1-3
職員室、食堂、保健室、トイレなど、洋輔はセオリー通りの案内をしてくれた。
そして、最後にやってきたのが図書室だった。
「ここがオレたちの憩いの場所でもある図書室だ」
「憩い?」
それは図書室には不適切な言葉のような気がした。ましてや、勉強は苦手な洋輔にとって憩いの場所であるというのは信憑性に欠ける。
「そっ、憩いの場所」
洋輔に促されて中に入る尋史。本がずらりと並んだ図書室には、見える範囲では生徒は一人もいなかった。
今日みたいな日には普通いないよね。
進学校ならともかく、普通レベルの高校の 図書室に勉学に励む生徒などいるわけがなかった。しかも、今日は入学式である。
しかし、洋輔はそんなことはおかまいなしで、更に奥へと入っていく。入り口からは死角になる窓際の一角の席で男子生徒が、春の温かな日差しを受けながら爆睡していた。
「また寝てんのか」
洋輔は迷うことなく、その眠り込んでいる男子生徒のところへ歩み寄る。
「タカ、いつまで寝てんだよ。午後からもバイトがあるって言ってただろうが」
肩を揺さ振っているが、起きる気配は感じられなかった。そのうち、どんどかとエスカレートしていって、派手に両肩を揺さ振りだす。
「うっせぇな! 静かに寝させろよ!」
タカと呼ばれた男子生徒はがばっと顔を上げると、洋輔の顔面に右アッパーを放った。
鼻血を吹き出しながら、宙を舞い上がる洋輔。
「な、な、なっ」
突然のことに、尋史は言葉を失った。恐怖することすら忘れて、目の前に立ちはだかる人相の悪い青年をぼう然と見上げていた。
「ったく、お前はせっかちなんだよ。午後からったって一時からなんだろうが。もう五分ぐらい寝かせてやろうっていう配慮がねぇのかよ。ん?」
吊り上がった双眸がこっちを向いた。どう見ても善人には見えない顔立ちに、今頃になって恐怖心が目を覚ました。
「お前、一年生か?」
まるで品定めでもするかのように、頭から足の先までじっくりと見てくる。
尋史は顔を強ばらせながらコクコクとぎこちなくうなずいた。
「名前は?」
「か、か、か……っ」
「名前はってんだよ?」
ギロリと鋭い眼差しで見下されては、声帯が縮こまって声がうまく出せない。
ダ、ダメ、このままじゃ殺されちゃう。
頭の中で、ボコボコに殴られて救急車で病院に担ぎ込まれて両親が泣き叫ぶ中静かに息を引き取る自分の姿が浮かんだ。
「片桐尋史ってんだよ」
天の助けが現われた。血の滲んだ詰栓を右の鼻の穴に突っ込んだ洋輔だった。この時ばかりは洋輔のおせっかいに救われた思いがした。
「あ、言っとくけど、こいつ中坊じゃねぇぞ。れっきとした高校一年生だからな」
自分のことは棚においといて、洋輔は強調して言った。
「んなの、見りゃわかるよ」
ぶっきらぼうに言い捨てる。
立場を失った洋輔は一瞬沈黙するが、すぐにわざとらしく咳払いをひとつする。
「あ、ヒロ。こいつはオレの幼なじみで、勇海貴久ってんだ」
紹介されて、尋史は改めて貴久を見直した。
ヤクザ屋さんもびびって逃げてしまいそうな尋常ではないするどい眼光に、またしても怖気づいてしまう。
「よし、決まりだな」
洋輔にポンと両肩を叩かれる。
「はい?」
「今日からお前は『あやとり同好会』のメンバーだ」
「………?」
尋史の停止していた思考回路がこの言葉の意味を理解したのは、それから約三分後のことだった。




