰が合図するでもなく一斉に議事堂正門に正対した俺たちは、殉職者と死者と、身動きが取れない負傷者の救助に当たる四機の隊員たちに、感謝の念を込めた心からの敬礼をした。



 その刹那。


 先生!


 静寂が訪れた国会議事堂前で、デモを募った議員の手錠が(はま)った両手首だけが、真っ赤に彩られた噴煙を背景に宙を舞った。


 ついに来てしまった。


 議員の破裂を合図にするかのように、デモ参加者たちの身体が連鎖的に炸裂していく。


 反射的に駆けだした俺たちは、近くのデモ参加者に覆いかぶさり、降り注ぐだろう血を一滴でも浴びせてはならじと盾になる。


 ありがとう。


 下敷きになったものの、無事そうな大学生らしい娘が感謝の意思を示す。


 だが彼からの返事はなかった。




 防護服の中で人体の生々しい組織色で緩くゼリー状化した彼が、いつどこでどうやって感染したのか、発症までに係った日数に幾日要したかなどは、一切不明のままである。





      地球・RESET。人体ゼリー


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