公民館で
三話目です。ちなみに主人公はこの小説では必要ないのでいません。
それでも良ければ、お楽しみください。
じゃあ行きますよ。
私は車椅子に座るおじいさんと、齢17歳になるメスの老犬に声を掛ける。
わかった、わかった。
くぅ~ん。
長年連れ添ったおじいさんと飼い犬の返事を聞き、車椅子のハンドルを握った私はゆっくりとした足取りで、この地域の公民館に向かうことにする。
今日は月に四回開かれている、地域懇親会という名の食べ飲み会のある日だった。
昨年までは毎回参加していたのだけれど、おじいさんの足腰が立たなくなってからは月に一回か二回、調子が良い時だけ参加することにしていた。
久しぶりに行くねぇ~。あいつは元気にしているかな。
傍らをトボトボ歩く老犬の頭をなでながら、おじいさんは幼馴染の親友のことを切り出した。
元気そうでしたよ。このまえ診療所であったじゃないですか。
返事はない。
おじいさんは上の空な顔をして、何処までも続きそうな澄み切った青空をただ眺めているだけ。
先を急ぎましょうか。
先導を自らかって出てくれた老犬に話しかける。老犬は老犬で誇らしげな顔をして時々振り返りながら先を急かす様に私たちの前を進んでいく。
この子にも困ったものだわ。
既に年老いた犬であるので、この子は可笑しい話だけれど、私たちにとってはまだまだ子供のように感じてしまって可愛らしい。
時折この子は何を思ったのか、器用に首輪を外して気まぐれの旅に出る癖があり、それも子犬の頃からなのだから呆れてしまう。
初めて彼女が旅に出た時には、おじいさんと二人で村中どころか、遠くの町まで探して回ったものだけれど、三日もするとひょっこり帰って来る癖を掴んでからは、だんだんと私たちは慌てなくなってしまい、そのうち腹が減ったら帰って来るさと云う、おじいさんの諦めた表情に苦笑いしつつ、どんな高価で良い首輪でも、時間をかけ脱出してしまう彼女の手品の妙技に感心して、つい微笑んでいた頃も懐かしい。
八十年以上、この村で過ごしてきた私たち夫婦でも知らない道も熟知している彼女が先導してくれるなら、安心だね。
そう思う以外にないのだから仕方ない。
ふふ♪
思わず微笑んだ私は、彼女に導かれたまま入り込んだ畦道を進んでいくのだった。
あら、いらっしゃい!遠かったでしょ。道、大丈夫だった?
この子が案内役をしてくれたから大丈夫よ。
自治会長の奥さんが私たちをにこやかに出迎えてくれた。
尻尾を目一杯振りながら奥さんに甘える彼女を見つつ、気さくに挨拶を交わす。
ねぇ、あなた。最近都会で流行ってる、おかしな病気の話知ってる?わたし、それがもう怖くてねぇ。
心配ないわよ。こんな山奥の過疎地に好き好んで誰が来るもんですか。
ここのところ、昼夜分かたずテレビで目にする変な病気の話で旧交を温め合う。
ああ、昔なじみの人に会うと、何故だかホッとしてしまう。
ほうっと息を吐き、疲れた腿をさすり、幼馴染みに進められるままパイプ椅子に腰を下ろす。
顔なじみの奥さんが出してくれた、熱いお茶の入った湯呑を両の手で包み、熱を冷ます為に息を幾度か吹きかけたあと、おじいさんに手渡した。
生き返るなぁ~。
お茶を一口啜ったおじいさんが楽しそうに呟いて呉れたのが、うれしい。
さて、私も手伝うと致しますか。
お茶を飲み干した私はパイプ椅子から腰を上げ、食事の準備に忙しい婦人会の面々のところに向かおうとする。
くぅ~ん!
手に握られた首輪の紐を彼女が引っ張っているのか、異様に重く感じた。
どうしたの?
私が彼女を残して、公民館の炊事場に向かうのを嫌がっているのかな。
大人しく待って居る様に諭そうと、私は振り返って目線を地面に落としたところに彼女は居た。
四つの足以外は、赤い水風船みたいにパンパンに躰を膨らませて。
そして弾けた。
しっかり握られた両の手と、仲良く並んだ足だけを部屋の隅に残して、老夫婦が病院の無菌室で飛び散ったのは、これから五日後のことである。
地球・RESET。 繁殖拡大。




