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「えっと、まずはほうきから」

 気を取り直して、尋史は比較的簡単なほうきを教えることにした。洋輔の瞳はメラメラと燃えていた。

「左手の親指と小指に糸をかけて、その間にある糸を右手で引っ張って」

「ふむふむ」

 尋史を真似る洋輔。

「また同じところを引っ張ります」

「ふむふむ」

「そういえば、勇海センパイは教えてくれないんですか?」

 ふと疑問に思ったことを口に出してみる。

「あいつは短気だからな、オレには絶対教えてくれないよ」

「じゃあ今までどうしてたんですか?」

「本見てやってた」

 聞くんじゃなかったと、少しだけ後悔した尋史だった。

「えっと、次はこの糸の中に右手を入れて、親指と人差し指で糸を引っ張ります」

「………」

「………」

 すでに洋輔の指には毛糸が絡まりまくっていた。

 怒りなのか悲しみなのか、洋の体がぷるぷると震えだした。

「か、川をやりましょう!」

 重い空気の中、沈んでいきそうな気持ちを尋史は必死で盛り上げた。洋輔も沈まないように気合いを入れた。

「まず、左手の親指と人差し指に糸をかけて、そのかけているところを引っ張ります」

「ふむふむ」

「そして、それを親指と人差し指に引っ掛けます。あ、ここはゆとりを作っておいてください」

「ふむふむ」

 今のところは順調に進んでいた。

「この輪っかの中に、下から右手の親指と人差し指を入れて。はい、川の出来上がりです」

「親指と人差し指を入れて……」

 洋輔はゆっくりと慎重に指を入れていく。

 そして。

「で、できたっ!」

「はい、出来上がりです」

「できたできたできたできたぞーっ! 見てみろよ、タカ。川だぞ、川! 宇宙一不器用なこのオレにも川ができたんだっ!」

 感極まって大声を張り上げる洋輔。ちなみにここは図書室である。しかし、大声を出したからといって注意するような者はここには一人もいない。

 しいていえば、その横で眠っていた貴久が無言で洋輔の顔面に裏拳を放ったぐらいのものだろうか。

「相変わらず、いい拳持ってるぜ。しかし、今回だけは吹き飛ばされるわけにはいかねぇぜ」

 鼻血をだらだら流しながら、洋輔は初めてできた川崩さないように死守していた。

 貴久は何事もなかったかのようにまた寝息を立てている。

「大丈夫ですか?」

「へーきへーき。いつものことだからな。悪いけどさ、鼻に詰栓しといてくれねぇか?」

「は、はい」

 尋史はティッシュで詰栓を作ると、洋輔の鼻に差した。

「サンキューな、ヒロ。お前のおかげだよ」

「そんな僕は何も」

「そんなことねぇよ。さすがはタカが見込んだだけのことはあるよな」

「え?」

 見込まれる心当たりはなかった。尋史は貴久とは昨日まともに口も聞いていないし、ましてやあやとりができるなどと一言も言っていない。

「あいつ、先見の明があるんだよな。だから、お前の指先が器用だってのもすぐにわかっちまったらしい」

 と、苦笑する洋輔。

 尋史は未だに眠っている貴久を見た。これといった取り柄のない自分を必要としてくれたのだろうか。


 一見怖そうに見えるけど、ホントはすっごくいい人なのかもしれない。


「さっきからぶつぶつとうるせぇんだよ!」

 さっきまで眠っていた貴久がいきなり起き上がると、洋輔の顔面に右ストレートを放った。

 さすがの洋輔も油断していたのか、ド派手に吹き飛んでいった。

「お前もあぁなりたくなかったら、静かにするんだな」

 ギロリと睨まれて、尋史は油切れしたロボットのようにぎこちなく何度もうなずいた。


 前言撤回。やっぱり怖いよ、この人。


 こうして、尋史の入学二日目は終わろうとしていた。




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