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2-1


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 尋史は魂までもいっしょに抜け出してしまうのではないかというくらい、重いため息を吐き出した。

 入学二日目の放課後。クラスの大半はすでにクラブを決めているらしく、入部届けを書いている者もいた。そして、尋史も。

「片桐、もうクラブ決めたの?」

 ドンと肩を叩かれて、尋史は文字を大きく書き損じた。振り返ると、元気ハツラツな笑顔を浮かべるショートヘアの女生徒が立っていた。見慣れてはいるものの、彼女のセーラー服姿にはいつも違和感を感じていた。

 斎木麻美さいきあさみ。尋史と同じ中学出身のクラスメイトだ。

「もう入部届け書いてんの?」

 麻美は他人の席だろうがおかまいなしに空いていた尋史の前の席に座る。

「何何、どこに決めたわけ? 片桐はおとなしいからやっぱり文化系? うん、そうだね。片桐だったら文芸部とか美術部とかいいんじゃない。あたしもそうしよっかなぁ。あ、そーいえば、片桐昨日は何やってたのよ? 入学式に遅刻するなんて。うれしくって前の晩眠れなかったりしたわけ? だから、あたしが迎えに行ってあげるって言ったのに」

 と、一人でベラベラとしゃべる麻美。答える隙がない。

「で、どこに決めたの?」

「あ、それは」

 やっと答えるチャンスがやってきた尋史だったが、一瞬躊躇した。ちょっぴり恥ずかしかったからだ。しかし、尋史は勇気を振り絞って答えた。

「あやとり同好会」

 蚊が泣くような小さな声で。

「えっ、どこ?」

 やはり麻美の耳には届かなかったらしい。

 仕方なく、尋史は麻美の耳元で小さく言った。

「あやとり同好会−−−−−−−っ?」

 麻美の大仰に驚いて、クラス中に響き渡る大声を出した。当然、クラスメイトたちの視線が一気にこちらに集中した。恥ずかしくなった尋史は縮こまるが、麻美は平然としていた。

「そんなクラブこの高校にあったっけ?」

 しばし、考え込んで。

「もしかして」

 何か思いついたのか、急に立ち上がる麻美。

「それって」

「ヒロ、いるかー?」

 麻美の声をさえぎる大声がまたしてもクラス中に響き渡った。姿を確認するまでもない。斎木洋輔である。

 洋輔はクラスメイトたちの視線をものともせず、尋史の方へずかずかと歩いてくる。

「いたいた。昨日はすっかりママさんの手料理ごちそうになっちまって悪かったな。いやー、料理の上手な母親がいてうらやましいぜ」

 昨日はあれから洋輔と一緒に帰って、そのまま入学祝いパーティーが始まった。まだ未成年だというのに、洋輔は文彦が薦めるお酒を次々と飲み干していった。そこでまたすっかり意気投合してしまった洋輔と両親は日付が変わるまでお酒を飲んでいた。

 今朝もまた二日酔いでうーんうーん唸っていた両親に対して、洋輔はケロっとした顔をしていた。

「大丈夫なんですか?」

「何が?」

「だって、昨日はあんなにたくさんお酒飲んでたのに」

「オレってうわばみだからな。あれぐらいどーってこと……」

「お兄ちゃん!」

 麻美は体をぷるぷると震わせていた。表情を見れば怒り狂っているのがわかる。

「お兄ちゃん……?」

「おー、麻美か。何だお前も二組だったのか。奇遇奇遇」

「何が奇遇奇遇よ。妹のクラスぐらいちゃんと把握しておきなよ。ったく、昨日はなかなか帰ってこないと思ったらそういうことだったのね。あたしはてっきりまたあいつのとこに行ってたのかと思ってたわよ」

「妹……?」

 尋史は洋輔と麻美を交互に見つめた。よく考えてみれば、この二人が兄妹であることは至極当然のことだった。まず、名字が同じだし、おせっかいで早とちりなところがよく似ている。

「そうだ、お兄ちゃんでしょう。片桐を変なクラブに勧誘したのは!」

「変なクラブじゃないぞ。あやとり同好会というちゃんとした名前が」

「それはお兄ちゃんたちが勝手に作っただけで、学校にちゃんと認められたクラブじゃないじゃない」

 尋史の目の前では壮大な兄妹ゲンカが繰り広げられていた。クラスの何人かもおもしろそうに見ていた。

「片桐だって迷惑してんだから。ほら、片桐もハッキリと言ってやんなよ」

「え?」

 麻美の激怒した視線がこっちへ向けられた。

「迷惑なんかじゃねぇよな、ヒロ?」

「え?」

 今度は洋輔の熱血な視線が投げ付けられた。

「片桐!」

「ヒロ!」

「え? え? え?」

 困惑しながら二人を交互に見る尋史。こっちを立てればあっちが立たず、あっちを立てればこっちが立たず。まさに四面楚歌の心境だった。

「お、お二人ともとっても仲がよろしいんですね。僕は一人っ子だからうらやましいですよ」

 などと、白々しく笑いながら話題を変えようと試みた。

 刹那。

 洋輔と麻美はキッと殺意のこもった瞳で見つめ合った。

「仲なんかよくないわよ、こんなクソ兄貴なんかと」

「クソ兄貴なんか、とは何だ? 誰のおかげでここまで大きくなれたと思ってんたよ」

「あたし自身のおかげです」

「あ、あの……」

 確かに話題は変わったが、状況は悪化していくばかりだった。それでもめげずに、尋史は何とか話題を明るい方向へ持っていこうと努力した。

「そ、そーいえば、お二人にはまだ下には弟さんと妹さんがいるんですよね?」

 その言葉に二人のこめかみがひくひくと動いた。


 これもダメなのかなぁ。


 しかし、次の瞬間には二人の表情は恵比寿様のような笑みを浮かべていた。

「そうなの。まだ小学五年生の三つ子なんだけどさ、ねーちゃんねーちゃんって懐いてくれてもうすっごくかわいいんだから。ねぇ、お兄ちゃん」

 姉バカ一号だった。

「あぁ。町内、いや日本、いや世界、いやいや宇宙広しといえども、あの三人よりかわいい三つ子は存在しないぞ」

 兄バカ一号もいた。

 そして、尋史はその三つ子の弟妹に同情せずにはいられなかった。

「いかん! ここでこんなバカなことやってる場合じゃねぇんだ」

 やっと洋輔は現実世界に戻ってきたらしい。

「行くぞ、ヒロ」

 洋輔は尋史の体を軽々と持ち上げると、肩に乗せた。

「ちょっと、お兄ちゃん!」

「麻美、今日は家に帰るからおふくろにはレバニラって言っといてくれよな。じゃな。あ、寄り道しねぇで真っすぐに帰れよ」

 早口でまくしたてると、洋輔は尋史を担いだまま、クラス中の注目を浴びながら駆け足で教室を出ていった。




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