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国道上の西側で

ヤバい!むっちゃ泣いた。


自分で書いてて泣くなんて、バカかもしれない。


では、続きをどうぞ。

 昨日も雨が降っていた。今日も闇夜に雨が降っている。

 紅い雨だ。


 一台きりの化学防護車は、薄い赤色で濡れた町の中を疾走する。


 護衛の普通科小隊と合せて百人以上はいた隊員は、今ではわたしを入れても四人だけになってしまっていた。



 事件発生から四十八日、たかだか四十八日で部隊は壊滅してしまった。



 陸上自衛隊 第6師団。


 かつては総数七千人を擁したこの東北の師団は、機能を失うたびに再編され続けた師団司令部が、四日前に崩壊したのを最後に、組織力を完全に喪失して崩壊した。



 第6特殊武器防護隊。



 わたしたちが、かつて所属していた部隊名だ。


 現在の人員は三名、残りの一人は第44普通科連隊の、わたしが知っている限り最後の生き残りだ。


 そして我々は今、誰もいなくなったらしい地方都市の中を通り、駐屯地に向け帰隊しているところだ。


 たとえ帰ったところで、誰の出迎えもないだろうと知りながら。


 あたしたち、何の為に働いていたのかな。


 直属の部下だった陸士長が(つぶや)く。


 わたしは即座に答えることが出来なかった。


 生き残ってるだけでも(もう)けもの♪


 普通科の隊員が彼女に笑顔で言った。


 この二曹、いつもこんな調子だった。


 どうやら特殊作戦群からの出向らしく、対ゲリコマ戦の教官の一人として44普連にしていたとかなんとか、()(かく)明るく気さくで、隊員からも異様に好かれていた男だ。


 だがこれが実戦になると、これでもかってくらい人が豹変したが。


 隊長、それより駐屯地はまだですかねぇ~。いい加減、鉄板の上で寝るのは飽き飽きしてきたんですけどねぇ~。



 わたしは隊長じゃないんだけれどな。



 あっ、自分も操縦席で寝るの飽きました。なんせ腰が痛くて。


 そうか、確かにそこにずっといたら腰に来るからな。


 全くですよ、あ~あ、早く駐屯地に帰りた~い!


 操縦担当の三曹が、運転しながら背伸びする。


 三人の間で笑いが起こる。


 でも陸士長はニコッと微笑んだきり俯いて、膝を抱え込んでしまった。


 少し早いが飯にでもするか。


 わたしは、わずかに残った戦闘糧食の段ボールの箱を開くように二曹に命じる。


 よっと、さぁー飯メシ♪


 大喜びの二曹はウキウキしながら段ボールを開け、中に詰まったパック飯を選り好みしだした。


 ちょっと二曹、サバ味噌煮は残しといてくださいよ!


 操縦席で腰を浮かせミニ座布団を調節しながら、三曹が振り返り必死に訴える。


 大丈夫だァ~。オラはそんなのに興味はねぇ。男ならやっぱりガッツリ肉よ、肉!


 ガバッと二曹が取りだしスッと突き上げた右手には、ポークソーセージステーキの真空パックが化学防護車の天板高く掲げられていた。


 あとは、ヤッパたくあんだよなァー。


 えっ、あるんすか?


 また三曹が操縦席から喜び顔で振り返る。


 おいこら、前見てろ、前。


 二尉は厳しいなぁ。


 わたしに怒られてしょ気たのか、三曹は渋々、前方に視線を戻し直した。


 あのな、お前知ってるだろ。改善型には…。


 たくあん缶入ってませんよね。


 知ってるなら…。


 それがあるんだな、ここに♪


 底板の音を響かせて、二曹おもむろに背嚢からたくあん缶を四つ取りだしておいた。


 二曹、それどうした。


 わたしは驚き、声を上げた。


 えっと、蛇の道は蛇ってね。


 まさか、盗んだのか⁉


 買っておいたんですよ、これ好きなんで。この前帰隊したとき駐屯地の敷地に隠してたのをもってきたんでね。


 お前なー。


 うふふ、蛇の道は蛇ってね。空挺レンジャー舐めんな。


 いや、嘗めてないけどな。しかしなあ、駐屯地内にこんな嵩張るの隠すなよ。


 まあね、鍛え上げた潜伏技術の賜物ですかね。 あっ!隊長といえども、絶対隠し場所はゲロりませんから。


 いや、聞かんけども、しかし食事をはじめようとしてるのに、ゲロってお前。それと、わたしは隊長じゃないからな。


 いいんですよ、この際なんだって。でしょ隊長♪


 聞かなかったことにしよう。


 ニヤニヤしながら自分の背嚢をあさる二曹は放っておくことにした。


 さて、わたしはナニ喰おうかな。年だし魚かな。


 段ボールをあさって、さんまピリ辛煮のパックを取りだし、ついでに白米と山菜飯を手に入れた。


 あの、あたしはチキントマト煮が欲しいな。


 抱えていた膝を解いた陸士長が、ぼそぼそ呟きペタリと女の子座りをしてもぞもぞしている。


 心配するな、あるぞ。


 ポイっとチキントマト煮のパックを陸士長に放ってやる。


 ありがとうございます。二尉。


 受け取った陸士長は、もじもじしつつお礼をわたしに言い、嬉しそうにパックを握っていた。


 飯は幾ついる?


 あの、あの、白米を一つ。


 そうか、ほれ。


 あっ、はい!


 陸士長は小柄な体にパックを抱えていたせいか、咄嗟にお腹へチキンパックを置いて、わ、わわっ。とか言いながら、真空パック詰めの白米を受け取った。


 二尉、こっちにも白米パス♪


 はいはい。


 わたしは割と勢いをつけて、二曹に白米を二個投げてやった。


 と、とっと。危ないことするなァー二尉は。


 少し驚きながらも、キッチリキャッチした二曹は、白米を温める為にパック式のヒーターを取りだして、美味しそうな水のパッケージが印刷されたペットボトルから150㏄の水を適当に入れる。


 二十分、二十分。我慢の子♪


 いつの時代の人間だ、お前は。


 すいません。あたしにもそれ一つ…ふ、二つ貰えませんか?


 あいよ、持ってきなカワイ子ちゃん♪


 二曹は背嚢から取り出したヒーターを二つ、陸士長に優しく手渡す。


 ありがとう…ございます。


 だからお前はいつの時代の人間だ。それにお前の背嚢は四次元ポケットかなんかになってんのか。あと陸士長がなんか引いてるぞ。


 突っ込みが多くて処理できませんよ二尉。どれか一つにしてもらえませんか?


 てめえ。


 あの~。何でもいいんですけど、早く飯食ってくれません?あと運転の交代もお願いいたしますです!


 クスクス笑う陸士長を眺め、私と二曹と三曹は顔を見合わせニヤリと笑い合う。


 駐屯地まではあと四十分、着いた頃には飯も済んでいるだろう。



 うあっ!


 三曹が突如急制動を掛けたお陰で、ガクンと前のめりに停車した。



 アッチーッ!


 沸いてきたヒーターパックのパッチが微かに開き、中の湯が二曹の膝にかかった。


 こいつ、ちゃんと締めてなかったのか。


 ちょっとアナタ熱いじゃないのよ!


 プンプン怒りながら、操縦席に座る三曹に食って掛かる。


 おいこら、やめなさい。


 この二人が喧嘩しては堪らんと、わたしも操縦席の側に寄った。


 二尉、アレ。


 三曹が頭を下げながら、フロントガラスのその先を指差す。


 どうした。


 座席に寄りかかる二曹と三曹の間から、無理やり頭を出して前方を確認する。


 ライトは切ったか。


 切ってます。


 隊長、ありゃ戦車だぜ。74式だ。


 そうだな、後方に73式装甲車も従えているな。


 即座に吊っていた暗視装置を装着したわたしは、時速20km程度のゆっくりしたスピードで、国道の交差点を西に向かって前進していく74式戦車と73式装甲車をまんじりとせず観察する。


 あちこち剥げて傷んでるみたいですが、ありゃ、第6師団のマーキングですぜ。


 確かによく見てみると、黒い(やじり)のような意匠の第6戦車大隊のマークが見えた。


 話せるか。


 やってます。


 自衛官らしい真剣な表情の戻った陸士長が、車載無線のチャンネルを開く。



 すると。



 そこ聞こえてる?許可なく走ってると撃っちゃうよ。


 突然ふざけた口調の音声が響いてきた。



 見ると74式の砲身が、こちらに照準を合わせるため急速に旋回している。


 おいこら、撃つな撃つな、味方だぞ。


 あらそうなの、うちらは情けなくも味方が溶けていなくなったので、泣きべそかきながら駐屯地まで遁走中の第6戦車大隊、第1…って、まあいいや。とっくに全滅したし、いまさらどうでもいいか、で、諸君、生きてる?


 たぶん無線の声の主は、こういう性格のとぼけた奴なんだろう。くそ、頭痛の種がまた一つ増えた。


 ああ、生きてるよ。こっちは四名で同じく遁走中だ、そっちは?


 こっちは戦車に四名、後ろの装甲車に三名だよ。会えてよかったぜ。


 なんだろう。二曹に似すぎていて困る。


 そっちは化学防護車だろ?矢面には立たせられないから、戦車と装甲車の間に入れよ。


 分かった。感謝する。


 発進してスピードを上げ装甲車と並走し、やがて少しばかり速度を落とした装甲車と戦車の間に入る。


 よっ!運転上手いね。こんどコイツを転がしてみない?


 こういうう奴だからこそ、生き残った部隊を纏めてここまでこれたのだろう。


 そっちの先任は誰だ。


 先任とは懐かしく感じる単語をいうね。うちの先任は……うちだね。



 どうやら彼が先任らしい。申告階級は三尉。



 よろしく頼むよ。三尉。


 こちらこそよろしく二尉殿。少しばかり速度を上げますが、いいですか。


 いいが、何かあったのか?


 わたしは備えるよう三曹に申し渡す。


 いえ、ナニね、感かな。


 感?


 ドンパチばっかり二週間以上もやってると、身に付いちまってね。


 隊長、アレですよ。前方右側350メートルの三階建て。それと…。


 二曹が囁やく。


 なるほど、アレか。


 45kmまで速度を上げた74式にぴったりと張り付く。


 ちゃんとついてきてね、まだ飛ばすよ。


 74式はドンドンスピードを増加させる。


 撃ったら、うちらをスリ抜けよっか運転士さん。で、すり抜けたら旋回して、その急造のリモコンで射撃よろしくね。


 了解した。出来るな三曹。


 出来ます。むっちゃ揺れますから何かに掴まっていてくださいね。



 その時、三階建てのビルから複数の発砲炎が光った。



 射弾は74式に集中する。


 抜ける訳ねぇ。それ撃て!


 三尉の命令と共に、74式は制動をかけ発砲した。


 巨大なオレンジ色の炎が、砲身から溢れ出た。


 ビルの一角がぶっ飛び、紅蓮の炎が上がる。その隙に化学防護車は戦車の右側をすり抜け前方に飛び出し右旋回した。


 これは、キツイ。


 底板に並べた戦闘糧食が転がり飛び跳ね、またもいくつか二曹にあたる。


 だからアッチィってばよ!


 手で熱々の戦闘糧食を払いのけ、後方の装甲車と共に機関銃の掃射を始めた。



 目標は、左側の木造民家。



 我々を格好の獲物と誤解し、警察や民間用の防護服を纏って飛び出してきた武装集団を民家ごと引き潰していく。


 74式は二射目を急速にバックしながらビルに撃ち込み、車載機関銃を二門纏めて各階に撃ち込んでいった。



 戦闘は一分足らずで終了した。



 敵は年齢も性別もバラバラな集団だった。



 人数は形が残っている者だけで五人。砕けてしまった者も入れると十三・四人といったところか。

暗視カメラ越しに望める光景を見ながら、わたしは汗を拭った。



 散々見てきた光景だ。時には数人、多い時には数十人規模の武装団に襲われて来た。


 わたしたちは奇病に(まつ)わるサンプル収集と除染が主な任務で、積極的に戦闘は行う必要は無かったが、やはり死体は数多く見てきたのだ。


 奇病のいない平和な世の中であったなら、彼らもこんな無謀な行動はしなかったであろうに。

もしも、あの頃に戻れるのならばな。


 去年、家族みんなで行ったプールに海、キャンプ場。皆懐かしい。


 うん?


 想いに伏せっていたわたしの目に、燃える木造民家から西に25メートル。そこの家の壁にピッタリくっ付き身を隠している、宇宙服みたいな防護衣を着込んだ親子が(うずくま)っているのが見えた。


 なにかありましたかい、二尉。


 目ざとい二曹が、わたしに尋ねてすぐ気づく。


 こっちも確認した。


 三尉も気付いたらしい。


 威嚇射撃でもしてみるか?


 三尉は試しに撃ってみようかと進言して来る。


 ちょっと待て、生き残った民間人かもしれん。確かめる。


 わたしは車外スピーカーのマイクを握った。


 あ~あ~。聞こえますか?こちらは陸上自衛隊第6師団の者です。聞こえていたら危害は加えませんの で、立って道路まで出て来て下さい。お願いします。繰り返しま…。



 あなた!!!



 防護衣の中からとは思えない大声が、集音マイクを轟かす。


 なんだなんだと云った感じで、二曹らがわたしを見つめる。



 妻と娘なのか?



 わたしは身内かもしれないと言い残し、防護服を着こみ始めた。他の隊員たち用心のため同じように防護服を着用する。


 大丈夫なのか。


 心配してくれる三尉を説得して、わたしは化学防護車に臨時で後部に備え付けられた狭い除染室の扉を開け、除染装置が作動するのを確認した後、後部ドアを開け表に出た。


 娘を抱えた妻が、わたしのもとに近寄って来る。


 わたしも思わず駆けだした。


 国道の真ん中で、わたしたちは再会を果たした。


 ごめんなさい。ごめんなさい。


 強く抱き合ったあと、妻は私に謝罪する。何度も。


 どうしたんだ。家から飛び出たことか、心配するな。気にしちゃいないよ。


 そうじゃないの、そうじゃないのよ。


 なんだい、うん?


 わたしは彼女の泣きじゃくる宇宙服の頭に当たる部分を撫で子供のようにあやした。



 死んじゃったの。どうしよう、この子が溶けちゃった!


 頭が真っ白になった。



 小児用と肩に刻印された防護衣に娘はいなかった。


 ただ腰の合わせ目から、肉体だったらしい汁が垂れていた。


 ごめんなさい。ごめんなさい。


 妻は懸命に垂れたソレを防護衣の中に戻そうと必死に掻き集め、押し込もうとしている。


 これまでも散々見てきた光景。


 涙が止まらない。


 妻が不意に押し黙り動きを止めた。


 肩が小刻みに震えている。


 泣いているのだろう。


 大丈夫か。


 わたしは屈んで妻に声を掛ける。


 防護衣のヘルメットの透明な部分が溶けた妻で一杯だった。


 わたしは防護服を脱ぎ棄てた。






 残された第6師団の面々は、黙祷した。


 黙祷を終えたあと、三尉の指示で74式に一発だけ残されていた煙幕弾を空に打ち上げ、白燐の花火を手向けとして残し彼らは去った。


 その後、無事駐屯地に辿り着けたのかどうか、知るすべは最早残されてはいない。




  地球・RESET。 生存価値


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