雨空の太陽
「一目見て、運命だ! と思ったよね。うん、すぐに確信したよね」
晴子は、ぽっと頬を染めながらその時のことを思い出しているようで、うんうんと頷いている。それを顔をしかめて嫌そうに聞いているのは、彼女の幼馴染である陽だ。
二人は学校からの帰り途中で、さほど混んでもいない電車に揺られていた。他にも空いている席はあったが、彼らはさも当然のように、横に並んで座っていた。車内アナウンスが、次に到着する駅の名前を読み上げる。
「また始まったか。もう何度目だよ、それ。お前の運命は何回あるんだ?」
陽は小さく溜息をつく。晴子の一目惚れは今に始まったことではなく、何度も繰り返されてきたことだ。その度に、晴子は運命論を持ち出すのだが…毎回のように振られ、その度に「運命じゃなかったんだよね、まだ私の運命の人は現れてないだけ」と宣うまでがワンセットである。ちなみに振られる理由は、いつも同じで「彼女がいる」若しくは「好きな人がいる」である。
「…奴のことはあまり知らないが。また彼女持ちだったり、他に好きな女がいるんじゃないのか?」
今回もいつもと同じだろうと陽は高を括っていたのだが。
晴子は待ってました、とばかりに勢いよく立ち上がり「それが、いないんだって!」と声高々に陽の言葉を否定したところで電車が少しだけ大きく揺れる。ちょうど曲がり角に差し掛かったようだった。その結果、晴子はバランスを崩し転びそうになる。が、陽が晴子の手を引っ掴んだことによって事なきを得る。
「あ、ありがと」
晴子は少し居た堪れないような気持ちであらぬ方向を向きながらお礼を言う。そして、静かに座りなおす。心を落ち着けるように、すぅーと深呼吸をしてから、再び口を開く。
「ちょこっとだけ、ね。話したんだ。そしたら。好きな人、いたことないんだーって。言ってて」
さっきの勢いはすっかり無くし落ち着いたトーンで、前をまっすぐに見て話す晴子の横顔を陽は複雑そうな心境で見つめていた。
*
「やばい…私、幸せすぎる。」
陽が晴子に話を聞かされてから一週間も経たない放課後、陽は靴を取り出そうとしていたところだった。溶けそうなくらいにユルユルの顔で晴子は呟いた。
陽は晴子のその表情をみて悟る。遂に現れてしまったのだ、と。
「まさか…いや、お前騙されてるんじゃないか?」
「何でよ! 佐々木くんは騙したりなんかしないよ!」
陽は内に秘めた感情を表に出すまいと必死に取り繕いながら、いつものように憎まれ口を叩く。だが、そんな陽に御構い無しに晴子は幸せそうだった。
これでいい、と陽は心の底から思う。どうせ自分では彼女を幸せになど出来やしないのだ。