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4-3




「よし。これでやぐらも完璧にできるようになった」

 尋史は本を見て次々と新しい技を習得していった。やはり貴久が見立てた通り、自分は手先が器用なのかもしれない。ふと、そんなことを思う。

 そして、本の順番通りに技を習得していくうちに、この本が学校の本ではなく、洋輔の本であることに気付いた。二段ばしごのページに折り目がつけてあったのだ。洋輔はこの本を見て必死で習得しようと一人でがんばってきたのだろう。

「斎木センパイの不器用さは並じゃないもんなぁ」

 この本を見ながら毛糸と悪戦苦闘している洋輔の姿を想像して、思わず笑いがこぼれる。

「ほぉ、授業サボってあやとりとはなかなかいい度胸してんな」

 背後から低い男の声がした。サボっているのが見つかってしまった。尋史の全身は凍てついた。授業をサボってしまったことが両親に知れたらきっと嘆き悲しむことだろう。

「すみません! 別に悪気があったわけではなくって」

 尋史は慌てて立ち上がると、何度もペコペコと頭を下げた。

「めっちゃベタな反応だな」

 けらけらと笑う声がして、尋史は顔を上げた。

「さ、斎木センパイ?」

「悪い悪い。まさかこんな簡単に引っ掛かるとは思ってなかったからさ」

 洋輔はいつもの自分の席に腰を降ろした。尋史も貴久の席から自分の席に移動する。

「ヒロ」

「はい」

 やはり洋輔も貴久と同じ意見なのだろうか。

「ありがとな」

「え?」

 予想外の言葉に、尋史は目を丸くした。

「お前がいなかったらタカの奴今度は間違いなく賢悟を殺してただろうからな」

「………」

「タカにとって賢悟は父親の仇かもしれない奴の息子だからな」

「仇?」

「ハッキリとはわかんねぇけど。昔、タカの父親はとある会社に勤めてたんだが、そこで賢悟の父親との間で確執があったらしい。で、あいつが十一歳の時に事故なのか自殺なのか、タカの父親は交通事故で死んだんだ。それから、賢悟の父親はあっという間に重役にまで出世し、タカと母親は住んでいた家をあいつらに追い出されちまったのさ」

 尋史は言葉を失っていた。ただ洋輔の言葉だけを聞き逃さないようにしっかりと聞いていた。

「タカはおふくろさんを助けるために必死で働いたんだ。まだ十一だってのによ。ずっと働いてきたんだよ。ホントは高校だって行く気はなかったんだけど、おふくろさんのたっての願いだからって」

「いいんですか? 僕にそんな大事なこと話しちゃっても」

「お前にはタカのこと誤解したまま嫌ってほしくなかったからな」

 やはり洋輔はおせっかいだった。しかし、尋史はうれしかった。と、同時に貴久が背負っているものの重さを知って胸が締めつけられた。

 自分とは対照的な生き方をしてきた貴久。幼くして父親を失い、学校へ通いながらずっと働いて母親を支えてきたのだ。

 今なら貴久がいつもここで寝ていた理由もわかる。バイトで疲れた体をここで休めていたのだ。母親に心配を掛けまいとして。

「しっかし、賢悟の奴もしつこいな。あいつ、中学の時もあーやってタカを挑発に来てたんだよ。あの頃のタカはケンカ早かったからな。一度半殺しの目に合わせてやったらフランスに逃げたって聞いてたんだけどな」

「じゃあ、斎木さんが言ってたのは」

「麻美? あぁ、あいつには何もしゃべってねぇからな。未だにタカは悪者さ」

 と、苦笑い。

「そーいえば、知ってるか? タカがあやとり好きなわけ」

 尋史は首を横に振った。

「父親が生前に教えてくれた遊びが唯一あやとりだったんだってさ。タカの奴、文句言ってたよ。あやとりってのは普通女の子の遊びだろうが、ってな。けど、あいつにとっては父親との思い出だからな」

「そうだったんですか」

「オレの親父なんかベーゴマだぜ、ベーゴマ。古くせぇ遊び教えてくれたおかげで近所でいっしょに遊んでくれる子供がいなくってさ。オレらの頃はもうテレビゲームだのパソコンの時だろう。けど、親父はそんなの買ってくんねぇしよ」

 いつの間にやら洋輔の子供の頃の思い出話に変わっていた。

「聞いてっか、ヒロ」

「はい、聞いてます」

 が、すぐに右から左に抜けていた。

 尋史は心の中で決意していた。あやとり同好会を決してやめないと。

「でな、オレが小六の時にタカが転校してきたんだよ。やっぱり転校生ってのは心細いもんだろう。だから、オレがいろいろと面倒見てやってたんだけど、ほれあいつあーいう性格だろ。クラスになかなかなじんでくれなくってよ、オレも苦労させられたぜ」

 話はまだ続いていた。

「テメェは」

 殺意に満ちたオーラを身にまとって、貴久は洋輔の後ろで指の間接をボキボキいわせていた。そして、洋輔の両脇で手を組んだ。

「何余計なことベラベラしゃべってやがんだよっ!」

 華麗なバックドロップが炸裂した。

 洋輔は白目を向いて倒れていた。

 貴久がこちらを一瞥した。しかし、尋史はもう怖気付いたりしなかった。

「こいつが何吹き込んだか知んねぇけど」

「やめませんから!」

 尋史は貴久の言葉をさえぎった。

「僕どこまでも勇海センパイについていきますから」

 そう、これだけは譲れない。初めて自分で決めたことだから。

「好きにしろ」

 貴久はぶっきらぼうに言い捨てると、自分の席に座った。

「寝るから、起こすなよ」

「はい、おやすみなさい」

 尋史はとびっきりの笑顔で言った。





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